クローバー

上野たすく

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「がんばらんでええよ」
 危険な場所にいる相手からの労りは、安全な場所にいる一心にとって、苦かった。
「初めは怖いもんや。それに、そういう感情は大事なんや」
 見なくとも、夏目が微笑んでいるのが、わかった。
「けど、気持ちは受けとったで。なあ、富嶽」
 四匹のイーバがジリジリと輪を狭める。
 イヤホンから富嶽の溜息が聞こえた。
「お前は、まだ、他人を心配できるような身分じゃねえだろっ」
「俺は平気やで、自分のことだけ、気にかけてくれやって」
 富嶽のぶっきらぼうな激励のあとに、夏目が小声で解説し、通信は途切れた。
 眼下で、夏目が刀を足下へ落とし、右手を横に伸ばした。
 霧が夏目の手元から、その先へと細長く集まっていく。
 彼が右腕を振る動作をすると、霧がかき消え、黒色の刀が姿をあらわした。
 一心達がいる辺りだけに、暗雲が広がっていく。
 ぽつ、と雨粒が頬を打つ。
 すぐさま、本降りになった。
 四匹のイーバは、一心にはどうってことのないそれが体に染みこむと、低い悲鳴を出し、苦しみだした。黄土色の皮膚が溶け出す。そんな状態になっても、イーバが標的にするのは富嶽だった。
 飛びかかってくるイーバの中央で、細長い光が放たれる。
 そこまでは、一心も目視できた。
 だが、四匹のイーバが、流した血液すら残さず、消滅した理由を理解できなかった。
 頭上の雲がなくなり、空が晴れていく。
 それとともに、服や体についた水滴が渇いていった。
 夏目は足下の刀を鞘におさめ、富嶽に肩をかした。
 あの黒い刀は、もう、彼の手に握られていない。
 夏目が跳躍するのを見て、一心はビルの端から体をどけた。
 二人が目前に着地する。
 富嶽がそっと夏目から距離をもった。
「一心、手え、貸して」
 夏目が近づき、右手を顔の位置まで上げたので、ならった。
 手を強く握りしめられる。
「ナイス、フォローやった。誰が欠けても、イーバは抹消できへんだ」
 夏目は誇らしげな笑顔で腕を組んだ。
「俺は班員に恵まれて、幸せもんや」
「班員?」
 富嶽が、じとっとした目で、夏目を見る。
「そや」
 夏目は笑顔で、富嶽をいなした。
「オニキスに連れてくるために急ピッチで考えた設定やから、永久登録やないのが惜しいとこやけど、オニキスを出るまでは、ダメダメな俺にはないもんを持っとる、大事な班員や」
 面食らった。
 夏目がネガティブなことを口にしたのも、ましてや、自分が夏目にないものを持っていると思われているところも。
 ずくりと柔らかいものを切る音がした。
 どこからしたのか、と不思議に思っていると、左目に激痛が走った。
 痛みが神経を通って脳に伝えられる中、誰かの口元が見えた。
「「……じゃない。………なんかじゃない」」
 反響する、その声は富嶽のものだ。
「「あんたは、ダメな人間なんかじゃない」」
 富嶽は思い詰めた表情で、夏目への感情を吐露する。
「「だから、俺は……。あんたは……なんかじゃない。……ダメ……なんかじゃない。だから……」」
 声が繰り返される。
 だが、右目に映る富嶽は口を閉じている。
 一心は混乱し、眼帯越しに左目に触れた。
「どないしたんや?」
 夏目が顔を覗き込んでくる。
「何でもありません」
 痛みを堪え、手を下げた。
「そか」
 夏目は笑みを濃くすると、抱きしめてきた。
「戦闘フィールドで、なに、してるんですか?」
 富嶽が険悪な声を出す。
「いや、だって、一心が辛いうとるから、手当て?」
「俺には聞こえませんでしたけど?」
「またまたあ、さとい富嶽君なら、後輩の様子、見たら、気づくやろ? 無理矢理、引きはがさんのが、その証拠や」
 夏目が笑い、富嶽が舌打ちをした。
「まあ、俺じゃあ、朝波の代わりにはなれへんやろけど、体を支えたることくらいはできる。少し休み。それでも、あかんかったら、ちゃんと教えてや」
 自分以外の誰かに触れられたことで、痛みが和らいだ。
「すみません」
 謝罪すると、頭を撫でられた。
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