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第2章 王都フレンテと魔王の影
25話 治療院
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大雨の森で散々な目に遭った俺は、あと少しで街にたどり着くというところで力尽きてしまった。しかし、今目の前に広がるのは黒々とした夜の森。その上ざあざあと叩きつけるような雨は降っている。なぜか俺はたった一人で夜の雨の森に突っ立っていた。
状況が呑み込めずきょろきょろと辺りを見回していると、突然俺の背後から聞き覚えのある地鳴り音が響いてきた。この重々しい足音、そして押しつぶすような威圧感。まさかこいつは──。
恐る恐る振り向いた俺の視界に移ったのは、やはりというべきか、濁った緑色の甲殻を持った巨大なカニだった。真っ暗な夜のはずなのに、なぜだかそのカニの姿だけは自ら発光しているかのようにはっきり見える。
「く、来るなッ! 来るなああ!!」
ぎょろりとしたその双眸に睨みつけられた途端、俺の中に途方もないほどの恐怖が溢れる。その水晶のような眼球には俺に対する怒りと憎しみが籠っているように見えた。その嫌悪感の対象から逃れるために足を動かそうとしたが、地面にくぎ付けにされたように全く動かない。そうして足を無理やり動かそうともがいている俺に向かって、ゆっくりと巨大な岩石を思わせる鋏が接近してくる。凸凹とした鋏が万力のように俺の腰辺りを締め上げていく。先ほどまで俺がどんなに力を込めても動こうとしなかった足は、巨大ガニが俺を持ち上げた時にはすぐに地面を離れていった。俺の体は高々と持ち上げられ、ついには両方の鋏でホールドされる状態になっていた。やがて両鋏が外側に動き出して上半身と下半身が真反対の方向に引っ張られ始め、俺の体はミシミシと悲鳴を上げる。俺がどれだけ叫んでもその化け物は構わず力を込めていき、ついに限界を迎えた瞬間、肉が裂けるおぞましい音とともにいきなり視界がブラックアウトした。
「うわあああ!!」
ブラックアウトの直後、真っ二つに引き裂かれたはずの俺はがばりと起き上がった。汗だくで周囲を見回すが、そこは全く見覚えのない白を基調とした部屋だった。どことなくグレン村のライさんの工房で嗅いだような、やや清涼感のある薬っぽい匂いが鼻先を掠める。そして当の本人である俺は簡素なベッドの上に寝かされていた。もしここがグレン村の村長の家で、このベッドがもう少しおんぼろだったら、本当に初めてグレン村を訪れた時と同じ展開になってしまったところだ。
どうやら俺はさっきまで悪夢を見ていたようだ。気を失う前にあんな恐ろしい体験をしたのだ、夢の中にあの化け物ガニが現れても不思議なことではない。ひとまず命を失わずに済んだことをいまさらのように安堵していると、部屋の奥の扉が勢いよく開いて一人の男が入ってきた。くたびれた白い上着を羽織り、伸ばし放題の髪を無造作に後ろでくくった男が俺に接近してくる。俺の寝ているベッドの近くにある椅子にドカリと座り込むと、その男は手に持ったカルテらしきものに目を通し始める。
「頭部に切り傷三か所、右腕の骨にひびが一か所、左腕の脱臼、その他全身打撲に切り傷……と。全く、これだからマナーゼンの治療は嫌なんだよ……」
そう言って男はわざとらしく大きなため息をつくと俺の方をじろりと見やった。どうやらここは病院のような施設で、彼は俺の処置に当たってくれた人らしい。ボロボロになって治療をしてもらったのは俺なので、この男の目線も甘んじて受ける他なかった。とりあえずの状況を確認しようと俺が口を開きかけたところでその男が話し始めた。多分わざと俺を遮ったなこの人……。
「あー、お体大丈夫ですか患者様……って、大丈夫なわけねえか。俺の名前はトレト。ここの治療院の治療士。そんでお前は俺の患者。衛兵どもが門の前でぶっ倒れてるお前を見つけたんだとよ」
意識を失う寸前に誰かが走り寄る音が聞こえた気がするが、あれは門の衛兵だったのか。いつか会った時にはお礼を言わなければ。
「助けてくださって本当にありがとうございます。トレトさんがいなかったら今頃俺はどうなっていたか……」
あれだけの大怪我をしたのだ。この男改めトレトさんはかなりの腕前の治療士なのだろう。しかし、俺が礼を述べたにもかかわらず、トレトさんはむしろ不機嫌そうな顔になった。
「あのな、礼を言うくらいならマナーゼンなんて馬鹿みてえなことやってるてめえの行いを猛省してろよ」
怒りをにじませた表情で俺にそう吐き捨てると、トレトさんは白衣的な上着を翻して部屋を出ていった。呆然としながら、何か癪に障るようなことを言ってしまったのかと先ほどの発言を振り返っていると、扉がまたもや盛大な音を立てながら開いて、今度は宿の女将さんくらいの年齢であろうおばさんがカートを押して部屋に入ってきた。
「ごめんなさいね。トレト先生、今日はちょっと機嫌が悪いみたいで……。怒られたのかもしれないけど、あんまり気にしないでいいわよ。それじゃあ、朝食を持ってきたからゆっくり食べてね」
そうして恐らくナースさんがトレイに乗ったご飯をベッド横の小さなテーブルに置くと、こちらに手を振ってにこやかな表情で帰っていった。手を振り返した俺の顔は引きつってはいなかっただろうか。ひとまずいろいろな考え事は保留しておいて俺は朝食を食べることにした。病院食感あふれる薄味な料理を噛みしめて、トカゲの角亭のご飯を食べたいと心から思ったのだった。
ご飯の後俺は自分の体をチェックしてみることにした。さっきトレトさんが言っていたように右腕の骨にひびが入っていたり、左肩が脱臼していたり、体をあちこちに打撲や切り傷があったりとしていたようだが、今は来ていた服の代わりに包帯でぐるぐる巻きになっているのであまり患部を確認できない。朝食も脱臼した肩は戻されていたので痛いながらも何とか食べられたが、再びマナーゼンの仕事をやるとなるとこの右手ではろくに剣も触れまい。
そういえば俺の持ち物はどこにあるのだろうか。確かあの時、折れた長剣と小さなバッグ、そして胸当てと籠手を身に着けていたはずだ。部屋のあちこちをベッドの上から探していると──、あった。どこかに置かれているのかと思っていたが、部屋の壁に取り付けられたフックにそれぞれ掛けられていた。昨日カニに殴られたときにできたのだろう、少ない所持金をはたいて買った胸当てには大きなへこみと傷がある。また買い直すか、あるいはこれを買った防具屋に行って修理をお願いするか。どちらにせよ料金が発生するのでその金を稼ぐために働かなくてはならなくて、しかし体がまだ万全ではなくて……。考えれば考えるほど自分が今なかなかに困った状況にいることが分かる。この辺のことは治った後に考えるとしよう。未来の自分に面倒事を丸投げして俺は布団をかぶってふて寝することにした。
昼食を食べて、体内のマナを回復させて回復力を高めるという青い液体の薬を小さなコップで一気に流し込んだのち、再びの退屈を享受していると、コンコンと部屋の扉を叩く音が聞こえた。どうぞ―、と声をかけると今日初めてゆっくりと扉が開けられる。治療院というここの従業員の方がなぜ荒っぽいんだと思いながら来訪者を見るために起き上がると、そこにいたのはマナーゼンギルドの役員さん、エナセラさんだった。いつもの制服の上に薄いケープを纏った彼女はこちらに礼をするとベッドの近くの椅子に腰かける。
「お体の調子は大丈夫ですか? 先日は十分な忠告をできず、ソウマ様にご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした」
そう言って彼女は深く頭を下げる。俺からしてみれば、俺が勝手に無謀にも森の奥に潜ってあんなことになってしまったのだ。エナセラさんが謝る筋合いは全くもってない。
「エナセラさん頭を上げてください! 俺こそ自分の実力を過信して馬鹿なことをして……。だから、本当にすみませんでした!」
俺もエナセラさんに頭を下げる。マナーゼンの仕事はギルドの役員との連携によって成り立っている。だからこそ俺のような馬鹿げた行動をするような奴は全体に迷惑をかけることになるのだ。ここで改めて俺は自分の浅はかさを痛感した。
そこにまた扉を開ける音が部屋に響く。
「二人して一体何をしておるんです?」
呑気な声で尋ねてきたのは”閃杖のローガン”ことローガンさんだった。
「どちらにも謝る気があるのならそれでもうよいでしょう。とりあえずソーマさん、本当に無事でよかった。それで、ソーマさんは何と対峙したんですかの?」
俺たち二人から事情を聴いたローガンさんは、部屋の隅から椅子をもう一脚持ってきてエナセラさんの隣に座った。
「名前は分からないんですけど、なんかすごくでっかいカニみたいな魔物でした」
そこまで言ったところで、カニという生物が果たしてこの世界に存在しているのか不安になる。カニが存在しなければあの姿形を何と形容すればいいのだ。しかし俺の懸念は杞憂だったようで、俺の話を聞いたローガンさんはおお、という声とともに少し険しい顔になった。
「恐らくそれは”オーベルセルム”という魔物ですな。雨の日は活発に行動するようですが、まさかそんなに森の浅いところまでやってくるとは思いませんでしたがな……」
「ギルドの方でもそのような報告は耳にしたことがないですね」
確かにもしオーベルセルムなる魔物の浅いエリアでの発見の報告があったら、ギルド側は初心者に雨の日はまず狩りに行かせないに違いない。となると俺が出会ったのは相当のイレギュラー個体なのだろうか。
「俺が戦ったオーベルセルムが鋏を飛ばしてきたんですけど、あれはいったい何なんだったんですかね?」
直前にオレンジ色の選考が走ったことから俺はあの攻撃を魔法的なものだと解釈しているが、果たしてあの正体は何なのだろうか。俺の投げかけた質問にエナセラさんが答える。
「オーベルセルムは個体差はあるようですが、地属性魔法に近い仕組みを用いて鉗脚を射出するものの存在は確認されていますね」
「慣れれば直前に出る光で対処できるんですが、初見ではなかなか危ないでしょうな」
ローガンさんもうんうんと頷きながら同意する。オレンジ色の閃光はやはり地属性魔法の類のものだったのか。地属性魔法は固体に外力を与える性質を持った属性なので、岩石のような鋏をあんな速度で飛ばすことが出来たのも頷ける。しかし、人間が使う地属性魔法では自分の体に干渉すること這う可能だったはずなので、やはり正確には魔法ではない、魔物由来の能力なのだろう。
そんなオーベルセルムの攻撃は、俺が戦った時にはたまたま掠っただけで済んだが、もしあの時直撃していたらと思うとぞくりとしてしまう。
「ソーマさんもつかれておられるだろうし、ワシらは帰りますかの」
「そうですね。ソウマ様、お大事にご養生ください」
あの戦いを振り返って冷や汗をかく俺を見かねて、ローガンさんとエナセラさんは部屋を出ていった。俺も部屋を出ていく背中に一礼してベッドに寝転ぶ。これから体が回復してまたマナーゼンの仕事に戻るとして、絶対にオーベルセルムに遭遇しないとは言えない。ならば近いうちに何らかの修行なりをして、あの魔物を討伐できるような技術を身に着ける必要があるだろう。
この世界では逃げるだけでは何の解決にもならないということを、俺は今までの体験から何度もわからされてきた。となればローガンさんにでも師事して戦闘技術を学ぶとしよう。討伐するだの戦闘技術を学ぶだの、段々と思考がこちらの世界の人間のそれに近づいてきている気がするが、まあそれも仕方のないことだろう。
とりあえずの方針を決定して俺は早く体が回復するようにと目を閉じた。
状況が呑み込めずきょろきょろと辺りを見回していると、突然俺の背後から聞き覚えのある地鳴り音が響いてきた。この重々しい足音、そして押しつぶすような威圧感。まさかこいつは──。
恐る恐る振り向いた俺の視界に移ったのは、やはりというべきか、濁った緑色の甲殻を持った巨大なカニだった。真っ暗な夜のはずなのに、なぜだかそのカニの姿だけは自ら発光しているかのようにはっきり見える。
「く、来るなッ! 来るなああ!!」
ぎょろりとしたその双眸に睨みつけられた途端、俺の中に途方もないほどの恐怖が溢れる。その水晶のような眼球には俺に対する怒りと憎しみが籠っているように見えた。その嫌悪感の対象から逃れるために足を動かそうとしたが、地面にくぎ付けにされたように全く動かない。そうして足を無理やり動かそうともがいている俺に向かって、ゆっくりと巨大な岩石を思わせる鋏が接近してくる。凸凹とした鋏が万力のように俺の腰辺りを締め上げていく。先ほどまで俺がどんなに力を込めても動こうとしなかった足は、巨大ガニが俺を持ち上げた時にはすぐに地面を離れていった。俺の体は高々と持ち上げられ、ついには両方の鋏でホールドされる状態になっていた。やがて両鋏が外側に動き出して上半身と下半身が真反対の方向に引っ張られ始め、俺の体はミシミシと悲鳴を上げる。俺がどれだけ叫んでもその化け物は構わず力を込めていき、ついに限界を迎えた瞬間、肉が裂けるおぞましい音とともにいきなり視界がブラックアウトした。
「うわあああ!!」
ブラックアウトの直後、真っ二つに引き裂かれたはずの俺はがばりと起き上がった。汗だくで周囲を見回すが、そこは全く見覚えのない白を基調とした部屋だった。どことなくグレン村のライさんの工房で嗅いだような、やや清涼感のある薬っぽい匂いが鼻先を掠める。そして当の本人である俺は簡素なベッドの上に寝かされていた。もしここがグレン村の村長の家で、このベッドがもう少しおんぼろだったら、本当に初めてグレン村を訪れた時と同じ展開になってしまったところだ。
どうやら俺はさっきまで悪夢を見ていたようだ。気を失う前にあんな恐ろしい体験をしたのだ、夢の中にあの化け物ガニが現れても不思議なことではない。ひとまず命を失わずに済んだことをいまさらのように安堵していると、部屋の奥の扉が勢いよく開いて一人の男が入ってきた。くたびれた白い上着を羽織り、伸ばし放題の髪を無造作に後ろでくくった男が俺に接近してくる。俺の寝ているベッドの近くにある椅子にドカリと座り込むと、その男は手に持ったカルテらしきものに目を通し始める。
「頭部に切り傷三か所、右腕の骨にひびが一か所、左腕の脱臼、その他全身打撲に切り傷……と。全く、これだからマナーゼンの治療は嫌なんだよ……」
そう言って男はわざとらしく大きなため息をつくと俺の方をじろりと見やった。どうやらここは病院のような施設で、彼は俺の処置に当たってくれた人らしい。ボロボロになって治療をしてもらったのは俺なので、この男の目線も甘んじて受ける他なかった。とりあえずの状況を確認しようと俺が口を開きかけたところでその男が話し始めた。多分わざと俺を遮ったなこの人……。
「あー、お体大丈夫ですか患者様……って、大丈夫なわけねえか。俺の名前はトレト。ここの治療院の治療士。そんでお前は俺の患者。衛兵どもが門の前でぶっ倒れてるお前を見つけたんだとよ」
意識を失う寸前に誰かが走り寄る音が聞こえた気がするが、あれは門の衛兵だったのか。いつか会った時にはお礼を言わなければ。
「助けてくださって本当にありがとうございます。トレトさんがいなかったら今頃俺はどうなっていたか……」
あれだけの大怪我をしたのだ。この男改めトレトさんはかなりの腕前の治療士なのだろう。しかし、俺が礼を述べたにもかかわらず、トレトさんはむしろ不機嫌そうな顔になった。
「あのな、礼を言うくらいならマナーゼンなんて馬鹿みてえなことやってるてめえの行いを猛省してろよ」
怒りをにじませた表情で俺にそう吐き捨てると、トレトさんは白衣的な上着を翻して部屋を出ていった。呆然としながら、何か癪に障るようなことを言ってしまったのかと先ほどの発言を振り返っていると、扉がまたもや盛大な音を立てながら開いて、今度は宿の女将さんくらいの年齢であろうおばさんがカートを押して部屋に入ってきた。
「ごめんなさいね。トレト先生、今日はちょっと機嫌が悪いみたいで……。怒られたのかもしれないけど、あんまり気にしないでいいわよ。それじゃあ、朝食を持ってきたからゆっくり食べてね」
そうして恐らくナースさんがトレイに乗ったご飯をベッド横の小さなテーブルに置くと、こちらに手を振ってにこやかな表情で帰っていった。手を振り返した俺の顔は引きつってはいなかっただろうか。ひとまずいろいろな考え事は保留しておいて俺は朝食を食べることにした。病院食感あふれる薄味な料理を噛みしめて、トカゲの角亭のご飯を食べたいと心から思ったのだった。
ご飯の後俺は自分の体をチェックしてみることにした。さっきトレトさんが言っていたように右腕の骨にひびが入っていたり、左肩が脱臼していたり、体をあちこちに打撲や切り傷があったりとしていたようだが、今は来ていた服の代わりに包帯でぐるぐる巻きになっているのであまり患部を確認できない。朝食も脱臼した肩は戻されていたので痛いながらも何とか食べられたが、再びマナーゼンの仕事をやるとなるとこの右手ではろくに剣も触れまい。
そういえば俺の持ち物はどこにあるのだろうか。確かあの時、折れた長剣と小さなバッグ、そして胸当てと籠手を身に着けていたはずだ。部屋のあちこちをベッドの上から探していると──、あった。どこかに置かれているのかと思っていたが、部屋の壁に取り付けられたフックにそれぞれ掛けられていた。昨日カニに殴られたときにできたのだろう、少ない所持金をはたいて買った胸当てには大きなへこみと傷がある。また買い直すか、あるいはこれを買った防具屋に行って修理をお願いするか。どちらにせよ料金が発生するのでその金を稼ぐために働かなくてはならなくて、しかし体がまだ万全ではなくて……。考えれば考えるほど自分が今なかなかに困った状況にいることが分かる。この辺のことは治った後に考えるとしよう。未来の自分に面倒事を丸投げして俺は布団をかぶってふて寝することにした。
昼食を食べて、体内のマナを回復させて回復力を高めるという青い液体の薬を小さなコップで一気に流し込んだのち、再びの退屈を享受していると、コンコンと部屋の扉を叩く音が聞こえた。どうぞ―、と声をかけると今日初めてゆっくりと扉が開けられる。治療院というここの従業員の方がなぜ荒っぽいんだと思いながら来訪者を見るために起き上がると、そこにいたのはマナーゼンギルドの役員さん、エナセラさんだった。いつもの制服の上に薄いケープを纏った彼女はこちらに礼をするとベッドの近くの椅子に腰かける。
「お体の調子は大丈夫ですか? 先日は十分な忠告をできず、ソウマ様にご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした」
そう言って彼女は深く頭を下げる。俺からしてみれば、俺が勝手に無謀にも森の奥に潜ってあんなことになってしまったのだ。エナセラさんが謝る筋合いは全くもってない。
「エナセラさん頭を上げてください! 俺こそ自分の実力を過信して馬鹿なことをして……。だから、本当にすみませんでした!」
俺もエナセラさんに頭を下げる。マナーゼンの仕事はギルドの役員との連携によって成り立っている。だからこそ俺のような馬鹿げた行動をするような奴は全体に迷惑をかけることになるのだ。ここで改めて俺は自分の浅はかさを痛感した。
そこにまた扉を開ける音が部屋に響く。
「二人して一体何をしておるんです?」
呑気な声で尋ねてきたのは”閃杖のローガン”ことローガンさんだった。
「どちらにも謝る気があるのならそれでもうよいでしょう。とりあえずソーマさん、本当に無事でよかった。それで、ソーマさんは何と対峙したんですかの?」
俺たち二人から事情を聴いたローガンさんは、部屋の隅から椅子をもう一脚持ってきてエナセラさんの隣に座った。
「名前は分からないんですけど、なんかすごくでっかいカニみたいな魔物でした」
そこまで言ったところで、カニという生物が果たしてこの世界に存在しているのか不安になる。カニが存在しなければあの姿形を何と形容すればいいのだ。しかし俺の懸念は杞憂だったようで、俺の話を聞いたローガンさんはおお、という声とともに少し険しい顔になった。
「恐らくそれは”オーベルセルム”という魔物ですな。雨の日は活発に行動するようですが、まさかそんなに森の浅いところまでやってくるとは思いませんでしたがな……」
「ギルドの方でもそのような報告は耳にしたことがないですね」
確かにもしオーベルセルムなる魔物の浅いエリアでの発見の報告があったら、ギルド側は初心者に雨の日はまず狩りに行かせないに違いない。となると俺が出会ったのは相当のイレギュラー個体なのだろうか。
「俺が戦ったオーベルセルムが鋏を飛ばしてきたんですけど、あれはいったい何なんだったんですかね?」
直前にオレンジ色の選考が走ったことから俺はあの攻撃を魔法的なものだと解釈しているが、果たしてあの正体は何なのだろうか。俺の投げかけた質問にエナセラさんが答える。
「オーベルセルムは個体差はあるようですが、地属性魔法に近い仕組みを用いて鉗脚を射出するものの存在は確認されていますね」
「慣れれば直前に出る光で対処できるんですが、初見ではなかなか危ないでしょうな」
ローガンさんもうんうんと頷きながら同意する。オレンジ色の閃光はやはり地属性魔法の類のものだったのか。地属性魔法は固体に外力を与える性質を持った属性なので、岩石のような鋏をあんな速度で飛ばすことが出来たのも頷ける。しかし、人間が使う地属性魔法では自分の体に干渉すること這う可能だったはずなので、やはり正確には魔法ではない、魔物由来の能力なのだろう。
そんなオーベルセルムの攻撃は、俺が戦った時にはたまたま掠っただけで済んだが、もしあの時直撃していたらと思うとぞくりとしてしまう。
「ソーマさんもつかれておられるだろうし、ワシらは帰りますかの」
「そうですね。ソウマ様、お大事にご養生ください」
あの戦いを振り返って冷や汗をかく俺を見かねて、ローガンさんとエナセラさんは部屋を出ていった。俺も部屋を出ていく背中に一礼してベッドに寝転ぶ。これから体が回復してまたマナーゼンの仕事に戻るとして、絶対にオーベルセルムに遭遇しないとは言えない。ならば近いうちに何らかの修行なりをして、あの魔物を討伐できるような技術を身に着ける必要があるだろう。
この世界では逃げるだけでは何の解決にもならないということを、俺は今までの体験から何度もわからされてきた。となればローガンさんにでも師事して戦闘技術を学ぶとしよう。討伐するだの戦闘技術を学ぶだの、段々と思考がこちらの世界の人間のそれに近づいてきている気がするが、まあそれも仕方のないことだろう。
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