世界の東の端っこのフットボール・チルドレン

遊佐東吾

文字の大きさ
34 / 85
本編

榛名システム

しおりを挟む
 一見しただけでは暁平が自分勝手にふらふらとポジションを変えているだけのように思える。そうではないことにすぐホセは気づいた。
 鬼島中学のメンバーはまず暁平がどこにいるのかを確認する。敵陣のペナルティエリア内か、バイタルエリアか、サイドに開いているか、中盤の下がりめか。彼の位置に合わせて、他の選手たちは自分が今どこにいるべきかを決定していく。
 傍目にはめまぐるしくポジションチェンジを行っているようにしか見えないはずだ。ただほとんどのメンバーが蹴球団の頃からずっと一緒にやってきているおかげなのだろう、ホセの目に映るフィールドでは混沌と秩序が破綻することなく共存していた。

 筧と井上が劣勢とみれば中盤に下がって制圧し、そのままボールをポゼッションしつつじわじわと敵を守備に奔走させながら押しこんでいく。まるで真綿で首を絞めるように。
 最前線に上がればアーリークロスを多用させ、パワープレーも辞さない。ディフェンス面では高い位置をとらせている要のサイドのケアも怠らず、できるかぎり早めにカウンターの芽を摘む。まさに神出鬼没だった。

 技術とフィジカル、それにピッチを俯瞰する戦術眼まで兼ね備えた暁平ありきの戦い方だ。もはやイレブンのうちの一人ではない。榛名暁平という飛び抜けた才能にすべての権限を集中させたような、いびつなトータルフットボール。
 定まったフォーメーションを半ば放棄したこの戦術は「榛名システム」と名づける以外にないだろう、というのがホセの結論だった。

 前半も30分ほどになるが、追いかける鬼島中学がボールポゼッション率では圧倒的に上回っていた。いかにジュリオと久我のツートップに破壊力があろうとも、ボールに触れられなければ意味はない。
 バーを強烈に直撃した暁平のシュート以降、彼を中心としてパスを繋ぎ続ける鬼島中学は二度の決定機をふいにしていた。一度目は突破してペナルティエリア内まで入ってきた要のシュートがキーパー友近のビッグセーブによって防がれ、二度目は友近と一対一になった五味が力んでふかしてしまった。衛田の不在はやはり大きい。
 いくら展開で押していてもサッカーに判定勝ちというものがない以上、流れが変わってしまわないうちに早く同点にしなければならなかった。

 ピッチではボールを持った要がまた左サイドを抉るように仕掛けていく。暁平からの指示なのだろう、このゲームでの要はとにかく積極的に攻めあがる。
 当然ながらFCも崩されまいと警戒している。いったん止まった要はボールを持ちすぎることなく、フォローにやってきた中の五味へと渡した。そして再びサイドライン際をダッシュしていく。五味はツータッチでパスを出し、左サイドのいちばん深いところで要に通った。
 さすがにシュートを狙っていくには角度がなさすぎる。そこで要は走りこんできた筧へとマイナス方向にボールを折り返す。姫ヶ瀬FCの選手はシュートを打たすまいと体を投げだすように筧をブロックしにきた。
 筧も無理なシュートにはいかない。距離を置いてマークが付いている右側の暁平へとパスを出す。

 いかに暁平といえど、ここで足元にわざわざボールを止めていれば奪われてしまう可能性もある。いつものようにファーストタッチでかわしていくか、それともノートラップでパスかシュートか。そう予測していたホセの読みは外れてしまった。暁平はあえて受けることなくスルーで右サイドの千舟にまでボールを通す。
 そしてすぐに暁平は千舟のフォローに入った。ペナルティエリアのわずかに外、ゴールに向かって右斜め45度の場所に行く。これで心置きなく千舟はスピードを上げて中へと切れこむ。

 エリア内まで侵入されるとディフェンス側としては一気に不利となる。ファウルを犯してしまえば失点の確率が非常に高いペナルティキックを宣告されてしまうので、どうしても神経をすり減らすような難しい選択を迫られてしまうのだ。
 そうはさせまいと二人の相手選手が千舟の行く手を阻む。それでも千舟は暁平に見向きもしない。だがボールはしれっと暁平へ出された。

 わずかなスペースにわずかな時間、暁平にはそれだけあれば充分だ。
 ニアを閉め、鬼島の右サイドへと体を向けているキーパー友近をあざ笑うかのように、暁平はファーサイドへふわりとしたループシュートを放った。
 意表を突かれた友近も何とかボールをかきだそうと必死に飛びつく。ゆっくり放物線を描いてゴールマウスへと吸いこまれていくボールに、彼の指先はわずか数センチほど届かない。
 二回だけ弾んだボールは力なくネットにまで転がっていく。
 前半32分、1―1。押しに押していた鬼島中学はようやく同点に追いついた。前半のうちに追いつけるのと追いつけないのとでは、それこそ天と地ほどの開きがある。姫ヶ瀬FCサイドのサポーターたちも沈黙し、あたりには束の間の静寂が訪れた。

 とはいえ鬼島中学としてはここでほっとしてはならない。できるかぎり早く逆転し、暁平を元のセンターバックに戻す必要がある、とホセは感じていた。
 暁平の攻撃センスを早くから見抜いていたホセにとって、姫ヶ瀬FCを相手にしながらゲームを支配している彼のプレーぶりには感慨深いものがあった。けれどもこのシステムはとにかく暁平への依存度が高すぎる。その負担の大きさのせいで、体力的な限界がきっとどこかでやってくるはずだ。おそらくは予想しているよりも早く。

 競馬のレースでたまにこういう場面を見かけることがある。とにかくいけるところまでいってやろう、とスタートからペース配分を考えることなく目いっぱい飛ばしていった馬が、最後の直線で力尽きすべての馬に抜かれてしまい、結局は最下位での入線となるシーン。
 あの榛名暁平にそんな光景はふさわしくない。
 頼むから最後までもってくれよ、と祈るようにホセは教え子たちが無邪気に得点を喜びあっている姿を見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

タダで済むと思うな

美凪ましろ
ライト文芸
 フルタイムで働きながらワンオペで子育てをし、夫のケアもしていた井口虹子は、結婚十六年目のある夜、限界を迎える。  ――よし、決めた。  我慢するのは止めだ止め。  家族のために粉骨砕身頑張っていた自分。これからは自分のために生きる!  そう決めた虹子が企てた夫への復讐とは。 ■十八歳以下の男女の性行為があります。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

処理中です...