泡影の異世界勇者《アウトサイダー》

吉銅ガト

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第1章 はじめての異世界

3話 不条理への門出

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「我々の世界は魔物の住む世界とその他の生き物が住む世界に二分されており、通常ならばその割合は均衡が保たれています。しかし現在、魔物の領域に特例的に強大な力を持つ個体が誕生し、その個体が魔王を名乗ってその他の魔物を従えることで軍勢を成し、人間たちの領域にまでその手を広げようとしているのです。
 世界の秩序を保つ立場の私としては、このイレギュラーなバグ魔王を排除しなければならないのですが、私自身は直接世界に干渉する術を持ちません。そこでこちらの世界の人々から勇者を選び出し、その者に事の解決を依頼したのですが、強大な魔王の前に数多くの戦士たちが命を散らし、魔王の進行を留めることしかできていないのが現状です。
 窮地に立たされた私達が次に目を向けたのが、そう、あなた方の世界なのです。あなた方の世界では魔法の文明は栄えず、代わりに科学技術が発展したと聞きます。そんな我々とは違う環境に生きるあなた方ならば、私達の世界の現状を打破するシンギュラリティーになりうるのではないかと考え、今こうしてあなたを召喚したということになります」
 話を進めていくうちにメトシスの表情はどんどんと険しくなっていった。話をまとめると、つまりは”異世界人を以って魔王”を制す、ということか。
 とんでもない困難をなぜか妙にすっきりと納得した俺を見て、メトシスはさらに続ける。その相貌からは先ほどまでの生意気だが少女らしいかわいらしさは拭い去られ、代わりに自分の身を切られているかのような痛ましげな表情だけが乗っかっていた。
「世界を秩序を取り戻していただくことにできる限りの協力はしたいのですが、世界を秩序をしなければいけないという立場上、私からはパワーバランスを崩すような力添えできないんです……。できるのは言語の自動翻訳、身体能力の微弱な補正、マナ操作感覚の補正、転移直後の衣服の変更くらいで……」
 どんどんと萎れていくメトシスが紡いでいく言葉を自分の中で咀嚼していきながら状況をまとめる。
 まず目標は世界の秩序を正すこと。
 具体的な達成条件は魔王の討伐。
 そのために使えるものは自分自身と祝福だけ。
 ゲームならありがちな展開かもしれないが、実際自分が底立場に置かれると、なるほど、なかなかにハードだ。自分の世界を正すために全く関係のない世界の住人を連れてくるとはあまりにも不条理で自己中心的な召喚、もとい誘拐だが、このただならぬ様子からしてどうやらこの女神様は本当に困っているらしい。ならば助けてやるのがこの俺、上木壮真という人間だ。
「状況はわかりました。正直、どんだけ大変なことなのか未だによく分かってないですけど、困っているなら俺は助けます。その代わり、成功した暁にはものすごいご褒美を期待してますよ」
 そう強がって俺はメトシスに向かってサムズアップ。実際これから起こることへの不安はあるが、皮肉にもそれをこの目で見ていないことが俺が虚勢を張れる理由になっているのだと思う。
「こんなに身勝手なお願いなのに……。本当に、本当にありがとうございます」
そう言って少女の姿をした神は深々と頭を下げる。やはり本当に神なのかと疑いたくなる姿勢の低さだ。
「いえいえ。困っている人を助けたいのは、俺自身の頑固な気持ちみたいなものですから。別に礼を言うようなもんじゃないですよ」
慌てて直させた俺に、メトシスはまたもや礼を言って言葉を紡ぐ。
「本当にありがとうございます……! 魔王討伐後にはすぐに元の世界に帰還させますのでそこは安心してください! あと何か聞きたいことはありますか?」
「う~ん、特には浮かばないです。というか何でも知りすぎたらそれこそバランスブレイカーになりそうですけどね」
 軽い冗談を挟みつつ能天気に笑う俺を見て不意にメトシスの顔が絶望の色に逆戻りした。何かヤバい爆弾が投下されると本能が訴えかける。
「そうでした……。ここで見たり知ったりした記憶は、世界に知りえない知識が広まるのを防ぐために封印しなければいけないのを忘れてました……」
 ここまで苦笑いと空元気で済ませてきていた俺だったが、さすがにこの事実にはその笑顔にピシリとヒビを走らせざるを得なかった。

「……では、これより私たちの世界への召喚に入ります。記憶に関しては今私ができうる最大限の越権行為をして封印が解除されるように細工しておきます。それまでは、その……、頑張ってください!」
 ばつの悪そうな顔をして両手を握り激励を送るメトシスに笑いかけながら俺は不思議な感慨に浸っていた。
 確かに俺なら力不足だとわかっていても、困っている人がいるならば魔王討伐を志しそうな気がしないこともない。これまでの人生を振り返り、自然とそんな気持ちが湧いてきた。元の世界にいたときも、友人をいじめていたガキ大将に立ち向かってボコボコにされたことがあったっけ。まあ最終的には何とかなったが。
「未来のことなんでまだわかりませんけど、なんとか思い出してみせますよ」
「健闘をお祈りしています。では、心の準備はよろしいですか?」
「大丈夫です。速攻で解決してきます」
俺がありったけの笑顔を作ると、メトシスもそれにつられて少し笑顔になった。やっぱり女の子は笑った顔が一番だ。

 俺の了承を聞いたメトシスは一歩後ろに下がると、両手を俺に掲げて呪文を唱え始めた。
アドム管理者権限よりセアル封印せよヤウ第二者メマウリ記憶レウンク魔法連結ポート転移せよヤウ第二者・”ルーニング私たちの世界”・ルーン魔法実行
 メトシスが式句を一つ唱える度に、両手の間を中心として、周に沿って文字が書かれた虹色の光円が現れる。はじめ小さかった円は外側に円が増えていくことによってその大きさを増し、最終的に直径一メートルほどの魔法陣が形成された。そして最後の式句がメトシスの口から飛び出した瞬間、魔法陣はさっきよりもさらに激しい光を放ち俺の体が同じ虹色の光に包まれる。
 ……そうだ、言い忘れてたことがあった。彼女の罪悪感を少しでも打ち払ってやるために、そしてこの不条理な任務に課せられるという事実に一矢報いるために、これを伝えなければ後悔して、いや後悔するという記憶すら封印されてしまう。
 俺は凄まじい光と轟音の渦の中でなんとかメトシスに向いて叫んだ。
「ご褒美はメトシス様とデートでお願いします!」
「ふぇ!? ど、どういうことですか!?」
 びっくり仰天と言ったメトシスの顔を見て、驚きで少しくらい暗い気持ちは吹き飛んだかなと満足したところで、俺の体の感覚、そして意識は光の中に飲まれていった。



 少年のいなくなった空間に一人、少女は立っている。少女の顔にはまだ確かな不安の色が見えるが、しかし、これまでにはなかった、一筋の光の如き希望、あるいは期待の色も同時にあるように思われた。
「どうか、あの少年の旅路に幸多からんことを…」
 彼女の上に采配を握る誰かなど存在しないのにも関わらず、少女はただ祈り続けた。
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