クローバー

上野たすく

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47(一心視点)

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 朔が部屋を出て、それほどかからず、神薙渉が部屋のドアをノックしてきた。
 外からでは鍵を開けられないようだった。
 開けてくれないか、と大声を出す神薙に、野岸が対応した。
 くぐもった声ではあるが、部屋と廊下は壁を隔てても、会話が成り立った。
 ドア付近には黒色のセキュリティ装置があったが、野岸はそれをチラリと見ただけで、ドアの前に立った。
「鍵の解除方法を知りません。朝波が来るまで、待っていてください」
「内側からなら、暗証番号で強制解除できる。ドアの左横の壁に黒色の装置がついているだろう。手で触れれば、画面が現れる。暗証番号は」
 野岸が装置に触れる。
 空中に透明な画面が浮き上がった。
 野岸が神薙の言った暗証番号を入力する。
 不快な音が出た。
「エラーですね」
「もう一度、試してくれ」
「無駄です。朝波が来ない間は、何度やっても、エラーです」
 神薙は押し黙った。
 野岸はベッドに腰かけ、こちらを見た。
「神薙は灰色だ」
 小声が聞こえづらく、起き上がった。
「信用できるかどうか、はっきりしないってことだ」
 野岸が耳元に唇を近づけてくる。
「外から解除できない鍵を内側から解除できる方法がある意味が、なんだか、わかるか?」
 朔に再会したとき、神薙は簡単に外からドアを開けた。
 今はそれができない。
 つまり、装置が通常の方法を受けつけないのだ。
 この部屋の鍵をかけたのは、朔だ。
 だが、朔は装置に触れたりしていない。
 イレギュラーな方法で装置を操作したのだろう。
 朔が上書きした装置のセキュリティを、覆せる方法。
「朝波が部屋を密室にできることへの対抗策なら、外から開けられないのは疑問が残る」
 頷いた。
「神薙は、外から解除できない鍵のかけ方を知っているのさ」
 胸が嫌な感じにざわついた。
 どうして、そんな方法がある?
「朝波は知らないんだろう。知っていたら、誰が来ても開けるなって釘をさしていくはずだ」
 意識がない朔が、密室で何をされていたのか想像し、血管が凍りつくようだった。
「暗証番号は変えればいいだけだが、密室にできることを、朝波に知られるのは、避けたいはずだ。朝波が部屋に入ることを拒否するかもしれないからな。だが、朝波抜きで、お前と話せるなら、強制解除が可能だという情報が、朝波に漏れたとしても、いいんだろう。なかなか、面倒くさいことになりそうなのに、そうするのは、お前を思ってか、それとも、朝波を支配できる確信があるのか」
「朔は物じゃない」
「ああ。当たり前だ。当たり前だと、朝波が疑う余地もないほど、俺達が声に出してやるんだ」
 俺達……。
 朔の味方は自分だけではないのだ。
「野岸がいてくれてよかった」
 伝えると、相手は背中を向けてきた。
「俺は俺の思うことを言っているだけだ。そういうの、いいから。朝波が来るまで寝てろ。母親と話したいんだろう」
 無骨な言い方とは裏腹に、彼は首元まで赤くなっていた。
 一心は素直に横になった。
 神薙が来たことで、逃げられない大きな波に飲み込まれる予感があった。
 体力を回復し、他者の意思に流されて、望まない場所に漂着しないよう、意識を保つんだ。
 その行動の真価が問われる出来事は、すぐに訪れた。
「朔……」
 起き上がった一心に、野岸が振り向いた。
「え?」
「朔がいる」
 野岸は耳をすましたようだった。
「なにも聞こえないが」
 こちらが何も応えないと、相手はドアへと歩いた。
 音も声もしないが、確かに、朔は近くにいる。
 部屋の前まで来たのに、なぜ、朔は入ってこない。
 嫌な予感がした。
 輸血用の針を抜き、ブーツに足を突っ込む。
「月見里君には班員志願校へ転入してもらう」
 神薙の毅然とした声がした。
 野岸は一心の行為を、視線で非難してきた。
 一心は人差し指を唇に当て、野岸が黙るのを確認してから、ドアに耳をつけた。
 二人の会話は、一心のことから、新月のことへと変わり、その過程で、朔の声が痛みを訴える音になった。
 壁に設置された装置に触れ、神薙が言った暗証番号を入力する。
 が、正しい番号を入れても、ドアは開かなかった。
「俺は!」
 朔の悲痛な叫び声がし、一心はスツールの足を握った。
 まだ、感覚が乏しい。
 思わず、落としてしまいそうだ。
「月見里君なら、君を扱える」
 迷いのない神薙の言葉に対し、体の奥底で、怒りが弾けた。
 麻痺していたはずの指がスツールを握りしめる。
 朔の弱々しい笑い声がし、奥歯を噛みしめた。
 一心は助走をつけ、スツールをドアにめり込ませた。
 ドアが、みるみる、へこんでいく。
 一秒でも早く、朔のもとへ行く。
 左目の神経を冷たいものが走る。
 それは脳を経由し、一心の全身に行き渡った。
 ドアが破壊される。
 一心は、苦い表情をした神薙には構わず、朔を探し、震えた。
 朔は静かに泣いていた。
 一心は、へし曲がったスツールを投げ捨てると、朔を抱きしめた。
「朔」
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