そんなに儚く見えますか?

紫南

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本編

006 同意はしませんよ?

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アルティナの見た目は儚げなお嬢様。だが、中身はお転婆なこの港町特有の快活な性格の町娘と変わらない。しかし、いつも昼間は眠そうにしているので、見た目ではその実が分かりづらい。

「あの男、騙したのかって言ったのよ」
「見た目詐欺なのは、昔から言われていたでしょうに」
「黙っているだけで、そう見えるのだもの。私にはどうしようもないわ」
「それで戦えると分かれば、更に言われるでしょうね」
「手が出なかったことは褒めてくれていいのよ?」
「口は出したんでしょう?」
「当然よ」

その辺の男達よりも戦えるのに、更に口も達者なのだ。中々に手の付けられないジャジャ馬娘と、実態を知る者達からは言われている。

「それでむしゃくしゃして、現場へ?」
「王都からの帰りにちょっと寄り道しただけでしょう?」
「そう言う問題じゃないんですよ」

バッカスは呆れたように肩を落として見せる。文句を言っても仕方ないと分かってはいても、雇い主とはいえ、妹のように、娘のように思っているアルティナには言わずにはおれない。

「そうやって、この前も軽い気持ちで海にも出て行きましたよね? それも夜……頼みますから、少しは立場を気にしてください」

この町は港町だ。商業船を狙った海賊船を取り締まってもいる。その海賊船にもアルティナは単身突っ込んで行くのだ。

ただ、太陽が眩しいのはあまり好きではなく、もっぱら出かけるのは夕方から夜。周りは気が気でない。完全なる夜型人間だというのは知られていた。夜の方がぱっちりと目が開くのだ。夜の化身と呼ばれるほど、夜に活動することが多かった。

『ここの海は私のテリトリーよ? 入って来た海賊船は、丸ごと私のものだわ』

それを、十才の頃からやっていた。『賊の物は私の物』と言って、お小遣いを稼いでくる感覚らしい。因みに、これがガディーラの元金だったりする。

やっている事は賊と変わらない。大義名分が通る合法か、そうでないかの違いだけだろう。

しかし、その正体は、この地を統べるセイグラル伯爵家の末っ子。それも令嬢だ。

「そうやって、あなた達が煩いから気を遣って、夜に動いているんじゃない」

頬を膨らませて顔を背けるアルティナに、バッカスは眉根を寄せて目を細める。

「……夜闇に紛れて動くなど、令嬢のすることではありません」
「私は良いのよ。ウチは、外に出せる令嬢? であるお姉様も居るし、家を継げる腹黒? なお兄様も居るんだもの。何かあっても問題ないでしょう? 多分?」

ものすごく疑問符が多いのには、聞いている方が情けない気持ちになるが、何よりも自己責任でしょうと言うアルティナ。見た目儚げで病弱そうにも見える肌色をしているのに、中身は実力主義の武闘派だ。

「ただ、あのお姉様を妻って立場に収められる人が存在するかは未知数だし? あのお兄様に翻弄されずに妻になれる人が居るかは分からないけど?」

どちらも一癖どころではなく、癖の強い人たちなので、人生のパートナーにはかなりの覚悟が必要だろう。姉や兄の説明だというのに、不安や疑問がいっぱいになるのはおかしいと誰も教えないからこのままだ。

どこに耳があり、目があるか分からないのがセイグラル家だ。周りは下手に同意もできない。

「ど、同意はしませんよ? お二人の事については言及しませんが、あなたに何かあってもらっては困るんですよっ! あなたの影響力を少しは考えてください!」

思わず頷きそうになりながらもそれを堪え、バッカスは言い切った。

それに苦笑しながらアルティナは答える。

「ちょっと家族が過保護なのは分かっているわよ? でも大丈夫。お母様には太鼓判を押されているもの。この国には、もはや私の敵は無いわ!」
「……実力は疑っていません……ですがっ……ですがっ……」

何やら葛藤していた。その理由を『ああ、いつものか』と察して、アルティナは首を傾げてみせる。自分では納得していない理由なのだが、周りは切実に思っているらしい。

「うん? はいはい。見た目裏切ってごめんなさいね?」
「本当に分かってます?」
「多分?」

ずっと言われて来たことなので、そうなのだろうとは認識するようにしている。かろうじてだが。

「……分かっているならいいです……けど、いつも心臓に悪いんですからねっ!?」
「そんなに?」

儚げで陽も満足に浴びない。浴びたがらない色白で美しい少女が、暗器である短刀を二本握って賊退治なんて、見てる方としては現実を受け止められないようだった。

その上にこれである。

「あっ。あいつらの蓄えてたお宝凄かったよ~。あの腰の重い国の騎士団が、そろそろ動こうとしていただけはあったわ。依頼が来て良かったわね。依頼料もたんまりもらったし、もちろん、余剰分はきちんと還元しておくわ」

盗品についてはきちんと本人からの申請があれば返すが、現金や持ち主が特定できない鉱石などは、そのまま貰うことになる。

眠そうな目を輝かせ、ニコニコと笑うアルティナ。もう数日もすれば、王国の騎士団がこの盗賊を討伐しようとする所だった。その情報を知っていながら依頼人に言わなかったのはワザとだ。

それが分かったから、バッカスは片頬をピクピクと痙攣させる。普通は騎士団が動くことは知れるはずがない情報だ。だから、これは仕方がないと納得するしかない。

「っ……ありがとうございます……」
「ん。ついでに貴族との癒着の証拠品もあって、そろそろ消したいな~って思ってた家の弱味もいっぱい握れたよ。良い狩りでした」

これもアルティナは見込んでいたのだろうとバッカスは予想する。だからこそ、国の騎士団に持って行かれないように狙ったのだろう。中には回収されたとしても不正の証拠品は人知れず処分されていた可能性もある。

それを思えば、これは正解だったとするしかない。呑み込む事は呑み込んで行かなくてはならないことを、彼は知っている。悪いことではないのだから、罪悪感としては、今頃王都を発っているだろう騎士団へのものだけだ。無駄足になるのだから。ご苦労様ですと心の中で手を合わせたのは自然なことだ。

「……そうですか……こちら、報告書です……」
「は~い。お疲れさま」
「……失礼します……」

心配するだけ無駄な、ちょっとばかし守銭奴で、お腹真っ黒なお嬢様から逃げるように、バッカスは部屋を後にする。

そんなバッカスの、若干すすけた背中を見送り、アルティナは笑う。

「ふふっ。相変わらず好い人だこと」

そんな人の好いバッカスを揶揄からかうのがアルティナの楽しみの一つになっていると、知らないのはバッカスだけだった。

「さてと……色々と面白くなるのは、これからよね」

さいは投げられた。これによって巻き起こる王家を中心とする混乱。それがどうなっていくのか。考えれば楽しくなる。

「ふふふっ。楽しみねえ」

予想も出来ない未来を思って、アルティナは一度目を閉じる。思い浮かぶのは、仮面夫婦となることが確定した、未来の旦那の顔。

「無駄足を踏ませるくらいの嫌がらせは可愛いものよね?」

盗賊討伐に派遣されてくるのは、間違いなくオリエルの第三騎士団だ。それを分かっていても、今回の依頼を決行させた。もう何度か、こうして騎士団の仕事を横取りというか、先取りしている。

嫌われても仕方のない行動ではあるが、騎士団に盗賊を退治させると、失われる証拠品がある。盗賊達も捕まれば後がないことは分かりきっている。だから、貴族と取り引きのあったという証拠は残しておくのだ。それを、ガディーラは回収している。

これにより、この国の膿となる者を捕縛、処分できるだけの証拠を集めていた。

「嫌われるのなんて今更すぎるわ」

自分で選んだ婚約者だった。実力も申し分なく、貴族らしさもない。おかしな野心もなく、身内認定した仲間への思いやりもある。

だからこそ、セイグラル家の持つ計画に乗ってもらい、味方とするはずだった。

「仕方ないわよね」

味方にするという計画は頓挫したが、それならそれでなんとかするだけだと、アルティナは切り替えた。

そして、もたれていた執務机から離れ、ソファに寝転がると、ゆっくりと目を閉じたのだ。







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読んでくださりありがとうございます◎
次回より毎週金曜日!
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