クローバー

上野たすく

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 作業が一時中断されたのは、日付が変わる直前だった。
 ネオ・シードは人工的に空を管理している。
 指令班が融通を利かせたのだろう。
 空が陰ることはなかった。
 施設内の相部屋へ帰ると、「おかえりなさい」と金森が迎えてくれた。
 夏目は目を閉じたままだ。
「時間も遅いですし、あとは俺が看ます」
 金森は俯き、首を左右した。
「俺は明日も、ネオ・シードへ出なければいけません。夏目さんが今の状態のままであるなら、金森さんには明日、傍にいて欲しいんです」
 金森は夏目を見つめ、ゆっくりと瞼を閉じた。
「わかったわ」
 富嶽は金森とすれ違うように、夏目の元へと歩いた。
 ドアが自動で開く。
「富嶽君」
 呼ばれて、振り返った。
「富嶽君も、休まなきゃダメだよ」
 疲れた笑みに、富嶽は姿勢を正し、頭を下げた。
 自動ドアが閉まる。
 富嶽は眠る夏目を見つめた。
 聞こえていないことを承知で、口を開く。
「夏目さん、今、戻りました」
 夏目からの返答はない。
「……シャワー、浴びてきます」
 疲れをとるためには湯船に浸かりたかったが、汚れを落とすにとどめ、髪もタオルで拭くだけにし、ジャージ姿で、夏目の元へ急いだ。
 夏目の体調が急変していないことに、ほっとする。
 富嶽は金森が腰かけていた椅子に座った。
「久しぶりに、B班の連中と任務にあたりました。龍崎さんも夏目さんのこと、気にしていましたよ」
 班員達の余裕がなく、夏目は血だらけの戦闘服のままだ。
「……昼飯も食い損ねましたし、夜も食べてない。腹、減ったでしょ?」
 二人で任務につき、二人で食事をした記憶が脳裏をかすめ、富嶽は涙を流す代わりに、長い息を吐いた。
「あんたが連れてきた新入りは、朝波のところにいます。班員の無事をじかに確認するのも、班長の仕事なんじゃないですか?」
 一心は、夏目をバカにしていなかった。今までは二人だったが、これからはF班にも、志願者が来るかもしれない。
「夏目さん」
 指を夏目の手へと伸ばす。
「起きてください。……お願いします。金森さんも心配しています。お願いします」
 触れる寸前で、動きを止めた。
 拳を握りしめ、手を膝へとおろす。
 金森はきっと、夏目が良くなることを願い、彼の手を握りしめていた。
 自分が夏目に触れれば、その願いがかき消されてしまう気がした。
 あのとき、あの場所で、ちゃんと、他者のことを思いやれたら、違った結果になっていただろう。
 どうして、俺は夏目さんのように、できない……?
 目頭が熱くなる。
 疲れと自分への嫌悪感と、夏目への罪悪感で、心が弱る。
 富嶽は頭を垂れた。
「バカだよな、あんた。俺なんかかばわなければ、よかったんだ」
 涙が一粒だけ零れ、手の甲に落ちた。
 そのとき、富嶽は俯いていて、意識を取り戻した夏目が、その一粒を目で追っていたことに気づかなかった。
 だから、上から降ってきた声には、心底、驚いた。
「なに、ねとんのや」
 夏目は弱々しく笑みを浮かべていた。
 夏目が目を開けて、話している。
 待ち望んだ姿に、意図せず、涙が上がってきた。
「連絡! 金森さんに!」
「金森? 無事やったんやな。よかった」
 スマホで、金森にメッセージを送った。
 夜分の連絡への謝罪と、夏目が意識を取り戻した報告は、すぐに既読がついた。
 よかった。連絡、ありがとう。
 返事は、天使のわっかを頭につけた、丸い生物が笑っている、スタンプつきだった。
 よかった。
 他者と共有した思いに、実感がわいてくる。
 スマホを握りしめたとき、夏目が横まで来て、冷蔵庫からペットボトルを取った。
「なに、しているんですか。寝ていてください。言ってくれれば、俺が動きます」
「やっ、よ、回復して、一心、探しにいこ、思て。ところで、今、何時や?」
「一心は朝波のところにいます。三代さんに確認してもらいました」
「朝波?」
 夏目がきょとんとする。
「ええ。俺達、あいつに助けられたんです。そのとき、一心のことを話しました」
「そか」
 夏目の表情がやわらかく緩む。
「二人、会えたんやな。よかった。助けてもろた礼も、言わな、あかんな」
 富嶽は息をつき、夏目の手からペットボトルを奪って蓋を開けた。
「ちなみに、今、夜の十二時過ぎてますから、着替えたら寝てください」
 ペットボトルを夏目に手渡し、タンスから夏目のスウェットを出した。
 夏目がペットボトルの水を飲み終わるのを見計らって、手を差しだす。
「なんや、過保護やなあ。蓋、閉めるくらい、自分でやれるって」
 夏目に苦笑されても、富嶽は手を下げなかった。
 夏目は息をつき、ペットボトルを富嶽に渡した。
「ありがとう」
 言って、洗面所へと歩いて行く。
 そう思っていたが、富嶽がペットボトルの蓋を閉めていると、浴室のドアが開く音がした。
 富嶽は舌打ちし、ペットボトルとスウェットを棚の上に置いて、浴室へ駆けた。
 夏目は戦闘服を脱いだ格好で、富嶽を振り返った。
「なに、してるんですか? 包帯つけたままじゃ、濡れるでしょ! じゃなくて、寝てくださいって、お願いしましたよね」
「だって、べたべたして、気色悪いんやもん」
 あれだけ部屋を散らかせる人間の台詞とは思えない。
 が、身体の汚れのせいで、眠りにつきにくくなるのは、富嶽の本意ではない。
「救護班が傷をふさいでくれましたが、今日は包帯を外せません。体を洗うだけにしましょう。浴室で待っていてください。いいですか? 絶対に、俺が来るまで、蛇口、捻らないでくださいね」
 富嶽は水音がしないか神経を減らしながら、ごちゃごちゃの部屋からビニール袋を探しだし、はさみで切った。筒状にした袋を持ち、ジャージの裾を膝までめくって、浴室に入る。
 夏目は大人しく、バスチェアに座っていた。
「左腕、触りますね」
「おう」
 包帯の巻かれた部分を袋で保護した。
「俺が洗います」
「大丈夫やて。なんか、照れるし」
 問答無用で、シャワーの温度を調節し、夏目の足首にかけた。
「心配しなくても、俺が洗うのは下着で隠れる部分以外です」
「ほうか」
 夏目が安堵の息を漏らす。
「シャワーはあてますけどね」
「それじゃ、一緒やろ!」
 シャワーを上へとずらし、
「頭、濡らしますね」
 髪にお湯をかけた。
「なんで、そんなに意固地なんや」
 あんたが好きだからだよ。
 富嶽は応えず、シャンプーを手の中で泡立たせた。
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