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90 (浮世絵視点)
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午後七時。
浮世絵凜はネオ・シードの復旧作業を中断し、班員を労ったあと、E班が待機している部屋へと走った。
施設には、各班それぞれが、集合できる部屋があった。
凜が所属するD班と弟の伊佐那が率いるE班の集合部屋は、ネオ・シードへ直結する廊下にある。
各班長が集合部屋を決める際、伊佐那はネオ・シードへ最も早く到着できる場所を確保した。
今、戦闘はオニキスで行われることが常だが、以前は人々が暮らす町が戦地になっていた。オニキスという別空間へ移動ができるようになったのは、A班の和堂周が班長として加わってからだ。
地下の技術力は地上を勝る。和堂はその一端を担っていた。そんな彼は、部屋を指令班にもっとも近い位置に設定した。
凜がネオ・シードの傍の部屋を望んだのは、伊佐那とは違う理由だった。
部屋の移動はセキュリティ装置を操れば、可能だが、施設の構造を覚えたうえで、最短のルートを考える必要があり、凜には難解だったのだ。
その点、龍崎や甦禰看、赤星、夏目の四者は、通路の移動を造作もなくやってのける。
特に、班の中で、C班が最奥の部屋であるにも関わらず、赤星はその距離を感じさせない。
素直に、すごいと凜は思っていた。
伊佐那が言うとおり、班長の中で自分が一番、力がない。
頭脳も、行動力も、判断力も、できることも、自分はみんなより劣る。
だからこそ、と凜は思う。
だからこそ、自分の力が少しでも上がれば、戦闘班の総戦力は上がる。
凜の希望はそこにあった。
力がないという、伸びしろ。
そう自分を励まし、班を指揮してきたし、これからも、していくつもりだ。
思い出す。
祖父や両親、伊佐那と暮らしていた頃、凜と伊佐那は父と祖父から家訓を、毎日のように聞かされた。
国が災難に襲われたときこそ、国のために命を削るべし。
凜と伊佐那の家は、代々、忍びを生業としてきた。
敷地内にある道場で、忍術道場を開いているのだ。
年齢や国籍、志願理由などに拘らなければ、それなりに生活ができたかもしれない。
しかし、祖父と父は、頑なに、日本人に対し、厳しい修業を与え、忍びを育て上げるという、やり方を変えようとはしなかった。
父よりも随分若かった母は、そんな父と祖父を見守り、住み込みで修業する弟子の世話をした。
弟子の年齢はさまざまだったが、みんな、幼い凜と伊佐那によくしてくれたし、鍛錬にも真面目に励んでいた。凜と伊佐那も、自然と修業の真似事をするようになり、月日が経つごとに、その内容が本格化していった。
生活がいよいよ苦しくなると、決まって、大きな仕事が入り、父が出向いて、大金を稼いできた。そういう日はみんなで美味しいご飯を食べた。
古い考えを持ってはいるが、凜は家が好きだった。
罅が入ったのは、中学三年の春のことだ。
突然、なんの脈絡もなく、伊佐那の顔つきが変わった。
穏やかで、笑顔が耐えなかった弟が、中学に入学すると同時に、周囲を常に睨みつけるようになった。
そればかりか、伊佐那は父や祖父や弟子が凜や母と接触するのを、妨げるようになった。
「お前はもう、来るな」
胴着に着替えて朝練に向かおうとし、伊佐那にとめられた。
理由を聞いたが、弟は答えてくれなかった。
父と母の離婚が決まったのは、それから間もなくのことだ。
母は凜を引き取ると言い、反対の声はあがらなかった。
凜と母は誰からも見送られず、瀬戸内の家を出た。
浮世絵凜はネオ・シードの復旧作業を中断し、班員を労ったあと、E班が待機している部屋へと走った。
施設には、各班それぞれが、集合できる部屋があった。
凜が所属するD班と弟の伊佐那が率いるE班の集合部屋は、ネオ・シードへ直結する廊下にある。
各班長が集合部屋を決める際、伊佐那はネオ・シードへ最も早く到着できる場所を確保した。
今、戦闘はオニキスで行われることが常だが、以前は人々が暮らす町が戦地になっていた。オニキスという別空間へ移動ができるようになったのは、A班の和堂周が班長として加わってからだ。
地下の技術力は地上を勝る。和堂はその一端を担っていた。そんな彼は、部屋を指令班にもっとも近い位置に設定した。
凜がネオ・シードの傍の部屋を望んだのは、伊佐那とは違う理由だった。
部屋の移動はセキュリティ装置を操れば、可能だが、施設の構造を覚えたうえで、最短のルートを考える必要があり、凜には難解だったのだ。
その点、龍崎や甦禰看、赤星、夏目の四者は、通路の移動を造作もなくやってのける。
特に、班の中で、C班が最奥の部屋であるにも関わらず、赤星はその距離を感じさせない。
素直に、すごいと凜は思っていた。
伊佐那が言うとおり、班長の中で自分が一番、力がない。
頭脳も、行動力も、判断力も、できることも、自分はみんなより劣る。
だからこそ、と凜は思う。
だからこそ、自分の力が少しでも上がれば、戦闘班の総戦力は上がる。
凜の希望はそこにあった。
力がないという、伸びしろ。
そう自分を励まし、班を指揮してきたし、これからも、していくつもりだ。
思い出す。
祖父や両親、伊佐那と暮らしていた頃、凜と伊佐那は父と祖父から家訓を、毎日のように聞かされた。
国が災難に襲われたときこそ、国のために命を削るべし。
凜と伊佐那の家は、代々、忍びを生業としてきた。
敷地内にある道場で、忍術道場を開いているのだ。
年齢や国籍、志願理由などに拘らなければ、それなりに生活ができたかもしれない。
しかし、祖父と父は、頑なに、日本人に対し、厳しい修業を与え、忍びを育て上げるという、やり方を変えようとはしなかった。
父よりも随分若かった母は、そんな父と祖父を見守り、住み込みで修業する弟子の世話をした。
弟子の年齢はさまざまだったが、みんな、幼い凜と伊佐那によくしてくれたし、鍛錬にも真面目に励んでいた。凜と伊佐那も、自然と修業の真似事をするようになり、月日が経つごとに、その内容が本格化していった。
生活がいよいよ苦しくなると、決まって、大きな仕事が入り、父が出向いて、大金を稼いできた。そういう日はみんなで美味しいご飯を食べた。
古い考えを持ってはいるが、凜は家が好きだった。
罅が入ったのは、中学三年の春のことだ。
突然、なんの脈絡もなく、伊佐那の顔つきが変わった。
穏やかで、笑顔が耐えなかった弟が、中学に入学すると同時に、周囲を常に睨みつけるようになった。
そればかりか、伊佐那は父や祖父や弟子が凜や母と接触するのを、妨げるようになった。
「お前はもう、来るな」
胴着に着替えて朝練に向かおうとし、伊佐那にとめられた。
理由を聞いたが、弟は答えてくれなかった。
父と母の離婚が決まったのは、それから間もなくのことだ。
母は凜を引き取ると言い、反対の声はあがらなかった。
凜と母は誰からも見送られず、瀬戸内の家を出た。
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