そんなに儚く見えますか?

紫南

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本編

005 機嫌が悪かったんですか?

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セイグラル領の港から程近い場所にある荷運び業を生業とする商家の一画。そこにあるのは、【ガディーラ】と名を掲げた屋敷だ。

商店ではなく、事務所である。

一際高い三階建てのその建物の最上階。その窓から、長い銀糸の髪を適当に頭の後ろで一つに結った少女が、町の外に続く大通りを見つめていた。

「そろそろね……」

少し眠そうな様子で、欠伸を殺しながらも嬉しそうに笑うアルティナは、分厚いカーテンに半ば身を包んでおり、外からその姿を見ることはできない。

彼女の目に映っているのは、馬に乗った五人の揃いの制服を着た男達。彼らが町へと入ってきたのを確認して笑みを浮かべる。

彼らは、護衛という仕事を完了させて帰ってきた。そんな彼らが建物の下へとやって来たのを確認すると、アルティナはベルを鳴らして人を呼んだ。

セイグラル家は、一代ごとに成り上がってきた家だ。そんな家を他の多くの貴族達は認めるはずもなく、嫌がらせは多い。

しかし、商家としてそうした嫉妬などにも慣れていたセイグラル家はのらりくらりとそれらをかわし、歯牙にもかけない。

次第に無害だと認識されはじめ、セイグラル家は今や特に注目されることもなく、多数の貴族家に上手く紛れていた。もちろん、名を聞けば『ああ、成り上がりの……』とは言われるが、それだけである。

それが全てセイグラル家の者達の情報操作や心理操作による結果だとは、貴族達は気付かないだろう。そして、更にセイグラル家には国中に張り巡らせたとある秘策があった。それが、幼いアルティナの案でできた護衛専門の事業。

ハンター経験者や、元騎士や兵士、更には、町の隅で管を巻いていたならず者達を集め、教育して出来上がったものだ。

到着した男達は馬から降り、それを馬房へと預けていた。その中の一人の青年が伸びをする。この青年は、かつて乱暴者で有名だった。

「んん~っ。この潮の香り。帰ってきたーって感じするっ」
「今回は距離もあって、長かったからなあ」

同感だと、元兵士だった男が、世話になった馬の首元を撫でながら答えた。

「あの位置なら、第一支部の奴らの管轄でしょう? なんでこっちに回って来たんすかねえ」

本来ならば、ここ、本店から受ける仕事ではなかった。【ガディーラ】は国中に支部があり、管轄地域を分けている。

今回の依頼は、この本店ではなく、第一支部の者が受ける依頼のはずだったのだ。

これに、元騎士だった隊長の男が答える。

「第一支部では、近々大きな仕事が予定されていてな……そちらの処理に追われているらしい。だから、第二支部と本店の者でそこを補うことになったんだ。文句があるか?」
「いや、別に……」
「ここでも、人員が足りない時に応援を頼むだろう。それと同じだ」
「あ、まあ……そうっね。ってか、バッカス隊長! その大仕事っ、参加したい!」
「却下だ」
「「「「ええ~」」」」
「……お前達……」

まさかの全員の要望だったようだ。だが、隊長の中でも一番の実力者で、ガディーラのまとめ役にも一目置かれるバッカスに言われれば、納得するしかないかと彼らも分かっていた。

そこに、黒髪の少年がやって来る。こんがり日に焼けた肌は艶々と輝く健康的な少年だ。黒目もぱっちりと大きく、人好きのする見た目をしていた。そんな少年がまとうのは、大人顔負けのしっかりとした専用の制服だ。

「お帰りなさい、バッカス隊長。会長がお待ちです。早急に、執務室へお願いします!」
「おう。ありがとなリッカ。後で土産があるから楽しみにしてろ」
「っ、やった! 楽しみにしてます!」

そんな会話をして、すぐにバッカスは、建物の中に入り、階段を登っていく。

三階の奥の部屋のドアをノックすれば、少し高めの少女の声が中から答えた。

『どうぞ~』
「失礼します」

機能的に整えられた執務室。しかし、分厚いカーテンが閉められていて部屋の中は薄暗い。そんな中、奥にある執務机に寄りかかり、待っていたのは、銀髪の少女だ。

「ずいぶんとゆっくりだったじゃない?」

嫌味を込めた言葉を受け、バッカスは苦笑しながらその答えとは別に苦情で返す。

「……現場に出て来られるとは聞いていませんでしたよ?」
「別にいいでしょう? 私が突っ込んで行った方が早く片付くもの。森の中は良いわよね。暗くて」

こともなげに言ってのけるアルティナに、バッカスは眉根を寄せた。

「機嫌が悪かったんですか? 王都で何かありました?」
「……よく分かったわね」
「お嬢との付き合いも、もう五年になりますから」
「そんなにだった? 月日が経つのは早いわね」
「そうですね……それで? 何があったんです?」
「ちょっと、婚約者に本性見せて、今後の関係についての契約書を叩き付けてきただけよ」
「……キレたってことですね」
「そうとも言うわね」
「……」

バッカスは、頭を抱えた。見た目に反して、アルティナは血の気が多いのだと身に染みて分かっているのだ。







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