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スピンオフ
extra3 もうひとつの夏〈6〉
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さすがに優勝候補なだけあって、大阪リベルタスは前半の圧倒的優勢から追いつかれたまさかの状況にあっても精神的に踏みとどまっていた。同点になったことでむしろ開き直ったかのようにラインを上げ、巽や石蕗を中心として再び姫ヶ瀬FCディフェンス陣にプレッシャーをかけてきた。
容赦のない真夏の空の下で両チームはひたすら走り続ける。互いに体力が底をついた二人の選手を入れ替え、どうにか勝ち越し点をもぎとろうと相手方のゴールを目指す。
条件はどちらも同じ、ならばより勝利への気持ちが強い方が勝つのだ。そう言い聞かせて己を奮い立たせる吉野は、疲労の色を隠せなくなってきた仲間たちの支えにもなろうと声を嗄らして鼓舞する。
時計は後半の35分を指していた。
敵の石蕗にしたってもはや前半でみせた爆発的なスピードは失われている。それでも端正な顔を歪めるように歯を食いしばり、左サイドを必死に駆け上がってきた。ついていく右サイドバック末広にも石蕗を仕留めにいくほどの余力が残っていない。
姫ヶ瀬FC陣内深くに侵入してきた石蕗をフォローしようと巽が寄っていく。当然、吉野としては彼の動きを警戒すべきところだ。
末広を振りほどいて巽にボールを渡そうとする石蕗だったが、いったん切り返そうとした際に足を滑らせて転倒してしまう。もう踏ん張りが利かなくなっているのだ。
慌てて巽がこぼれ球を確保しにいこうとするものの、スライディングで目いっぱい伸ばした末広の足がわずかに早い。末広が掻きだしたボールはそのまま吉野へのパスとなる。
ピッチの状況はすでに吉野の頭の中に入っていた。
上がってきた石蕗と大阪リベルタスの左サイドバックの間には大きなスペースができており、そこに久我が下がってきてボールを呼んでいる。前のめりな位置取りの大阪リベルタスの選手たちが戻る前に攻めきる、その意図は吉野にも伝わった。迷うことなく久我へとやや長めのパスを送る。
難なく受けた久我はそのまま右サイドでボールを運んでいく。しきりに顔を横に振り、中央にいる牧瀬かジュリオ、どちらかにパスを出すタイミングをはかっているようだ。
吉野も足を止めてはいられない。この局面は間違いなく大きなチャンスとなる。自分が前線に飛びだしていくことで少しでもプレーの選択肢を増やし、得点の確率を高めることができれば。そんな思いに突き動かされるようにして全身の力を振り絞った。
相手センターバックの手前で中央のジュリオへとボールが渡る。使える味方はエリア内で動き回っている牧瀬、右サイド深くの久我、左サイドから中へと入ってきた兵藤。
ここでジュリオはわずかにためらった。いつもの彼なら敵が待ち構えていても喜々として仕掛けていっただろうし、今日の試合でみせていたプレーぶりなら頼れるやつらを上手く活用できるはずだ。
止まるなジュリオ、そう叫ぼうとしても全速力で駆ける吉野の喉は荒い呼吸を行うだけで声など出せそうにない。
牧瀬がセンターバックを一人引きつけているため、もう一人が前に出てきてジュリオへの対応にあたる。吉野と並走するように何人もの大阪リベルタスの選手が帰陣してきているため、時間をかければかけるほどチャンスの芽はしぼんでいってしまう。
逡巡していたジュリオは再び動きだす。その動きには彼独特のリズムが戻ってきているように後方から追いすがっていく吉野には感じられた。
久我を警戒していた大阪リベルタスの左サイドバックは下がってきた別の選手にマークを受け渡し、ペナルティエリアへと侵入しようとするジュリオへの守備に加勢する。
一対二、それでもジュリオがチームメイトのアタッカーたちにパスを出そうとする気配はない。
もしかしてファウルを誘ってペナルティキックを獲るつもりか。誘いに乗ってこなければダイブをしてでも。その考えに至った吉野の背筋がすうっと冷えた。幼い頃から体に染みついた癖というものはそう簡単に抜けるものではない。
日本で初めてできたであろう友人にプレーを責められて悩めるジュリオに対し、吉野は一度も「これからダイブはするな」とは言ってこなかった。世界は広い。騙し合いの文化が根づいているサッカーがあるのも当然だろう。
ただし彼にこうは伝えた。「他に選択肢があるならそっちを選べ」と。
大人になってプロのサッカー選手となったそのとき、ジュリオが狡猾なスタイルを捨てられないというのならそれはそれでかまいはしない。けれども今、いくつもゴールへの道があってなお安易にシミュレーション行為を選択してしまうようでは結局ジュリオ自身の成長を阻んでしまう。
「ジュリオッ!」
かすれてほとんど聞きとれないような声で吉野は後輩の名を叫んだ。
ジュリオは振り向かない。二人の敵ディフェンダーは彼の眼前に迫ってきている。交錯しそうになる直前、ジュリオの右足がボールを縦にまたぐ。そのまま地面を踏むことなくヒールで後方へと蹴りだした。
気がつけば吉野の前に柔らかいパスが送られてきていた。驚くほど無心だった。シュート体勢に入ったときには自分がこれからどこへ蹴りこむのか、あらかじめわかっているような気さえした。バウンドしたボールの跳ね際を、トラップすることなく吉野は右足を振り抜く。
まぎれもなく吉野のこれまでのサッカー人生において最高のシュートだった。打つ前に予感していたゴールの右上隅、狙ってもなかなか決められないようなところへ豪快なミドルシュートが突き刺さったのだ。キーパーにできることは何もなかった。
自分でも信じられない、そんな気持ちが表情に出ていたのだろう。顔をくしゃくしゃにして喜びながら駆け寄ってきたジュリオがしきりに吉野の体を叩く。
「ケイだよ、いまのはケイがきめたんだよ!」
ジュリオに続いて次々と他のチームメイトたちも吉野に手荒い祝福を浴びせてきた。とりわけ牧瀬のはグーでのなかなかいいパンチだ。先ほどのアイアンクローの仕返しのつもりだろうか。
そのままこの吉野のゴールが決勝点となり、姫ヶ瀬FCは3―2の撃ち合いで優勝候補の大阪リベルタスを破ることとなる。一気に大会の主役の座へと躍り出るのに充分な勝利だった。
容赦のない真夏の空の下で両チームはひたすら走り続ける。互いに体力が底をついた二人の選手を入れ替え、どうにか勝ち越し点をもぎとろうと相手方のゴールを目指す。
条件はどちらも同じ、ならばより勝利への気持ちが強い方が勝つのだ。そう言い聞かせて己を奮い立たせる吉野は、疲労の色を隠せなくなってきた仲間たちの支えにもなろうと声を嗄らして鼓舞する。
時計は後半の35分を指していた。
敵の石蕗にしたってもはや前半でみせた爆発的なスピードは失われている。それでも端正な顔を歪めるように歯を食いしばり、左サイドを必死に駆け上がってきた。ついていく右サイドバック末広にも石蕗を仕留めにいくほどの余力が残っていない。
姫ヶ瀬FC陣内深くに侵入してきた石蕗をフォローしようと巽が寄っていく。当然、吉野としては彼の動きを警戒すべきところだ。
末広を振りほどいて巽にボールを渡そうとする石蕗だったが、いったん切り返そうとした際に足を滑らせて転倒してしまう。もう踏ん張りが利かなくなっているのだ。
慌てて巽がこぼれ球を確保しにいこうとするものの、スライディングで目いっぱい伸ばした末広の足がわずかに早い。末広が掻きだしたボールはそのまま吉野へのパスとなる。
ピッチの状況はすでに吉野の頭の中に入っていた。
上がってきた石蕗と大阪リベルタスの左サイドバックの間には大きなスペースができており、そこに久我が下がってきてボールを呼んでいる。前のめりな位置取りの大阪リベルタスの選手たちが戻る前に攻めきる、その意図は吉野にも伝わった。迷うことなく久我へとやや長めのパスを送る。
難なく受けた久我はそのまま右サイドでボールを運んでいく。しきりに顔を横に振り、中央にいる牧瀬かジュリオ、どちらかにパスを出すタイミングをはかっているようだ。
吉野も足を止めてはいられない。この局面は間違いなく大きなチャンスとなる。自分が前線に飛びだしていくことで少しでもプレーの選択肢を増やし、得点の確率を高めることができれば。そんな思いに突き動かされるようにして全身の力を振り絞った。
相手センターバックの手前で中央のジュリオへとボールが渡る。使える味方はエリア内で動き回っている牧瀬、右サイド深くの久我、左サイドから中へと入ってきた兵藤。
ここでジュリオはわずかにためらった。いつもの彼なら敵が待ち構えていても喜々として仕掛けていっただろうし、今日の試合でみせていたプレーぶりなら頼れるやつらを上手く活用できるはずだ。
止まるなジュリオ、そう叫ぼうとしても全速力で駆ける吉野の喉は荒い呼吸を行うだけで声など出せそうにない。
牧瀬がセンターバックを一人引きつけているため、もう一人が前に出てきてジュリオへの対応にあたる。吉野と並走するように何人もの大阪リベルタスの選手が帰陣してきているため、時間をかければかけるほどチャンスの芽はしぼんでいってしまう。
逡巡していたジュリオは再び動きだす。その動きには彼独特のリズムが戻ってきているように後方から追いすがっていく吉野には感じられた。
久我を警戒していた大阪リベルタスの左サイドバックは下がってきた別の選手にマークを受け渡し、ペナルティエリアへと侵入しようとするジュリオへの守備に加勢する。
一対二、それでもジュリオがチームメイトのアタッカーたちにパスを出そうとする気配はない。
もしかしてファウルを誘ってペナルティキックを獲るつもりか。誘いに乗ってこなければダイブをしてでも。その考えに至った吉野の背筋がすうっと冷えた。幼い頃から体に染みついた癖というものはそう簡単に抜けるものではない。
日本で初めてできたであろう友人にプレーを責められて悩めるジュリオに対し、吉野は一度も「これからダイブはするな」とは言ってこなかった。世界は広い。騙し合いの文化が根づいているサッカーがあるのも当然だろう。
ただし彼にこうは伝えた。「他に選択肢があるならそっちを選べ」と。
大人になってプロのサッカー選手となったそのとき、ジュリオが狡猾なスタイルを捨てられないというのならそれはそれでかまいはしない。けれども今、いくつもゴールへの道があってなお安易にシミュレーション行為を選択してしまうようでは結局ジュリオ自身の成長を阻んでしまう。
「ジュリオッ!」
かすれてほとんど聞きとれないような声で吉野は後輩の名を叫んだ。
ジュリオは振り向かない。二人の敵ディフェンダーは彼の眼前に迫ってきている。交錯しそうになる直前、ジュリオの右足がボールを縦にまたぐ。そのまま地面を踏むことなくヒールで後方へと蹴りだした。
気がつけば吉野の前に柔らかいパスが送られてきていた。驚くほど無心だった。シュート体勢に入ったときには自分がこれからどこへ蹴りこむのか、あらかじめわかっているような気さえした。バウンドしたボールの跳ね際を、トラップすることなく吉野は右足を振り抜く。
まぎれもなく吉野のこれまでのサッカー人生において最高のシュートだった。打つ前に予感していたゴールの右上隅、狙ってもなかなか決められないようなところへ豪快なミドルシュートが突き刺さったのだ。キーパーにできることは何もなかった。
自分でも信じられない、そんな気持ちが表情に出ていたのだろう。顔をくしゃくしゃにして喜びながら駆け寄ってきたジュリオがしきりに吉野の体を叩く。
「ケイだよ、いまのはケイがきめたんだよ!」
ジュリオに続いて次々と他のチームメイトたちも吉野に手荒い祝福を浴びせてきた。とりわけ牧瀬のはグーでのなかなかいいパンチだ。先ほどのアイアンクローの仕返しのつもりだろうか。
そのままこの吉野のゴールが決勝点となり、姫ヶ瀬FCは3―2の撃ち合いで優勝候補の大阪リベルタスを破ることとなる。一気に大会の主役の座へと躍り出るのに充分な勝利だった。
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