世界の東の端っこのフットボール・チルドレン

遊佐東吾

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スピンオフ

extra5 君みたいになりたかった〈1〉

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 誰にも届かないくらいか細い声で何度「ごめんなさい」と口にしたところで、意味などなく価値もなくただ恥ずべき卑怯者の言い訳でしかないことを南典久自身、いやになるほどよくわかっていた。
 先ほどから全身に噴きだしている生温い汗は、蒸し暑い六月の夜のせいなのか、それとも現実感に乏しい光景のせいなのか。今、夜の闇にまぎれ南の目の前で「制裁」と称した暴行を加えられているのはかつての友人、衛田令司だった。それでも衛田はうめき声ひとつあげることなく、少年たちの激しい敵意を甘んじてその身に受け止めている。

 いずれこうなることを彼はわかっていたのだろうか。
 思えば人のいない夜道で、いきなりマスクで顔を隠した複数の人間に囲まれたときも、衛田にはまるで動揺した様子は見られなかった。

「久しぶりだな」

 落ち着きはらった声で衛田の方から口を開いた。
 そんな彼の態度にいらつきを隠せず、現在グループのリーダー格である甲間颯士がゆっくりと詰め寄っていく。

「昨日今日とたいそうなご活躍だったらしいじゃねえか、なあおい。おれらと一緒に暴れ回っていた分際で、いつの間にかサッカー部のヒーローになってやがるんだもんなあ。まったくうらやましいったらねえぜ」

 長谷村直人も同調し、「のうのうとあのクソ一年の後釜におさまりやがって」と衛田の顔をねめつける。

「何か答えてみろよ、おらあッ!」

 感情を高ぶらせた長谷村が近づいて衛田の胸を強く推した。されるがままによろめいた衛田は、ひび割れたアスファルトに片膝をつく。

「おっ、いい格好じゃねえか。よかったらそのまま土下座でもしてみろよ」

 南以外は衛田を嘲る長谷村の言葉に反応して笑い声をあげた。
 だが当の衛田本人は「土下座をすればいいのか」といたって真剣に受け止めている。

「それでおまえらの気がすむのなら」

 衛田にはわずかなためらいもなかった。
 迷うことなく彼は土下座の姿勢をとり、地面に額がつくほど頭を下げながら「おまえらの気持ちも考えず、本当にすまなかった」と詫びた。

「おれのことは好きにしていい。そのかわり部には絶対に手を出さないでくれ。頼む、この通りだ」

 しかし衛田のとった行動はかえって火に油を盛大に注ぐ結果となる。

「ふっざけんなよてめえ!」

 甲高く叫びながら滋野雄市が衛田の頭を足で力いっぱい踏みつけた。思わず耳を塞ぎたくなるような鈍い音がした。
 それでも衛田に反撃の構えはまるで見られない。
 滋野の突発的な行動が呼び水となったのだろう、南以外の五人は誰がいちばんひどい怪我を負わせることができるかを競うように笑いながら暴行を加えだす。
 執拗に、と形容するしかないほど何度も何度も衛田は蹴られ続けていた。

 仲間内での発言権などないに等しい、下っ端の南にはもうどうすることもできない。彼は臆病で非力だ。「こうなるはずじゃなかったのに」という思いだけがぐるぐるといつまでも頭の中をかけめぐる。
 きっともう、取り返しはつかない。

        ◇

「あいつら、県大会で優勝しやがったってよ。くそっ」

 スマートフォンの画面を眺めながら、心底いまいましそうに滋野が吐き捨てていたのはほんの四時間ほど前の話で、その頃はまだ何もやることのないいつもの退屈な日曜日でしかなかった。
 ファストフード店の隅に陣取った、南を含む六人の少年たちは滋野の発言を受けて黙りこんでしまう。
 しばらく続いた不機嫌な沈黙を破ったのは長谷村だった。

「で、誰にする。そろそろ砂戸さんに言われた期限が近づいてるぜ」

 彼は姫ヶ瀬FCのサポーター集団「ケルベロス」を取り仕切る砂戸の名前を出した。高校生ないし中学生といった若いメンバーで構成されているケルベロスは非常に荒っぽくタチが悪いことで知られており、サポーターでありながらサッカーよりは揉め事を楽しんでいるようなグループだ。
 そんなケルベロスへの入団を提案したのが滋野と長谷村の二人だった。今では姫ヶ瀬FCジュニアユースで中心選手となっているフォワードの久我健一朗、彼にこっぴどくやられた二人はいまだに復讐の機会をうかがっているらしい。

 彼らの言葉を信用すれば、左肩に彫られた獰猛な三つ首の犬のタトゥーを誇示するかのように黒いタンクトップを着た砂戸は、「にこやかに」歓迎してくれたのだそうだ。ただし、条件をひとつだけ添えて。
 その条件とは鬼島中学サッカー部、誰でもいいからレギュラーメンバーの一人を徹底的に潰してくること。それが砂戸によって出された、ケルベロスへの入団条件だった。

「砂戸さんは『できれば榛名をやってこい』って言ってたよな」

「実際のところ、あいつは無理だろ。返り討ちにされるイメージしかわかねえもの。あの四ノ宮くんが、衛田をやられても久我と榛名には手を出せなかったんだぜ」

 甲間が口にした久我の名前に、滋野と長谷村は顔をしかめて反応する。
 鬼島中学最強の男、四ノ宮亮輔が榛名暁平に手を出さなかった理由など考えるまでもない。音もたてずにコーラを飲んでいる南だけにはよくわかっていた。
 再び衛田にサッカーをさせるため、それ以外ありえないではないか。

「そもそもあの連中ってなかなか一人にならないから狙いづらいよ。榛名以外でも弓立や畠山あたりはやばいくらい強いらしいし、穏やかそうな矢野だって腕っぷしは相当なもんだっておれは聞いてる」

 鍵崎凌が襲撃計画に乗り気でなさそうな発言をしながら、気怠そうにスマートフォンをいじっていた。
 もしここで自分が何かを言えば潮目が変わるかもしれない。そんな淡い可能性に南の心はほんのわずかに躍った。
 けれどもいったい何をどう伝えればいいんだろう。ストローから口を離したのに南がぐずぐずしていたせいで、奥野功生に先を越されてしまった。

「衛田、はどうよ。あいつならほとんど一人でいるし狙いやすいぞ」

 思わず南は息をのんだ。

「はあ? おまえもうちょっと頭使ってもの言えよ。衛田の野郎をおれらがやっちまったら、あの四ノ宮くんから的にかけられちまうんだぞ?」

 バカにしきったように長谷村がまくしたてても、奥野は自分の提案を譲らない。

「でもさ、衛田をやったらケルベロスに入れるわけじゃん? ならおれたちを狙ってくるってことはケルベロスを狙うってことだぜ。それにずっと思ってたんだけどさ、みんな四ノ宮くんにびびりすぎだって。たしかにめちゃくちゃ強い人だけど、榛名と久我の二人は相手にできなかったわけだし。ケルベロスがバックにいたら四ノ宮くんといえど喧嘩なんて吹っかけてこれないって」

 奥野、それに南を除く四人は黙って顔を見合わせ、それから全員が大きく頷いた。代表して甲間が言う。

「オク、たまには冴えてるじゃねえか。そうだよな、ケルベロスに入れるなら何も恐れる必要なんてねえんだよ」

 結局動けなかった南は再びストローに口をつけた。
 すっかり氷が溶けて薄まってしまったコーラを静かに、気配を殺してひたすらゆっくりと飲んでいく。
 かつて仲間としてともに行動していた衛田を狙うだなんて、南にとっては真夏に雪が降るのと同じくらいに悪い冗談でしかない。
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