世界の東の端っこのフットボール・チルドレン

遊佐東吾

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extra1 王様の定義〈2〉

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 本当は自分にサッカーの才能などないのではないか、という恐怖はまだ十三歳の三峰の心に巣食ったままずっと消えないでくれていた。本物の才能によっていつか絶望的な彼我の差を突きつけられるのでは、と想像すると自分が途方もなく大きく黒い塊によって押し潰されてしまうように感じるのだ。

 小学六年生のとき、三峰はJリーグクラブの下部組織であるジュニアユースのセレクションで落とされていた。ずっとファンだったチームなのだが、それ以来彼は絶対に試合中継を観ないようになってしまった。
 ソウタが落ちるなんておかしいよ、と同級生や所属していたサッカークラブでのチームメイトは口を揃えて励ましてくれた。

「だよな。あいつら、見る目がねえのもほどほどにしろっての」

 そんな強がりを口にしつつも、何か自分に足りないものがあるのだろうなと彼自身、薄々気づいてはいたのだ。
 幸い、進学先は都でもそれなりの成績を残しているサッカー部がある小滝第二中学だ。技術を磨き、足りなかったものを身につけて今度は向こうから「うちに来てほしい」と言わせてやる。三年間をすべて捧げるほどの強い覚悟を決めて、三峰はサッカーを続けることを選んだつもりだった。

 なのにこの有様はどうだ。格下に見ていたはずの補欠チームに敗れ、その中心となった転入生は三峰よりも巧くフォワードを使いこなしていた。早くもチームに溶けこんでいた彼に、球際の激しさでも運動量でも視野の広さでも遅れをとってしまった。
 もしかしたらもうおれは使ってもらえないかもしれないな、と塞ぎながらこの日の練習を終えて足取り重く部室へと向かう。

「三峰、少しいいかな」

 呼び止めてきたのは顧問の北村だった。きたか、と三峰は体を強ばらせる。

「なんすか」

 ガキっぽい振る舞いだとは承知しながら、わざとぶっきらぼうに返事をする。
 しかし北村には逆効果だったようだ。

「その様子だと今日のゲームは随分と堪えたみたいだな。でなくちゃやった意味がない」

「──まるでこうなるのがわかってたような言い方っすね」

 噛みつくように顧問へと食ってかかる。
 そんな三峰に対し、北村は柔らかく諭すように話を続けた。

「新チームになって以降、おれの目から見たおまえは伸び悩んでいた。パスを出したらそれで終わり、ボールを奪われても終わり。プレーを勝手に止める癖は以前からあったが、このところはそれが顕著になっていたからな。そのことを自覚させるには口で説明するより実際に体験した方が話は早い、そう思ったんだ。筧という実力者が入ってきてくれたのは本当にありがたいよ。部にとっても、おまえにとっても」

「先生がそこまで評価しているあいつ、いったい何者なんすか」

 北村は黙ってグラウンドの奥へと顎をしゃくる。
 振り返った三峰の視線の先で、筧が一人残って黙々とフリーキック練習を行っていた。きれいなフォームだ、と悔しさ混じりに彼は思う。

「筧が前いた学校は夏の全国で一勝をあげている。それだけじゃない。クラブユースの全国大会でベスト4に入った姫ヶ瀬FC、直前の公式戦であそこと3―3の撃ち合いを演じているんだ。筧自身も1ゴールを決めてな。そんなチームでゲームメイクを一任されていたんだ、彼は」

「じゃあ、あいつのワンマンチームだったんすね」

 納得しかかっていた三峰だったが、その言葉は即座に否定された。

「まったく違う。筧が言うには、チームメイトにも対戦相手にも化け物みたいな連中がごろごろいたらしい。あの子ほどの技術があっても、そんなやつらと対等に戦うには足りないものだらけなんだそうだ」

「マジかよ……」

 自分が歩もうとしている道のりにははるか先を行く同年代の人間がいる。そんなことはもちろん三峰だって承知していたつもりだが、いざその現実の一端を突きつけられると、自分の足元が崩れていくような眩暈を覚える。

「はは、ならおれなんか全然ダメじゃねえか。まるで裸の王様だ。今日の試合中もあいつにバカにされてたんだろうな、どうせ」

 自嘲するしかない三峰に、北村は目を見据えてきながら静かに言った。

「実力の違いに打ちのめされる、そんな屈辱は筧だってきっと何度となく味わってきたはずだ。それでもなお、自分に見切りをつけることなくより上手くなろうとああやって努力し続けている」

 なあ三峰、と北村が肩に手を置いてくる。

「今までのような単発のプレーじゃこの先きつくなるばかりだ。周囲をよく観察し、次のプレー、さらにその次のプレーを想定して足を止めるな。そして発想を変えて筧に使われてみろ。これまでよりもっとゴールを意識してみろ。パスセンスに優れたあの子となら必ずおまえの才能はもっと伸びる、おれはそう思っているよ」

「それ、本気で言ってくれてるんすか」

「もちろんだ。うちのチームもおまえに頼るばかりの王様サッカーから卒業しないとな。そもそも王様ってのはみんなをわがままにこき使える人間って意味じゃない。民の暮らしを守るため、いわばみんなに奉仕するべき立場なんだ。依然としておまえがうちの中心選手なのには変わりない。だが裏を返せばそれに見合うだけの責任感あるプレーが求められる。いいか、みんながおまえの態度を常に見ていることを忘れるな。そのうえで思いっきり好きなサッカーを楽しんで階段を一段ずつ上がっていけばいい」

「──はい。でもなんか、今のって教師っぽい締めくくりっすね」

 おいコラ、と笑いながら北村が三峰の頭をはたく。
 最後は照れくさくて軽口でごまかしたようになったが、北村の叱咤で三峰の気持ちがだいぶ楽になったのは事実だった。少しずつやるべきことは見えてきたのだ。

 筧の存在がいつの間にか井の中の蛙になっていた自分に気づかせてくれた、その点については彼にも感謝しなければならないだろう。加えて筧がこれまで見てきた「化け物みたいな」連中のことを聞いてみたくもある。
 だがそんな三峰より早く、着替えを終えてきた坂田が「あれー、筧ちゃんいないと思ったらまだ練習してるよー。おれもやるっ」と制服姿で駆け寄っていったのだ。

「三峰、一緒にやってきたらどうだ」

 見透かしたように北村が口にする。
 何だかすべて顧問の思惑通りにことが運んでいるような気がして癪ではあったが、三峰の足の親指は強く地面を噛んだ。
 最初は駆け足程度で、けれどもすぐに全力で三峰は走りはじめる。
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