29 / 54
本編
029 良さそうだ
しおりを挟む
オリエルは客室に通された後、旅の汚れを落としてからということで、お風呂に入り、身なりを整えてから当主との顔合わせとなった。
廊下を歩きながら、オリエルは自身でも顔が強張っているのが分かっていた。前を行く案内の執事のマドラが、少し振り返って心配そうにする。
「失礼ではございますが、もしや、緊張しておられますか?」
「っ、はい……その……セイグラルの御当主のお姿を拝見したことがなく……何よりもその……っ、義父となる方なので……っ」
アルティナに酷い事を言ったという負い目が未だに強く心に残っている上に、顔を合わせるどころか、その姿を見た事もない貴族家の当主に会うのだ。緊張しないわけがない。
この対面がうまくいかなければ、アルティナとの婚約も白紙になる恐れもある。表には出てこないが、オリエルにはそれが一番嫌だった。
それをマドラは正確に見抜いたらしい。
「ここに来られるまでに、アルティナお嬢様を、随分とご理解いただけたようで」
「理解……と言いますか……自分の好みがはっきりしたと目が覚める思いでして……」
「おや。それは、アルティナお嬢様が好みと?」
「ええ。恐らく、普通の令嬢相手では、自分は上手く付き合っていけないと思います」
「それはそれはっ。ほっほっほっ」
そうはっきりと伝えた所で、緊張もある程度ほぐれていることに気づいた。マドラが話しかけてきたのはこれのためだったのだろう。
「旦那様。オリエル・クラール様をご案内いたしました」
「入ってくれ」
「では、どうぞ」
「っ、はい。失礼いたしますっ」
はっきりと告げてオリエルは部屋に入った。そこに居たのは、左側半分と右目までの顔を仮面で隠したスラリとした男性。顔で見えているのが口元と右下の頬の辺りだけだというのに、整った骨格がその人の上品さが分かる。
「はじめましてだな。レイノート・セイグラルだ。そちらに掛けてくれ」
「っ、はい」
向かいのソファに腰を落ち着けた所で、マドラがお茶を淹れ、出て行った。そこでようやく部屋の様子が気になった。その表情を見て、レイノートは察したようだ。
「ああ。薄暗くてすまないね。幼い頃に、目を毒にやられたことで、光の調整が上手くできないんだ。片目だけだから、眼帯をすれば良いのだが、どうにも邪魔でね」
「そう……でしたか。それは眩し過ぎるという?」
「その通り。お陰で、カーテンを開けられるのは、夜だけになってしまってね。月夜の光が丁度いい」
「そのようなことが……」
気の毒そうに顔を顰めるオリエルに、レイノートの見えている口元が美しく微笑んだ。
「もうすっかり慣れてしまって、苦には思わないんだよ。心配な末っ子が行動するのも、大概は夜だしね。不自由は感じていないんだ」
「そうですか……」
あまりにも子どもの頃から慣れ切っていて、レイノートには特に思う所はない。元々の気質もあるのだろう。
苦労されて来たというのに、それを受け入れているレイノートに、オリエルは尊敬の様な思いを向けた。しかし、そこで気になる言葉があったことに気付いた。
「あ、あの……末っ子というのは、アルティナ嬢の……夜に行動するとは?」
「ん? 聞いていないのかな? あの脳筋な所のある子の事を理解して好いてくれているようだったし、あの子も隠すつもりがなかったと思うが?」
ここで、オリエルは気付かなかった。レイノートがまるで見て来たように言っていることに。オリエルは婚約者の父親にいい印象をと必死なためだ。
「もちろん、ティっ、アルティナ嬢の本来の姿を見せてもらいましたが……」
「ああ。そうか。実際に見ないと分からないよね。港町に来たのは初めてかな?」
「はい! 海の魚があの様に美味しいとは知りませんでしたっ。あっ」
素直に感想が口から出てしまっていた。
「いやいや。気にしないでくれ。そうやって、この町を気に入ってくれると嬉しいよ。あの子もとても気に入っているからね」
「っ、はい!」
「うん。君はいいね……うん。良さそうだ」
「……はい?」
レイノートは満足げに何度かオリエルを見て頷く。そこで、オリエルは彼の髪と瞳の色にようやく目が行く。ここまでは、緊張していてそこに気が向かなかったのだ。
薄暗い室内で、灯りが髪を鈍く光らせる。その髪の色は青みがかった銀だ。そして、仮面の奥にある瞳の色は金に見えた。それは、王家の色だ。
まさかと言う思いを持っていれば、レイノートがゆっくりと仮面を外した。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
廊下を歩きながら、オリエルは自身でも顔が強張っているのが分かっていた。前を行く案内の執事のマドラが、少し振り返って心配そうにする。
「失礼ではございますが、もしや、緊張しておられますか?」
「っ、はい……その……セイグラルの御当主のお姿を拝見したことがなく……何よりもその……っ、義父となる方なので……っ」
アルティナに酷い事を言ったという負い目が未だに強く心に残っている上に、顔を合わせるどころか、その姿を見た事もない貴族家の当主に会うのだ。緊張しないわけがない。
この対面がうまくいかなければ、アルティナとの婚約も白紙になる恐れもある。表には出てこないが、オリエルにはそれが一番嫌だった。
それをマドラは正確に見抜いたらしい。
「ここに来られるまでに、アルティナお嬢様を、随分とご理解いただけたようで」
「理解……と言いますか……自分の好みがはっきりしたと目が覚める思いでして……」
「おや。それは、アルティナお嬢様が好みと?」
「ええ。恐らく、普通の令嬢相手では、自分は上手く付き合っていけないと思います」
「それはそれはっ。ほっほっほっ」
そうはっきりと伝えた所で、緊張もある程度ほぐれていることに気づいた。マドラが話しかけてきたのはこれのためだったのだろう。
「旦那様。オリエル・クラール様をご案内いたしました」
「入ってくれ」
「では、どうぞ」
「っ、はい。失礼いたしますっ」
はっきりと告げてオリエルは部屋に入った。そこに居たのは、左側半分と右目までの顔を仮面で隠したスラリとした男性。顔で見えているのが口元と右下の頬の辺りだけだというのに、整った骨格がその人の上品さが分かる。
「はじめましてだな。レイノート・セイグラルだ。そちらに掛けてくれ」
「っ、はい」
向かいのソファに腰を落ち着けた所で、マドラがお茶を淹れ、出て行った。そこでようやく部屋の様子が気になった。その表情を見て、レイノートは察したようだ。
「ああ。薄暗くてすまないね。幼い頃に、目を毒にやられたことで、光の調整が上手くできないんだ。片目だけだから、眼帯をすれば良いのだが、どうにも邪魔でね」
「そう……でしたか。それは眩し過ぎるという?」
「その通り。お陰で、カーテンを開けられるのは、夜だけになってしまってね。月夜の光が丁度いい」
「そのようなことが……」
気の毒そうに顔を顰めるオリエルに、レイノートの見えている口元が美しく微笑んだ。
「もうすっかり慣れてしまって、苦には思わないんだよ。心配な末っ子が行動するのも、大概は夜だしね。不自由は感じていないんだ」
「そうですか……」
あまりにも子どもの頃から慣れ切っていて、レイノートには特に思う所はない。元々の気質もあるのだろう。
苦労されて来たというのに、それを受け入れているレイノートに、オリエルは尊敬の様な思いを向けた。しかし、そこで気になる言葉があったことに気付いた。
「あ、あの……末っ子というのは、アルティナ嬢の……夜に行動するとは?」
「ん? 聞いていないのかな? あの脳筋な所のある子の事を理解して好いてくれているようだったし、あの子も隠すつもりがなかったと思うが?」
ここで、オリエルは気付かなかった。レイノートがまるで見て来たように言っていることに。オリエルは婚約者の父親にいい印象をと必死なためだ。
「もちろん、ティっ、アルティナ嬢の本来の姿を見せてもらいましたが……」
「ああ。そうか。実際に見ないと分からないよね。港町に来たのは初めてかな?」
「はい! 海の魚があの様に美味しいとは知りませんでしたっ。あっ」
素直に感想が口から出てしまっていた。
「いやいや。気にしないでくれ。そうやって、この町を気に入ってくれると嬉しいよ。あの子もとても気に入っているからね」
「っ、はい!」
「うん。君はいいね……うん。良さそうだ」
「……はい?」
レイノートは満足げに何度かオリエルを見て頷く。そこで、オリエルは彼の髪と瞳の色にようやく目が行く。ここまでは、緊張していてそこに気が向かなかったのだ。
薄暗い室内で、灯りが髪を鈍く光らせる。その髪の色は青みがかった銀だ。そして、仮面の奥にある瞳の色は金に見えた。それは、王家の色だ。
まさかと言う思いを持っていれば、レイノートがゆっくりと仮面を外した。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
320
あなたにおすすめの小説
妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁
柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。
婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。
その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。
好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。
嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。
契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。
3歳児にも劣る淑女(笑)
章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。
男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。
その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。
カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^)
ほんの思い付きの1場面的な小噺。
王女以外の固有名詞を無くしました。
元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。
創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。
もう演じなくて結構です
梨丸
恋愛
侯爵令嬢セリーヌは最愛の婚約者が自分のことを愛していないことに気づく。
愛しの婚約者様、もう婚約者を演じなくて結構です。
11/5HOTランキング入りしました。ありがとうございます。
感想などいただけると、嬉しいです。
11/14 完結いたしました。
11/16 完結小説ランキング総合8位、恋愛部門4位ありがとうございます。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
聖女の力に目覚めた私の、八年越しのただいま
藤 ゆみ子
恋愛
ある日、聖女の力に目覚めたローズは、勇者パーティーの一員として魔王討伐に行くことが決まる。
婚約者のエリオットからお守りにとペンダントを貰い、待っているからと言われるが、出発の前日に婚約を破棄するという書簡が届く。
エリオットへの想いに蓋をして魔王討伐へ行くが、ペンダントには秘密があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる