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スピンオフ
extra3 もうひとつの夏〈1〉
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姫ヶ瀬FCジュニアユースのキャプテンを形容するフレーズは数多い。
統率力のある主将、屈強な門番、中盤の支配者、変わりどころだとFCの漬物石、姫ヶ瀬一家の大黒柱などというものもある。
そんな彼、吉野圭周には最近新しく別の呼び名が加わった。
おかん。あまりに思春期の少年には場違いなネーミングに、当の吉野本人にも名づけた人間への恨みがましい気持ちはもちろんあったが、相手が監督の相良智徳ではいかんともしがたい。これがチームメイトなら半殺しにしていてもおかしくない案件だ。
「吉野よお、おまえさんは本っ当に面倒見がいいよな。あれだ、『おかん』だわ。ジュリオにとっちゃおまえこそがニッポンの母だ」
笑いながらそんなことを言ってきた相良に吉野も内心では腹を立てたが、むきになって否定しようにもその材料がない。実際に大和ジュリオに対する吉野の世話の焼き方は「おかん」の称号にふさわしいほど甲斐甲斐しいものだった。
チームに所属する選手の半数ほどが敷地内のチームが運営する寮で暮らしている。基本は同学年による二人部屋なのだが、ジュリオの場合はブラジルからの留学生ということもあり、キャプテンである吉野と同部屋とされたのだ。
やんちゃなジュリオはたまに度を越したようないたずらをして、チームメイトたちから反感を買ってしまうこともある。久我のロッカーに大量の虫を仕込んでいたときなどは彼と殴り合いの喧嘩になったほどだ。
そんなとき、吉野はみんなに頭を下げてジュリオをかばう。もちろん後で部屋に戻ればみっちりと説教するのだが。おかげでジュリオは吉野を「ケイ」と呼んで全幅の信頼を寄せるようになっていた。
吉野にしてみれば、いくらジュリオがやんちゃでわがままな気分屋だとしても、地球の真裏にあるはるか遠くの土地から一人でやってきた少年を無下には扱えない。寝ているときの彼が「ママ……」と呟いて涙を流しているのを見てしまってはなおさらだ。
三年生である吉野はあと半年もすればジュリオと離れてしまう。U―18のユースチームに上がることができれば寮の高等部棟へ、見込みなしと弾かれてしまえばどこぞのサッカー強豪校への進学となるだろう。ただ、実績からいって昇格の可能性は高い。
いずれにせよ、それまでにできるかぎりのことはしてやりたかった。ジュリオには週に一度、専属の日本語教師によるレッスンがあるのだが、吉野はその予習や復習も手伝ってあげていた。
これに関しては帰国子女であるチームメイト、兵藤貴哉の意見が大きい。
「コミュニケーションが円滑にできるかどうかはメンタルにも影響してくるから」
英語がほとんどできなかったせいで一時期は異国で心を閉ざしていたという彼の言葉には、体験してきた者が持つ説得力があった。
そんな話を聞かされていたからこそ、ジュリオから「学校でトモダチができた」と報告されたときには吉野も自分のことのように喜んだのだ。だから、まさかその友人がジュリオの不調の原因になるとは思いもよらなかった。
ジュリオが「シマ」と呼んでいる彼はサッカーを観戦するのがとても好きらしく、姫ヶ瀬FCジュニアユースが週末に試合を行うときはよくキャップを目深に被ったその姿を見かけるようになっていた。だからもちろん、全国ユースサッカー選手権を控えて行われた鬼島中学とのゲームもシマは観にきていたらしい。
「キタナイっていわれた」
週が明け、学校から戻ってきたジュリオは魂をどこかに落っことしてきたような表情で吉野にそう言った。
「おまえのプレーはキタナイ、ヒキョウだって。シマ、すごくおこってた」
思い当たる節はある。きっとシマ少年はジュリオがやらかした二発のダイブを指してそう詰ったのだろう。
しかし、これは一概に断ずることのできない難しい問題をはらんでいた。日本人的な感性では相手選手を嵌め、審判を欺く行為は決して推奨されるものではない。けれどもブラジルで育ったジュリオの場合、あくまで点をとることが正義であり、そこに手段を問うたりはしないのだ。よくも悪くも、お互いの育ってきた環境が違いすぎる。
大袈裟にいえば文化的な摩擦であるこの問題にどう対処すべきか。ただでさえピッチの内外で頭を悩ませることの多い全国大会直前に、吉野はさらなる難問を抱える羽目になってしまった。
たかが中学生の交友関係だと看過するわけにはいかない。現に鬼島中学戦以降のジュリオは練習で著しく精彩を欠いており、このまま本番に突入して機能するとはとても思えないような出来に終始している。そうなるとチームの攻撃力が低下するのはもちろんだし、ジュリオ自身の評価にも関わってくるはずだった。
吉野だけでなく監督の相良やコーチたち、トレーナー、日本語の先生などいろんな人たちがジュリオを気にかけ、しきりに話しかけてはいるのだがほとんど効果はなかった。
チームメイトたちときたらのんきなもので、攻撃の中心である兵藤は「そのうち回復するでしょ、ぼくにもそういう時期があったよ」と口にするばかりで打開案はまったく示してくれない。
副キャプテンのゴールキーパー友近聡はそもそもストイシズムの塊のような男であり、吉野がそれとなく相談しても「甘えだ」と切って捨てるばかり。他の連中にしたって返ってくるのは気楽な答えのみ。
結局なんら悩めるジュリオへの処方箋が見いだせないまま、姫ヶ瀬FCジュニアユースは全国クラブユースサッカー選手権へと挑むことになる。
統率力のある主将、屈強な門番、中盤の支配者、変わりどころだとFCの漬物石、姫ヶ瀬一家の大黒柱などというものもある。
そんな彼、吉野圭周には最近新しく別の呼び名が加わった。
おかん。あまりに思春期の少年には場違いなネーミングに、当の吉野本人にも名づけた人間への恨みがましい気持ちはもちろんあったが、相手が監督の相良智徳ではいかんともしがたい。これがチームメイトなら半殺しにしていてもおかしくない案件だ。
「吉野よお、おまえさんは本っ当に面倒見がいいよな。あれだ、『おかん』だわ。ジュリオにとっちゃおまえこそがニッポンの母だ」
笑いながらそんなことを言ってきた相良に吉野も内心では腹を立てたが、むきになって否定しようにもその材料がない。実際に大和ジュリオに対する吉野の世話の焼き方は「おかん」の称号にふさわしいほど甲斐甲斐しいものだった。
チームに所属する選手の半数ほどが敷地内のチームが運営する寮で暮らしている。基本は同学年による二人部屋なのだが、ジュリオの場合はブラジルからの留学生ということもあり、キャプテンである吉野と同部屋とされたのだ。
やんちゃなジュリオはたまに度を越したようないたずらをして、チームメイトたちから反感を買ってしまうこともある。久我のロッカーに大量の虫を仕込んでいたときなどは彼と殴り合いの喧嘩になったほどだ。
そんなとき、吉野はみんなに頭を下げてジュリオをかばう。もちろん後で部屋に戻ればみっちりと説教するのだが。おかげでジュリオは吉野を「ケイ」と呼んで全幅の信頼を寄せるようになっていた。
吉野にしてみれば、いくらジュリオがやんちゃでわがままな気分屋だとしても、地球の真裏にあるはるか遠くの土地から一人でやってきた少年を無下には扱えない。寝ているときの彼が「ママ……」と呟いて涙を流しているのを見てしまってはなおさらだ。
三年生である吉野はあと半年もすればジュリオと離れてしまう。U―18のユースチームに上がることができれば寮の高等部棟へ、見込みなしと弾かれてしまえばどこぞのサッカー強豪校への進学となるだろう。ただ、実績からいって昇格の可能性は高い。
いずれにせよ、それまでにできるかぎりのことはしてやりたかった。ジュリオには週に一度、専属の日本語教師によるレッスンがあるのだが、吉野はその予習や復習も手伝ってあげていた。
これに関しては帰国子女であるチームメイト、兵藤貴哉の意見が大きい。
「コミュニケーションが円滑にできるかどうかはメンタルにも影響してくるから」
英語がほとんどできなかったせいで一時期は異国で心を閉ざしていたという彼の言葉には、体験してきた者が持つ説得力があった。
そんな話を聞かされていたからこそ、ジュリオから「学校でトモダチができた」と報告されたときには吉野も自分のことのように喜んだのだ。だから、まさかその友人がジュリオの不調の原因になるとは思いもよらなかった。
ジュリオが「シマ」と呼んでいる彼はサッカーを観戦するのがとても好きらしく、姫ヶ瀬FCジュニアユースが週末に試合を行うときはよくキャップを目深に被ったその姿を見かけるようになっていた。だからもちろん、全国ユースサッカー選手権を控えて行われた鬼島中学とのゲームもシマは観にきていたらしい。
「キタナイっていわれた」
週が明け、学校から戻ってきたジュリオは魂をどこかに落っことしてきたような表情で吉野にそう言った。
「おまえのプレーはキタナイ、ヒキョウだって。シマ、すごくおこってた」
思い当たる節はある。きっとシマ少年はジュリオがやらかした二発のダイブを指してそう詰ったのだろう。
しかし、これは一概に断ずることのできない難しい問題をはらんでいた。日本人的な感性では相手選手を嵌め、審判を欺く行為は決して推奨されるものではない。けれどもブラジルで育ったジュリオの場合、あくまで点をとることが正義であり、そこに手段を問うたりはしないのだ。よくも悪くも、お互いの育ってきた環境が違いすぎる。
大袈裟にいえば文化的な摩擦であるこの問題にどう対処すべきか。ただでさえピッチの内外で頭を悩ませることの多い全国大会直前に、吉野はさらなる難問を抱える羽目になってしまった。
たかが中学生の交友関係だと看過するわけにはいかない。現に鬼島中学戦以降のジュリオは練習で著しく精彩を欠いており、このまま本番に突入して機能するとはとても思えないような出来に終始している。そうなるとチームの攻撃力が低下するのはもちろんだし、ジュリオ自身の評価にも関わってくるはずだった。
吉野だけでなく監督の相良やコーチたち、トレーナー、日本語の先生などいろんな人たちがジュリオを気にかけ、しきりに話しかけてはいるのだがほとんど効果はなかった。
チームメイトたちときたらのんきなもので、攻撃の中心である兵藤は「そのうち回復するでしょ、ぼくにもそういう時期があったよ」と口にするばかりで打開案はまったく示してくれない。
副キャプテンのゴールキーパー友近聡はそもそもストイシズムの塊のような男であり、吉野がそれとなく相談しても「甘えだ」と切って捨てるばかり。他の連中にしたって返ってくるのは気楽な答えのみ。
結局なんら悩めるジュリオへの処方箋が見いだせないまま、姫ヶ瀬FCジュニアユースは全国クラブユースサッカー選手権へと挑むことになる。
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