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50(野岸視点)
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一心と別れ、野岸絢斗は神薙の後について、白色の廊下を歩いた。
本音を言えば、一心からの誘いを受けたかった。
その方が、身の安全は確実であるし、なにより、心が安まる。
だけど、もし、発情してしまったら、取り返しのつかないことになりそうで、どうしても、あそこに残ることはできなかった。
神薙の傍なら発情してもいいという訳ではないが、フェロモンにあてられての行為は被害者が少ない方がいい。
それに、この男は一心に謝罪した。
信じたい気持ちが、僅かだが、絢斗の中で生まれていた。
そして、現実の残酷さを知っているから、願望から意識を逸らした。
前を行く男は、皺のないスーツを着用し、背筋も曲がっていない。
粗暴な言動で攻めたにも関わらず、相手は切り替える能力に長けているのか、それとも、初めから何も感じていないのか、歩行する姿に乱れはなかった。
良くも悪くも、やりにくい男だ、と思った。
神薙は立ち止まると壁につけられた装置を操作した。
透明なスクリーンが浮き上がり、神薙の瞳をスキャンする。
ドアのロックはそれで解除された。
ついで、男はスクリーンをスライドされ、別の物に変えると、何事かを打ち込み、絢斗を見た。
「部屋の鍵は網膜認証システムを採用してある。君の分も登録しておきたい。画面の前に立ってくれ」
神薙の瞳から視線を外さず、画面の前へと行く。
相手が一歩下がろうとし、眉をつりあげた。
「なんで下がる?」
「場所を譲っただけだ」
神薙が手を差し出してくる。
「心配なら、拘束してくれていい」
絢斗は舌打ちし、男の手を睨んだ。
神薙の顔と爪の整えられた指を、ちらちら見比べ、警戒しながらも手を握りしめた。
男の手は冷たく、さらっとしていた。
画面に向き直ると、スクリーンが暗くなり、絢斗の顔を映し出した。
英語や数字、図形が現れては、すぐさま消えた。
ドアが勝手に開き、びくりとして、神薙の手を強く握りしめた。
「自動ドアだ」
神薙に言われ、野岸は噛みつくように叫んだ。
「わかってる!」
男は眉すら動かさず、部屋の中へ入った。
つられて、男のプライベートな空間に足を踏み入れ、初めて、絢斗は神薙もこちらの手を握りしめていることを知った。
男の部屋は一心が宛がわれた部屋より個人の色が出ていた。生活感があるというより、仕事部屋といった感じだ。間取りは同じだが、ドアの横にデスクがあり、ノート型のパソコンが置かれている。
「その端末以外は、部屋にあるもの、好きに使ってもらって構わない」
神薙は絢斗の視線を追って、パソコンを見た。
「着替えをもってくる」
離れそうになった神薙の手に、絢斗は両手でしがみついた。
「俺も行く」
「指令班に属する人間が大勢いるぞ。月見里君のことで、囲まれるかもしれない。この部屋なら、質問攻めにあうような不快なこともない」
「なら、ここに一人でいて、平穏でいられるっていう証拠を出せ」
手負いの獣のように神経が逆立っている自覚はあった。
神薙は無言で絢斗の怯えを受けとめていたが、ふと、瞼を閉じ、開けた。
「わかった。部屋からは出ない。クローゼットまで行く」
「は?」
「以前、買った服がクローゼットにある。それを君に渡す」
絢斗は、そっと神薙を解放した。
相手は右手で絢斗の左手を握った。
「なに?」
睨み付けるが、男は物怖じしない。
「この方がお互いストレスがない」
お互い、と口にされ、絢斗は押し黙った。
神薙に手を引かれ、備え付けのクローゼットへと歩く。
男は絢斗の手を握ったまま、クローゼットからビニール袋に包まれた衣類一式を取り出し、絢斗に手渡した。
「トイレはあそこ。洗面所と浴室はこっちだ」
神薙は左を振り返り、絢斗が位置を確認するのを見て、再び、手を引いてきた。
脱衣所兼洗面所に行くと、神薙はドアを閉めた。
「手を離す。着替えてくれ」
「勝手だな。俺はまず、あんたと話しがしたい。着替えはそのあと、もっと言えば、汗を流してからがいい」
「……わかった。湯を沸かす」
話が飛びやすい男だと思っていたが、さすがに絢斗は落胆した。
「いや、なんでだよ。話が先だって言ったばかりだろ」
神薙は絢斗の声を聞きながら、浴室へ行き、壁にある風呂のリモコンを操作した。
「甦禰看さんに電話がしたい。それから、君が用意された部屋ではなく、僕のところへ来た報告書も出さないといけない。月見里君がどんな選択をしても応えられるよう、書類も作らないと。あと、地下の被害状況を把握し、国から予算をとって、それから」
棒読みでやるべきことを並べる神薙に、絢斗は息を漏らした。
「で、あんたの大層なリストのどこに風呂が入る?」
お湯がドバドバと浴槽に放出される。
「時間を節約したい。甦禰看さんに電話をしたら、軽食を採りながら、君の話を聞き、食べ終わっても、話が続くのであれば、場所を風呂場へ移す」
「どちらかが外で待つんだ。効率がいいのか疑問だな」
「風呂には一緒に入る」
絢斗は頬を吊り上げた。
「なんで、そうなる? おかしいだろ」
「異性ならな。運がいいことに、僕も君も男だ。セクハラにはあたらない」
相変わらず、表情筋が麻痺したように動かない男に、絢斗は目眩を覚えた。
「相手が嫌だと思った時点でセクハラだ。あんたに俺の気持ちを決める権限はない」
「……悪い。君が同性に対し、性的な思考を持っているかどうか、考慮しなかった」
絢斗はカッとなって、持っていた衣服を男にぶつけた。
本音を言えば、一心からの誘いを受けたかった。
その方が、身の安全は確実であるし、なにより、心が安まる。
だけど、もし、発情してしまったら、取り返しのつかないことになりそうで、どうしても、あそこに残ることはできなかった。
神薙の傍なら発情してもいいという訳ではないが、フェロモンにあてられての行為は被害者が少ない方がいい。
それに、この男は一心に謝罪した。
信じたい気持ちが、僅かだが、絢斗の中で生まれていた。
そして、現実の残酷さを知っているから、願望から意識を逸らした。
前を行く男は、皺のないスーツを着用し、背筋も曲がっていない。
粗暴な言動で攻めたにも関わらず、相手は切り替える能力に長けているのか、それとも、初めから何も感じていないのか、歩行する姿に乱れはなかった。
良くも悪くも、やりにくい男だ、と思った。
神薙は立ち止まると壁につけられた装置を操作した。
透明なスクリーンが浮き上がり、神薙の瞳をスキャンする。
ドアのロックはそれで解除された。
ついで、男はスクリーンをスライドされ、別の物に変えると、何事かを打ち込み、絢斗を見た。
「部屋の鍵は網膜認証システムを採用してある。君の分も登録しておきたい。画面の前に立ってくれ」
神薙の瞳から視線を外さず、画面の前へと行く。
相手が一歩下がろうとし、眉をつりあげた。
「なんで下がる?」
「場所を譲っただけだ」
神薙が手を差し出してくる。
「心配なら、拘束してくれていい」
絢斗は舌打ちし、男の手を睨んだ。
神薙の顔と爪の整えられた指を、ちらちら見比べ、警戒しながらも手を握りしめた。
男の手は冷たく、さらっとしていた。
画面に向き直ると、スクリーンが暗くなり、絢斗の顔を映し出した。
英語や数字、図形が現れては、すぐさま消えた。
ドアが勝手に開き、びくりとして、神薙の手を強く握りしめた。
「自動ドアだ」
神薙に言われ、野岸は噛みつくように叫んだ。
「わかってる!」
男は眉すら動かさず、部屋の中へ入った。
つられて、男のプライベートな空間に足を踏み入れ、初めて、絢斗は神薙もこちらの手を握りしめていることを知った。
男の部屋は一心が宛がわれた部屋より個人の色が出ていた。生活感があるというより、仕事部屋といった感じだ。間取りは同じだが、ドアの横にデスクがあり、ノート型のパソコンが置かれている。
「その端末以外は、部屋にあるもの、好きに使ってもらって構わない」
神薙は絢斗の視線を追って、パソコンを見た。
「着替えをもってくる」
離れそうになった神薙の手に、絢斗は両手でしがみついた。
「俺も行く」
「指令班に属する人間が大勢いるぞ。月見里君のことで、囲まれるかもしれない。この部屋なら、質問攻めにあうような不快なこともない」
「なら、ここに一人でいて、平穏でいられるっていう証拠を出せ」
手負いの獣のように神経が逆立っている自覚はあった。
神薙は無言で絢斗の怯えを受けとめていたが、ふと、瞼を閉じ、開けた。
「わかった。部屋からは出ない。クローゼットまで行く」
「は?」
「以前、買った服がクローゼットにある。それを君に渡す」
絢斗は、そっと神薙を解放した。
相手は右手で絢斗の左手を握った。
「なに?」
睨み付けるが、男は物怖じしない。
「この方がお互いストレスがない」
お互い、と口にされ、絢斗は押し黙った。
神薙に手を引かれ、備え付けのクローゼットへと歩く。
男は絢斗の手を握ったまま、クローゼットからビニール袋に包まれた衣類一式を取り出し、絢斗に手渡した。
「トイレはあそこ。洗面所と浴室はこっちだ」
神薙は左を振り返り、絢斗が位置を確認するのを見て、再び、手を引いてきた。
脱衣所兼洗面所に行くと、神薙はドアを閉めた。
「手を離す。着替えてくれ」
「勝手だな。俺はまず、あんたと話しがしたい。着替えはそのあと、もっと言えば、汗を流してからがいい」
「……わかった。湯を沸かす」
話が飛びやすい男だと思っていたが、さすがに絢斗は落胆した。
「いや、なんでだよ。話が先だって言ったばかりだろ」
神薙は絢斗の声を聞きながら、浴室へ行き、壁にある風呂のリモコンを操作した。
「甦禰看さんに電話がしたい。それから、君が用意された部屋ではなく、僕のところへ来た報告書も出さないといけない。月見里君がどんな選択をしても応えられるよう、書類も作らないと。あと、地下の被害状況を把握し、国から予算をとって、それから」
棒読みでやるべきことを並べる神薙に、絢斗は息を漏らした。
「で、あんたの大層なリストのどこに風呂が入る?」
お湯がドバドバと浴槽に放出される。
「時間を節約したい。甦禰看さんに電話をしたら、軽食を採りながら、君の話を聞き、食べ終わっても、話が続くのであれば、場所を風呂場へ移す」
「どちらかが外で待つんだ。効率がいいのか疑問だな」
「風呂には一緒に入る」
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「なんで、そうなる? おかしいだろ」
「異性ならな。運がいいことに、僕も君も男だ。セクハラにはあたらない」
相変わらず、表情筋が麻痺したように動かない男に、絢斗は目眩を覚えた。
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