世界の東の端っこのフットボール・チルドレン

遊佐東吾

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スピンオフ

extra7 ゴールキーパーたちの夜〈2〉

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 スタジアムの外はまるでお祭り騒ぎだ。

「お・お・お・おー、ユナイテッ、し・ず・お・か・ユナイテッ!」

 アウェイであるこの姫ヶ瀬へと乗りこんできた今夜の対戦相手、静岡ユナイテッドのサポーターが盛んに気勢を上げている。
 負けじと姫ヶ瀬FCサポーターも大声でチャントを歌い歓迎の意を示す。

「両チームの差はたったの勝ち点1だけだからな」

 いつにもまして今夜はヒートアップしたゲームになるはずさ、弓立の隣を歩く友近は淡々と言った。だがその表情には興奮が隠しきれていない。
 受け付けを抜けて二人はコンクリートの階段を上がる。その先に待っていたのはきつい傾斜のついたスタンド、外の連中よりさらにテンションが高まっている両ゴール裏のサポーターたち、そして陸上のトラックが併設された競技場とはまったく別物といっていいほどに観客席から近いピッチ。

 地方都市ながら姫ヶ瀬FCの実質的なオーナーである世界的なタイル企業、ハニウラ・セラミックスの資金力によってサッカー専用スタジアムが建設されたのは今年の春だ。ヨーロッパや南米にも劣らない、それほどまでに高い評価を受けている競技場である。

「すっげえ……!」

 弓立の口から思わず感嘆の言葉が漏れた。

「何だ、まだここへ来たことがなかったのか」

「あん? だったら悪いかよ」

「ったく、どうしておまえはそう喧嘩腰なんだ。おれも最初に来たときがそんな感じだったから聞いたまでだ」

 指定席である座席の位置を探しながら友近はあきれたように答える。
 五日前となる月曜の夜、草壁次郎は弓立と友近の二人に姫ヶ瀬FCトップチームのホームゲーム観戦チケットをプレゼントしてくれていた。それもかなりいい席を。

 あの日の夜は長かった。もしかしたら一年分くらいの肉を食べてしまったのかもしれない。弓立がそう思うほどに夥しい量の肉が胃袋に消えてしまっても、ゴールキーパーたちの宴はまだお開きとはならなかった。
 巨漢のゴールキーパー専任コーチ、木場文武が遅れて顔を見せたからだ。

「どうよ、腹いっぱい食ってるかー」

 言うなり木場は空いていた椅子にどすんと座りこむ。その際に友近は立って軽く一礼しながら「お先にいただいています」と挨拶していたが、弓立はそんな彼を座ったまま眺めていただけだった。
 そんな少年二人の様子を見比べて、木場が豪快に笑った。

「わはは、ここまで性格が違うってのも面白いな」

「でしょう?」

 愉快そうに草壁が相槌を打つ。

「この後お姉ちゃんのいる店にも連れていってやりたいところだが、さすがにそれはなあ」

 本気とも冗談ともつかない木場の物言いに、草壁も今度はただ苦笑いを返すのみだ。
 そこから木場が面白おかしく語るトップチームの選手たちの裏話に、場はひとしきり盛り上がった。遠く離れた存在にしか感じていなかったプロ選手たちにも常に悩みや不安、それに失敗がつきまとうのだと初めて弓立は知った。
 和気あいあいとしたこの空気であれば、ここしばらくの間気にかかっていたことにもきっと答えてもらえるに違いなかった。

「あの、ちょっと聞きたいことがあるんすけど」

 右手を上げて質問の体をとる。
 草壁に木場、それに友近の顔が自分の方へと向けられたのを確認してから、弓立はひとつ息を吸った。それから早口に言葉を吐きだした。

「ゴールキーパーでプロになろうと思ったら、やっぱり身長は絶対条件なんですかね」

 体の幅こそ大きく異なるがともに180センチを超える長身の草壁と木場。友近だってこのまま順調に伸びていけば、彼らと同じ大台に乗るだろう。
 だが、弓立にはそこまでの成長は望み薄だ。どうにか170センチは超えてくれると信じているが、両親がともに小柄なのもあって180センチ台まではおそらく期待できない。
 誰にも負けないゴールキーパーになれるという自信はある。そう思えなかったならもうとっくにサッカーなんてやめていたはずだ。

 もしも自分ではどうにもならないことによって、より高い場所へと上っていく道が閉ざされるというのであれば。はたして己の魂をこれ以上燃やし尽くすだけの価値があるといえるのか。
 二度と会えないのだろうと半ばあきらめていた少女、片倉凜奈には縁あって再び巡りあうことができた。彼女こそが、弓立にとってサッカーを続けていく原動力のすべてといっても過言ではなかった。

 だからこそ、これからは自分自身のために戦っていくことを選ばなければならない。
 遥かな頂に手が届く可能性が0なのか、それともわずかながら存在するのか。サイコロに命運を託す、そんな気持ちで投げかけた質問だったのだ。
 木場が真っ先に口を開きかけたが、なぜか草壁はそれを手で制した。

「コーチ、お願いしていたあれを」

「ん、あれか。ちょっと待て」

 意味ありげな会話を交わし、木場はがさごそと鞄の中をまさぐりだす。
 そうして取りだしたのは二枚のチケットだった。

「ほらよ。ジローがどうしてもおまえたちに今度のゲームを見せたいって言うもんだからな。事務方に頼みこんでもらってきたんだぜ、特等席」

 指に挟んだチケットをひらひらと振りながら彼が言う。

「弓立くんよ。おまえさんの求めてる答えがあるとまでは言わんが、少なくともプロフェッショナルのゴールキーパーというのがどういう存在かは感じてもらえると思うぜ」

 この草壁次郎のプレーでな、と木場がその背を強く叩く。

「ハードル上げてくれますねえ……」

 そうぼやきつつ、草壁の顔に不安の色はない。あったのは百戦錬磨の男が持つ落ち着きはらった態度のみ。
 通常であれば控えに回っている草壁だが、聞けば次節の試合では久々にスターティングメンバーの座が回ってくるのだという。先日の土曜に行われたゲームで、正ゴールキーパーが退場処分となってしまったためだそうだ。

「ま、ぼくもサッカー界じゃおっさん扱いされる年齢だからね。はばかりながら若い子たちに伝えていかなきゃならないこともあるって思うようになってきたんだ」

「いやいや、39歳って世間でも普通におっさんだからな?」

「せっかくいいこと言ったつもりだったのに、台無しにしないでください」

 二人の大人はそんな会話を交わして互いに軽く笑いあっていた。

 今、ゲームは始まりの笛を待っている。
 穏やかで余裕のある人格者、弓立の目にはそう映ったあの日の草壁だったが、今日もそこに変わりはない。子供たちと手を繋いで入場してきた彼の後ろ姿には、どっかりと大地に根を下ろした大樹のごとき安心感があった。これまでに積み重ねてきた信頼がそう見せるのかもしれなかった。
 試合前のセレモニーを眺めながら弓立は軽口を叩く。

「しかしあのジローさん、焼肉を奢ってくれただけじゃなく、リーグ戦におれたちを招待してくれるなんてほんと太っ腹だよな」

「馴れ馴れしすぎるぞ、おまえ」

 たしなめつつ、友近はスポーツドリンクの入ったペットボトルに口をつける。

「草壁さんはさ、今年が契約の最終年なんだよ。だからあの人がうちのチームで先発出場するゲームは、もしかしたら今夜が最後かもしれない」

 現役最後、と言わなかった彼の気持ちは弓立にも理解できた。真剣な眼差しで友近はピッチへと片時も逸らすことなく視線を送っている。
 そして間もなく、キックオフの笛が吹かれた。
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