クローバー

上野たすく

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 野岸が敬語を使わなかったことには、気をとめていないようだった。
 ピン、と高い音が鳴った。
 神薙がドアの付近についている黒色の装置に触れると、透明な画面が甦禰看を映し出した。
「今、開けます」
 男が装置を操作する。
 ドアが開き、甦禰看が入ってきた。
 甦禰看は一心達三人を見回し、神薙に眉を歪ませ、目を伏せ、一心のところへと急いだ。
「月見里が輸血用の針を引き抜いたので、止血剤をかけておきました」
 野岸が言い、甦禰看は頷いた。
「腕をみせてください」
 従うと、甦禰看はテキパキと水気を拭き、傷口に絆創膏を貼った。
「念のため、つけておきますね。血が止まったら、剥がしてもらってかまいません。衣服も用意します。あなたの分も」
 甦禰看が野岸に視線を送る。
「ありがとうございます」
 甦禰看は微笑むと、立ち上がった。
「これからの話しをしましょう。神薙さん」
 名を呼ばれ、男は甦禰看の隣へと移動した。
「指令班と協議した結果、月見里君には班員志願校へ転入し、試験を受けてもらう。そのあとは、班長の下で動くことになる。君の母親には事情を話してある」
「どうして、俺が話す前に、連絡をとるんです?」
「それは」
 言いかけた神薙を、甦禰看が遮った。
「月見里君のお母さんとは、私が話しをしました。地上と地下では昼夜が逆転しています。あなたのお母さんはあなたが帰ってこないことを心配して、施設までいらっしゃったんです。月見里君の体に起こった異変を説明し、こちらで治療をさせてもらえるよう、お願いしました。お母さんとは定期的に連絡をとることになっています。月見里君が転入する志願校は、国際宇宙犯罪特別組織の幹部候補生として、通いながら収入が得られます。地下での生活費と治療費は、その収入で賄えます。代わりに、危険を伴う実習があることも伝えました。あなたのお母さんは、たとえ、あなたが了承していたとしても、認められないとおっしゃいました。費用と引き換えに、あなたへの安全を保障して欲しい、と」
 一心は母を思い、胸が締めつけられた。
「月見里君にはクローバー病とは違う症状があらわれています。施設の外へ出すことは、月見里君自身の安全、そして、他者への安全をも阻害してしまう。厳しいようですが、私が懸念していることを、話しました。お母さんは身を引いてくれましたが、心から納得してでのことではないでしょう。だから、あなたがあなたの無事を、何度でも、お母さんに知らせてあげてください」
「はい……。ありがとうございます」
「え?」
「母の話を聞いてくれて、ありがとうございます」
「……いえ」
 言葉少なに俯いた彼女の瞳が湿り気をおびた。
 神薙と目が合う。
「治療のこともあって、君を地上へ帰すことはできなくなったが、地下での生活をどのようなものにするかは、君が選ぶことができる。今、言った、志願校への転入も受けなくてもいい。返事は二日後までに、僕か甦禰看さんにしてくれ」
「わかりました」
 神薙は一心の返答を聞き、甦禰看に話しかけた。
「月見里君のことをお願いできますか? 僕は彼を部屋に案内してきます」
 神薙の視線を受け、野岸が眉間に皺を寄せた。
「わかりました。ですが、私は地上につながる通信機を持っていません」
「これを使ってください」
 神薙はさきほどのスマートフォンではなく、携帯電話を甦禰看に手渡した。
「朝波君の部屋は僕の不注意により、使用ができない状態です。朝波君もここにいられるよう、手配してもらえますか?」
「はい」
 甦禰看の返事を聞き、神薙がカードを取り出す。
「ここのカードキーです。まだ、暗証番号の変更方法は伝えてありません」
「わかりました」
 甦禰看がカードを受け取ると、男は一心の傍まで歩き、刀をベッドに立てかけた。
「君の友人を傷つけて、すまなかった」
「そう思うなら、俺じゃなく、朔にその気持ちを伝えてください」
 神薙は目を伏せ、苦しげに唇を伸ばした。
「彼が起きたら、きちんと謝罪する」
 ヤカンが沸騰し、上蓋を揺らした。
 すぐさま、野岸が火をとめた。
「なにか、れます。行くのは、その後で」
「飲み物は冷蔵庫にいくつか入っている。悪いが、業務がたてこんでいて、ゆっくりできない」
 野岸は諦めたように、息を吐き出した。
「わかりました。けど、あんたの部屋以外には行きません」
 神薙は目を細め、野岸と対峙した。
「あんた達は信用できない。だから、あんたには俺の安全を保障してもらいます。月見里、俺に何かあったら、この男は口先だけの謝罪ができる、金輪際、関わらない方がいい人間だってことだ」
「野岸もここにいればいい」
 一心の誘いに、野岸は苦笑を返してきた。
「俺も、今後のことを考えなければいけない。この人が本当に善良であるなら、色々、教えてくれるはずだ」
 野岸が顎で、神薙を示す。
「これからのためにも、知識を得たい」
「そうか。わかった。無理強いはしない」
 言うと、相手は小さな声で「ありがとう」と言った。
「じゃあ、行こうか」
 神薙がドアへと歩き出す。
「どこへ?」
 野岸の声は冷めていた。
 神薙は表情を変えなかった。
「僕の部屋だ」
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