そんなに儚く見えますか?

紫南

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本編

033 私のものだっ!

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夜会の翌日。領地に大きな鉱山を持ち、侯爵という地位を持つ家に生まれた今代の嫡男ザレアルは、忌々しそうに父からの手紙を読んでいた。

「くそっ! だから夜会に行くのは嫌だったんだっ!」

手紙を机に叩きつけるようにして怒鳴るザレアルに、侍従が恐る恐る尋ねる。

「……いかがなさいましたか……」
「ふんっ。あの下品、下劣な王女の婚約者になれとさっ」
「ああ……ダンスを踊られたとか……」
「仕方あるまいっ。いくら忌々しくともこの国の王女に求められて断れるはずがないっ」

侯爵子息といえど、王女とは隔絶した位の壁というものはある。断れるものならば断りたかった。

「オリエル・クラールめっ。わざと顔に傷を付けたのではあるまいな……」

かつて王女が無理矢理婚約者としていたオリエルの、今の傷を負った顔を思い出し、奥歯を噛み締める。

そんなザレアルの様子に、侍従は困惑していた。

「以前は王女様との婚約をお望みではありませんでしたか?」

ザレアルは、幼い頃から数年前まで、確かに王女の婚約者となることを望んでいた。

「っ、わたしも子どもだったのだ……あんな性格とは……その上、最近は美しいとも感じない。王女とは清く美しい女性であるべきだろう! あんなものは違うっ」
「はあ……」

三つ年上の侍従は分かっていた。王女という肩書きだけを見て、その婚約者にと言っていたことを。半数ほどの貴族子息達は、王女という特別な存在に選ばれることを望んでいた。それはわかりやすく誰にでも自慢できることだからというだけの理由。

そこに本当に惚れたや敬愛などはない。他人が羨ましがるだろうという優越感を感じるから、それを求めているだけ。自覚はない。

しかし、そんな思いも、王女の本性の前では消え失せた。何一つ王女らしいことができないのに、王女であることを傘に着て傲慢に振る舞う。

子どもの頃は『大人びていらっしゃる』とか、『背伸びをされていて可愛らしい』などと言われていた王女。大人になったことで、大人びたというのは、見栄っ張りと見られる。背伸びなど余計に滑稽に映るだけだ。そして、傲慢な振る舞いに慣れてきたとなれば、立場への憧れも消える。

「さて、どうやってこの話をなくすか……いっそ、私も顔に傷……いや、手にでもつけるか……」
「王女殿下は、見目の良い者をお好みですからね……」
「ああ……美しいというのが、これほど罪なこととは……」
「……そうですね……」

ザレアルは、少しばかり顔に自信があった。かなり前から、王女が見目の良い者を好むことを知っており、オリエルが王女の婚約者になったと聞いて悔しそうにしていたのを侍従は見ている。一番ではなかったことに、傷付いていたようだ。

とはいえ、オリエルと婚約してしばらくした頃に王女の本性を知ったザレアルはそこで溜飲を治めた。寧ろ選ばれなくてよかったと思っていたようだ。

「あの王女に比べ、アルティナ嬢は……っ、今回もその姿を見られると思ったのだがっ」
「……アルティナ嬢を?」
「ふっ。私と吊り合うほどの見た目と考えれば分かるだろうっ! あの可憐で華奢な見た目……そして、何よりも守ってやりたいと思える儚げな様子っ。あれほど私の妻に相応しい者はいないだろう!」

セイグラル家の者だからと惜しく思う者は沢山いた。少し前のザレアルもその一人。

「旦那様は、セイグラル家の者にあまり良い顔をしませんが……」
「ふっ。セイグラル家は成り上がりだ。金がある! 繋がりを持つには不足はないだろう! なあに、アルティナ嬢に私からあの家の資産について聞いてみよう。実際の所を知れば、父上も決断なさるさ。取り込んでしまえば良いのだからな!」

父である侯爵は、実利を取る主義であることをよく知っていた。

そして、アルティナをか弱く、口も軽くなるような令嬢だと思っているようだ。

「ですが、アルティナ嬢は確か、オリエル・クラールとの婚約が噂されていましたが……」
「気の毒なものだ。あの王女のお古とはなっ。まだ候補であろう。今ならばまだ間に合うはずだ!」

確定したことを知っている者はまだクラール家とセイグラル家の者だけだった。

「っ、そうかっ、あの傷が治れば良いのだろう? そうすれば、また王女はオリエル・クラールを選ぶっ。私よりもというのが気に入らぬが、あの王女を妻に迎えるよりはマシだ!」
「……はあ……ですが、あの傷は……」
「神の秘薬さえあれば可能だろう」
「っ、それは、伝説のっ」
「そうだ。どんな古傷も、病も治してしまうというアレだ! 我が侯爵家に手に入れられぬものなどない!」
「それは……物によるかと……」
「ふんっ! そうと決まれば、第二か第三の隊長を呼べ! 捜索させるぞ! お前も探せ!」
「……わかりました……」

無茶なと侍従は顔を顰めるが、ザレアルはもう見ていない。

「ふははっ。これでアルティナ嬢とセイグラルの金は私のものだっ!」

そう高笑いをするザレアルの声を、隣の部屋のテラスから聞いていた令嬢がいた。

「……相変わらず大きな声……ですが、きっちり全て聞こえましたわ。おバカな兄に感謝ですわね。これでまた、アルに喜んでもらえるもの」

ふわりと笑うその令嬢はとても小柄で、一見すると穏やか、ふわふわとして何でも頷きそうに見える。普段は家族や使用人の前でもそう装っているが、今は鋭い眼光を見せ、ニヤリと笑っていた。

「そろそろ……お父様とお兄様には、ご退場頂かなくてはいけませんわね」

お父様、お兄様と言うその声音に、侮蔑の色が混ざっていると気付く者は誰もいなかった。







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読んでくださりありがとうございます◎

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