クローバー

上野たすく

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 一心は高校に入ると同時に、地元の中華飯店でバイトを始めた。
 幼稚園の時、祖父に連れられて訪れた店が、たまたま、求人の用紙をドアに貼り付けていて、祖父が他界してからは一回も行っていない店であったにもかかわらず、なぜだか、行かなければいけないような気持ちになり、ドアを開けた。
 履歴書も持っていなかった。
 店内に入ると、「らっしゃい!」という野太い声と「いらっしゃいませ」というかわいらしい声が飛んできた。
 店長である佐藤と、彼の娘のエマだった。
 そのとき、エマは小学四年生だった。
 一心はドアの張り紙について尋ね、応募の意を告げた。
 剣道をやってはいたが、ひょろっとした体躯の一心を見て、佐藤はすぐ辞めると踏んだらしかった。また、男は一心の左目の眼帯を睨み付けてもいた。面接も何も無く、門前払いされそうな空気を変えてくれたのは、エマだった。
「お兄ちゃんは、うちの料理で何が一番好きですか?」
 きらきらと瞳が輝いていた。
 一心は、昔、祖父と食べた炒飯だと答えた。
 無料でついてくる、スープと一緒に食べると、これまた美味しかった、とも。
「わたしも、お父さんが作る炒飯が一番好きです」
 エマの笑顔が、親である佐藤の背を押し、一心は採用された。
 あれから、もう、二年ほど経つ。
 高校三年になった一心は、細身なところは相変わらずだが、バイトのおかげで筋肉がついた。出前を経験し、今まで以上に町の構造に詳しくなり、佐藤たちといる時間が長くなるにつれ、彼らの家庭の事情もわかってきた。
 エマの母親は、彼女が幼い頃に家を出て行ったらしい。
 若い男と駆け落ちしたのだと、エマがこっそり教えてくれた。
「だから、わたしはお父さんをひとりにしないって、決めているんです。お婿さんに来てくれる人、探さなきゃですね」
 エマの微笑みはあどけなさの奥に、凜としたものがあった。
 年下の少女の方が、自分より、よっぽど大人だ。
 朔との一件があってから、友人に熱を入れまいとし、クラスメートと距離を持てる鈍感さを良しとしてきた。
 エマのように、誰かのために未来を創造しようとする力が、欠けているのは自覚していた。
 不確実な未来を、自分の思い描くような未来にするためには、望み、そうなるよう動くしかない。でなければ、他の誰かに、自分の未来は掌握されるのだ。
 一心は嘘偽りなく、エマなら彼女の納得した、幸せな未来を手にできると思った。
 だから、きらきらした瞳がクローバー病により曇っていくのを、見たくはなかった。
 エマは小学校を卒業することなく、この世を去った。
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