世界の東の端っこのフットボール・チルドレン

遊佐東吾

文字の大きさ
33 / 85
本編

笑うドミネーター

しおりを挟む
 先制を許しても暁平にまるで動揺はなかった。先に失点することは織り込みずみだったし、新しく加入した二人の実力の片鱗を見せてもらう授業料としてはこんなものだろう。

「なら、うちも出し惜しみなしでいきますか」

 鬼島ボールで試合が再開される。相変わらず暁平はフォワードの位置におり、それまでと何ら変わるところはない。
 しかしボールが最終ラインの政信まで下げられたのに合わせるようにして、暁平のポジションもどんどん後ろへと下がっていく。五味を追い越し、筧と井上が並んでいるあたりまでやってきた。

「どういうつもりなんだ……?」

 何人ものFCの選手がそう言いたそうな顔をしている。
 政信から佐木川へとボールが渡り、佐木川から筧へと縦のパスが入ってきた。すると先ほど同様、すーっと寄ってきたFCの選手たちにまた筧が囲まれてしまう。だが今度は筧の判断も早かった。すぐそばまできていた暁平へと迷わずパスを出す。
 一列分を丸々飛ばして急激にポジションを変えた暁平に対して、FCのディフェンスも戸惑いを隠せていないが、だからといってフリーにさせるわけにはいかない。すぐに近くの選手がマークに付こうとする。

 ボールを受けるとき、いつでも暁平は漫然と足元にトラップしたりはしなかった。まず周囲の様子をあらかじめ確認しておき、誰かが体を寄せてきていれば、トラップする際にボールを予想外の向きへと変えてやる。だいたいはこのプレーで一人目のマークを外すことができるのだ。
 次にどういうプレーへと移っていくか。パスか、ドリブルか。最初に考えるのは前線へのロングボールだ。決定的なチャンスをつくりだせる、アメリカンフットボールでいうところのタッチダウンパスを狙えるならそれがいちばん効率がいい。いかにしてゴールへと結びつける確率を高めるか、それが暁平にとっての優先順位だった。

 ただ現在の局面において選択すべきはドリブルである。パスを受けるよりも前にその結論を出していた暁平は、トラップでボールを動かすことによってマーカーをかわし、そのまま猛然とFC陣内へのドリブルを開始する。
 これに慌てたのが姫ヶ瀬FCだ。筧に対して複数の選手で「ボール狩り」を仕掛けていたせいで、いってみれば中盤の網目がひどく緩んだ状況となっている。もちろん暁平はそこを見逃したりはしなかった。
 電光石火のドリブルで中央突破してきた彼をどうにか食い止めようと、背番号6の吉野が行く手に立ちはだかる。キャプテン同士のマッチアップだ。

「こいや!」

 腰を落として構える吉野が吠えた。
 抜かせまいとする闘志に満ちた彼を見て、スピードを落としつつ暁平は足元のボールをぽん、と無造作にさらすようにしてぎりぎり足が届く範囲へと転がす。

 奪える、と確信したのだろう。やはり吉野は間合いを詰めて食いついてきた。すかさず暁平は左足の裏を使ってボールを引く。そのまま体を回転させながら吉野を手でブロックし、右足でボールを持ちだしながら入れ替わるようにして彼の脇をすり抜けていく。
 マルセイユ・ルーレット、もしくはマルセイユ・ターン。フランスのマルセイユ出身であるジネディーヌ・ジダンが得意とした技だ。

「キョウくんずるいぞ! おれにもボール! ボール!」

 左サイドで手を上げている五味が大声でパスを要求する。とにかくテクニックを披露するのが大好きな五味のことだ、自分も何か魅せるプレーをしたくてたまらないのだろう。
 そんな彼を暁平は囮として使う。失点時の兵藤のプレーをトレースするかのように五味へと顔を向けてフェイクを入れる。敵の守備が反応するとすぐさま右足のインフロントキックでペナルティエリア付近にいる畠山大へと浮き球を送る。

「ダイ!」

 決定力という面では、たとえば久我あたりと比べれば見劣りするものの、こういったポストプレーをさせれば畠山ほどの選手はそうはいない。それを暁平はよくわかっている。
 このときも畠山は確実に自分の仕事をこなしてくれた。
 ポジション取りをめぐる相手センターバックとの肉弾戦に勝利した畠山は、パスを出してすぐ走りこんでいった暁平の呼びかけに応じ、ゴールを背にジャンプして自分の左側へとヘッドでボールを落とす。
 残るは最後の仕上げだが、頭で考えて歩幅を合わせる必要はない。感覚に身を委ねればきちんとアジャストできるのだから。

「いけ」

 ボールのバウンドに合わせ、暁平は左足を振り抜く。狙いはゴールマウスの向かって右側、ニアサイド。
 全国レベルと評されるキーパー友近もあまりのシュートの速さに一歩も動けなかった。しかし、残念ながらボールはゴール内にはおさまっていない。
 暁平のシュートはものすごい勢いでゴールバーを叩いて、そのままはるか後方へと逸れていったのだ。その威力を物語るように、しばらくの間バーの震えは止まらなかった。
 ははっ、と暁平の口から乾いた笑いが漏れる。

「あらら、1点損したじゃねえか。おれもまだまだだな」

 そんな暁平に対し、拳を手に打ちつけながら五味がぷりぷりと怒っていた。

「だからおれに出せっていったのに! 一人でやりすぎだっての!」

「すまんすまん、派手めの挨拶をかましておきたくてさ」

 五味をなだめつつ暁平は「でも決まらないと格好悪いな」と肩をすくめる。
 そこに絶好の得点機を逃した脱力感はまるでない。チャンスは幾度となくつくれるだろうし、そのうちの何回かを決定的なものにすればいい。
 不遜にして楽観的にも暁平はそう考えていたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...