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本編
決着
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PK戦は心臓に悪いから。そう言って凜奈を一人残し、悠里は運動公園内をあてもなくうろついている。
もちろんそれは本音だったが、理由として充分ではない。
このチャレンジカップ独自のレギュレーションとして、前後半80分を終えて同点だった場合は延長戦を行わず、すぐPK戦による決着をつけるよう定められているそうだ。
暁平たちは本当によく戦った、と心の底から悠里は思う。勝てるゲームをモノにできなかった、暁平ならきっとそんなふうに言うのだろうが、傷だらけになりながらも負けはしなかったのだから。
悠里にしてみればみんなを一人ずつ抱きしめてあげたいくらい胸がいっぱいになっていた。油断していると泣きそうになってしまう。そんな姿は暁平にも誰にも見せたくなかった。
とりとめもなくそんなことを思い浮かべながら歩いていた悠里はいつの間にか広い公園の外れにまでやってきてしまった。このあたりはまだ未整備で工事が続いており、何台もの重機がひっそりと佇んでいる。
そのうちの一台の大きなタイヤに、もたれかかるようにして座りこんでいる男の姿が目に入り、悠里は思わず息をのんだ。顔や腕から血を流している四ノ宮亮輔がそこにいたのだ。だが彼だけではない。通りがかっただけではでは気づかない奥まった場所には、ざっと十人以上もの男たちが倒れている。
ここで何が起こったのかを察した悠里は血の気が引いた。
「四ノ宮っ!」
名を呼んで駆け寄る悠里に四ノ宮も反応する。
「おー……榛名か」
ちょっと困ったように眉を寄せてかすかに笑った。
それには答えず悠里は、かがみこんで彼の怪我の具合を真剣に確認しだした。
「おれは大丈夫だって。少し疲れたからこうやって休んでただけさ」
「どこが大丈夫なのよッ!」
気楽さを装ってごまかそうとする四ノ宮の物言いに、悠里の感情が一瞬にして沸点を超える。
「本っ当にどいつもこいつも人の気も知らないで勝手なことばかり! なんでよ、どうしてこうなるの? あたしはただ、みんなで楽しく毎日をすごしたいだけなのに、どうしてそれすら叶わないのよ……」
気がつけば終わりの方は涙声となっていた。それでも不思議なことに、四ノ宮の前だとなぜか彼女も恥ずかしさを感じなかった。
穏やかな表情をした四ノ宮が「ごめんなあ」と悠里の頭の上に大きな手のひらをそっと置く。歯止めが利かなくなった彼女はとうとう幼い子供のように泣きじゃくりだした。
どれほどの時間かはわからないがずいぶんと長い間、そうやって四ノ宮は悠里の頭を撫でてくれていた。
次第に彼女の心が落ち着きを取り戻してきたのを見てとったか、四ノ宮はおもむろに口を開く。
「キョウヘイとおれってやっぱり似てるんだろうなあ」
「似てないわよっ、バカ」
こういうときでも悠里は反射的に罵倒してしまう。だがまだ涙声のままなので格好はつかない。
「顔の話じゃないぞ……」といくぶん傷ついたように四ノ宮が続ける。
「遠目からではあったが、中断してケルベロスのやつらがぞろぞろと出ていくところまで試合は観てた。キョウヘイのやつ、ケルベロスの敵意のすべてが自分に向けられるよう、わざとあんな決め方をしやがっただろ。前々から考えていたのか、とっさの思いつきなのかまではわからんが」
「は……? なによ、それ」
「そういう性分なんだよ、おれもあいつも。なまじっか腕に自信があるもんだから、自分がみんなの盾や壁になればそれでいいってな。正しい方法じゃないってわかっていてもそういうやり方しか選べないのはたしかにバカだ。榛名に怒られても文句は言えんさ」
「…………な」
「ん? どうした」
「ふざけるなって言ったのよ!」
悟ったように話す四ノ宮の頬を、悠里は心底張り飛ばしてやりたいと思った。
「自分勝手にみんなを守ったつもり? はん、見当違いもいいところね。むしろ迷惑以外の何者でもないわ。あんたやキョウが思ってるほどみんな弱くなんてない。そりゃ衛田のことで頭にきてるのはわかるよ。でもあいつだって守られたいだなんて思ってるはずないじゃない。人をバカにするのも大概にして!」
至近距離からえぐるような言葉を遠慮なく投げつける悠里に、四ノ宮はただ鷹揚に頷くのみだ。
「うん、やっぱり榛名はそうでないと。おまえがいてくれたらキョウヘイも大丈夫だろ。あいつ、何かと危なっかしいからなあ」
「──あんたのそういうところ、ほんと大っ嫌い」
「そうか。でもおれは榛名が好きだぞ。ずっと好きだった」
もしかしたら、と薄々彼の気持ちに勘づいていた悠里ではあったが、さすがにこの場面でこられると心の準備も何もあったものではない。
動揺をひたすら押し隠し、表向きは平静を保ちながら四ノ宮をきっ、とにらみつける。
「あたしは大嫌いだって言ってるでしょ。あんたのこと、死ぬまで嫌い抜いてやるから」
彼方からは奇妙なサイレンの音がかすかに聞こえているが、それがパトカーと救急車、両方のサイレンが混じった音なのにはすぐに気づいた。
自分がどんな表情をしていたのか、悠里自身にはわからない。だけど四ノ宮がまた眉を寄せて困ったように笑っている。
「頼むからそんな顔をしてくれるな。どんなくだらない物語にだってやっぱり結末は必要なんだよ」
◇
のちに悠里はもうひとつの結末を知らされる。
鬼島中学と姫ヶ瀬FCのPK戦、先攻をとった鬼島の一番手はもちろん暁平。その暁平がゴールマウスのはるか上に外すミスキックとなったことで流れが決まった。続く筧も慎重になりすぎてキーパー友近に止められてしまう。
対照的に姫ヶ瀬FCは吉野、兵藤と連続で成功。鬼島中学は三人目の五味までもゴールポストに当ててしまい、早くも後がなくなる。
このシュートを決めれば勝ちが決まる。FCの次のキッカーである久我にはそんなプレッシャーを感じさせない余裕があった。冷静にキーパー竹下の動きの逆をつき、ゴール右隅へときっちり流しこんでみせる。
80分間では決着のつかなかった死闘にようやく幕が下ろされた瞬間だった。
もちろんそれは本音だったが、理由として充分ではない。
このチャレンジカップ独自のレギュレーションとして、前後半80分を終えて同点だった場合は延長戦を行わず、すぐPK戦による決着をつけるよう定められているそうだ。
暁平たちは本当によく戦った、と心の底から悠里は思う。勝てるゲームをモノにできなかった、暁平ならきっとそんなふうに言うのだろうが、傷だらけになりながらも負けはしなかったのだから。
悠里にしてみればみんなを一人ずつ抱きしめてあげたいくらい胸がいっぱいになっていた。油断していると泣きそうになってしまう。そんな姿は暁平にも誰にも見せたくなかった。
とりとめもなくそんなことを思い浮かべながら歩いていた悠里はいつの間にか広い公園の外れにまでやってきてしまった。このあたりはまだ未整備で工事が続いており、何台もの重機がひっそりと佇んでいる。
そのうちの一台の大きなタイヤに、もたれかかるようにして座りこんでいる男の姿が目に入り、悠里は思わず息をのんだ。顔や腕から血を流している四ノ宮亮輔がそこにいたのだ。だが彼だけではない。通りがかっただけではでは気づかない奥まった場所には、ざっと十人以上もの男たちが倒れている。
ここで何が起こったのかを察した悠里は血の気が引いた。
「四ノ宮っ!」
名を呼んで駆け寄る悠里に四ノ宮も反応する。
「おー……榛名か」
ちょっと困ったように眉を寄せてかすかに笑った。
それには答えず悠里は、かがみこんで彼の怪我の具合を真剣に確認しだした。
「おれは大丈夫だって。少し疲れたからこうやって休んでただけさ」
「どこが大丈夫なのよッ!」
気楽さを装ってごまかそうとする四ノ宮の物言いに、悠里の感情が一瞬にして沸点を超える。
「本っ当にどいつもこいつも人の気も知らないで勝手なことばかり! なんでよ、どうしてこうなるの? あたしはただ、みんなで楽しく毎日をすごしたいだけなのに、どうしてそれすら叶わないのよ……」
気がつけば終わりの方は涙声となっていた。それでも不思議なことに、四ノ宮の前だとなぜか彼女も恥ずかしさを感じなかった。
穏やかな表情をした四ノ宮が「ごめんなあ」と悠里の頭の上に大きな手のひらをそっと置く。歯止めが利かなくなった彼女はとうとう幼い子供のように泣きじゃくりだした。
どれほどの時間かはわからないがずいぶんと長い間、そうやって四ノ宮は悠里の頭を撫でてくれていた。
次第に彼女の心が落ち着きを取り戻してきたのを見てとったか、四ノ宮はおもむろに口を開く。
「キョウヘイとおれってやっぱり似てるんだろうなあ」
「似てないわよっ、バカ」
こういうときでも悠里は反射的に罵倒してしまう。だがまだ涙声のままなので格好はつかない。
「顔の話じゃないぞ……」といくぶん傷ついたように四ノ宮が続ける。
「遠目からではあったが、中断してケルベロスのやつらがぞろぞろと出ていくところまで試合は観てた。キョウヘイのやつ、ケルベロスの敵意のすべてが自分に向けられるよう、わざとあんな決め方をしやがっただろ。前々から考えていたのか、とっさの思いつきなのかまではわからんが」
「は……? なによ、それ」
「そういう性分なんだよ、おれもあいつも。なまじっか腕に自信があるもんだから、自分がみんなの盾や壁になればそれでいいってな。正しい方法じゃないってわかっていてもそういうやり方しか選べないのはたしかにバカだ。榛名に怒られても文句は言えんさ」
「…………な」
「ん? どうした」
「ふざけるなって言ったのよ!」
悟ったように話す四ノ宮の頬を、悠里は心底張り飛ばしてやりたいと思った。
「自分勝手にみんなを守ったつもり? はん、見当違いもいいところね。むしろ迷惑以外の何者でもないわ。あんたやキョウが思ってるほどみんな弱くなんてない。そりゃ衛田のことで頭にきてるのはわかるよ。でもあいつだって守られたいだなんて思ってるはずないじゃない。人をバカにするのも大概にして!」
至近距離からえぐるような言葉を遠慮なく投げつける悠里に、四ノ宮はただ鷹揚に頷くのみだ。
「うん、やっぱり榛名はそうでないと。おまえがいてくれたらキョウヘイも大丈夫だろ。あいつ、何かと危なっかしいからなあ」
「──あんたのそういうところ、ほんと大っ嫌い」
「そうか。でもおれは榛名が好きだぞ。ずっと好きだった」
もしかしたら、と薄々彼の気持ちに勘づいていた悠里ではあったが、さすがにこの場面でこられると心の準備も何もあったものではない。
動揺をひたすら押し隠し、表向きは平静を保ちながら四ノ宮をきっ、とにらみつける。
「あたしは大嫌いだって言ってるでしょ。あんたのこと、死ぬまで嫌い抜いてやるから」
彼方からは奇妙なサイレンの音がかすかに聞こえているが、それがパトカーと救急車、両方のサイレンが混じった音なのにはすぐに気づいた。
自分がどんな表情をしていたのか、悠里自身にはわからない。だけど四ノ宮がまた眉を寄せて困ったように笑っている。
「頼むからそんな顔をしてくれるな。どんなくだらない物語にだってやっぱり結末は必要なんだよ」
◇
のちに悠里はもうひとつの結末を知らされる。
鬼島中学と姫ヶ瀬FCのPK戦、先攻をとった鬼島の一番手はもちろん暁平。その暁平がゴールマウスのはるか上に外すミスキックとなったことで流れが決まった。続く筧も慎重になりすぎてキーパー友近に止められてしまう。
対照的に姫ヶ瀬FCは吉野、兵藤と連続で成功。鬼島中学は三人目の五味までもゴールポストに当ててしまい、早くも後がなくなる。
このシュートを決めれば勝ちが決まる。FCの次のキッカーである久我にはそんなプレッシャーを感じさせない余裕があった。冷静にキーパー竹下の動きの逆をつき、ゴール右隅へときっちり流しこんでみせる。
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