そんなに儚く見えますか?

紫南

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本編

009 相当嫌いだね

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セイグラル伯爵家の現当主夫婦の第一子である長女、ビオラは勝ち気で美しい女性だった。髪や瞳の色は、父親から受け継いだもので、アルティナと同じだ。だが、この家の子ども達は普段から髪は色粉で灰色に見えるようにしている。

ビオラは、気分によってドレスには赤か黒を選ぶ。どうやら、今日は機嫌が良いらしく、黒いドレスを着ていた。黒いレースの扇を開いて斜に構え、妹であるのアルティナの帰りを待っていた。

「ティナ。遅かったわねえ。話があるからこちらにいらっしゃい」
「え~、姉様、それ長くなります? まだ日も高いし、お昼寝したい……」
「まったくあなたって子は……どうしてまだ昼前からそんなにだらけているの? どうせ、事務所で少し寝て来たのでしょう?」
「だって、あそこにベッドはないもの。ベッド入れていい? お金ならある!」
「いけません。お小遣い制にしますよ」
「うっ、それは嫌……」

ガディーラの運営は、ほぼアルティナがしている。そのガディーラの設立資金も、アルティナが海賊退治によって奪い稼いだものだ。今や国中に支店を持つほどに急成長したこともあり、個人資産もかなりのもの。ベッド一つ買うなんて即決できる。

「何より、ソファで寝たとしても、寝たことには変わりありませんっ。良いから来なさい」
「は~い……」

母親よりも、この姉の方が昔から口うるさい。母はどちらかといえば放任主義で、アルティナのように口よりも先に行動に移すタイプだ。武闘派ということでもある。

アルティナがここで暴れるようになる前は、母が海賊退治もしていた。父は婿養子なので、幼い頃から母を知る地元民達は、お転婆令嬢と呼んで慕っていたようだ。

よって、世間一般で聞く『口うるさい母親』と言えるのはアルティナにとってはこの姉だった。

小さい頃からのお転婆も、よく叱られたものだ。

見た目は意地悪な令嬢で悪役顔だが、とても面倒見が良くて誰よりも領地と国の事を考えている。この国では、領主は男である必要があるため、ビオラが男でないことを残念に思う家臣は多い。

談話室に入り、ソファに向かい合って座ったビオラとアルティナ。儚げなアルティナと勝ち気なビオラが向かい合うというのは、不穏な空気になる。令嬢として見るならば、悪役令嬢と正統派の令嬢ヒロインだろうか。

だが、これは他人ではなく姉妹だ。それも歳の離れた。実の姉妹。母と娘にも見えなくはなかった。

「ティナ。婚約が正式に決まりました」
「……お姉様の相手もまだ決まっていないのに?」
「今時、順番がとかありませんよ。寧ろ、あなたを早くどこかに繋いでしまった方が安心して、わたくしも伴侶を見つけられるわ」
「……海賊達をまとめて女海賊やる方が良いと思いますけど? あ、海賊という言葉が気に入りませんか? なら、私は提督になりますよ? 大艦隊を作って見せます!」

はいっと片手を挙げて主張したが、ビオラにはおバカな子を見るような目を向けられた。

「そういうことを言うから、決断したのです! 本当はわたくしもあなたを家から出したくないのですよ? その辺の男に嫁に出すのも嫌ですからね」
「え~、その辺のでいいですよ。どっか行きたくない……」

ウルウルと涙を溜めてビオラを見つめれば、ビオラはぐっと息を詰めて頬を染めた。

「っ、ま、まあ、ティナがわたくし達と離れたくないというのは嬉しいですけれど……っ、はっ、いけませんわっ。これは決定事項です!」
「ちっ」
「舌打ちしない……もう、本当にあなたは誰に似たのかしら。わたくしも、騙されるのが悪いのですけれど……」

仕方のない子だとビオラは片手を額に当てて、ため息を吐いてみせる。ビオラも、その下の弟であるアルティナの兄も、末っ子のアルティナの可愛い顔についつい甘やかしてしまうのだ。

これまでの言い方では、恥ずかしくて外に出せないと言っているように聞こえるが、本心は手元に置いて可愛がりたいのだ。ビオラはその勝ち気な顔のせいで、本心が伝わりにくかった。とはいえ、家族やこの家の関係者達はアルティナも含めてその本心を正しく汲み取れるので問題はない。

「顔が良いのは、お父様。手や足が先に出るのはお母様です。あとは個性だと思いますけど?」
「その個性がポンコツで可愛い……っ、いえ、困りものですわね。でも、表向きは政略結婚ですから、あなたが望むように結婚後の生活は交渉なさい。そういうのは得意でしょう」
「まあ、そうですね……ちなみにそのお相手は、候補だった第三の?」
「ええ」

それを聞き、アルティナは不貞腐れた表情で、信じたくないという思いも働き、本来ならば必要のない確認もしてしまう。

「……それ、国の第三騎士団の騎士団長であってる?」
「そうです」
「王女の婚約者だった?」
「ええ……顔に傷ができて醜くなったからと、あっさり捨てられた彼です」
「こう言ってはなんですけど、それで嫌われ者のうちと縁付くのは、気の毒過ぎません?」

夜会でのオリエルの顔を思い出し、白紙にできればと思っていたのだ。支援の仕方はまた考えれば良いと思い始めていた所だった。

「あら。頭ちゃらんぽらんな女から解放されて幸いだったのでは? あの女もうちの事は嫌いでしょうし」
「お姉様が一方的に嫌われているだけでは?」
「ふんっ。頭の悪い女ほど迷惑なゴミはないわ。教師役を勉強がやりたくないからと、やたらめったらクビにするあの女なんて、クズよ」
「ゴミでクズかあ。軽くてよく燃えそうだね」
「中身が詰まっているようには思えませんものね。燃やしたところで火種にさえもならず、一瞬で消えるでしょうね」
「うわ~、具体的。相当嫌いだね」

この国の唯一の王女は、大変わがままで、母親に甘やかされまくって育った女だ。年齢は、アルティナより五つ上の二十。兄と同い年だ。ビオラよりも三つ下。

以前、兄の見た目に惹かれて、何度も接触してきたというのに、セイグラルの家の者だと知ると、騙したわねと言って醜く罵ってきた。それを知ったビオラは、完全に王女を敵認定していた。弟妹大好きなビオラは本気でキレて、一時期暗殺計画まで立てていた。

「あの女の事はいいのですよ。今はあなたの婚約の話です。あちらは三男ですから、予定通り爵位はお母様が持つ子爵位をあげることになります」

アルティナ達の母は、若い頃に大きな海賊団を撃退したということで、女性ながら子に継がせられる爵位を持っていた。それをくれるらしい。

「……」
「なんです? 不満ですか?」
「イイエ……」
「じゃあなんですか」

アルティナは気まずげに目を逸らす。それにピクリと目元を痙攣けいれんさせるビオラ。何かやらかしていると察したのだ。

「ティナ……あなた……夜会でも会ったはずですが、オリエル殿に何かしたのですか」
「うっ……ち、ちょっと……キレたりとか……その……」
「なんです」
「ガディーラで討伐した盗賊の後片付けを任せました!」

ビオラの表情を見て、夜会でのことは話さないと決めた。怒られるのは嫌だとの判断だ。

「……まさか、人だけ放置したのでは……ありませんわよね?」
「えへへ……お宝は全部いただいた! ってメモは残してないよ?」

ほぼ人だけだったというのは言わない。一応嘘ではないのだ。人数分きっちりのお駄賃は、盗賊の溜め込んでいた金貨から出しているのだから。

「当たり前です! どんな愉快犯ですか!」
「だって、討伐が決まった時には、こっちの依頼を受けていたんだもの……」

プクっと頬を膨らませてみせるアルティナ。

「やだ、その顔可愛っ、ん、んっ、まあ、それなら仕方ありませんが……どうしてそれを知っているのです?」
「……え……あ~……えへへ?」
「っ、ごっ、誤魔化されませんよ! まさかっ、また情報収集だとかいって、銀の女王に乗って王都に行っていたのではないでしょうね! 暗部の真似事をして王宮にまで潜り込んだりしてるんじゃ……」
「あははっ……」
「ティナっ!」
「うへえ……」

お説教が始まった。

やはり、夜会での事は言えなさそうだった。もちろん、その後に王の寝室に忍び込んだなどとは、絶対に言えない。









**********
読んでくださりありがとうございます◎


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