泡影の異世界勇者《アウトサイダー》

吉銅ガト

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第3章 蒼き海原と氷雪の砦

52話 カイナ

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「君はあの時の……!」
 魔物狩りへと赴くために雪のちらつく町を一人歩いていた俺は、不意に聞き覚えのある声に呼び止められた。振り返った俺の目に映ったのはフードを目深にかぶった俺よりも頭一つ分ほど小さな人物。向こうの方から駆け寄ってきたその人物は軽く息を整えてから俺を薄藍色の瞳で俺をまっすぐに見た。わずかに頬が上気して赤くなっている。どうやら俺の姿を見つけてからかなりの勢いで走ってきたようだ。
「やっと見つけた……」
 やはり目の前にいるのはあの時、約二週間前に洞窟で出会ったあの少年だった。あの時はかなりの怪我を負っていた彼だったが、二週間たった今ではもう走れるほどにまで回復しているとは。俺の心を安堵が満たしたところでようやく少年の言葉が頭に入ってきた。”やっと見つけた”ということは俺のことを探していたのだろうが、そもそも俺が連れて行った治療院から逃走していったのは彼の方ではないか。まあそれは彼の気に障るようなことを話していた俺にも非があるので別に構わないが。
「それで俺に何か用かな?」
「……返しに来た」
 なんとなく嫌そうな顔でそう言うと、少年はケープの中をまさぐって一つの布の袋を取り出した。サイズはよくある巾着袋くらいで、何やら重量のありそうなものが入っているかのように布が突っ張っている。そんな内容物エックスは一体なんじゃろなと頭をひねる俺の眼前に、少年はずいっとその袋を突き出した。その動きに合わせて巾着の中身がちゃりんという軽やかな金属音を立てる。
「受け取って」
「え? あ、ああ」
 促されるまま目の前の袋を受け取って初めて俺はその正体を悟った。これはお金だ。多いというわけではないが、少ないということは決してない金額。はて、俺はいつの間に借金取りになってしまったんだろうか。それとも俺は無意識のうちに彼に何かを売りつけたのか?
「この前の治療費、払ってなかったから……」
「ああ、そういえばそうだったな。でもこれは受け取れないよ。俺にも色々と非があったし、前にも言ったけどあれは俺が俺であるためにやったことだからさ」
 そう言って再び少年の手に金の入った袋を戻す。俺がシロカミについて治療士に聞かなければ少年も治療院から抜け出すことはなかったわけで、治療費を払わないということにもならなかったはずだ。そして俺の根幹をなすのは困っている人を助けるという己に課した指針であり、彼を助けたのもただの俺のエゴに過ぎないのだ。
 しかし俺から袋を受け取った直後、少年は施しは受けぬと言わんばかりにぐいっと強引に俺に袋を押し付けてくる。この少年、なかなかに頑固な奴だ。いやいや俺も受け取れないよとまたもや返却し、それを押し返して……を繰り返し、最終的に少年が折れるまで雪の降る中頑固者二人は巾着袋の擦り付け合いに興じたのだった。

「はあ、はあ……。そんなに俺に渡さないのが嫌なら自分の装備を買うのに使ってくれ。お前が生きてくれたら俺への恩返しになるから」
 荒い呼吸を繰り返しながら俺がそう提案すると、同じく息の上がった少年は黙ってこくりと頷いた。正直めちゃくちゃな理論なことは分かってはいるが、俺がこの少年に死んでほしくないのは紛れもない事実なので強引に納得していただこう。
 十分ほど二人で金の押し付け合いをしていたが未だに町に人影は少ない。まあまだ朝も早いし、雪が降るくらいの寒さなので当然と言えば当然か。
「そういえば名前を聞いていなかったな。お前、名前は?」
 以前は出会ってすぐに彼は気絶し、治療院でも逃げられたので結局名前を聞けずじまいだった。別に今日この少年と出会うまでは別に知らないままでも構わないと思っていたが、せっかく今日再会できたのだ。名前くらいは知っておこう。
 俺の問いかけに一瞬少年は迷うように薄藍の目を泳がせた後、なんともぶっきらぼうに己の名前を呟いた。
「……カイナ」
 カイナ、か。どことなくこの世界では出会ったことのない響きを持った名前という印象を受ける。この世界の人の名前を知り尽くしているわけでもないので恐らく気のせいだろうが。なんにせよ良い名前……だと思う。
「お兄さんは? 相手だけに名乗らせるのは失礼なんじゃない?」
 俺がカイナという名前を心中で吟味していると胡散臭そうなものを見るような目でこちらを睨んでくる。そういえば俺も彼に名前を教えていなかったか。慌てて少年改めカイナに向き直るとごほんと咳払いして自己紹介を始めた。
「俺の名前は壮真。よろしく、カイナ!」
「ソーマ……」
 小声で俺の名を復唱するカイナに俺は手を差し出す。確か王都でローガンさんと握手を交わしたので握手という文化はあるはずだと信じつつややドキドキして彼の反応を待っていると、数秒の後におずおずとケープの中から手を出してきて俺の手をぎこちなく握った。途端にひんやりとした小さな感覚が俺の手に伝わってくる。なんとなく照れ臭くて笑ってしまう俺を、カイナは若干呆れたような表情で見ていた。

「あの~、まだですか……」
「もう少し待って」
 自己紹介を終えた俺たち二人は、そのまま件のお金を持ってカイナの装備を買いに行こうという話になり、町の中心部にある防具屋を訪れていた。ぼろぼろのケープを買い替えるように俺が勧めてもカイナはまだ使えるからとやたらと買い物を拒んでいたが、店について物色しているうちに気づけばケープ選びに夢中になり今に至る……、というわけだ。デザインなどは全く考慮に入れずに丈夫さやら防寒性やらで衣服を選んでいる俺にとってはカイナが真剣な目で見比べているケープたちの何が違うのか全く分からないが、まあカイナのものだし彼に任せるとしよう。先に隣の武器屋に行っているからなと小さな背中に一声かけて俺は防具屋を出た。
 俺が武器屋で暇を潰して三十分ほど経った頃、ようやくカイナが店内に入ってきた。その体に羽織られているのは新品のケープ。別段派手というわけではないが、しっかりとした作りに繊細な模様があしらわれたそのケープは確かに上等なものであると分かる。
「おお、似合ってるんじゃないか」
「……あっそ」
 俺が投げかけた率直な感想に真冬の外気のような極寒の反応をされて人間不信になってしまいそうだが、彼がクールであるが故だと強引に解釈して自分を慰めるとしよう。
「オーケーオーケー……。それじゃあついでに武器の方も買っちまおうぜ。カイナって武器は何使ってる?」
「一応短剣かな」
 そう言ってカイナは腰の後ろから短剣を引き抜いて見せた。先ほどまでのケープよろしくこの短剣もぼろぼろ、刃渡りは二十五センチメートルほどでかなり肉厚の諸刃のようだ。
 しばらくしてカイナはいかにも重そうに短剣を鞘に戻す。その様子を見た感じ、もしかすると彼にとってこの短剣はやや重すぎるのかもしれない。彼は一体どこでこんなにも不釣り合いな得物を手に入れたんだろうか。
「なあカイナ、その短剣って自分で買ったやつ?」
「いや、前拾った」
「そ、そっか……」
 道理で彼も扱いにくそうにしているわけだ。ケープにしろこの短剣にしろ、カイナはあまりお金に余裕がないのだろうか。だとしたら治療費を俺に返すためになかなか無茶なことを指せてしまったんじゃないだろうか。
 そんな具合にあれやこれやとカイナのバックボーンについて思いを馳せつつ店内を回っていると、一振りの短剣が俺の目に留まった。長さはカイナの持つものとほとんど変わらないが、薄刃で細身なのでかなり軽そうに見える。店内の明かりに照らされてシャープな薄青い光を反射するその刃はどことなくカイナのイメージに合っている気がして、俺は思わずその短剣を手に取った。やはり見た目通り軽量だが、それでいて確かな信頼感のある良い短剣だ。
「これなんかどうだ?」
 俺が手渡した短剣をカイナが慎重に受け取る。刀身をまじまじと見つめた後に重量を確認するように軽く振ると、カイナはこれにする、と小さく呟いて店主のいるカウンターの元に向かって行った。ケープの時にはあれほどまでの情熱を見せた彼だが、己の武器についてはあまり関心がないらしい。
 一応買うところまでは見届けるかと、カイナの後ろについていき会計の様子を少し離れたところから眺めていると、不意にまるで時が止まったかのようにカイナの動きが硬直した。何事かと思って近寄ってみると短剣の値段が予想外に高かったらしく、予算の範疇に収まらないためにどうしたものかと固まってしまったらしい。確かに見ただけでも質の良いものであるということが分かるほどだったので高額なのも妥当というものか。
 ……仕方ない、乗りかかった船だ。多分マナーゼン歴では先輩である俺がカイナに先輩風を吹かせて短剣の一本くらい奢ってやろうではないか。カイナに小声で値段を尋ねると支払いは鞘まで含めて総額一万五千レカ。なかなかにいい値段をしているが、最近毎日のように魔物狩りに繰り出していた俺にとっては払えない金額ではない。腰のポーチを探って明らかに残金が足りないのを把握した俺は三メウンだけ待って! と店主とカイナに言って武器屋を出て一直線に貯金の眠るギルドに向かって駆け出した。

「本当にいいの? こんな高いのもらっても」
 武器屋を出てしばらくしてからずっと黙ったままだったカイナがぽつりとつぶやいた。確かにあれほどの金額を他人に払われては、その人物を別にどうとも思っていなくてもなんとなく引け目を感じてしまうものだろう。実際ローガンさんに今も愛用する俺の剣を買ってもらったときにもカイナと同じような具合だった覚えがある。
「いいって、いいって。未来ある後輩への先行投資ってことでね」
「……あっそ」
 俺の気取った答えにそっけなく反応するカイナは納得していなさそうな顔をしているが、まあいずれ気にしなくなるだろう。長いものには巻かれる精神がこの世界を生き抜く必須スキルだ! ……と思う。多分。
「そんなに借りを作るのが気に入らないならこうしよう」
 俺の言葉にカイナが訝しげな目で俺の顔を見た。よく見るとこいつまつ毛長いな……と至極どうでもいい感想が頭をよぎるが構わず俺は言葉を続ける。
「今から俺と魔物狩りに行かないか?」
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