泡影の異世界勇者《アウトサイダー》

吉銅ガト

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第2章 王都フレンテと魔王の影

26話 弟子入り

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 治療院なる元の世界でいうところの病院に入れられた俺は、常に俺に敵意を向けてくる担当医師のトレトさんと看護師のおばさんに世話をしてもらいながら、いつもよりいささか退屈な日々を過ごしていた。体内のマナのおかげでいつものように異常な回復力が活性化し、三日も経った頃には粗方の怪我が治ってしまった。
「……よし、大丈夫そうだな。今日でもう退院していいぞ。てかもう二度と来んじゃねえ」
 俺の体をチェックしたトレトさんは鬱陶しそうにしっしと俺に手を振る。とりあえずトレトさんに礼を言ってエントランスと思しき所に行って決して安くない治療費を払うと、俺はやっと外に出ることが出来た。キラキラとした夏の朝の日差しが俺の体を照らす。体が治るまでずっとベッドに縛り付けられていたので、関節という関節が強張っている。思い切り伸びをして体をほぐすと、ひとまずお世話になっている防具屋に胸当てを預けてからマナーゼンのギルドに向かった。

「お久しぶりです……って言っても二日ぶりですけどね」
 俺はカウンターに向かうとエナセラさんに声をかける。するとエナセラさんはいつもの機会みたいな無表情を破ってぎょっとした顔をした。
「えっ!? まさかソウマ様の生霊ですか!? 勘弁してくださいよ!」
「いやいや、俺本人ですよ。ほら、触れるし影もありますから!」
 何をどう間違えたら俺を生霊と勘違いするのだろうか。理知的な印象を日々感じているエナセラさんとは信じられない反応だ。なお驚いた顔のままエナセラさんは言う。
「だって先日まで治療院にいらっしゃったじゃないですか!? なんでいまここにいらっしゃるんです!? ……はっ! もしかして抜け出してきたとかですか……?」
「いや違いますからね!? 普通に怪我が治ったんで退院しただけですから!」
 なるほど、やっとエナセラさんがびっくりしている理由が理解できた。どうやら俺の回復速度はかなり早いほうらしいのだ。しかし治療院では別にそこまで驚かれなかったので、恐らく平均よりは結構早いがめちゃくちゃ早いというわけではない、というくらいの位置になるのだろう。
 そのあたりの事情を説明すると、エナセラさんも何とか理解してもらえたようで、さっきまでの慌てぶりをごまかすようにコホンと咳払いをした。実際のところ、あれがエナセラさんの本当の性格なのだろうか。少しばかり気になってしまう。
「失礼しました。少し驚いてしまいました……。今日はどのようなご用件ですか?」
「えっと、今ローガンさんってここにいらっしゃってますか?」
 俺が今日ギルドここに来たのは、狩りに行くのではなくローガンさんに会うためなのだ。
「ローガン様ですね。でしたら確か一クロンほど前にギルドにいらっしゃっていたので今も休憩所の方で休まれているんじゃないでしょうか」
 一クロンということは一時間半前に来たということになるのか。そういえば前も休憩所で仲間たちと酒盛りをやっていたっけ。
「ありがとうございます。それといろいろご迷惑おかけしました」
 エナセラさんに感謝とともに今回の一件の謝罪を入れて俺は休憩所に向かった。

 休憩所にはすでにそれなりの数のマナーゼンたちが各々体を休めたり仲間と雑談したりしている。ローガンさんはその二つ名が語るように杖がトレードマークなので、全体を見渡せばすぐに発見できると思うが……。……いた。まだ早い時間なのでさすがに酒は飲んではいないようだ。屈強なマナーゼンたちの間を潜り抜けてローガンさんの元にやっとのことでたどり着くとひとまず挨拶をする。
「おはようございます。先日はご迷惑をおかけしました」
 さすが歴戦のマナーゼンというべきか、俺の登場にローガンさんはエナセラさんのように驚くことはなく、いつものように涼しい顔でほほ笑んでいた。
「いやいや、ソーマさんがまた元気に戻ってきてくださって良かった良かった。それで、今日はこの老いぼれに何か用ですかな?」
 ローガンさんに用件を尋ねられる。俺は生き抜くために成長していかなくてはいけないのだ。そう覚悟を決めるとローガンさんに頭を下げた。
「お願いします! 俺に戦い方を教えてください!」
 ローガンさんからの返答はない。しばらく頭を下げたままの格好で固まっていると、ようやくローガンさんが口を開いた。
「ではソーマさん、ワシと一度組み手をしましょう。その内容でソーマさんに稽古をつけるかどうか決めますからの。それじゃあ、とりあえずギルドの裏の広場まで行きましょう」
 そういってローガンさんは杖を突きながらギルドの外へ歩いていった。表情や立ち振る舞いに何の変化もないが、前を歩いていくローガンさんからはぞくりとするような気迫が発せられているように感じた。

 マナーゼンギルドの裏手には訓練などを行うための広場がある。だがマナーゼンたちは、訓練など必要ないくらいに自分の力に自信があるのか、あるいは努力を人に見せたくないのか、ほとんど訓練をしている姿を見かけたことはない。閑散とした広場の中央で俺とローガンさんが向かい合って立っていた。
「では始めますかの。ソーマさん、本気でかかってきてください」
 静かな広場にローガンさんの声だけが響く。
 俺の手に握られているのは練習用の木剣。普段の戦闘スタイルに沿った形で組手を行うために腰に短い木剣も差しているが、短剣はオーベルセルムに投げつけて無くしてしまっているので、なるべく長剣のみで戦うことを意識しよう。
 対してローガンさんが持っているのはいつもの杖一本のみ。何の変哲もないねじくれた木でできた杖だが、ローガンさんに振るわれることによってすさまじい威力を発揮することは、最初の狩りでの一件から分かっている。
 魔物と戦う時とは異なるぴりぴりとした独特の緊張感に、剣を握る手がじっとりと汗で湿る。
「……行きます!」
 一声叫んで俺はローガンさんの方へ疾走した。リーチ的には杖より剣の方が長いため、ある程度距離を取って戦えばこちらが有利になるはずだ。剣を右後方に引き軌道を読まれないようにしながらローガンさんとの距離を詰めていく。しかし俺が接近しているにもかかわらず、ローガンさんは杖を突いた体勢のまま動こうとしない。俺の一撃など動かずとも対処できるという意思表示か、あるいは──。そのまま剣が届きうる地点に到達し、俺は右下から斜め上に切り上げた。木剣の刃がローガンさんの体に接触するその瞬間、杖が不可視の速度で閃き、俺の剣は降り抜かれることなく急停止した。カーン! と拍子木を打ったような音が耳に響く。
「ふむ。太刀筋はいいですが速度はまだまだですな」
 ぎりぎりと杖で剣を押し返しながらローガンさんが言う。この老体のどこにそんな膂力を秘めているのかと疑問に思いながら、俺は剣を押す反作用で後ろに下がった。初撃が不発に終わった俺は剣での連撃に切り替えてローガンさんに立ち向かった。上段からの振り下ろし、中段の薙ぎ払い、胸を狙った突き……。どの攻撃も余裕の表情でローガンさんにあしらわれてしまう。再びの振り下ろしを杖でがっちりと受け止められたところでローガンさんが俺に言った。
「魔物というのは学習能力に長けております。故に、単調な攻撃ではすぐに覚えて対処されてしまう。ソーマさんの今のところの攻撃ではオーベルセルムのような魔物には太刀打ちできませぬぞ」
「ぐ……ッ!」
 ぐいぐいと杖に押されて俺はゆっくりと後退していく。まずい、このままではローガンさんに一太刀たりとも浴びせられない。なんとか形勢を逆転するような一撃を決めなければ。
 そこで俺は剣を握っていた左手を突然離した。剣を辛うじて押し返していた力が半分になったことで一気にこちらに押し込まれるが、十センチほど剣が下がったところで何とか静止し、ローガンさんが俺よりも上にいるような体勢になった。そう、俺はわざとこの体勢を狙っていたのだ。その瞬間左手を伸ばしてローガンさんの胸ぐらを掴むとローガンさんの軽い体を背負った。
「せいッ!!」
 渾身の力を込め、背負い投げの要領で全身を動かす。重心が前寄りになっていたローガンさんの体はいとも容易く空中に浮きそのまま俺の背中を通って投げ飛ばされた。しかしさすがは歴戦のマナーゼン、すぐさま状況に適応し地面に叩きつけられる前に姿勢を持ち直して軽やかに着地して見せた。やはりこの人は化け物だ。
 またもやお互いの距離が空く。しかし先ほどまでの壁と戦っているかのような無謀感は少し和らいだように思える。剣による攻撃だけでは単調になってしまうのならば、投げなどの体術を織り交ぜて戦えばいい。思えばこれまでの俺の対魔物の戦闘スタイルはこれだったように思う。
「初めての狩りでも思いましたが、ソーマさんは面白い戦い方をされますな。磨けば光ると思いますぞ」
「ありがとうございます……!」
 今度はローガンさんからの攻撃。時間が経つにつれ集中力が増しているのか、段々と杖から繰り出される高速の振りが見えるようになってきた。剣を使って受け止めたり、ステップで躱したり、息もできないほどの連撃の応酬を何とか対処していく。
 そんな高速の攻防の中で、一度だけ、本当に一度だけ木剣の切っ先がローガンさんの前腕を掠った。入った──! と剣を振りながら思った瞬間だった。
「──ですがまだまだ弱いですな」
 ローガンさんの言葉が聞こえたと思ったときには杖の一閃の軌跡だけが視界に映り、頭が割れたのかと思うような衝撃が走る。恐らく俺を油断させるためにわざと攻撃速度を落としていたのだろう。やっとその事実を理解した頃には俺は地面に倒れこみ意識を失おうとしていた。

「大丈夫ですかなソーマさん」
 気が付くと俺は地面に伸びていて、その姿をローガンさんが上から覗いていた。さきほどの杖の一撃で意識を刈り取られたまま俺はどれくらい気絶してしまっていたんだろうか。慌てて起き上がり辺りを見回すと、俺の思考を読んだようにローガンさんが笑いながら言う。
「安心してください、ソーマさんは気を失ってからまだ五メウも経っておりませんぞ」
 そうしてローガンさんは懐から小さな箱のようなものを取り出すと俺に手渡した。よく見るとそれは水筒のようで、お礼を言って受け取ると蓋を取って中身を呷った。冷たい液体が喉を通り過ぎていく。俺は組手で無様にも気絶してしまった。もうローガンさんに教えを乞うことはできないのだろう。水筒をローガンさんに返すと、悔しさを噛みしめてからゆっくりと口を開いた
「すみません。こんな俺じゃローガンさんから学ぶことなんてできませんよね……。出直してきます」
 圧倒的な力の差。俺の実力とローガンさんのそれがどれほどかけ離れたものであるかを嫌というほど分からされた。ローガンさんに師事することはできないならば自ら技術を磨いていくほかない。
 俺が勝手に思考を進めていると、ローガンさんは意外そうな顔をしていた。
「何をおっしゃるんです、ソーマさん。ワシは何十年もマナーゼンとして死地をかいくぐって来たのに対して、ソーマさんはまだ十日ほどの経験しか積んでいないのですぞ。組手の中で一度ワシに剣を当てましたな。あの瞬間、ワシはソーマさんの可能性を確信しました」
 そう言ってローガンさんが俺の手をがしりと握る。その目には見たことのない輝きが宿っているように見える。
「良いでしょう。ソーマさんの成長、このローガンが拝見しましょうぞ!」
「よろしくお願いします……! ローガンさん!」
 この日、ローガンさんと俺は一時的ではあるが師匠と弟子になったのだった。

「……まずはソーマさん、体力をつけなければなりませぬ。ということで装備を持ったままで王都の城壁の外周を一周してください。訓練はそれからです」
 次の日の朝。ローガンさんに最初に会った公園まで来るように言われた俺は、ローガンさんに最初の訓練を言い渡された。
 この街は大まかに見て直径五キロメートルほどの、中世ヨーロッパのような生活様式にしては大規模な都市であり、外周は約十六キロメートルにも及ぶ。そんな距離を走った後で訓練をすると言うのだから、ローガンさんに師事したことを後悔してしまいそうだ。
 軽くストレッチをして準備を整えると、俺はひとまず街の門を目指して走り出した。なんだか運動部の練習みたいで少しだけワクワクしている自分がいた。

 時を同じくして王都の南にある森の奥。暗がりの中で一体の魔物が岩のように静かに佇んでいた。その両腕には新しく生えてきた小ぶりな鋏がある。そして、水晶のような隻眼には煮えたぎるような激怒と憎しみが込もっていた。
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