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昨日、買っておいた菓子パンと牛乳を絢斗とふたりで食べ、仕事の身支度を調えてから、月見里一心と朝波朔のいる部屋へと食料を届けに向かった。
絢斗は、月見里達を心配し、同行すると言ってきた。その感情を受けとめながらも、神薙は部屋で待つように言った。前日の富嶽が神薙の部屋まで、絢斗を連れてきてくれた事実が、神薙をそうさせた。富嶽が単独で月見里達の部屋を訪れたと考えるより、班長である夏目と共に行動していたと考える方が自然だ。つまり、富嶽だけでなく、夏目も、絢斗と会っただろう。
絢斗の存在はF班だけでなく、甦禰看も知っている。神薙も絢斗を部屋へ招く際、ネオ・シードの市民を保護したと指令班へ報告を出した。
絢斗の存在を秘匿することは、不可能なのだ。ただ、班員試験に受かり、班という枠で守られるまでは、極力、他者との接触をたつことが無難であることに、変わりはない。だから、絢斗の友を想う純粋な善意を踏みとどまってもらった。
そして、月見里と朝波には、道を覚え、神薙の部屋まで来てほしいと、頭を下げるつもりだった。
神薙は彼らのサポートのためだけでなく、学校へ行ったことがないと言う絢斗のことで、月見里と朝波に力を貸して貰えないか、頼みに行こうとしていた。
絢斗の了解は得ていない。彼が本心から望まないのであれば、神薙が月見里に協力を仰ぎ、堀を固めても、そこから逃げ出すだろう。けれど、絢斗は他者への配慮から遠慮をするかもしれない。神薙がしたことだと、絢斗に言い訳ができる幅をあげ、彼の思う選択をさせてあげたかった。
むろん、月見里が拒否したなら、それまでの話だ。
朝波の状態を思えば、こちらの意見を押し通すことはできない。朝波を追い詰めたのが自分であるなら、余計すべきでない。たとえ、神薙に朝波朔を苦しめる意図がなかったとしても。
目的地の前まで行くと、神薙は壁のセキュリティー装置を操作し、部屋の住人に自分達が来たことを知らせた。
しばらくし、「はい」と月見里がしっかりした口調で出てくれた。
「神薙だ。朝食を持ってきた」
ドアが開き、朝波を抱っこした月見里と目が合った。
朝波の手には、神薙が作ったニャン太が握られていた。
「おはようございます」
微笑んだ青年はくたびれた顔をしていた。
一日で、これでは、月見里が潰れてしまう。
鼻をつく異臭に、彼が朝波のおむつを替えたことを知る。
自分も施設で、年下に対し、同じ事をしていた。
だが、神薙はそうせざるを得ない状況だった。
月見里は違う。
神薙は感情が表情に現れないよう努めながら、ビニール袋を月見里へ見せた。
「菓子パンと牛乳とお茶だ」
「ありがとうございます」
「どこに置けばいい?」
「ベッドに。朔の分を作るまで、朔を見ていてもらえますか?」
朝波朔は人だと言った、月見里の強い瞳を思い出す。
当然、朝波は人だ。
しかし、今、神薙達の前で動いている朝波の体は、人工物なのだ。冷たいと軽蔑されようが、それを加味した判断をするべきだ。
人の面倒をみるというのは、簡単なことではないからだ。
誰しもが自分なりの生活リズムを持っている。それを無理矢理にでも相手に合わさなければいけない。そして、月見里は朝波の世話をするために生まれてきた訳ではない。彼には彼の人生がある。もっと言えば、月見里が朝波の世話をしたとして、金が入ってくるわけではない。月見里は自分の生活を、朝波とは無関係に維持する努力をしなければいけないのだ。
世話をする相手がどれだけ大切な人でも、自分の将来への不安と積み重なっていく疲労は、その相手への憎しみへと繋がることがある。本当は社会的なサポートや関与しない第三者からの理解が足りないことが、問題なのに。憎むべきは、そちらなのに。
月見里は神薙とは違う。
しなくても良い苦労は、しないに越したことはない。
「朝波君は飲食をしなければ、排泄もしない。それでも、彼は生きられる」
月見里は眉間に皺を寄せた。
あからさまなこちらへの嫌悪感を前に、神薙は、社会に出てから身についた、事務的に考えようとする癖が顔を出そうとしているのがわかった。
それじゃあ、ダメだ。
絢斗が好きだと言ってくれた自分が、どのようなものなのか、明確性に欠けるが、青年の言葉は、神薙に自分を省みる時間をくれた。朝波も、月見里も、機械ではない。合理的な解答が、正しいとは限らない。
「朝波君を大切にしている君の姿を、僕は素敵だと思っている。だから、君と朝波君の関係がおかしくなるのは嫌なんだ」
個人的な意見だったのに、月見里は表情を緩めてくれた。
絢斗は、月見里達を心配し、同行すると言ってきた。その感情を受けとめながらも、神薙は部屋で待つように言った。前日の富嶽が神薙の部屋まで、絢斗を連れてきてくれた事実が、神薙をそうさせた。富嶽が単独で月見里達の部屋を訪れたと考えるより、班長である夏目と共に行動していたと考える方が自然だ。つまり、富嶽だけでなく、夏目も、絢斗と会っただろう。
絢斗の存在はF班だけでなく、甦禰看も知っている。神薙も絢斗を部屋へ招く際、ネオ・シードの市民を保護したと指令班へ報告を出した。
絢斗の存在を秘匿することは、不可能なのだ。ただ、班員試験に受かり、班という枠で守られるまでは、極力、他者との接触をたつことが無難であることに、変わりはない。だから、絢斗の友を想う純粋な善意を踏みとどまってもらった。
そして、月見里と朝波には、道を覚え、神薙の部屋まで来てほしいと、頭を下げるつもりだった。
神薙は彼らのサポートのためだけでなく、学校へ行ったことがないと言う絢斗のことで、月見里と朝波に力を貸して貰えないか、頼みに行こうとしていた。
絢斗の了解は得ていない。彼が本心から望まないのであれば、神薙が月見里に協力を仰ぎ、堀を固めても、そこから逃げ出すだろう。けれど、絢斗は他者への配慮から遠慮をするかもしれない。神薙がしたことだと、絢斗に言い訳ができる幅をあげ、彼の思う選択をさせてあげたかった。
むろん、月見里が拒否したなら、それまでの話だ。
朝波の状態を思えば、こちらの意見を押し通すことはできない。朝波を追い詰めたのが自分であるなら、余計すべきでない。たとえ、神薙に朝波朔を苦しめる意図がなかったとしても。
目的地の前まで行くと、神薙は壁のセキュリティー装置を操作し、部屋の住人に自分達が来たことを知らせた。
しばらくし、「はい」と月見里がしっかりした口調で出てくれた。
「神薙だ。朝食を持ってきた」
ドアが開き、朝波を抱っこした月見里と目が合った。
朝波の手には、神薙が作ったニャン太が握られていた。
「おはようございます」
微笑んだ青年はくたびれた顔をしていた。
一日で、これでは、月見里が潰れてしまう。
鼻をつく異臭に、彼が朝波のおむつを替えたことを知る。
自分も施設で、年下に対し、同じ事をしていた。
だが、神薙はそうせざるを得ない状況だった。
月見里は違う。
神薙は感情が表情に現れないよう努めながら、ビニール袋を月見里へ見せた。
「菓子パンと牛乳とお茶だ」
「ありがとうございます」
「どこに置けばいい?」
「ベッドに。朔の分を作るまで、朔を見ていてもらえますか?」
朝波朔は人だと言った、月見里の強い瞳を思い出す。
当然、朝波は人だ。
しかし、今、神薙達の前で動いている朝波の体は、人工物なのだ。冷たいと軽蔑されようが、それを加味した判断をするべきだ。
人の面倒をみるというのは、簡単なことではないからだ。
誰しもが自分なりの生活リズムを持っている。それを無理矢理にでも相手に合わさなければいけない。そして、月見里は朝波の世話をするために生まれてきた訳ではない。彼には彼の人生がある。もっと言えば、月見里が朝波の世話をしたとして、金が入ってくるわけではない。月見里は自分の生活を、朝波とは無関係に維持する努力をしなければいけないのだ。
世話をする相手がどれだけ大切な人でも、自分の将来への不安と積み重なっていく疲労は、その相手への憎しみへと繋がることがある。本当は社会的なサポートや関与しない第三者からの理解が足りないことが、問題なのに。憎むべきは、そちらなのに。
月見里は神薙とは違う。
しなくても良い苦労は、しないに越したことはない。
「朝波君は飲食をしなければ、排泄もしない。それでも、彼は生きられる」
月見里は眉間に皺を寄せた。
あからさまなこちらへの嫌悪感を前に、神薙は、社会に出てから身についた、事務的に考えようとする癖が顔を出そうとしているのがわかった。
それじゃあ、ダメだ。
絢斗が好きだと言ってくれた自分が、どのようなものなのか、明確性に欠けるが、青年の言葉は、神薙に自分を省みる時間をくれた。朝波も、月見里も、機械ではない。合理的な解答が、正しいとは限らない。
「朝波君を大切にしている君の姿を、僕は素敵だと思っている。だから、君と朝波君の関係がおかしくなるのは嫌なんだ」
個人的な意見だったのに、月見里は表情を緩めてくれた。
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