泡影の異世界勇者《アウトサイダー》

吉銅ガト

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第3章 蒼き海原と氷雪の砦

60話 氷の番人

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 土蜘蛛を思わせる動きで灯台の隙間から姿を現した氷のゴーレムは、その多関節の脚を垂直な外壁に突き刺しながらこちらに迫って来る。対する俺は左脇にカイナを抱え、さらに両足を氷柱が貫いているという、十人に聞けば住人が絶体絶命と言うであろう状況だ。ここから先一手でも行動を違えれば生存はあり得ない。考えろ、考えろ。
 痛みで拡散する意識を頭を振って集中させると俺は行動を開始した。まずはカイナを安全な場所へ移すために一旦地面に下りなければ。纏いを発動して太い氷の蔓から跳び上がると、すぐさま外壁を蹴飛ばして後方に宙返りしながら俺たちは灯台の半ば高さ十メートルほどから落下していく。落下地点を目の端で確認しつつ背中にマナを集中させると吹きすさぶ強風の中、俺は魔法の式句を叫んだ。
テネロ闇よエメルゲ顕現せよラド:デクフェウ半径:十五リキド状態を液体にルーン魔法実行ッ!!」
 通例魔法というものは手にマナを集めて手から放つものだ。しかし、午前中にカイナにマナの流れを感じてもらおうと魔法を使ったときは肘からでも魔法を使えたため、それなら別に背中でもマナさえ集められれば可能であろうと信じて放った魔法だったのだ。幸いにも思惑通り魔法は正常に背中で発動し、ゴリゴリと俺の中の何かが急速に削られていく感覚を味わった直後、俺の後ろの魔法陣のさらに後ろに巨大な黒い球体を生成した。落下中の俺たちはそのまま黒い球体に突っ込みその強い粘性に落下速度を落としていく。しばらくずるずると音も匂いもない漆黒の闇を滑り落ち、数秒経った後に俺たちは地面にずるりと零れ落ちた。魔法を解除して黒い球体を消失させるとゴーレムがまだ灯台に張り付いている姿が視界に入った。

 腰のポーチからマナポーションを取り出して一息に呷ると、深呼吸で息を整えて氷の大蜘蛛を見据える。マナーゼンの男たちが見せてくれた戦いを参考にすれば俺達でも奴を仕留められるかもしれない。つまりは再生速度を超えるスピードでゴーレムの体をかち割って魔石を取り出せばいいわけだ。
「カイナは怪我とか大丈夫か?」
 横目にカイナを窺うと場面転換の連続に動揺を隠せないようだったが、大きな怪我はないらしく目に強い光を湛えて大丈夫だと言わんばかりに頷いた。二週間前には魔物と戦ったこともなかった少年がこれほどまでたくましくなるとは。まさに男子三日会わざれば刮目して見よというやつだ。まあ三日と空けず会ってはいたが。
「よし。じゃあカイナ、作戦を言う。俺が今からあのゴーレムを叩き割る。割れたらカイナはすぐに体の中から魔石を引っ張り出してくれ。簡単だろ?」
「本当にそれ何とかなるの……?」
 ゴーレムに視線を送ったまま胡散臭そうにカイナが俺に問いかけてくる。俺がゴーレムを破壊できるという結果だけで過程をまるで省いた作戦なのだからそう思われるのも当然だ。何とかなるさと道化師ぶって肩をすくめてカイナに笑いかけると、俺は灯台を下降中のゴーレムに向かって走り出した。
 一歩一歩地面を踏みしめるたびに悲鳴を上げそうなほど足の刺し傷が痛むが、それでも何とか堪えながら接近すると俺はポーチから投擲釘を引き抜いてゴーレムの胴体ど真ん中に振りかぶった。風切り音を上げながら投擲釘はまっすぐに狙いに向けて飛び出していったが、やはりというべきか、ゴーレムの驚異の硬さの前には歯が立たず、儚い破砕音を響かせて折れてしまった。投擲釘では耐久が心許ない。となれば直接剣でどうにか破壊するほかない。
「行くぜ……ッ!」
 ポーションによって再び満タンになった体内のマナを足に集めて纏いを発動させると、俺はゴーレムに向かって弾丸のように飛び出した。空中で体勢を調節しながら剣を抜きはらうと、最奥に魔石の鎮座する胴体──ではなく灯台外壁に突き刺した比較的細い脚に狙いを定める。俺の急接近を感知したゴーレムが多脚の内の二本を壁から引き抜いて迎撃を試みるが、それを予測していた俺は左手で短剣を構え両の刃で受け流す。途方もない重量がのしかかった直後に、右方向から降られた鎌のような脚が剣を滑り右上腕を切り裂くが歯をくいしばって耐える。そのまま紫の流星のごとくまっすぐに突っ込むやゴーレムの左側の脚たちに向かって長剣を切り上げた。加速された斬撃は初め軽快に氷の脚をへし折っていったが、しかしその硬度に勢いを殺され三本ほど斬ったところでガツンと刃が止まってしまった。自由落下を開始しようとする体をすかさず左手の短剣を灯台の外壁に生じたひびに差し込んで留めると、振り上がった直剣を今度は真下に振り下ろす。先ほどよりはいくらか威力は落ちるものの、何とかさらに二本の脚を切断できた。
 残る片側の脚は二本。つまりはこのゴーレムは両側合わせて十四本の脚を持つ、蜘蛛というよりはダンゴムシをモデルとしたものなのかもなあとくだらない思考が頭の端を巡る中、ついにバランスを失ったゴーレムの体はあたかも扉が開くかのようにじわじわと壁から剥がれ始めた。……今がチャンスだ。片側の脚を蝶番にしてスイングしていくゴーレムの体が壁に対して直角ほどまで開いた瞬間、短剣を握って鉄棒の要領で体を前後に振った俺はゴーレムの胴体底面に向けて飛び蹴りを敢行する。ややひざを曲げた状態でゴーレムの直前まで迫り纏いを発動、爆速で繰り出された飛び蹴りはゴーレムの重厚な体にひびを入れながら一気に吹き飛ばし、スイングの限界を超えて残りの脚をまとめてへし折りながら地面に落下していった。
 普通の氷ならばこの高さから落とせば容易く粉々に破壊できるだろうが、そもそもゴーレムは灯台の上から降ってきて俺たちに襲い掛かったのだ。恐らく落下をもとともせずにすぐさま復活するに違いない。つまりは奴の体を割るためには一工夫加えてやらなければならない。まあそれも同じく落下する身である自分を何とかしてからの話だが。
 ドロップキックの体勢のまま落下していく俺は何とか左腕を伸ばして灯台に照準を合わせると、いつもの三割増し早口で魔法を唱えた。
テネロ闇よショトゥ射出せよタグ:ローペ既定造形:縄を成してルーン魔法実行!」
 最後の式句を叫んだ直後、魔法陣の中心から黒い紐のような何かが勢いよく飛び出し外壁に張り付いた。魔法陣越しにロープに引っ張られた俺は振り子のように緩いカーブを描きながら下降していき、べしゃりと灯台に叩きつけられる。予想外に強い衝撃で右の剣が手を離れ地面に落下していった。左手の籠手で何とか衝撃を和らげながら体を壁に沿わせると、破れた服の中に見える右肩の血濡れた包帯を口で強引に剥ぎ取って右手を俺の少し下を落下中のゴーレムに突きつけた。恐らく今魔法を右腕で放てば再び竜皮症が活性化し俺の肌を鱗状に引き裂くが、せっかく掴んだチャンスをむざむざ逃す手はないのだ。やるしかない。
レウンク魔法連結ショトゥ射出せよタグ:アラウ既定造形:矢を成してスペウ:マズ速度:最大値ルーン魔法実行……ッ!」
 体内に残った全てのマナを注ぎ込んだ漆黒の魔法の矢は衝撃波で辺りの氷を軒並み粉砕しながら一直線にゴーレム目がけて駆け抜け、胴体に矢のサイズに見合わないほど巨大な穴を穿ち抜いた。同時に俺の右肩にも鋭い痛みが走る。矢の撃力で落下の軌道を大きくゆがめたゴーレムはカイナの待機する地点から左手に二十メートルほど離れた場所に落下した。割れてくれ! と心の中で強く祈ったその直後、地面に直撃して舞い上がった雪の中から轟音とともに夥しい数のガラスを一度に割ったような耳をつんざく破砕音が響いた。恐らくあの堅牢な体を砕くことが出来たはずだ。あとはカイナに託すしかない。
「今だあッ! カイナ、行けええッ!!」
 俺の力の限りの叫びとともにゴーレムの落下地点に向かって白い疾風が飛び出した。
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