泡影の異世界勇者《アウトサイダー》

吉銅ガト

文字の大きさ
56 / 74
第3章 蒼き海原と氷雪の砦

53話 因縁の再来

しおりを挟む
「今から俺と魔物狩りに行かないか?」
 突拍子もない俺の提案に目の前の少年、もといカイナは軽く目を見開いた。本来はカイナに出会うことなく俺は魔物狩りに行く予定だったので特に考えることもなくせっかくだから一緒に行こうかと誘ったのだが、よくよく考えてみたら二週間前にこの少年を発見したのはまさにその魔物狩りの最中だったのだ。そんな思い出したくもない記憶を再びほじくり返すような真似は正気の沙汰ではないのかもしれない。慌てて浅はかな提案を取り消さんと言葉を紡ごうとしていると、それよりも先にカイナがいいよ、と素っ気なく答えた。
「本当にいいのか? その……、この前のこととかさ」
「もう傷は治ったし、今日お金いっぱい使っちゃったから稼がないと」
「そっか……。じゃあ行くか……」
 色々と思う所はあるが本人がそういうのなら俺にそれを強引に止める権利はない。気持ちを切り替えるために大きく伸びをすると俺とカイナはひとまずマナーゼンのギルドを目指して歩き出した。

 ギルドに魔物狩りの申請をして数十分ほど歩いてようやく俺たちは狩場である西の洞窟にたどり着いた。気づけば時間もそれなりに経っていたようで、この寒い午前中でもせっせと魔物を求めて洞窟の深淵へと進んでいくマナーゼンたちの姿がちらほらと見える。己の髪を見られないようにさらにフードを深くかぶるカイナをそこはかとなく彼らから見えないように庇いながら、俺たちも同じように洞窟の中に入っていった。
 洞窟の中に入った途端にいつものように骨も凍りつくような湿った冷気が押し寄せてくるかと身構えたが、存外内部は外の冷たい風を防ぐことが出来るためか外よりもむしろ暖かく感じる。昨日まではそんなことはなかったのにいやはや季節の変化を好みで体感するとは趣深いものだなあと老人じみた感慨を抱きつつ、俺たちは奥へ奥へと進んでいった。
 洞窟内ふと気になってちらりと俺の斜め後ろを歩くカイナを見やると、先ほど買ったばかりの短剣の重さを確かめるように鞘から軽く抜いて納めてを繰り返していた。俺が選んだ短剣なので気に入ってくれると嬉しいのだが。

 洞窟に侵入してからに三十分ほど経った頃だろうか、不意に一瞬だけちくりと首筋に殺気のような何かを向けられた気がして俺は直ちに立ち止まってカイナを腕で制した。この洞窟に棲む魔物のほとんどは音で獲物の位置を感知して襲い掛かって来る。微小な音すら立てないように慎重に首を動かして辺りを見回すと、どうやら俺の勘は当たっていたようで、細長い円筒状のこの空間の天井近くの壁に魔石灯の光をわずかに反射する四つの点があった。この洞窟であんな風に高い壁にへばりついて狩りをする魔物は一種しかいない。
「……デヴァ―ンだ。二体いる」
 ほぼ無声でカイナに情報を送ると彼もその状況を察したように無言で頷いた。デヴァ―ンといえば二週間前にカイナたちの一団を壊滅させた因縁の相手といえる巨大なコウモリ型の魔物だ。一人での狩りの時にもしばしば遭遇しては鬱憤を晴らすように蹴散らしていたが、まさかカイナと洞窟に潜った時に限ってこうしてかち合おうとは。音を殺して腰の鞘から剣を抜き放つとカイナに囁いた。
「カイナ、戦いの心得は?」
 思えば俺はカイナが戦っているところを見たことがない。あの時も怪我をして仲間に庇われているところに俺が飛び込んだのでカイナの実力は未知数だ。その上新調する前の短剣は明らかに体格に合っていないものだったのであまり期待できなそうだが果たして……。
「……ほとんどない」
「そうか……。なら俺の後ろに下がって自分の身を守っててくれ」
「わかった」
 やはり予想通りカイナはあまり戦闘経験がないらしい。ならばなぜあの時、危険を冒してまで洞窟に魔物狩りに行っていたのだろうか。カイナの行動のちぐはぐさに俺はなんとなく引っかかるものを感じていた。
 それはともかくとして、もとより俺は一人で魔物狩りをしてきたのだ、カイナが戦えなくともさほど支障にはならないはずだ。とりあえずカイナには俺の戦いを見学してもらうことにしよう。
 カイナが十メートルほど後方に下がったのを確認して無音で深呼吸をすると、俺は腰のポーチから投擲釘を二本取り出した。狙うは頭上十数メートルの高さにいる二体のデヴァ―ン。天井から垂れ下がるいくつもの鍾乳石に阻まれて奴らに的中させるのは至難の業だが何とかごり押すしかない。
 俺は投擲釘を握る左手を地面ぎりぎりまで下ろして構えを取る。通常の投擲なら明らかに投げづらいこのフォームだが、件のごり押しをするにはこれで良いのだ。そのまま俺は左手にマナを集中させていき、十分に集まったと同時にマナを一気に爆発的な推進力に変換する。敢えて地面すれすれまで倒した左腕は紫の閃光とともに大きな円を描きながら加速していき、その速度が臨界に達した瞬間に投擲釘をデヴァ―ン目がけて放った。マナを魔法を通すことなく推進力に変換する技術である”纏い”はその原理上自分の体にしか作用できないため、できる限り速度を稼ぐにはこうして長いストロークを作る必要があるのだ。紫光を切り裂きながら飛翔する釘は狙い通り行く手を阻む鍾乳石を軽々とへし折り、ついに暗闇に潜むデヴァ―ンの一体に突き刺さった。カラスの鳴き声を野太くしたような絶叫を洞窟中に響き渡らせながら壁から剥がれた巨体が氷柱石とともに落下してくる。これで先制攻撃は成功。戦いの舞台は地上へと移り変わった。
「……ッ!!」
 ぐしゃりと音を立てて地面に墜落したデヴァ―ンに向かって、俺は無音の気合とともに剣を右下段に構えて駆け出す。奴の首を跳ね飛ばさんと斜め上に切り上げた刃は、しかしその標的に到達することはなかった。コンマ一秒前まで地面に倒れ伏していたはずのデヴァ―ンは突然起き上がると、ゴムまりのように後方に飛んで器用に俺の一撃を躱したのだ。さらにデヴァ―ンは地面を蹴って切り上げた剣を引き戻そうと体をひねる俺の方へ飛びかかる。まずい、このままではがら空きの胴体に攻撃をもらってしまう。いくら胸当てをしているとはいえ抵抗も受け流しもなしで無防備に攻撃を受けるのは危険すぎる。
 心中で舌打ちしつつ、迫りくるデヴァ―ンの凶悪な爪に閉じそうになる目を強引にこじ開けて視界に留めると、俺は即座に左拳にマナを溜める。集中によって鈍化した世界の中で体内のマナが急速に流れを成し左手に流れ込んでいくのを感じるが、それを待つことなく奴の腕はどんどん俺の首元を狙って伸びていく。二週間前、マナーゼンの男たちを豆腐のように引き裂いた粗いナイフのような爪が視界の下半分を埋め尽くす。もう少し、もう少し……、今だ!
「はああッ!!」
 俺の首とデヴァ―ンの鉤爪が触れ合うその刹那、纏いによって爆発した推進力は俺の左腕を限界を超えた速度で突き動かし、デヴァ―ンの手首を跳ね上げながらがしりと掴んだ。なおも余力を残す左手を剣を戻す体のひねりを使って体の上を回し、そのままデヴァ―ンを強引に背負い投げる。纏いによる加速を利用したあまりにも無理やりな投げに左肩に嫌な痛みが走り背骨がみしみしと軋むのが分かるが、せっかく掴んだ好機だ。絶対に逃すわけにはいかない。血管が切れるのではないかというほどの気合を込めてデヴァ―ンの巨体を地面に叩きつけると、俺はすかさず剣を逆手に持ち替え奴の顔面目掛けて思い切り振り下ろした。幾度の戦いで摩耗し欠損し、しかしその度に鋭く研ぎ直された歴戦の業物は、上を向いて伸びるデヴァ―ンの哺乳類と爬虫類の中間を思わせる顔面の中央、眉間辺りにまっすぐに突っ込み、硬い頭蓋をいとも簡単に粉砕して見せた。そのまま刃は地面にまで突き刺さり、辺りに澄んだ金属音を響かせる。一瞬で命を刈り取られた巨大コウモリはびくんと一際大きく体を跳ねさせると筋肉を弛緩させて地面に崩れる。
 これで一体。残りは投擲釘で打ち落とし損ねた一体のみだ。じわじわとその体躯を灰に変貌させていくデヴァ―ンの死体から剣を引き抜くと、俺は未だ壁に張り付いてこちらを窺うもう一体の魔物に切っ先を突きつけた。

「キシャァアアッ!!」
 仲間を失い窮地に立たされたデヴァ―ンは己を鼓舞するかのように雄たけびを上げると壁を蹴って真下に飛び降りた。仲間の敵を討つためか、あるいは逃げられない状況にやけくそになったかは定かではないが、真正面から向かってくるのというのならばこちらもそれに対応するまでだ。数瞬の後にやって来る衝撃に備えて姿勢を低くすると、長剣を倒して両手で支える。剣の腹でデヴァ―ンの衝突を受け流す作戦だが、一センチでも手元が狂えば瞬く間に俺の体はあの邪悪な爪と牙にバラバラにされてしまうだろう。先ほどからの戦闘で季節に似合わずグローブと胸当ての内にじっとりと汗をかいているのを感じながら俺はただその瞬間を待つ。……今!!
「ぐっ!!」
 わずかに位置を調整した剣とデヴァ―ンの爪撃が衝突し、つんざくような轟音が土煙とともに空間を満たす。規格外の運動量にがくりと体が沈み込み、ついには片膝をついてしまった。このままでは押し込まれる。地面に組み伏せられたら最後、肉の欠片も残らないほどに俺は食いつくされてしまうだろう。そうなれば背後に隠れるカイナも──。
 そんな最悪のビジョンが見えたその時だった。不意に剣を押し込むデヴァ―ンの力がなくなったかと思うと、それまで頭上を覆っていた真っ黒な巨体が瞬く間に俺の背後に回り込んだ。辛うじて追いついた俺の視線の先にあったのは俺の背中を狙う……と思いきや、さらに後ろへと疾駆するデヴァ―ンの姿だった。最悪の予想が的中してしまった。奴の狙いは俺ではない、カイナだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

世界最強の七賢者がお世話係の俺にだけはデレデレすぎる件

Y.
恋愛
国の頂点に君臨し、神にも等しい力を持つ『七賢者』。 火・水・風・土・光・闇・氷の属性を極めた彼女たちは、畏怖の対象として国民から崇められていた。 ――だが、その「聖域」の扉を一枚隔てた先では、とんでもない光景が広がっていた。 「アルトぉ、この服脱がせてー。熱いから魔法で燃やしちゃった」 「……アルトが隣にいないと、私、一生布団から出ないから」 「いいじゃない、減るもんじゃないし。さあ、私と混ざり合いましょう?」 彼女たちの正体は、私生活が壊滅的にポンコツで、特定の一人に依存しきったデレデレな美少女たちだった! 魔法の才能ゼロの雑用係・アルトは、世界で唯一「彼女たちの暴走魔力に耐えられる」という理由で、24時間体制の身の回りのお世話をすることに。 着替え、食事の介助、添い寝(!?)まで……。 世界最強の7人に取り合われ、振り回され、いじり倒される。 胃袋と心根をガッチリ掴んだお世話係と、愛が重すぎる最強ヒロインたちによる、至福の異世界ハーレムラブコメ、開幕!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!

本条蒼依
ファンタジー
 氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。  死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。  大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...