世界の東の端っこのフットボール・チルドレン

遊佐東吾

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スピンオフ

extra3 もうひとつの夏〈5〉

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 久我のゴールによって明らかに会場の空気が変わった。
 いける、という手応えを得点に結びつけてさらに攻勢を強める姫ヶ瀬FC。逆に大阪リベルタスは1点差を守りきる方向に意識が傾きだしたのか、全体的にポジションが下がってきている。

 そして観客からは姫ヶ瀬FCへの声援が増えだした。地方から出てきた荒ぶる新鋭が名門ユースに対してアップセットを起こそうとしている。粗削りながら可能性を充分に感じさせる戦いぶりに観客の心も揺れ動いたのだろう。
 主導権を握った姫ヶ瀬FCは手放すことなく10分間、大阪リベルタスのゴールを脅かし続けた。連続してパスを繋ぎシュートに持ちこんだかと思えば、次は手数をかけない素早いカウンターを披露したり。正面からフリーキックのチャンスもあった。

 押せ押せの流れのなか、同点ゴールは姫ヶ瀬FCのコーナーキックが続いた場面で生まれる。
 連続となった3本目、右サイドのコーナーから手を上げて蹴るのはキッカーを任されている兵藤。ここで彼はショートコーナーを選択した。近くに寄ってきていた末広が兵藤からのボールを受ける。
 すぐに末広の右足から、混戦模様のゴール前ニアサイドを目掛けて鋭いクロスが蹴りこまれる。セットプレーの練習で何度も繰り返してきた形だ。
 巻きこむような回転がかかったピンポイントのクロスに合わせたのは、相手ディフェンダーを抑えて強引に体を前に入れてきた一年生フォワードの牧瀬だった。体勢を崩しながらも牧瀬の金髪の頭がしっかりとボールを捉える。前半と後半、同じサイドのゴールネットばかりが合わせて四度も揺らされたことになる。

 ついに追いついたその瞬間、激しくポジション争いをしていた吉野もゴールラインを超えていくボールの行方を見届けていた。
 不思議なことに、喜びを爆発させるより先に「サッカーってやつはほんとわからねえ」という感情が彼の全身を駆けめぐり、鳥肌が立つ。相良が口にした「イスタンブールの奇跡」には及ばないが、あれだけ差があった前半からこうまで内容が一変してしまうと、まるで生き物のようなゲーム展開に弄ばれているような気さえしてくるのだ。

「いやいや、まだ早いだろ。んなことは勝ってからいくらでも考えろって」

 自分に言い聞かせるように呟いてから頬をぴしゃりと叩き、誇らしげにポージングを決めて筋肉を誇示している牧瀬の元へと駆け寄った。彼なりのゴールセレブレーションらしいが、正直言って格好悪い。他のチームメイトからも不評の嵐にもかかわらず、当の牧瀬本人は気に入っているようで改める様子はない。

「どうすか久我くん! これで今日は1―1っすよ!」

 同じポジションの久我を牧瀬は強烈に意識している。学年こそ牧瀬がひとつ下だが、勝ち気な性格もあって普段から久我へのライバル心を隠そうともしない。裏を返せばそれだけ久我の力を認めているからなのだろう。
 ただし久我の方はそんな牧瀬をいつも面倒くさそうにあしらっている。

「あー、すげえすげえ。その調子で後も頼むわ」

 しっしっ、と手を払って追いやるような久我の仕種に、牧瀬が今度は上腕二頭筋をアピールしながら「なら次、次の点をどっちが取るか勝負しましょうよ!」と噛みつく。
 そんな牧瀬の顔面を吉野がいきなり握り、そのまま力を入れていった。

「おい、誰と試合してんだおまえは。単なるエゴ丸出しのプレーに走りやがったらすぐにピッチの外に蹴りだすぞコラ」

「痛い、痛いっす吉野くん! あんた馬鹿力なんだから加減してくださいよ!」

「返事は」

「はいはい、わかりましたって!」

 あまり好ましい返事ではないが、審判の心証を損ねてもまずいので牧瀬をアイアンクローから解放してやる。
 案の定、牧瀬はまだ唇を尖らせていた。

「でもフォワードなんだからエゴイストなのは当然でしょ!」

 だからおまえはまだスタメンに定着できないんだ、と頭ごなしに叱り飛ばしてやりたかったが、そんな言い方では逆効果なことくらいは吉野にもわかる。

「別にエゴを捨てろっていってんじゃねえ。勝ちに結びつくならな。いいか、そこだけははき違えるなよ。チームの勝利が唯一絶対の軸なんだ」

 人差し指を彼の鼻先に突きつけながら話す吉野だったが、その視線は牧瀬の後ろにいるジュリオへと向けられていた。
 わかっているのかいないのか、ジュリオは吉野たちのやりとりを眺めながら相変わらず試合中とは思えないようなにこにことした顔を見せている。

 一昨日の夜の会話が不意に吉野の頭をかすめていく。相良監督の決定であるスタメン落ちを当事者のジュリオに告げた際、まるで彼は他人事のような表情で黙って頷くだけだった。励ましても慰めてもまるで言葉が届かない、あのときほど強くそう感じたことはなかった。
 今はノックアウト方式のトーナメント戦だ。笑顔を振りまく彼に対して眉をひそめる人間もいることだろう。そんなやつらはいつだって「プレーに真剣さが足りない」などと言うのだ。

 きっと監督なら「口を真一文字に結んだだけで勝てるなら世話ないね」と軽くあしらうんだろうな、そう吉野は思う。
 相手がどこであれ自分たちが勝つ、チームとして勝利への意志が共有されているのであればキャプテンである吉野としては表に出てくる形など何だってかまわない。

 何を考えているかわからないが突如として感情と才能を爆発させる久我、飄々として己のペースを崩さず相手の急所を突く兵藤、とにかく自らが得点することにこだわる牧瀬、常に気合を漲らせている末広、静かな情熱を内に秘める友近、そして笑顔を取り戻したジュリオ。
 まとめていくのが大変な面子だからこそ、ひとつの目標に一丸となって向かったときはこのうえなく頼もしい。
 まったく主将冥利に尽きるな、と吉野は滴り落ちる汗を肩口の袖で拭う。
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