そんなに儚く見えますか?

紫南

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本編

029 良さそうだ

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オリエルは客室に通された後、旅の汚れを落としてからということで、お風呂に入り、身なりを整えてから当主との顔合わせとなった。

廊下を歩きながら、オリエルは自身でも顔が強張っているのが分かっていた。前を行く案内の執事のマドラが、少し振り返って心配そうにする。

「失礼ではございますが、もしや、緊張しておられますか?」
「っ、はい……その……セイグラルの御当主のお姿を拝見したことがなく……何よりもその……っ、義父となる方なので……っ」

アルティナに酷い事を言ったという負い目が未だに強く心に残っている上に、顔を合わせるどころか、その姿を見た事もない貴族家の当主に会うのだ。緊張しないわけがない。

この対面がうまくいかなければ、アルティナとの婚約も白紙になる恐れもある。表には出てこないが、オリエルにはそれが一番嫌だった。

それをマドラは正確に見抜いたらしい。

「ここに来られるまでに、アルティナお嬢様を、随分とご理解いただけたようで」
「理解……と言いますか……自分の好みがはっきりしたと目が覚める思いでして……」
「おや。それは、アルティナお嬢様が好みと?」
「ええ。恐らく、普通の令嬢相手では、自分は上手く付き合っていけないと思います」
「それはそれはっ。ほっほっほっ」

そうはっきりと伝えた所で、緊張もある程度ほぐれていることに気づいた。マドラが話しかけてきたのはこれのためだったのだろう。

「旦那様。オリエル・クラール様をご案内いたしました」
「入ってくれ」
「では、どうぞ」
「っ、はい。失礼いたしますっ」

はっきりと告げてオリエルは部屋に入った。そこに居たのは、左側半分と右目までの顔を仮面で隠したスラリとした男性。顔で見えているのが口元と右下の頬の辺りだけだというのに、整った骨格がその人の上品さが分かる。

「はじめましてだな。レイノート・セイグラルだ。そちらに掛けてくれ」
「っ、はい」

向かいのソファに腰を落ち着けた所で、マドラがお茶を淹れ、出て行った。そこでようやく部屋の様子が気になった。その表情を見て、レイノートは察したようだ。

「ああ。薄暗くてすまないね。幼い頃に、目を毒にやられたことで、光の調整が上手くできないんだ。片目だけだから、眼帯をすれば良いのだが、どうにも邪魔でね」
「そう……でしたか。それは眩し過ぎるという?」
「その通り。お陰で、カーテンを開けられるのは、夜だけになってしまってね。月夜の光が丁度いい」
「そのようなことが……」

気の毒そうに顔を顰めるオリエルに、レイノートの見えている口元が美しく微笑んだ。

「もうすっかり慣れてしまって、苦には思わないんだよ。心配な末っ子が行動するのも、大概は夜だしね。不自由は感じていないんだ」
「そうですか……」

あまりにも子どもの頃から慣れ切っていて、レイノートには特に思う所はない。元々の気質もあるのだろう。

苦労されて来たというのに、それを受け入れているレイノートに、オリエルは尊敬の様な思いを向けた。しかし、そこで気になる言葉があったことに気付いた。

「あ、あの……末っ子というのは、アルティナ嬢の……夜に行動するとは?」
「ん? 聞いていないのかな? あの脳筋な所のある子の事を理解して好いてくれているようだったし、あの子も隠すつもりがなかったと思うが?」

ここで、オリエルは気付かなかった。レイノートがまるで見て来たように言っていることに。オリエルは婚約者の父親にいい印象をと必死なためだ。

「もちろん、ティっ、アルティナ嬢の本来の姿を見せてもらいましたが……」
「ああ。そうか。実際に見ないと分からないよね。港町に来たのは初めてかな?」
「はい! 海の魚があの様に美味しいとは知りませんでしたっ。あっ」

素直に感想が口から出てしまっていた。

「いやいや。気にしないでくれ。そうやって、この町を気に入ってくれると嬉しいよ。あの子もとても気に入っているからね」
「っ、はい!」
「うん。君はいいね……うん。良さそうだ」
「……はい?」

レイノートは満足げに何度かオリエルを見て頷く。そこで、オリエルは彼の髪と瞳の色にようやく目が行く。ここまでは、緊張していてそこに気が向かなかったのだ。

薄暗い室内で、灯りが髪を鈍く光らせる。その髪の色は青みがかった銀だ。そして、仮面の奥にある瞳の色は金に見えた。それは、王家の色だ。

まさかと言う思いを持っていれば、レイノートがゆっくりと仮面を外した。








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読んでくださりありがとうございます◎



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