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第四章 秘伝と導く音色
154 改めまして
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高耶が霧矢賢と出会ったのは、公園だった。
ベンチでいつ見ても一人で座っている老人がいた。それが賢だったのだ。
彼は体が弱っているというのが許せなくて、散歩を欠かさないようにしていたらしい。だが、老いというのは、どうにもできないものだ。
その時、たまたま高耶が近くを通った。そこに、少年達が遊んでいたボールが運悪く賢の方へ飛んでしまったのだ。
しまったと焦る少年達。だが、彼らは間に合わない。高耶も近くに居たと言っても、少年達と賢までの距離はさほど変わらなかった。間に合ったのは、高耶の身体能力の高さのお陰だ。
賢も避けようとベンチから立ち上がるが、そのまま躓いて転んでしまったのだ。
ボールは高耶の蹴りで上に飛び、それを手で受け止めたことで動きを止めた。
『ここでやるのは、危ないぞ』
『っ、ごめんなさい!』
高耶の動きに見ていた誰もが目を見開いていた。鮮やかなまでの計算されたようなボールの止め方に、驚いていたのだ。そのため、咄嗟に返され、思わず出た謝罪だった。しかし、高耶には素直な少年達で良かったという感想しかない。
中学生になったばかりの高耶とはそう年齢は変わらないが、武術を身につけている高耶は、中学生になったばかりにしては体格がしっかりしていた。それも逆らってはいけないという雰囲気を感じさせたのだが、高耶は気付かない。
少年らは、本来遊ぶ場所まで移動しようとしていた。その間に、我慢できなくて戯れを始めてしまったようだ。
注意を受けた少年達は、賢にも頭を下げながらボールを受け取り、逃げるようにして行ってしまった。ちゃんと謝ったならいいかと高耶は賢を見た。
『痛い所はありますか?』
『あ、いや……っ』
『膝を、打ちましたよね。打ち身になるといけません。お宅は近いですか?』
『あ、ああ……ここから三分ほどだが……』
『お送りしましょう』
『は……あ、いや……』
当然だが、高耶を怪しむ。だが、痛みはあったのだ。助けてくれたということもあり、何よりも賢も高耶の事を毎日のようにこの公園で見ていた。その時、近くの駐在が親しそうに声を掛け、それに答えていたのも知っている。それが信用しようと思った理由となった。
『すまないね』
『いえ』
高耶は仕事の関係で老いるということを知っている。だからこそ、手を差し伸べることが自然にできた。尊厳を持って向き合う。嫌味なく行われるため、賢も意地を張らずに済んだのだ。
高耶は手を貸しながら賢の家に向かう。そうして道中、賢がポツポツと話した。もう引退したピアニストだと。
『あっ、霧矢賢さんですか? 俺、CD持ってます! 知り合いがファンで! 手に入れたのはつい最近ですけど。テスト期間中の休憩の時に聴いてました』
珍しく高耶は興奮した。知り合いがファンだと言ったが、高耶自身もれっきとしたファンだ。それが、賢にも伝わった。
それが賢も嬉しかったのだ。高耶の言葉には、お世辞も何もない。本心からの素直な言葉。だから賢も家に招き、気まぐれにピアノを教えた。
高耶は覚えもよく、二度目に家に誘った時には、驚くほど美しく曲を弾いて見せたのだ。
それから時間が取れる時は毎日のように学校帰りに高耶は賢の所に寄り、他愛のない話をしながらもピアノを教わった。
高耶自身、この頃はそれほど仕事も任されていなかった。小学校を卒業してばかりの高耶に、任せられる仕事はほとんどない。仕事に生きると頑張る母は夜遅くにしか帰って来ないし、自由な時間はあったのだ。
賢にとって、高耶との時間は楽しいもので、教えればすぐにそれを生かしてくる高耶は、生徒というより、同志とまで思えるものだった。
賢の妻、月子も実の孫のように可愛がり、時折一緒にオヤツを作ることもあった。慣れてくると、高耶の仕事のことも話すようになり、珀豪や天柳を喚び出したこともある。彼らは普通に友人のように接していた。
そんな賢が亡くなってからは、ひと月に一度は月子の様子を見に行ったり、手紙を送ったりと、未だ関係は細々と続いている。
だが、彼らの息子である修には、今まで一度も会ったことがなかったのだ。ただ、気にはなっていたので、コンサートには機会があれば出かけていた。因みに、賢のファンで修のコンサートにも行く高耶の知り合いとは、吸血鬼であるエルラントだ。
そして、そのコンサートの様子を月子に話す。そんな交流は今でも続いている。
「この間、月子さんにメロンを貰いました。メロン狩りに行ったそうですね」
「ああ、バス旅行と言っていたのはそれだったんだね。もう少し早く帰国していれば食べれたかな」
「いつ頃こちらに?」
「二日前だよ」
その数ヶ月前から、知人だという陽の友人に今回のことを相談していたらしい。
「冬にあるコンサートのためですか?」
「よく知っているねえ。そうだよ」
「月子さんに聞きました。一緒に行こうと誘っていただいているんです」
「なら、母が言っていたのは君だったんだね」
嬉しそうに破顔する修に、高耶も笑みを深めた。
こうした会話のお陰もあり、和やかな雰囲気で食事が進められた。そして、落ち着いた所で仕事の話に移る。最初に切り出したのは陽の友人だという建築士をしている野木崎仁だった。
「君が陰陽師だと聞いたんだっ。本当かい!?」
「ええ。正確には陰陽武道を継承しています。改めまして、秘伝高耶と申します」
「すごい礼儀正しいねっ。ありがとう。よろしくっ」
軽く挨拶をしてくれてはいるが、まずはきちんとどういうものか説明する必要があるかなと、気を引き締める高耶だった。
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読んでくださりありがとうございます◎
ベンチでいつ見ても一人で座っている老人がいた。それが賢だったのだ。
彼は体が弱っているというのが許せなくて、散歩を欠かさないようにしていたらしい。だが、老いというのは、どうにもできないものだ。
その時、たまたま高耶が近くを通った。そこに、少年達が遊んでいたボールが運悪く賢の方へ飛んでしまったのだ。
しまったと焦る少年達。だが、彼らは間に合わない。高耶も近くに居たと言っても、少年達と賢までの距離はさほど変わらなかった。間に合ったのは、高耶の身体能力の高さのお陰だ。
賢も避けようとベンチから立ち上がるが、そのまま躓いて転んでしまったのだ。
ボールは高耶の蹴りで上に飛び、それを手で受け止めたことで動きを止めた。
『ここでやるのは、危ないぞ』
『っ、ごめんなさい!』
高耶の動きに見ていた誰もが目を見開いていた。鮮やかなまでの計算されたようなボールの止め方に、驚いていたのだ。そのため、咄嗟に返され、思わず出た謝罪だった。しかし、高耶には素直な少年達で良かったという感想しかない。
中学生になったばかりの高耶とはそう年齢は変わらないが、武術を身につけている高耶は、中学生になったばかりにしては体格がしっかりしていた。それも逆らってはいけないという雰囲気を感じさせたのだが、高耶は気付かない。
少年らは、本来遊ぶ場所まで移動しようとしていた。その間に、我慢できなくて戯れを始めてしまったようだ。
注意を受けた少年達は、賢にも頭を下げながらボールを受け取り、逃げるようにして行ってしまった。ちゃんと謝ったならいいかと高耶は賢を見た。
『痛い所はありますか?』
『あ、いや……っ』
『膝を、打ちましたよね。打ち身になるといけません。お宅は近いですか?』
『あ、ああ……ここから三分ほどだが……』
『お送りしましょう』
『は……あ、いや……』
当然だが、高耶を怪しむ。だが、痛みはあったのだ。助けてくれたということもあり、何よりも賢も高耶の事を毎日のようにこの公園で見ていた。その時、近くの駐在が親しそうに声を掛け、それに答えていたのも知っている。それが信用しようと思った理由となった。
『すまないね』
『いえ』
高耶は仕事の関係で老いるということを知っている。だからこそ、手を差し伸べることが自然にできた。尊厳を持って向き合う。嫌味なく行われるため、賢も意地を張らずに済んだのだ。
高耶は手を貸しながら賢の家に向かう。そうして道中、賢がポツポツと話した。もう引退したピアニストだと。
『あっ、霧矢賢さんですか? 俺、CD持ってます! 知り合いがファンで! 手に入れたのはつい最近ですけど。テスト期間中の休憩の時に聴いてました』
珍しく高耶は興奮した。知り合いがファンだと言ったが、高耶自身もれっきとしたファンだ。それが、賢にも伝わった。
それが賢も嬉しかったのだ。高耶の言葉には、お世辞も何もない。本心からの素直な言葉。だから賢も家に招き、気まぐれにピアノを教えた。
高耶は覚えもよく、二度目に家に誘った時には、驚くほど美しく曲を弾いて見せたのだ。
それから時間が取れる時は毎日のように学校帰りに高耶は賢の所に寄り、他愛のない話をしながらもピアノを教わった。
高耶自身、この頃はそれほど仕事も任されていなかった。小学校を卒業してばかりの高耶に、任せられる仕事はほとんどない。仕事に生きると頑張る母は夜遅くにしか帰って来ないし、自由な時間はあったのだ。
賢にとって、高耶との時間は楽しいもので、教えればすぐにそれを生かしてくる高耶は、生徒というより、同志とまで思えるものだった。
賢の妻、月子も実の孫のように可愛がり、時折一緒にオヤツを作ることもあった。慣れてくると、高耶の仕事のことも話すようになり、珀豪や天柳を喚び出したこともある。彼らは普通に友人のように接していた。
そんな賢が亡くなってからは、ひと月に一度は月子の様子を見に行ったり、手紙を送ったりと、未だ関係は細々と続いている。
だが、彼らの息子である修には、今まで一度も会ったことがなかったのだ。ただ、気にはなっていたので、コンサートには機会があれば出かけていた。因みに、賢のファンで修のコンサートにも行く高耶の知り合いとは、吸血鬼であるエルラントだ。
そして、そのコンサートの様子を月子に話す。そんな交流は今でも続いている。
「この間、月子さんにメロンを貰いました。メロン狩りに行ったそうですね」
「ああ、バス旅行と言っていたのはそれだったんだね。もう少し早く帰国していれば食べれたかな」
「いつ頃こちらに?」
「二日前だよ」
その数ヶ月前から、知人だという陽の友人に今回のことを相談していたらしい。
「冬にあるコンサートのためですか?」
「よく知っているねえ。そうだよ」
「月子さんに聞きました。一緒に行こうと誘っていただいているんです」
「なら、母が言っていたのは君だったんだね」
嬉しそうに破顔する修に、高耶も笑みを深めた。
こうした会話のお陰もあり、和やかな雰囲気で食事が進められた。そして、落ち着いた所で仕事の話に移る。最初に切り出したのは陽の友人だという建築士をしている野木崎仁だった。
「君が陰陽師だと聞いたんだっ。本当かい!?」
「ええ。正確には陰陽武道を継承しています。改めまして、秘伝高耶と申します」
「すごい礼儀正しいねっ。ありがとう。よろしくっ」
軽く挨拶をしてくれてはいるが、まずはきちんとどういうものか説明する必要があるかなと、気を引き締める高耶だった。
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