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015 上がっていけ
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次の日は、生憎の雨だった。
雨避けのための防御膜を張っているので、濡れることはないが、鬱陶しいことには代わりない。車のフロントガラスに雨が吹き付けるように、触れないと分かっていても瞬きが増える。速く走るほど吹き付ける雨量が増え、視界が悪くなる。
《うぅ……雨きらい》
思いっきり駆けたいのにそれが出来ない。そのストレスをリオは感じ始めていた。何より、いくら防御膜を張って降ってくる雨を避けても、足下は変えられない。お風呂好きでキレイ好きなリオとしては、とっても不満だ。
「ちょっと雨宿りしましょう。どこかに休める小屋とかないかしらね」
別に急ぐ旅路でもないのだ。一日や二日雨宿りで足止めをくっても構わない。だが、ここは森の中だ。浅い部分ならば猟師小屋があるのだが、かなり奥に進んでしまっている。これは森を抜けるまで我慢すべきかと思案していた時だった。
《なんか、良いにおいがする》
「どんな?」
《お肉がやけるにおい》
それならば、人が近くにいるのかもしれない。それも、雨の凌げる場所に。
「どっち?」
《多分あっち》
リオは鼻をヒクつかせてから、進路を右へ変えた。風が多少はあるが、雨なのだ。その匂いはフレアリールには分からなかった。
しばらくして、森の木に同化するようにある家を見つけた。
「ツリーハウス……始めて見た」
梯子が見当たらないが、高い木の上に立派な家がある。
周りを一周するようにしてそれを眺めていると、突然上から矢と左手奥から細いナイフが飛んできた。それを腰に差していた短刀で反射的に叩き落とす。
「誰?」
殺気は感じられなかった。両方ともただの警告だろう。だからこそ、フレアリールも叩き落とすだけで止めたのだ。敵対する者ならば反撃している。
《グルル……っ》
リオが威嚇するように唸るのを治めるため、その毛並みに指を通して撫でる。
「大丈夫よ。敵じゃないわ」
《……ん》
攻撃されたことには変わりないので、リオは不満気だ。フレアリールを傷付ける者は何者であっても許さないと思っているのは分かっている。
フレアリールはリオから降りると、左手の方へ向けて声を掛けた。
「私は冒険者です。雨宿り出来る場所を探していたのですが、良い場所を知りませんか?」
決して家に上げてくれとは言わない。警戒しているのならば、それをするだけの理由があるのだろう。無遠慮に踏み入るほど礼儀のないことはしない。
それが伝わったらしい。一人の男が、のそりと森の影から姿を現した。その様はまるで闇だった。周りの影を利用し、自身を隠す術を知っている者。そんな特有の気配があった。
「どこに向かっている」
男の問いかけに、フレアリールは躊躇わず答えた。
「シェンカです。里帰りのために」
「そうか……」
長い間、男はフレアリールを見つめた。恐らく、見定めようとしているのだろう。力量と、人となりを少しでも知ろうとしているのだ。
一定の距離を保ったまま、どれだけ時間が経っただろう。ふっと空気が動き、意外な言葉が返ってきた。
「そいつはでかくて入らんが、上がっていけ」
「よろしいのですか?」
一歩、二歩と近付いてくる男を今度はフレアリールが見つめる。
黒い装束。足首と手首、首元もきっちりと締められており、足や手の長さよりも少しだけ短い。動きやすさを重視した服装だと分かる。
目は頭に巻いた布が垂れて隠されており、鼻の頭が見えるくらいまで覆われている。まるで黒子か暗殺者。恐らくその予想は外れてはいない。
無意識だろう。体に染みついた動きは音を発することがなく、雨で泥濘んだ地面も水を跳ね上げることがなかった。明らかに裏の仕事を生業とする者特有の動きだ。
「構わん。お前さん、フレアリール・シェンカだろう」
これに素直に返事をする。隠し事ができない相手というのは分かるものだ。
「はい。良くお分かりになりましたね」
「噂になっとったからな。聖獣を連れて、真の聖女が戻ったと」
「それは知りませんでした」
良い情報源を持っているようだ。
そこでふと男の首元に目が行く。首の後ろ。服で覆われている首元だが、そこに赤い傷の跡が少しだけ見えた。
それを確認した後、反射的に男の右の手首を見る。一巡するようにある赤い線。それも古い傷の跡だ。同じ傷を持つ人物に心当たりがあった。
「あなたはもしや、エリスのお父様?」
「良く分かったな」
こちらも隠すつもりはないらしい。
「この辺りにいらっしゃるというのを聞いたことがありました」
「そうか……あいつは役に立ったか」
「頼りになるメイド長です」
「ふっ、本当にメイドになるとはな……」
男の空気が一気に柔らかくなった。フレアリールが生まれて間もなく専属のメイドになったエリスは、未だ三十代でありながら、今や立派なメイド長だ。
「そろそろ良い方をと探しているのですが、推薦できる方をご存じありません?」
家へと手招かれ、隠してあったロープを引っ張って縄梯子を下ろす男に近付く。
彼は、ふんと鼻を鳴らしておかしそうに一度振り向いた。
「シェンカに行った騎士共でも薦めてくれ。エリスはアレで『乙女』らしいからな」
「それは良いことを聞きました。戻りましたら、是非」
「おう。合コンでも開け」
縄梯子を引っ張って確認した後、男は先に上っていく。それを見送りながら、フレアリールはふと思った。
「ええ……え? 合コン? 今、合コンと仰いませんでした?」
「……お前さん、転生者か?」
「そういうあなたは?」
身軽に上りきった所で、男はその場で屈み込み、フレアリールを見下ろす。そこでようやく彼の目を見る事ができた。黒い黒曜石のような瞳。顔立ちも日本人だと思えるものだった。
「……檜野垣聡……転移者だ」
それに驚きながらも、ひょいひょいと右手を手招くように動かす男を見て、フレアリールは縄梯子に手を伸ばしたのだった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
一日空きます。
よろしくお願いします◎
2019. 3. 17
雨避けのための防御膜を張っているので、濡れることはないが、鬱陶しいことには代わりない。車のフロントガラスに雨が吹き付けるように、触れないと分かっていても瞬きが増える。速く走るほど吹き付ける雨量が増え、視界が悪くなる。
《うぅ……雨きらい》
思いっきり駆けたいのにそれが出来ない。そのストレスをリオは感じ始めていた。何より、いくら防御膜を張って降ってくる雨を避けても、足下は変えられない。お風呂好きでキレイ好きなリオとしては、とっても不満だ。
「ちょっと雨宿りしましょう。どこかに休める小屋とかないかしらね」
別に急ぐ旅路でもないのだ。一日や二日雨宿りで足止めをくっても構わない。だが、ここは森の中だ。浅い部分ならば猟師小屋があるのだが、かなり奥に進んでしまっている。これは森を抜けるまで我慢すべきかと思案していた時だった。
《なんか、良いにおいがする》
「どんな?」
《お肉がやけるにおい》
それならば、人が近くにいるのかもしれない。それも、雨の凌げる場所に。
「どっち?」
《多分あっち》
リオは鼻をヒクつかせてから、進路を右へ変えた。風が多少はあるが、雨なのだ。その匂いはフレアリールには分からなかった。
しばらくして、森の木に同化するようにある家を見つけた。
「ツリーハウス……始めて見た」
梯子が見当たらないが、高い木の上に立派な家がある。
周りを一周するようにしてそれを眺めていると、突然上から矢と左手奥から細いナイフが飛んできた。それを腰に差していた短刀で反射的に叩き落とす。
「誰?」
殺気は感じられなかった。両方ともただの警告だろう。だからこそ、フレアリールも叩き落とすだけで止めたのだ。敵対する者ならば反撃している。
《グルル……っ》
リオが威嚇するように唸るのを治めるため、その毛並みに指を通して撫でる。
「大丈夫よ。敵じゃないわ」
《……ん》
攻撃されたことには変わりないので、リオは不満気だ。フレアリールを傷付ける者は何者であっても許さないと思っているのは分かっている。
フレアリールはリオから降りると、左手の方へ向けて声を掛けた。
「私は冒険者です。雨宿り出来る場所を探していたのですが、良い場所を知りませんか?」
決して家に上げてくれとは言わない。警戒しているのならば、それをするだけの理由があるのだろう。無遠慮に踏み入るほど礼儀のないことはしない。
それが伝わったらしい。一人の男が、のそりと森の影から姿を現した。その様はまるで闇だった。周りの影を利用し、自身を隠す術を知っている者。そんな特有の気配があった。
「どこに向かっている」
男の問いかけに、フレアリールは躊躇わず答えた。
「シェンカです。里帰りのために」
「そうか……」
長い間、男はフレアリールを見つめた。恐らく、見定めようとしているのだろう。力量と、人となりを少しでも知ろうとしているのだ。
一定の距離を保ったまま、どれだけ時間が経っただろう。ふっと空気が動き、意外な言葉が返ってきた。
「そいつはでかくて入らんが、上がっていけ」
「よろしいのですか?」
一歩、二歩と近付いてくる男を今度はフレアリールが見つめる。
黒い装束。足首と手首、首元もきっちりと締められており、足や手の長さよりも少しだけ短い。動きやすさを重視した服装だと分かる。
目は頭に巻いた布が垂れて隠されており、鼻の頭が見えるくらいまで覆われている。まるで黒子か暗殺者。恐らくその予想は外れてはいない。
無意識だろう。体に染みついた動きは音を発することがなく、雨で泥濘んだ地面も水を跳ね上げることがなかった。明らかに裏の仕事を生業とする者特有の動きだ。
「構わん。お前さん、フレアリール・シェンカだろう」
これに素直に返事をする。隠し事ができない相手というのは分かるものだ。
「はい。良くお分かりになりましたね」
「噂になっとったからな。聖獣を連れて、真の聖女が戻ったと」
「それは知りませんでした」
良い情報源を持っているようだ。
そこでふと男の首元に目が行く。首の後ろ。服で覆われている首元だが、そこに赤い傷の跡が少しだけ見えた。
それを確認した後、反射的に男の右の手首を見る。一巡するようにある赤い線。それも古い傷の跡だ。同じ傷を持つ人物に心当たりがあった。
「あなたはもしや、エリスのお父様?」
「良く分かったな」
こちらも隠すつもりはないらしい。
「この辺りにいらっしゃるというのを聞いたことがありました」
「そうか……あいつは役に立ったか」
「頼りになるメイド長です」
「ふっ、本当にメイドになるとはな……」
男の空気が一気に柔らかくなった。フレアリールが生まれて間もなく専属のメイドになったエリスは、未だ三十代でありながら、今や立派なメイド長だ。
「そろそろ良い方をと探しているのですが、推薦できる方をご存じありません?」
家へと手招かれ、隠してあったロープを引っ張って縄梯子を下ろす男に近付く。
彼は、ふんと鼻を鳴らしておかしそうに一度振り向いた。
「シェンカに行った騎士共でも薦めてくれ。エリスはアレで『乙女』らしいからな」
「それは良いことを聞きました。戻りましたら、是非」
「おう。合コンでも開け」
縄梯子を引っ張って確認した後、男は先に上っていく。それを見送りながら、フレアリールはふと思った。
「ええ……え? 合コン? 今、合コンと仰いませんでした?」
「……お前さん、転生者か?」
「そういうあなたは?」
身軽に上りきった所で、男はその場で屈み込み、フレアリールを見下ろす。そこでようやく彼の目を見る事ができた。黒い黒曜石のような瞳。顔立ちも日本人だと思えるものだった。
「……檜野垣聡……転移者だ」
それに驚きながらも、ひょいひょいと右手を手招くように動かす男を見て、フレアリールは縄梯子に手を伸ばしたのだった。
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読んでくださりありがとうございます◎
一日空きます。
よろしくお願いします◎
2019. 3. 17
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