17 / 27
勇者、孤独の中に光りを見つける
1
しおりを挟む
月明かりの下、ハルがつけてくれた炎を前に、彼の胸に額をつけた。
どくん、どくんと心臓の音がする。
同じだ。
ハルも、俺達人間と同じ。
生きている。
一定のリズムをもっと聴きたくて、いっそう胸に顔を近づけた。
鼻孔をくすぐるのは、花の甘いような、土のほろ苦いような、断定できない香り。
体が熱い。
特に、腹の辺りが燃えるようだった。
幼い日、城下街の子どもを助けようと、毒蜂に立ち向かい、敗北して負った傷への苦しみに似ていた。
誰も傍にいてくれなかった。
寂しくはなかった。
やっぱりな、と思った。
俺は歴代の勇者よりもパワーやスキルが低く、言ってみれば、出来損ないだったから。
面と向かって、非難されたことはない。
だけど、剣の稽古や魔術の講義、オレの一挙手一投足が期待に応えられるレベルでないたび、視線や空気が重たくなったのを知っていた。
毒蜂……、キラービーは戦闘の経験値の低い俺じゃ、到底かなわない相手だった。
講義でも、再三、注意するようにと言われていたから、俺の瀕死状態に同情する人はいなかった。
温かくなると、城下街近くの森にやってくるキラービーは、繁殖期には神経質になり、悪意がない人間にも襲いかかってくる。
子どもは、森に遊びに行っただけだった。
俺はキラービーに追われる彼に、偶然会ったのだ。
無視などできなかった。
まあ、返り討ちにあっちまった身としては、えらそうなこと、言えないけどな。
ハルの心音に耳をすます。
キラービーの毒をくらい、人々から溜息と苛立ちを受け、最悪だった。
けど、たった一つ、良いことがあった。
ハルと出会えたことだ。
毒で意識が朦朧とする俺でも分かるくらいに、ハルは魔界の住人だった。
二本の立派なホーンと黒い翼。
死に体だったからか、怖くなかった。
ああ、そうだ。
俺は死を覚悟していたんだ。
それなのに、首にハルの爪が入り込んだとき、涙が出た。
ハルは慌てて、自分でつけた傷の手当てをした。
懐かしい。
口角を上げると「シオウ?」とハルがこちらの顔を覗き込んできた。
「なんでも、ない」
体は辛いけど、ハルの体に、てらいなく触れられるのは、なんだか、得した気になる。
ハルの体はちょっとだけ冷たさが和らいでいた。
よかった……。
ハルの力になれて。
俺が食べられる側で。
ほんと、よかった。
一つでも、ハルが俺といて利益があるなら、俺はこいつの傍にいる自分を許せる。
俺だって、分かっちゃいるんだ。
勇者と魔王が親友同士だなんて、そんな寸劇でしかないような設定、誰にも認められない。
それでも、俺にはハルしかいない。
たとえ、この腹部を焼くような熱が、ハルの「ごめん」に関係するとしても。
依存しているんだ。
どっぷりと。
瞼を閉じているのに、鮮明な光景が浮かび上がる。
俺の脳が覚えている、ホーンも隠せない時代のハル。
再会した日は、初めて会ってから数ヶ月が経っていた。
俺は剣術の稽古で、こってりと絞られた後だった。
剣術の師は、物体を目で見るな、感じるんだ、と訳の分からないことを言い、俺は手ぬぐいで目隠しをさせられ、師の木刀とやり合わされた。
おかげで、青痣だらけだった。
食欲もなくて、俺は宛がわれた部屋を抜け出して、森へと入ったのだ。
キラービーは寒さで活動を停止している。
危険なのは、魔物と肉食獣、そして、追いはぎ。
空は夕日で真っ赤だった。
鈍痛で足取りが鈍る。
息をついて、木に手をついたなら、上空からハルが地上へ降り立った。
太陽の赤い光を受け、恐ろしいほどに綺麗だった。
ハルは俺を見ると、安心したように笑った。
が、瞬時に、顔を歪めた。
「どうしたんだ、その怪我」
オレはハルの発音が上手になっていることより、こちらを気づかうような言葉に驚いた。
「痛いだろ。冷やさないと」
ハルが翼を羽ばたかせる。
オレは彼の手を掴んだ。
「待って」
行かないで、と言うと、ハルは瞬きもせず、オレを見た。
「ハルがいい」
相手の手を頬の青痣のある部分へと当てた。
ハルは多くを聞かず、今みたいに、ただ、オレの傍にいてくれたんだ……。
炎が枝を燃やす音と、ハルの音が心地良い。
睡魔が誘う過去のやさしい時間に、オレは身を預けた。
どくん、どくんと心臓の音がする。
同じだ。
ハルも、俺達人間と同じ。
生きている。
一定のリズムをもっと聴きたくて、いっそう胸に顔を近づけた。
鼻孔をくすぐるのは、花の甘いような、土のほろ苦いような、断定できない香り。
体が熱い。
特に、腹の辺りが燃えるようだった。
幼い日、城下街の子どもを助けようと、毒蜂に立ち向かい、敗北して負った傷への苦しみに似ていた。
誰も傍にいてくれなかった。
寂しくはなかった。
やっぱりな、と思った。
俺は歴代の勇者よりもパワーやスキルが低く、言ってみれば、出来損ないだったから。
面と向かって、非難されたことはない。
だけど、剣の稽古や魔術の講義、オレの一挙手一投足が期待に応えられるレベルでないたび、視線や空気が重たくなったのを知っていた。
毒蜂……、キラービーは戦闘の経験値の低い俺じゃ、到底かなわない相手だった。
講義でも、再三、注意するようにと言われていたから、俺の瀕死状態に同情する人はいなかった。
温かくなると、城下街近くの森にやってくるキラービーは、繁殖期には神経質になり、悪意がない人間にも襲いかかってくる。
子どもは、森に遊びに行っただけだった。
俺はキラービーに追われる彼に、偶然会ったのだ。
無視などできなかった。
まあ、返り討ちにあっちまった身としては、えらそうなこと、言えないけどな。
ハルの心音に耳をすます。
キラービーの毒をくらい、人々から溜息と苛立ちを受け、最悪だった。
けど、たった一つ、良いことがあった。
ハルと出会えたことだ。
毒で意識が朦朧とする俺でも分かるくらいに、ハルは魔界の住人だった。
二本の立派なホーンと黒い翼。
死に体だったからか、怖くなかった。
ああ、そうだ。
俺は死を覚悟していたんだ。
それなのに、首にハルの爪が入り込んだとき、涙が出た。
ハルは慌てて、自分でつけた傷の手当てをした。
懐かしい。
口角を上げると「シオウ?」とハルがこちらの顔を覗き込んできた。
「なんでも、ない」
体は辛いけど、ハルの体に、てらいなく触れられるのは、なんだか、得した気になる。
ハルの体はちょっとだけ冷たさが和らいでいた。
よかった……。
ハルの力になれて。
俺が食べられる側で。
ほんと、よかった。
一つでも、ハルが俺といて利益があるなら、俺はこいつの傍にいる自分を許せる。
俺だって、分かっちゃいるんだ。
勇者と魔王が親友同士だなんて、そんな寸劇でしかないような設定、誰にも認められない。
それでも、俺にはハルしかいない。
たとえ、この腹部を焼くような熱が、ハルの「ごめん」に関係するとしても。
依存しているんだ。
どっぷりと。
瞼を閉じているのに、鮮明な光景が浮かび上がる。
俺の脳が覚えている、ホーンも隠せない時代のハル。
再会した日は、初めて会ってから数ヶ月が経っていた。
俺は剣術の稽古で、こってりと絞られた後だった。
剣術の師は、物体を目で見るな、感じるんだ、と訳の分からないことを言い、俺は手ぬぐいで目隠しをさせられ、師の木刀とやり合わされた。
おかげで、青痣だらけだった。
食欲もなくて、俺は宛がわれた部屋を抜け出して、森へと入ったのだ。
キラービーは寒さで活動を停止している。
危険なのは、魔物と肉食獣、そして、追いはぎ。
空は夕日で真っ赤だった。
鈍痛で足取りが鈍る。
息をついて、木に手をついたなら、上空からハルが地上へ降り立った。
太陽の赤い光を受け、恐ろしいほどに綺麗だった。
ハルは俺を見ると、安心したように笑った。
が、瞬時に、顔を歪めた。
「どうしたんだ、その怪我」
オレはハルの発音が上手になっていることより、こちらを気づかうような言葉に驚いた。
「痛いだろ。冷やさないと」
ハルが翼を羽ばたかせる。
オレは彼の手を掴んだ。
「待って」
行かないで、と言うと、ハルは瞬きもせず、オレを見た。
「ハルがいい」
相手の手を頬の青痣のある部分へと当てた。
ハルは多くを聞かず、今みたいに、ただ、オレの傍にいてくれたんだ……。
炎が枝を燃やす音と、ハルの音が心地良い。
睡魔が誘う過去のやさしい時間に、オレは身を預けた。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~
TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】
公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。
しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!?
王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。
これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。
※別で投稿している作品、
『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。
設定と後半の展開が少し変わっています。
※後日譚を追加しました。
後日譚① レイチェル視点→メルド視点
後日譚② 王弟→王→ケイ視点
後日譚③ メルド視点
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる