世界の東の端っこのフットボール・チルドレン

遊佐東吾

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本編

ダンス・イン・ザ・ダーク

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 時刻は十八時の半ばを回っている。
 御幸神社へと続く長い長い階段の中段付近に座りこみ、四ノ宮はずっと日が沈むのを眺めていた。夕日の色をした雲と西のほうにみえる分厚い雲とが、同じ空とは思えないほどのコントラストを描いている中を、今ではほとんど見かけることのない飛行船がゆっくりと飛んで横切っていく。
 怖いくらいに鮮やかな夕焼けがあたりを赤みがかった橙色に染めあげ、そして太陽は彼方に沈む。そのあとでやってきたのは闇だった。

「さて、いくか」

 ようやく重い腰をあげ、四ノ宮は再び階段をのぼりだす。ライトアップなどという洒落たことはやっていないため、生い茂る木々によって両脇を挟まれている石段は足元さえよく見えないほど暗い。
 静かなはずの神社の境内に近づくと、なぜかリズミカルな音が聞こえてくる。鳥居をくぐった先、本殿の前で暁平がリフティングをやっていたのだ。

 境内の中心で踊るようにボールと戯れている暁平の姿を、階段をあと数段残したまま四ノ宮は飽きもせずじっと見つめていた。
 足の甲、内側、外側、踵、膝、太腿、肩、首の後ろや背中、そして頭。暁平の体を跳ねるようにして離れたボールは恋しくなったか、すぐに彼の元へと戻ってくる。
 直線的ではなくふわりふわりとして柔らかな、それでいて芯を感じさせる暁平の動きにどこかで見た覚えがあるような気がしていた四ノ宮だったが、その記憶の正体にすぐに思い至る。榛名悠里だ。

 一度きりだが、四ノ宮は御幸神社での神事の際に悠里が舞うのを見たことがあった。暁平から事前に情報をもらい、悠里にばれないよう陰からこっそり見学していたのだ。
 そのときの彼女は、四ノ宮が知っている榛名悠里ではなかった。まるで別人のような表情と洗練された舞に「これを神懸かりと呼ぶのだろうか」、目を奪われながら四ノ宮は真剣にそう思った。

 今、目の前で繰り広げられているのもまぎれもなく神に捧げる舞踏だ。
 ひとしきり続いたそのダンスは、唐突に真上へとボールが蹴りあげられたことで流れが途切れる。暁平なりの終わりの合図らしかった。
 落ちてくるボールを大事そうに両手で受け止めた彼に、やっと階段を上がり終えた四ノ宮はいきなり拍手を送る。

「誰だッ」

 暗闇のなかでもびくっと体が反応したのがわかるほど、突然のことに暁平も驚いたようだった。

「おれだよキョウヘイ。レイジの病室で会って以来だな」

「なんだ、シノくんか」

 びっくりさせるなよ、とほっとした声で暁平が言う。

「せっかく来てくれたのに悪いんだけど、ユーリは留守だぜ。泊まりがけでどっかへ遊びに出かけてるらしい。明日はFC戦だってのに覚えちゃいないんだろうな。まあ、あいつの応援なんてあってもなくてもどっちでもいいんだけどさ」

 さすがに一年も付き合っていれば、暁平と悠里がどれほど強く結びついているのかくらいは四ノ宮にもわかっているつもりだ。
 虚勢を張っている暁平をここぞとばかりに茶化してみる。

「おうおう、キョウヘイよう。素直に『姉ちゃんがいないとさびしい』って口にしたらどうなんだ」

「うるせえな、姉ちゃんじゃねえって何べん言わせるんだよ。つーかユーリいないんだから、用がないなら帰れよ」

 どうやら暁平は図星を指されてすっかりむくれてしまったらしい。こんなところは年相応なんだな、と四ノ宮にはむしろ微笑ましく思える。

「すまんすまん。用事ってわけでもないんだが、気がついたらここに足が向いててな。この神社の静かな空気に触れると心が落ち着くんだろうなあ」

「嘘つけ。本当はユーリに会いにきたくせに白々しい。いなくて残念でしたー」

「いや、きっとこれでよかったんだ」

 意趣返しとばかりにからかってくる暁平に、四ノ宮は凪いだ海のごとく穏やかに返す。
 その返事には暁平も拍子抜けしたようで、「ったく、でかい図体してヘタレなんだから」とぶつぶつ言っている。

「シノくんさあ、さっさとユーリに告白しなよ。うまくいってもいかなくても、衛田くんへの土産話くらいにはなるんだから」

「ゴールが見えたらシュートをうて、か。ほんと、その通りだよな」

 闇夜にまぎれて四ノ宮はひっそりと頷いた。

「チャンスはそう何度もやってこないから、千載一遇なんて言い方をするんだってのが今なら実感としてわかるよ」

「もしかしてこの前の祝勝会のこと? あれはシノくんにも誰にもどうしようもなかっただろ。だいたい、言葉遊びでいいなら日本語には仕切り直しってのもあるじゃないか」

 シノくんが責任を感じる必要はどこにもない、と暁平が強い口調で言う。
 暁平は強く優しい、だからこそ周りにいる人たちを自分が守らねばと気負ってしまうのだろう。
 そんな彼にどう答えたものかを思案しているうちに、四ノ宮の首筋に冷たいものが触れた。確認するように手のひらを上に向け、星の見えない夜空を見上げた顔にも水滴が落ちてきた。

「雨か」

「ん? ああ、今晩少し降るって予報だったな。明日の朝には止んでくれるみたいだけど」

「なら試合にはそれほど影響はなさそうだな。楽しみにしていた相手とのゲームだ、できるだけいいコンディションでやりたいもんな」

 そう言ってから、傘を持ってきていない四ノ宮はくるりと踵を返す。
 本降りになる前に立ち去るつもりだったが、最後にどうしても伝えておかなければならないことがあった。
 四ノ宮は首だけを暁平へと向ける。

「キョウヘイ、おまえはサッカーのことだけ考えてろ。ボールだけを見てるんだ。さっきのリフティングみたいにな。これだけは約束してくれ」

「言われるまでもないよ。おれからサッカーをとったら何も残らない、ただの搾りかすだしさ」

「それ、榛名の前では絶対口にするなよ。あいつのことだ、烈火のごとく怒り狂うだろうから」

 かもね、と暁平は笑った。
 暁平はまだはっきりとは気づいていない。
 衛田を襲ったのが、かつて衛田グループと呼ばれていた連中であることを。

 ここ最近、久我への報復の機会でもうかがっていたのか、ケルベロスに近づいて使い走りのような真似をしていた彼らにテストが課せられた。ケルベロスへの正式入団のためのテストだ。その内容は憎々しい鬼島中学サッカー部のレギュラーメンバーを襲うこと。
 そこで彼らは衛田を選んだ。
 以前は自分たちと同じ立場だったにもかかわらず、今ではサッカー部の主力にまでなって信頼されていたかつての仲間を。妬みという負の感情が、超えてはいけない線を超えさせてしまったのだろう。

 四ノ宮は連中の一人を締めあげてこれらの情報を得たのだが、誰にやられたのかを衛田が話そうとしない時点で大方の察しはついていた。いつの間にそんなお人好しになったのか、衛田自身が彼らを許すつもりでいることもわかっている。
 だが、そんなのは知ったことか。

 この件に関わった人間を四ノ宮は誰一人として見逃すつもりはなかった。たかが犬どもが群れたところで熊に勝てる道理などないことを、骨の髄まで教えこんでやるつもりでいた。
 すべては暁平を蚊帳の外にして終わらせなければならない。そうも四ノ宮は心に決めていた。将来を嘱望されている暁平のために、親友である衛田を受け入れてくれたサッカー部のために、そしていつでも暁平のために行動している榛名悠里のために。

 できれば最後にひと目だけでも悠里に会えればよかったが、自分にはすでにそんな資格などないのだとも思っていた。
 このときにはもう四ノ宮は復讐に手を染めていたのだから。
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