世界の東の端っこのフットボール・チルドレン

遊佐東吾

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スピンオフ

extra9 フェノーメノ、笑う〈3〉

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 放課後のグラウンドではいくつもの運動部が練習を始める準備を行っていた。
 無駄口を叩かずきびきびと動いている部がある一方、和やかに談笑しながらのんびり取りかかっている部もある。
 キョウちゃんたちはどっちなんだろう、きっと前者だろうな。スクールカラーの緑色をベースにした体操服に身を包んだ凜奈はそんなことを思いつつ、男子サッカー部に割り当てられている場所に立っていた。

 潮見、御子柴、真田も同じく体操服姿だが、真田だけがその場でジャンプしたり軽くダッシュをしてみたりとどうにも落着きがない。
 不機嫌そのものといった表情の潮見が舌打ちをして「何でこんな面倒なことに」と吐き捨てる。
 彼女の苛立ちの矛先は凜奈へも向けられた。

「おまえ、ちゃんとやれるのかよ」

 凜奈自身も今の自分がどれだけやれるのかには不安が残っている。この夏に姫ヶ瀬へ帰ったときにかつての仲間たちとプレーした際、ブランクが長いにもかかわらず感覚や技術は思いのほか錆びついていないという手応えがあったが、はたして初めてチームを組む人たちとでも同様にやれるのだろうか。
 はっきりとした返事ができずに凜奈は少し俯いてしまった。すると。

「潮見はちょっと黙ってて」

 凜奈の仕種を誤解したのか、いつもは間延びした話し方の御子柴が厳しく咎める。続けて彼女は「ポジション、片倉ちゃんからどうぞぉ」といつもの調子に戻って言ってきた。
 すでにミニゲーム用のスペースは出来あがっている。白線で囲われ、ゴールはそれぞれ二本の赤いコーンで作られていたが、キーパーを置かないため1メートルほどの狭さしかない。

 今回の勝負の当事者である二木は、他のメンバー三人から「おまえらまた喧嘩したのかよ」などといじられており、何か言われるごとにむきになって反論しているようだった。
 今のところ彼らには隙が多そうだが、体格差を考えると楽観視はできない。

「じゃあお言葉に甘えて、最後尾で」

 一口にミニゲームといっても4対4と3対3には明確な違いが存在する。
 3対3では三角形のフォーメーションしか作れないが、4対4であれば菱形となるため実際のゲームさながらに三段階のラインを構成することができるのだ。

 本来は攻撃的なポジションを得意とする凜奈だが、今回はあえて後ろを選んだ。いちばん前には潮見がいくだろうし、最後尾からなら三人がどういったプレーをするのかが観察できるため、特徴も早めにつかめるだろうという計算があってのことだった。
 凜奈の想定通り、次に潮見が前を選んだことで中盤は御子柴と真田が並ぶ形にすんなりと決まった。

「用意できたか。ならさっさとやるぞ」

 こっちはこれから練習があるんだからな、と二木が言う。
 時間は10分。相手は女子だし手加減してやれよ、などと外野から声がかけられるが、その後に続けて「ただし潮見以外な」という野次があったのには凜奈もかちんときた。

 ホイッスルが吹かれ、まずは女子チームのボールで始まった。
 潮見から一列後ろの御子柴、それから右横の真田へとパスが繋がる。真田の受け方を見るかぎり、どうやら彼女はサッカー経験者ではなさそうだ。それでも真田は無難にまた御子柴へとボールを戻した。
 少し弄ぶようにこねくり回していた御子柴だったが、男子チームの誰も取りにこないのを確認して今度は凜奈までボールを下げてきた。

「ほら潮見、ぼうっとしないで動き回りなよ」

 慣れた様子で御子柴が指示を出し、そして凜奈へ視線を送ってきた。彼女の目は明らかに「お手並み拝見」と言っている。

「リンちゃんがんばれーっ!」

 少し離れた運動場のトラック付近からは陸上部である菫の応援する声が耳に届く。
 凜奈は眼前の光景に頭の中のイメージを重ね合わせた。細い細い糸が真っ直ぐ伸びて潮見にまで到達する、そんなイメージ。
 その瞬間、彼女の右足はもうボールを蹴っていた。柔らかく、そして力強く。
 想像していた軌道と寸分違わずに凜奈のパスは男子チームを切り裂き、緩いマークを振り解いていた潮見へと届けられる。

 男子チームの面々は目の前で何が起こっているかを理解できていないような顔でボール・ウォッチャーとなってしまっていた。
 驚いていたのは潮見も同様のようだったが、それでも彼女はきちんと自らの本分を果たす。受けたボールをきっちり二本のカラーコーンの間に流しこみ、まずは幸先よく女子チームが1点を先制した。

「あの」

 凜奈が遠慮がちに口を開く。

「あたしに対しても手加減は必要ないから。全力できて」

       ◇

 出会い頭のまぐれ当たり、最初はそのように受け止められていただろう。
 だが凜奈は抜きんでた己の技巧によって周囲の認識をあっという間に塗り替えていった。まばらなギャラリー、対戦相手の男子たち、そして味方チームの少女たち。
 2点目も凜奈のプレーが起点となった。相手のパスコースを読んでカットした彼女は慌ててチェックに来た選手をかわし、再び潮見へと絶好のボールを出す。今度は左足で。

 もはや独り舞台だった。徐々に相手のマークは厳しくなってきたが、躍動する凜奈はそれをものともせず決定的なチャンスを作り続けていく。
 時折二列目から効果的な飛びだしをみせる御子柴の得点を演出した後は、潮見にハットトリックを達成させる。
 4―0となった時点で二木以外の男子たちはもはや集中力を切らしていた。

「何者だよあいつ……」

 あんな化け物がいるなんて聞いてねえぞ、と一人の男子がぼやく。
 対戦相手からそういう心ない言われ方をされるのには慣れていた。理解はできるのだ。サッカーという男性優位の競技において、女子に翻弄されることがどれほど男子たちのプライドを傷つけるかくらいは。
 ただし、それは本物のプライドではない。そのことも凜奈にはわかっている。

 少しずつ弛緩した空気が漂いはじめるなか、止まることを恐れるように走り回っている真田の姿は非常に目立っていた。
 無駄な動きはたしかに多い。けれども疲れ知らずな猟犬のごとくボールや敵を追うその姿は、凜奈にとって旧知である少年とだぶって見える。久我健一朗、今ではクラブユースの全国大会で得点王にまでなった彼も、最初は真田同様のがむしゃらなプレーぶりだったのだから。
 かつて凜奈は自分でも「ちょっとくどいな」と感じてしまうほど、久我に対してたったひとつのことだけを言い続けた。とにかく一瞬の隙を突いて相手ディフェンダーの裏へ抜けろ、と。そうすればあたしがパスを通すから。いつしか久我は得点を量産しだし、誰からも頼られるストライカーとなっていった。

 榛名暁平と久我健一朗、あれだけの才能を持った二人と同じチームでプレーできることがどれほど幸せなことだったのか、今にして凜奈はその価値を思い知る。
 彼ら二人が別々のチームへと離れていくことは、もしかしたら避けられない成り行きだったのかもしれない、と彼女は思う。宝物のような時間はきっと長くは続かない。
 だけどすでに凜奈はその光の目映さを知ってしまった。魅せられてしまった。
 光から目を背けるのはもうやめよう。立って、自分の足で歩きだして、駆け足になり、そして大きなストライドでその強い光を目指して走ろう。今、この場所にかつての仲間たちが誰もいなくとも、それでも彼女は静かな森の奥から出ていかなければならないのだ。

 再び凜奈へとボールが回ってくる。今度はパスを選択せず、そのまま軽快なドリブルで持ち上がっていく。
 半ばやる気を失いかけている相手ディフェンダーを凜奈一人で抜いていくのはさほど難しくはない。やろうと思えば全員抜ける。しかし凜奈はそれをよしとしなかった。

「御子柴さん!」

 そう言って凜奈は真田の方へと視線を向ける。
 そこに込められた意図に気づいた御子柴が、真田とは逆方向へと流れていく。おざなりな警戒をする男子たちを引き連れて。
 結果、素人である真田の周囲は手薄となった。そのタイミングを逃さず、凜奈は彼女へと丁寧なラストパスを送る。そして「打て!」と叫んだ。

 凜奈の声に反応したように真田は右足を思いきり振り抜いた。
 軽く流しこむだけで充分だったのだが、必要以上に強烈な真田のシュートは赤いコーンを直撃してそのまま他の部が活動を始めたグラウンドへと転がっていく。
 赤いコーンはゴールポストとして扱われるので得点とはならなかったものの、それでも真田にとっては痺れるような体験となったらしい。

「おお……おお! 何ですかこれ! 超! 気持ちいいです!」

 何度もあまり様になっていないガッツポーズを繰り返している。
 そんな彼女の様子があまりに微笑ましく、まだゲーム中であったためにこれまで硬い表情を崩さなかった凜奈もつい笑みがこぼれてしまった。
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