父の男

上野たすく

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拘束される未来 ~昭弘視点~

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「救急車を呼び終わったら、初めて入ったホテルへ来い。二人でこれからを考えよう」
 男は嗚咽の混ざった笑い声を出した。
「わかりました。必ず来てください。約束ですよ、先輩」
 通話が途絶える。ボタンをいじり、蛍の携帯番号に電話をかけた。
「はい」
 蛍はワンコール目で出た。不意打ちを食らい、一瞬、日本語が体からすっぽりと失われる。
「昭弘?」
「ああ」
 再度、胸元に隠れている四角いプレートを、背広の上から握りしめ、動揺を押し殺した。
「しばらく、署に泊まることになりそうだ」
 こちらの嘘に、彼は相槌を打った。
「試験、受かるように祈っている」
「うん。ありがとう」
 この電話を切れば、きっと、死ぬまで、蛍の声を聞くことはできない。
「頼みがあるんだが」
「なに?」
「す……好き……………好きだと……。好きだと言って欲しい」
 子供じみた頼み事に、蛍は優しく笑った。
「好きだよ」
 瞼を閉じ、彼の声に全神経を傾けた。
「好きだ。俺は昭弘が好きだよ。好き」
「ありがとう……」
 苦心して、彼の声を遮った。
「俺も聴きたい」
「え?」
 相手は無言を返してきた。好きの二言で、彼が満足するのなら、言えばいいのだ。好きだと。それに、彼が欲している言葉は、長年、伝えたかった偽りのない気持ちじゃないか。
 口を開く。
 
 だけど、この軽率な行為が、彼の今後を縛り付けやしないだろうか? 

 目を瞑り、口を閉じた。
「仕事が終わったら、お前の顔を直接見て言うよ」
 蛍はフッと笑った。
「本当は、面と向かって言いたかったんだけど、試験までに、会えそうにないから」
 彼の息遣いに鼓動が速くなる。
「もし、俺が司法書士試験に受かったら、連れて行って欲しいんだ。昭弘の生まれた家に」
 呼吸器が狭まる。父から殴られた日を思い出し、携帯電話を握る感覚が乏しくなった。
「…………どうして……急だ。そんなこと」
「まだ、会うのは早い?」
「すまない」
「大丈夫。俺が焦り過ぎたんだ」
 蛍は静かにこちらの気持ちを汲んだ。
「じゃあ、講義があるから」
 切られる。そう思った途端、血管が縮まった。頭が働かない。
「昭弘。何かあった?」
 咄嗟に、電話を切った。
 最後の最後にしくじった。
 落ちたアイスには無数のアリが群がっている。ビニール袋に入ったもう一つを、アイス棒と一緒に公園の屑籠に放り込んだ。
 携帯電話がバイブする。
 蛍だった。
 電源を落とし、加賀島との待合場所へ向かった。
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