泡影の異世界勇者《アウトサイダー》

吉銅ガト

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第1章 はじめての異世界

17話 出発

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 オークの襲撃の夜から三日。あれからもうそんな時間が経っていることに驚いてしまうが、それと矛盾するように果てしなく長い時がたったという気さえするのだから不思議だ。
 後から分かったことだが、どうやら倒れているところを発見された俺は、肋骨の骨折、いくつかの内臓の損傷、そして右腕の骨のひびなどとんでもない状態だったらしい。さらにはマナも限界を超えるほどに消費していたので自己治癒も機能せず、三日という時間がかかってやっと何とか生活をするほどまで回復できたというわけだ。……いや、三日で大怪我から回復というのも元の世界での尺度で見ればなかなかにおかしい話だが、大トカゲ、ゴブリンと連日のように怪我をしてすぐさま回復してきた身からするとかなり長く感じてしまうのだから、俺もこの世界に段々と染まってきてしまっているのかもしれない。
 しかし体の回復ほど心の傷は癒えることはなかった。どれだけその時努力していたとしてもフェルテルを失ってしまったという事実は変わることなく、じくじくと俺の心を蝕み続けていた。そんな俺を見かねたノルト村長は、リハビリがてら畑仕事の軽い手伝いをしてくれないかと誘って俺に外の空気を吸わせようと取り計ってくれた。村長も愛する孫を失って俺以上の悲しみを味わっているはずなのに気を使わせてしまっているということが、ただひたすらに申し訳なかった。

 まともな会話をすることもなく作業をし終え俺たち二人が家に向かっていると、ふと建物の影から視線が向けられているのを感じた。その視線には明らかに疑念、あるいは敵意の色が混じっている。できるだけ視線の元を見ないようにして耳を澄ませると、ぼそぼそとした話し声が聞こえてきた。
「……あいつだよ、最近村に来たってやつ」
「あの噂は本当なのかよ。あいつがオークの群れを村によこしたっていうの」
「おい、声がでけえよ。聞こえちまうだろ……。噂はマジらしいぜ。聞いた話じゃ、闇の魔法を使って魔物を使役していたらしい」
「てことはあいつは王都で騒ぎになってる魔王の軍勢とかいうやつなのか……?」
 この村人たちは何のことを言っているんだろう。恐らく俺のことを話しているのだろうが、俺がオークを村に導いただの、闇の魔法で魔物を使役していただの、どこで尾ひれがついたのかもわからない噂がこの村に蔓延しているようだった。
 このまま黙っておけるものか。俺が思わず男たちのほうへ歩き出そうとするのを寸前でノルト村長に止められる。
「いけませんソーマさん。ここで反論したとて村の噂は途絶えませんぞ。むしろさらなる悪評が広がるやもしれません」
 噂話をする男たちに聞こえないように、ノルト村長は小さな声で俺にささやく。確かにノルト村長の言う通りだ。自分を悪者にされるという不快感は消えないが、これをエスカレートさせないためには我慢するしかない。ぐっとこみ上げる感情をこらえて黙々と帰路を急いだ。

 バタン! といつもより大きな音を立てて扉を閉め荷物を置いた後、ノルト村長は静かに語り始めた。
「すみませんの……。できる限りソーマさんには知らせないようにしていたのですが、それも無駄になってしまいましたな。……今この村ではあのようなうわさが広がっています。無論すべての人間が信じているわけではないですが、大多数の村人はソーマさんに疑いの目を向けていますな……」
 そして疲れたように大きくため息をついて村長は揺り椅子に深く座り込んだ。オークの襲撃以前よりも十歳ほど老けたように見える、深いしわの刻まれた横顔が視界に入る。ノルト村長も噂が嘘であることを村人に伝えているらしいが、噂の渦中の人物と一緒に暮らしているためにその主張さえも本来の影響力を失っていた。
「村長のせいじゃないですよ……。俺の方こそいろいろ迷惑かけてすみません」
「いや、ソーマさんは村のために戦ってくださったのですから、感謝されることはあっても敵意を向けられる存在ではありません。村人の責任は村長であるわしの責任です。だから、ソーマさんは気にしないでください」
 そこで会話が途絶え、辺りに沈黙が訪れる。俺たちの憂鬱な気分と相反するように、窓の外から見える太陽はギラギラと夏らしい光を放っていた。

 その日の晩。夕食を食べ終えたところで、俺はノルト村長にある提案をした。
「村長、俺は今晩この村を出て王都に向かおうとおもいます。これ以上ここにいたら俺を助けてくれた人たちにも危害が及びかねない。……もう、自分の周りの人が傷つくのを見たくないんです」
 俺の提案を聞き驚きの表情を浮かべるノルト村長だったが、俺の話を聞いていくうちにその瞳は段々と真剣な光を宿していった。俺の言葉を聞き終えて、ノルト村長はゆっくりと俺に尋ねる。
「本当に、本当にそれでよいのですな……? まだ体は完全に治っていないでしょうし……治るまで村にいてもよいのですぞ」
「大丈夫ですよ。もともと王都には行くつもりでしたし、それがちょっと早くなっただけです。そのほうが俺のためにもいいと思うので」
 ここから王都までは徒歩では一週間ほどかかるとノルト村長が言っていたはずだが、それでもこの村でノルト村長やほかの俺の味方をしてくれる人たちに迷惑をかけ続けるよりはずっとましだ。そしてフェルテルの死を乗り越えるためにも俺は旅立つしかないと感じていた。
 俺の覚悟を察したのか、ノルト村長は俺を引き留めるのをやめた。
「ソーマさんがそうおっしゃるのであれば、わしに留める権利はありません。ですがわしらにも少しは旅の助けをさせてください。ソーマさんはここで旅支度をしておいてください」
 ノルト村長はそう言うや否や、家を出るとどこかへ速足で歩いていった。何か策があるんだろうか。見当もつかないが、ここはノルト村長に任せるとしよう。俺はすでに準備しておいた道具をもう一度確かめ始めた。

 ノルト村長が家を出ていってから二十分ほど経っただろうか。玄関の扉が開いて室内に聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「ソーマ、体は大丈夫か?」
 部屋に入ってきた、逆立った髪が特徴的な巨漢は間違いなくグアルドだ。彼も俺ほどではないがオークの襲撃で怪我を負ったようで、体のあちこちに包帯が見える。
「ソーマさん! 私たちにもどうかお手伝いをさせてください!」
 グアルドに続いて、そんな声とともに家の中に入ってきたのは俺が目を覚ました夕暮れに出会った家族だった。息を切らしているということはノルト村長から話を聞いてすぐさま駆けつけてきたのか。
 最後にノルト村長が家の中に入ってきた。額には汗が浮かんでいる。急いで協力者を探してきてくれたのだろう。
「この者たちはソーマさんの事情を話したらすぐに協力を了承してくれました。ライにも話したのですが治療薬の精製で忙しいらしく、激励だけ受け取ってきました。ともかく、ソーマさんが命を懸けてくれたことを知っている人もちゃんといるのですぞ」
 ノルト村長の言葉に同意するように、グアルドと親子もにっこりと笑顔を作った。今日村人たちの陰口を聞いて感じた不快感をはねのけるほどにその笑顔は俺の目にはとてもまぶしく映った。
「みんな……。本当にありがとう、こんな夜遅くにわざわざ俺のために手伝いに来てくれて……」
 彼らのやさしさを噛みしめながら俺を言うと、グアルドがガハハ! と豪快に笑いながら俺の肩を叩いた。
「いいってことよ! だって俺らはお前に助けられたんだぜ。恩人が困っているときに助けないやつがあるかよ!」
夫妻もうんうんと力強く頷く。目頭が熱くなって、俺は慌てて目をこすってごまかした。

 協力者がやって来たことで俺の旅立ちの準備は急ピッチで進んでいった。
 ノルト村長は一週間分ほどの食料や旅用の道具のほかに、今までの手伝いと村人の救助のお礼だと言って俺に袋に入ったコインを渡した。なんでもこれがこの国で流通している通貨らしく、少ないが王都での路銀に充ててくれと言われ、俺は村長に深く感謝しつつこれを受け取った。
 グアルドは俺に長剣と短剣を一振りずつくれた。短剣はあの夜オークとの戦いで使ったものだ。急な準備で大それたものは用意できなかったが、お前の才能のきらめきを俺は見てこれを譲ると決めた、と言ってグアルドの愛用する剣たちを俺に託してくれた。
 そして三人の家族は、俺が初めてフレウト村に来た時に見たキャルーの飼育をしている家だったらしく、王都までキャルーを一頭貸そうと提案してくれた。ちなみに王都に知り合いのキャルー農場があるので、そこにキャルーを渡しに行ってくれればよいとのことだった。ありがたくこの厚意にあずかり、俺は王都までの道をキャルーを駆って向かうことになった。

 そして夜明けがあと一時間ほどに迫ったところで、俺はついにこの村を旅立った。俺が急にいなくなったのはノルト村長が村のために追い出したからだと言ってほしいと、村長に半ば強引に頼んだ。これで俺に加担したためにうしなわれた村長としての立場も少しは回復するかもしれない。
 荷鞍をつけた痩身のトカゲに乗って、基本的な操り方を教えてもらった後、グアルドに死ぬなよ! という激励にサムズアップして笑顔を作って応じる。
「それじゃあ、今まで本当にありがとうございました。このご恩はいつか必ず返します」
 ノルト村長に今までの万感の思いを言葉にしてお礼を述べたのち、ぎこちなく手綱を操って俺は村の門から暗闇に駆け出した。目指すは南、はるか先にあるという王都だ。ライさんにもらったランタンのほのかな魔法の光だけを頼りに、俺とキャルーはひたすらに道を進む。

 グレン村を発って四日。俺が乗り手として未熟だったがゆえにノルト村長が言っていたよりも時間がかかってしまったが、何とか王都と思われる強大な門の前までたどり着くことが出来た。道中魔物に出くわしたが、キャルーに乗って駆け抜けることで巻くことがほとんどだったので戦闘自体はあまりなかった。村で準備してもらった食料は十分すぎるほどあったが、どうしても惨劇の光景がちらついて干し肉はのどを通らなかったのには自分のことながら困ってしまった。やはりフェルテルの死からはいまだ到底立ち直れそうもないらしい。
 キャルーから降りて辺りを見回すと、王都全体を囲うように建てられた壁の高さに村との違いを感じて不思議な気持ちになる。田舎と都会ではここまで文化レベルに違いが出るものなのだろうか。ひとしきり外観を眺めたのち、俺は不安を浮かべつつ門の衛兵の元にキャルーを引いて歩いていった。
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