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第3章 蒼き海原と氷雪の砦
63話 茨の鞭
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アレウエの尋常ならざる迫力に気圧されて、俺は呼吸の仕方さえもあやふやになる。ついさっきまで余裕のある高飛車なしゃべり方をしていたはずのアレウエは、俺の剣の一振りを浴びるや否やその態度を激変し声を荒げ、あろうことか己の両腕を自らもぎ取ったのだ。
次々の移り変わる状況に追いつけず停止する俺の頭を、しかしようやく到来した竜皮症の右腕の鈍痛が再び呼び戻した。傷口から零れた血液がポタリと落ち、青い氷の地面に赤い斑点を作っていく。そうだ、俺たちに与えられた時間は止まっていられるほど長くない。なんとしてでもこの目の前の化け物を退けなければならないのだ。
「二度とその薄汚い手で私に触れられぬよう、破片さえ残さぬよう切り裂いてやるわ!!」
俺が目線を逸らさずにカイナにマナポーションを一瓶手渡し彼を庇いつつ立ち上がった瞬間、氷の人形は口汚く叫び声を上げて両腕の茨をこちらに向けて振り回す。鞭のような軌道で左右から迫る氷の茨の蔓を何とか籠手と短剣で撥ね退けようと試みるが、その想像以上の威力に俺は辛うじて受け流したままじりじりとその体を後退させていった。やはり以前よりも迫力が増したのと同様にその攻撃にも勢いが増している。数瞬後若干勢いを衰えさせた茨の鞭を俺は何とかはじき返すことに成功したが、その敢闘を無に帰すように鞭が再び振りかぶられる。右手の短剣は状況を打開するには短すぎるし、左手の籠手も先ほどの防御で大きくひびが入り二度目の鞭打を耐えられまい。だが──。
「テネロ・エンボード・フォル:トゥワウ・タグ:スウォルド・ルーン……!」
右腕の激痛のリスクをかなぐり捨てた久しぶりの両腕詠唱に応えて、魔法が紫光を放ちながら二振りの黒剣を顕現させる。途端に右腕に走る激痛を噛み潰し、短剣の代わりに自由落下を開始する二刀の柄を伸ばした両手でしっかりと握ると俺は迫る氷の茨に向かって思い切り振り抜いた。見た目に反して軽量な黒い刃が左右から振り下ろされた茨の鞭に直撃しびりびりと両腕に衝撃が走る。剣の形状を維持するのに驚くほどの勢いで体内のマナが削れていく不快な感覚を味わいながら全霊を込めて剣を振るうと、ガキン! という小気味よい音とともにようやく氷の鞭が大きく弾かれた。
「小癪な……ッ!」
二度の鞭打を防がれたアレウエから憎しみの滾った声が漏れる。実際には小癪といえるほど俺に余裕はないのだがそれでアレウエの心に一抹でも焦燥を刻めたのなら儲けものだし、頑張れば奴の攻撃を弾くことができると分かったのなら儲けものだ。
そしてもう一つアレウエの行動について分かったことがある。その鞭の攻撃の威力のすさまじさに隠れて気がつかなかったが、先ほどから両腕の鞭打の他にアレウエは何も行動を起こしていないのだ。思えばアレウエが激怒する前も攻撃手段は同時には一つしか行っていない。つまり、恐らくアレウエは一点集中型の極み、シングルタスクなのではないだろうか──。
そんな思考が駆け巡った直後、アレウエは既存の茨の蔓に二本追加した合計四本を俺に振るった。高速かつ連続で襲い掛かる茨を背けそうになる視界に強引に捉えて俺は両手の剣で打ち払っていく。右上から伸びる鞭を右の剣で切り上げ、そのまま正面から迫る鞭を斜めに叩き落し、左の剣で次なる鞭打を受け流し、四本目の一撃をクロスした二刀で弾き飛ばし……。
この世界に来る前の俺なら絶対にできなかった芸当をぎりぎりながらもできているのは、やはりフレンテでローガン翁に稽古をつけてもらったのが一番大きいだろう。マナーゼンとしてそこそこ活動してきた今でさえローガンさんの神速の連撃には五分と持つまい。
何度目か分からない猛攻を左手の剣で弾いたその時、ついに剣の頑健さを維持していた体内のマナの供給が間に合わなくなり刀身が半ばからへし折れた。黒い剣の破片が眼前を舞う中、予想外の事態に一瞬、ほんの一瞬だけ停止した思考の隙をつくように、茨の鞭が地面を切り裂きながら俺に急接近する。まずい、反応しきれない──。
「はあ!」
氷の茨に無数についた鋭利な棘が子細に見えるほどに肉迫し己の体が切り裂かれるのを覚悟したその瞬間、突如として高らかな掛け声とともに眩い薄青色の閃光が俺と茨の間に割り込んだ。甲高い衝撃音が耳たぶを打ち、直後何やら軽い塊が弾かれて俺の体に衝突する。
「カイナ!? なんで……っ」
俺の驚愕の声に名前の主であり現在進行形で俺の懐に収まる白い少年は、しかし名を呼ばれても目線をアレウエから逸らさない。俺の身体から跳ね起きるとカイナは青い短剣を構えなおして短く言い放った。
「一緒に戦う。そのためにここまで来たんだから」
「……分かった。だけど絶対に無理はするなよ」
カイナに命を救ってもらったの手前、危ないから下がっていろだのということはもはや俺にはできない。最後の通常濃度マナポーションを飲み下すと、俺を庇うようにして立っていたカイナの隣に並び立った。対面するアレウエはさらに茨の本数を増やして俺たち二人をまとめて葬らんと構える。
「行くぞカイナ!!」
「うん!」
新たな剣を顕現させた俺とカイナは同時に地面を蹴り、前方から迫る無数の氷の鞭に向かって駆け抜けた。
次々の移り変わる状況に追いつけず停止する俺の頭を、しかしようやく到来した竜皮症の右腕の鈍痛が再び呼び戻した。傷口から零れた血液がポタリと落ち、青い氷の地面に赤い斑点を作っていく。そうだ、俺たちに与えられた時間は止まっていられるほど長くない。なんとしてでもこの目の前の化け物を退けなければならないのだ。
「二度とその薄汚い手で私に触れられぬよう、破片さえ残さぬよう切り裂いてやるわ!!」
俺が目線を逸らさずにカイナにマナポーションを一瓶手渡し彼を庇いつつ立ち上がった瞬間、氷の人形は口汚く叫び声を上げて両腕の茨をこちらに向けて振り回す。鞭のような軌道で左右から迫る氷の茨の蔓を何とか籠手と短剣で撥ね退けようと試みるが、その想像以上の威力に俺は辛うじて受け流したままじりじりとその体を後退させていった。やはり以前よりも迫力が増したのと同様にその攻撃にも勢いが増している。数瞬後若干勢いを衰えさせた茨の鞭を俺は何とかはじき返すことに成功したが、その敢闘を無に帰すように鞭が再び振りかぶられる。右手の短剣は状況を打開するには短すぎるし、左手の籠手も先ほどの防御で大きくひびが入り二度目の鞭打を耐えられまい。だが──。
「テネロ・エンボード・フォル:トゥワウ・タグ:スウォルド・ルーン……!」
右腕の激痛のリスクをかなぐり捨てた久しぶりの両腕詠唱に応えて、魔法が紫光を放ちながら二振りの黒剣を顕現させる。途端に右腕に走る激痛を噛み潰し、短剣の代わりに自由落下を開始する二刀の柄を伸ばした両手でしっかりと握ると俺は迫る氷の茨に向かって思い切り振り抜いた。見た目に反して軽量な黒い刃が左右から振り下ろされた茨の鞭に直撃しびりびりと両腕に衝撃が走る。剣の形状を維持するのに驚くほどの勢いで体内のマナが削れていく不快な感覚を味わいながら全霊を込めて剣を振るうと、ガキン! という小気味よい音とともにようやく氷の鞭が大きく弾かれた。
「小癪な……ッ!」
二度の鞭打を防がれたアレウエから憎しみの滾った声が漏れる。実際には小癪といえるほど俺に余裕はないのだがそれでアレウエの心に一抹でも焦燥を刻めたのなら儲けものだし、頑張れば奴の攻撃を弾くことができると分かったのなら儲けものだ。
そしてもう一つアレウエの行動について分かったことがある。その鞭の攻撃の威力のすさまじさに隠れて気がつかなかったが、先ほどから両腕の鞭打の他にアレウエは何も行動を起こしていないのだ。思えばアレウエが激怒する前も攻撃手段は同時には一つしか行っていない。つまり、恐らくアレウエは一点集中型の極み、シングルタスクなのではないだろうか──。
そんな思考が駆け巡った直後、アレウエは既存の茨の蔓に二本追加した合計四本を俺に振るった。高速かつ連続で襲い掛かる茨を背けそうになる視界に強引に捉えて俺は両手の剣で打ち払っていく。右上から伸びる鞭を右の剣で切り上げ、そのまま正面から迫る鞭を斜めに叩き落し、左の剣で次なる鞭打を受け流し、四本目の一撃をクロスした二刀で弾き飛ばし……。
この世界に来る前の俺なら絶対にできなかった芸当をぎりぎりながらもできているのは、やはりフレンテでローガン翁に稽古をつけてもらったのが一番大きいだろう。マナーゼンとしてそこそこ活動してきた今でさえローガンさんの神速の連撃には五分と持つまい。
何度目か分からない猛攻を左手の剣で弾いたその時、ついに剣の頑健さを維持していた体内のマナの供給が間に合わなくなり刀身が半ばからへし折れた。黒い剣の破片が眼前を舞う中、予想外の事態に一瞬、ほんの一瞬だけ停止した思考の隙をつくように、茨の鞭が地面を切り裂きながら俺に急接近する。まずい、反応しきれない──。
「はあ!」
氷の茨に無数についた鋭利な棘が子細に見えるほどに肉迫し己の体が切り裂かれるのを覚悟したその瞬間、突如として高らかな掛け声とともに眩い薄青色の閃光が俺と茨の間に割り込んだ。甲高い衝撃音が耳たぶを打ち、直後何やら軽い塊が弾かれて俺の体に衝突する。
「カイナ!? なんで……っ」
俺の驚愕の声に名前の主であり現在進行形で俺の懐に収まる白い少年は、しかし名を呼ばれても目線をアレウエから逸らさない。俺の身体から跳ね起きるとカイナは青い短剣を構えなおして短く言い放った。
「一緒に戦う。そのためにここまで来たんだから」
「……分かった。だけど絶対に無理はするなよ」
カイナに命を救ってもらったの手前、危ないから下がっていろだのということはもはや俺にはできない。最後の通常濃度マナポーションを飲み下すと、俺を庇うようにして立っていたカイナの隣に並び立った。対面するアレウエはさらに茨の本数を増やして俺たち二人をまとめて葬らんと構える。
「行くぞカイナ!!」
「うん!」
新たな剣を顕現させた俺とカイナは同時に地面を蹴り、前方から迫る無数の氷の鞭に向かって駆け抜けた。
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