泡影の異世界勇者《アウトサイダー》

吉銅ガト

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第3章 蒼き海原と氷雪の砦

54話 アルトルイズム

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「キシャァァアアア!!」
 瞬く間に俺の頭上から消え去った黒い巨体は、その大きさからは考えられない機敏さで十メートルほど後方で戦いを見守っていた少年、カイナに向かって行く。捨て身の攻撃に見せかけたデヴァ―ンの攻撃は俺を消耗させて安全にカイナを狩るための作戦だったのか。そう気づいた頃には俺はデヴァ―ンの背を追って駆け出していた。しかし奴の飛ぶような勢いで疾走するデヴァ―ンにはこのままでは全く追いつける気がしない。
「カイナああ!! 逃げろおおおッ!!」
 俺はカイナに向かって力の限り叫ぶや右足にマナを集中させ始めた。纏いによる加速ならデヴァ―ンを止めることは叶わなくともカイナを守ることぐらいならできるはず。
「いっけええええッ!!!!」
 裂帛の気合ともに地を蹴る右足でマナが炸裂し、俺の体は光の粒をまき散らしながら急加速する。先ほどまで途方もなく遠く感じていたデヴァ―ンの背中が急速に大きくなっていき、ぎりぎり奴がカイナに衝突する寸前に何とか追い抜くことに成功した。なおもわずかに紫光をこぼす右足で地面を蹴って体を無理やりデヴァ―ンとカイナの間にねじ込むと、俺はカイナの小柄な体を抱き寄せて身を挺して庇う。これで俺の体が真っ二つになるようなことがなければカイナは大丈夫なはず。
 次の瞬間、背中が爆発したかのようなすさまじい衝撃が俺を襲い、俺はカイナを抱えたまま吹き飛ばされた。平衡感覚も消し飛びもはやどの方向が上なのかわからないが、やけにゆっくりと進んでいく世界の中で目の前に暗い灰色の洞窟の壁らしきものが迫ってくるのが見え、俺は咄嗟に体をひねって背を向けてカイナを守った。数瞬経って再びの衝撃が襲い、肺の中の空気が残らず吐き出される。同時に頭も打ちつけて出血したのか、じわじわと赤く染まっていく視界がぐるぐると回る。不意に何かが胃の中からせり上がってくる感覚を覚えて思わず嗚咽すると、口の中に不快な酸っぱさと一緒にひどい鉄の味が広がった。どうやら衝撃で内臓にもダメージが入ったみたいだ。これほどの傷を負うのは王都の飛竜襲撃事件以来かなとなぜか他人事のように考えていると俺の腕の中でもぞりとカイナが動いた。良かった。とりあえずこの少年を守るという目標は達成だ。あとはデヴァ―ンを仕留めるだけだが、いやはやどうしたものか。深い霧に突っ込まれたかのように意識が霞んで体がピクリとも動かない。まずい、このままでは……。
「カイ、ナ……、ポーチの、げほっ! はあ、はあ……、一番小さい……、ポーションを……」
 震える声で何とか言葉を紡ぐが返事はない。どんどんと明度が下がり砂嵐がかかっていく視界の中で何かが動くのを眺めながら、俺の意識が暗い闇の中に沈んでいった。

「……きて! 起きて! ソーマ!!」
 突然俺の耳にそんな声が届いた。必死に俺に叫ぶその高めの掠れ声が不思議と俺の心の奥に響くのが分かる。その声の主がカイナであると分かったと同時に冷たい炎を思わせる感覚が輪郭の解けた俺の全身に駆け巡り、瞬時に全身の感覚が戻ってくる。
 そうだ、俺はデヴァ―ンの攻撃を受けて気絶していたのだ。こうしてはいられない。
 状況を理解した俺は瞼をこじ開けると即座に立ち上がった。完治とまではいかないが何とか戦えるくらいには回復できた。恐らくカイナが俺の言葉を頼りに俺に高濃度マナポーションを飲ませてくれたのだ。
 カイナを俺から離れさせ俺は素早く周囲を確認する。俺の右手に剣はない。どうやらさっきの衝突でどこかに吹き飛ばされてしまったらしい。件のデヴァ―ンは前方約五メートルほど。俺がどれほど気を失っていたのかはわからないが、さすがに一瞬ということはないのでデヴァ―ンはゆっくりと仲間のいなくなったカイナを殺すつもりだったのだろう。
 仕切り直しに深呼吸すると俺は腰から短剣を引き抜いた。高濃度のマナポーションを飲んだ時特有の全能感が俺の思考回路を駆け巡る中、俺は体に戻ったマナを両足に集中させてまず左足のみ纏いを発動させた。眩い閃光で洞窟内を照らしながら背後の壁を粉砕して蹴って飛び出した俺は、矢のように地に着くことなく超速でデヴァ―ンとの距離を詰める。そして間合いに入った瞬間右足のマナを爆発させて左足を軸に回し蹴りを放った。鉄のプレート入りのブーツが一瞬のうちに鎌のようにデヴァ―ンの脇腹を絡めとり、ごきり! という鈍い破壊音を響かせながらデヴァ―ンを左方向に弾き飛ばした。空中で器用に姿勢を調整して着地を決めたデヴァ―ンに向かって俺は痺れる右足に構わず駆け出す。吹き飛んでしまった長剣に比べれば今手の中にある短剣はあまりにもリーチが短い。より一層奴の攻撃に警戒しつつ一気に地面を蹴って距離を詰めると一撃目として突き気味の横薙ぎを放った。しかしそんな助走の加速が乗ったハイスピードの斬撃すらデヴァ―ンはステップでひらりと躱して見せる。立て続けに二撃三撃と短剣を振り抜くもまるで同じ極同士を近づけた磁石のようにまるで当たらない。さっきの蹴りで確かにあばらを折った感触があったのにどんなスタミナと根性をしているのだと焦りを覚え始めた俺に向かって今度はデヴァ―ンが反撃を試みる。縦横無尽に振り切られる爪の猛攻をどうにかこうにかステップで躱し、剣戟を思わせる騒音を響かせながら短剣で受け流していくが、その事実に反してじりじりと後方に押されているのが分かる。このままでは俺の体力ばかり削られて今にも形勢を崩されてしまいそうだ。
「……ふッ!」
 俺はデヴァ―ンの凶暴極まりない縦振りを短剣で強引に跳ね上げると一気に体を沈め、がら空きになったデヴァ―ンの脚に向かって俺は足払いを放った。腕が跳ね上がったことでバランスを崩した奴の巨体は大きな重量差のある俺の蹴りであっさりと硬い地面に倒れる。そして守りの薄くなった胸の中心、魔石を抱く核袋に向かって俺は両手で力の限り短剣を突き立てた。刃は皮膚を貫き、直下の肋骨を砕き、さらにその肉の奥に収まる小さな硬い石のようなものを独特な感触を俺に伝えながら破砕した。途端に今の今まで暴れまわっていたはずのデヴァ―ンの体躯は、まるでそこだけ時間が停止してしまったかのようにピクリとも動かなくなった。

 俺のものか、あるいはデヴァ―ンのものか定かでない血の匂いが辺りに漂う洞窟に再びの静寂が訪れた。聞こえるのは俺の早鐘のような鼓動と荒い息遣いだけだ。戦いが終わったのだと自覚した途端に先ほど完治しなかった背中の傷と新しくできた体のあちこちの切り傷がじくじくと痛みだし、俺はずるずると近くの壁に倒れこんだ。まさか日常的に屠ってきた魔物にこれほどまで痛手を負おうとは思いもしなかった。それなりに魔物を狩り続ける日々を送って多少は一人前になれたのではないかと思っていたがまだまだ未熟ものということか。カイナがいても問題なく戦えると思い込んでいたが、グレン村の襲撃から王都の飛竜襲撃、そして二週間前の洞窟の一件といい、やはり俺は誰かを守りながらの戦闘が苦手らしい。
 ポーチから取り出したマナポーションを呷る。清涼感のある冷たい液体が口内に広がり、それまでこびりついていた血の味を洗い流す。さっき飲ませてもらった高濃度のものとは違いこのポーションは低濃度なため即効性の回復効果はないが、傷の治癒速度はどうやら体内のマナの量に依存するようなのでまあないよりはましだ。
 心なしか痛みが引いてきたところで重い体を動かして包帯を巻きにかかっていると、俺の得物たちを抱えたカイナが走り寄って来た。
「すまん、ありがとう。ははは、久しぶりに手痛くやられたな……。カイナは怪我してない?」
 俺の問いかけにカイナは剣をそばに横たえながらこくりと頷いた。ほっと胸を撫で下ろす俺を見てカイナは人形のような青白い顔で言葉を漏らす。
「なんで……、なんでそんな怪我までして助けるの? たまたま出会っただけの相手なのに、シロカミなのに……」
 その声には俺への称賛のニュアンスなどは存在せず、あるのはただ俺の行動に対する疑念のみだ。確かに冷静になって考えてみれば自分の命を投げ出してほとんど接点のない他人を庇うというのは狂気といっても過言ではない、常軌を逸した行為なのかもしれない。
「前にも言ったけど、俺が俺であるためだよ。……なんて言えばいいのかな、多分俺は周りの人が傷つくのを見るのが嫌なだけなんだ……と思う」
 思ったことをそのまま口にしてみたが、それこそが俺の行動原理なのだろう。つまりは俺が困っている人を助けるのはその人物への思いやりなどではなく、単に自分が嫌な思いをしたくないだけなのだ。そんなエゴに塗れた俺の内心の吐露を黙って聞いていたカイナは俺が話し終えた後もやはり腑に落ちないような顔をして口を開く。
「そんなんじゃソーマ、いつか死ぬよ」
 カイナの声が冷たい洞窟の中に響く。
「そうかもな。じゃあカイナは俺が死ななくても済むように気をつけてくれよ」
 実際カイナの指摘する通り、俺は誰かをかばうことでそれなりに怪我を負っており、そのうち何度かはまさに死と隣り合わせの状況にあったのも事実だ。だがこればっかりは俺の本能というか、思わずその現場に飛び出してしまっている節があるのでこの癖を改めようにも術がない。そんな具合でカイナの発言をはぐらかしつつお返しに軽口を投げると、予想外にも彼は考えこむように目を瞑った。また何か気に障ることでも言ってしまっただろうかと一抹の不安を抱きながら彼の思案を待っていると数秒後再びぱちりと瞼を開いた。先ほどまでとはどこか混じる色が異なるようにも感じられる薄藍の瞳でカイナは俺をまっすぐに見つめる。
「じゃあさ、戦い方を教えてよ。ソーマが庇って傷つかなくても済むように」
 奇縁としか言いようのない出会いを果たした弟子候補は静かに、しかし確かに芯の通った声で俺にそう言ったのだった。
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