クローバー

上野たすく

文字の大きさ
上 下
2 / 117

2

しおりを挟む
 高校三年になった一心の傍に、朔はいない。
 朔は中学三年になる前に、東京へ越していった。
 それでも、数ヶ月は、文通をしていた。
 言い出しっぺは、朔だった。
 どうやって、自分達の繋がりを保とうか、と考えていた際、当時、携帯電話を持たず、パソコンのキーボードもまともに打てなかった一心が、落ち着いてやりとりできる方法が、手紙しかなかったため、朔が合わせてくれたのだ。
 お互いの安否と近況報告、そして、いつか会いたいという、お決まりのフレーズ。
 受験勉強の手をとめ、一心は手紙を書いた。
 何通目かで、「どうして、です・ます調なんだよ」と指摘され、それからは、だ・である調で書いた。
 夏期講習を終え、休む暇も与えられず、冬期講習へ突入し、手紙を書く頻度が減った。
 年賀状は出した。
 朔からは、寒中見舞いが届いた。
 葉書には、パソコンで打たれた定型文がのっていた。
 思い返せば、今、世界を蝕んでいる奇病も、この頃からテレビで見聞きするようになっていた。
 当時から、母は「怖いわね」と眉を歪ませていたが、発症者が片手で足りるほどの人数であったため、一心は怖さを実感できなかった。
 それに、たとえ、奇病が恐ろしくとも、受験は免除されない。
 一心は自分にかされた課題を、やり切ることに集中した。
 そして、きっと、朔も、受験勉強で忙しいのだ、と、無味乾燥な葉書に、一心なりの理由をこじつけた。
 ことが変わったのは、受験まで一週間を切ったときだった。
 奇病にかかる人の数が、一気に増えたのだ。
 今まで、芸能人のあら探しに明け暮れていたメディアが、いっせいに、奇病の報道へと舵を切った。
 そんな渦中であったにも関わらず、奇病は人から人へ移ることはない、との専門家の見解で、受験は日程もそのままに行われた。
 試験の自己採点は、まずまずだった。
 帰りの電車で、窓の外をぼんやり見つめながら、一心は朔に手紙を書こうと思った。
 お決まりのフレーズに、少し言葉をつけたそう、と思いつく。
 会おう。いつ、会える?
 だけど、いくら待っても、朔から返事はこなかった。
 朔は自分の周囲が変わったことで、気持ちも変化し、一心を友だちの枠から排除したのかもしれんあい。
 直接、朔から言われた訳でもなく、自己解釈の域を出ないのに、心臓が鈍く痛んだことを覚えている。
 それは一心にとって、懐かしい感覚だった。
 そして、今では、遠い日の幻のような感覚になった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

LOVE LESSON

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:70

きっと明日も君の隣で

BL / 完結 24h.ポイント:624pt お気に入り:184

夫に浮気されたのですが、いろいろあって今は溺愛されています。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:4,771pt お気に入り:148

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:8,030pt お気に入り:3,730

花と娶らば

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:81

僕たちはまだ人間のまま 2

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:75

窓際を眺める君に差しのべる手は

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:19

時に厳しく時に優しく~お仕置とご褒美~

BL / 連載中 24h.ポイント:610pt お気に入り:27

Golden Spice

BL / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:20

処理中です...