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第一章 秘伝のお仕事
032 戦場での用意なんて
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2018. 2. 9
**********
公民館から出た高耶は、鬼の気配を感じ取る。
《もがいているな》
「餌場は絶ったからな。焦っているんだろう」
《ということは、鬼渡は現れずか》
高耶は油断なく、今度は町全体に意識を広げる。これに充雪も気付き、地に立つように高耶の後ろに控えた。
しばらくして、高耶は小さく呟く。
「これは……清雅の……」
《道場か。そういや、気になる女というのは、孫娘とは知り合いだったんだろ? 家に呼ばれていてもおかしくないんじゃないか?》
「そう……っ、いや、気配がおかしい!」
《っ、いきなりかよ!》
唐突に、感じ取っていた力が膨れ上がった。高耶は反射的に走り出す。充雪も弾かれたように再び空中へ飛び上がっていた。
「まずいな。黄昏時か」
夕焼け色に大地も染まる頃。闇へと切り替わろうとするこの時間帯は全ての境界が曖昧になる。
《先に行くぞ》
「ああ。【天柳】充雪と先に行ってくれ!」
《承知しました、主様》
この時間帯が妖たちに有利なように、式神達も動きやすい。正しくものが見えなくなるのが『逢魔が時』なのだから。
天柳は橙色の光に紛れて自身を焔に変え、宙を駆けていった。
「間に合えよっ……」
高耶も加速する。多くの秘伝を会得してきたことで、身体能力は常人の域をとうに超えているのだ。人のいない小道へ入り、塀や屋根を飛び越えていく。
直線距離が近いのは当然だ。この時、自身に不可視の術をかけるのは忘れない。つくづく、陰陽術を使えて良かったと思う。おそらく、秘伝の者が陰陽術を使えるようになったのは必然なのだろう。
時に木を風が抜けるようにしならせ足場にし、半ば空中を駆けてきた高耶が清雅の道場へ着いた時、階段を上がったそこには、泉一郎と、先日、お茶を出してくれた麻衣子の母らしき人が倒れ臥していた。
「泉一郎さんっ」
慌てて駆け寄る。先に行かせた充雪と天柳が居ないということは、これの犯人を追っているのだろう。まずは泉一郎達の状態を確認しようと手を伸ばしたところで、視線を感じた。
「誰だ!」
「っ……!?」
門の脇に、こちらを呆然と見つめて座り込む青年がいたのだ。
「あなたは?」
顔をしかめて尋ねると同時に、泉一郎が呻いた。慌ててそちらに目を戻し、上体を起こそうとする泉一郎に手を貸した。
「泉一郎さん、怪我は?」
「うっ……頭が揺れるが、大丈夫だ。花代は……っ」
「立たないでくださいね。確認してきます」
花代と呼ばれた女性の体を確認する。酷く息が細い。顔色も明らかに白過ぎる。
「これは……血を抜かれた……?」
体温もかなり落ちている。このままでは危険だ。
「っ……」
どうするかと考えを巡らせる。事は一刻を争う。病院に運んだところですぐに輸血が出来るかわからない。
「高耶くん……花代はっ……」
「血が足りないようです。このままでは危ない……っ、この方の血液型は分かりますか?」
「あ、ああ……B型だが……」
「っ……同じ血液型の人が近くにいればすぐに対処できるのですが」
高耶は残念ながらA型だ。泉一郎がB型であった場合も対応できない。彼は今、精神が傷付いている。そこに身体的な負荷はかけられない。
しかし、ここでその人物の存在を忘れていた。
「俺がっ! 母さんと同じB型です!」
門の傍で青くなっていた青年だ。彼は何もされていないようだが、恐怖したのだろう。青くなった顔を見ると心配だが、それよりも女性の方が問題だ。
「ならこっちへ。最低限のラインまで血を送る」
「はっ、はい」
何がなんだか分かっていない青年だが、この状態では説明している時間も惜しい。
「横になってくれ。ゆっくりやるが、気分が悪くなるかもしれない。気をしっかり持てよ」
「っ、はい……」
「高耶くん……」
高耶は青年の腹の辺りと、女性の心臓辺りに手をそれぞれ翳した。心配そうに見守る泉一郎の前で、その手が紅く淡い光を宿す。
「これは、戦場に出た時に使われる秘術です。重傷者に血を分け与える。準備ができていれば、血液型など関係なく対処できるのですが……」
十分な用意があれば、血を作り換えながら相手に与えることもできるのだが、あいにくと、今回は予想できなかったので、準備がない。
次第に女性の顔色に生気が感じられるようになってくる。時間にしてみれば三分ほど。ようやく高耶は息をついた。
「なんとか……危機は脱したようです。後は病院で対処してもらってください」
「そうか。良かったっ……」
「救急車を呼びます。協力ありがとうございました。もう少しあなたは横になっていてください」
「ええ……起き上がれそうにありません……」
青年は片腕で目を隠すようにしてぐったりしていた。軽い貧血状態なのは明らかなので、そのままにさせてもらう。
高耶は上着をまだ意識の戻らない女性にかぶせ、救急車を呼ぶため、スマホを手に取った。
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公民館から出た高耶は、鬼の気配を感じ取る。
《もがいているな》
「餌場は絶ったからな。焦っているんだろう」
《ということは、鬼渡は現れずか》
高耶は油断なく、今度は町全体に意識を広げる。これに充雪も気付き、地に立つように高耶の後ろに控えた。
しばらくして、高耶は小さく呟く。
「これは……清雅の……」
《道場か。そういや、気になる女というのは、孫娘とは知り合いだったんだろ? 家に呼ばれていてもおかしくないんじゃないか?》
「そう……っ、いや、気配がおかしい!」
《っ、いきなりかよ!》
唐突に、感じ取っていた力が膨れ上がった。高耶は反射的に走り出す。充雪も弾かれたように再び空中へ飛び上がっていた。
「まずいな。黄昏時か」
夕焼け色に大地も染まる頃。闇へと切り替わろうとするこの時間帯は全ての境界が曖昧になる。
《先に行くぞ》
「ああ。【天柳】充雪と先に行ってくれ!」
《承知しました、主様》
この時間帯が妖たちに有利なように、式神達も動きやすい。正しくものが見えなくなるのが『逢魔が時』なのだから。
天柳は橙色の光に紛れて自身を焔に変え、宙を駆けていった。
「間に合えよっ……」
高耶も加速する。多くの秘伝を会得してきたことで、身体能力は常人の域をとうに超えているのだ。人のいない小道へ入り、塀や屋根を飛び越えていく。
直線距離が近いのは当然だ。この時、自身に不可視の術をかけるのは忘れない。つくづく、陰陽術を使えて良かったと思う。おそらく、秘伝の者が陰陽術を使えるようになったのは必然なのだろう。
時に木を風が抜けるようにしならせ足場にし、半ば空中を駆けてきた高耶が清雅の道場へ着いた時、階段を上がったそこには、泉一郎と、先日、お茶を出してくれた麻衣子の母らしき人が倒れ臥していた。
「泉一郎さんっ」
慌てて駆け寄る。先に行かせた充雪と天柳が居ないということは、これの犯人を追っているのだろう。まずは泉一郎達の状態を確認しようと手を伸ばしたところで、視線を感じた。
「誰だ!」
「っ……!?」
門の脇に、こちらを呆然と見つめて座り込む青年がいたのだ。
「あなたは?」
顔をしかめて尋ねると同時に、泉一郎が呻いた。慌ててそちらに目を戻し、上体を起こそうとする泉一郎に手を貸した。
「泉一郎さん、怪我は?」
「うっ……頭が揺れるが、大丈夫だ。花代は……っ」
「立たないでくださいね。確認してきます」
花代と呼ばれた女性の体を確認する。酷く息が細い。顔色も明らかに白過ぎる。
「これは……血を抜かれた……?」
体温もかなり落ちている。このままでは危険だ。
「っ……」
どうするかと考えを巡らせる。事は一刻を争う。病院に運んだところですぐに輸血が出来るかわからない。
「高耶くん……花代はっ……」
「血が足りないようです。このままでは危ない……っ、この方の血液型は分かりますか?」
「あ、ああ……B型だが……」
「っ……同じ血液型の人が近くにいればすぐに対処できるのですが」
高耶は残念ながらA型だ。泉一郎がB型であった場合も対応できない。彼は今、精神が傷付いている。そこに身体的な負荷はかけられない。
しかし、ここでその人物の存在を忘れていた。
「俺がっ! 母さんと同じB型です!」
門の傍で青くなっていた青年だ。彼は何もされていないようだが、恐怖したのだろう。青くなった顔を見ると心配だが、それよりも女性の方が問題だ。
「ならこっちへ。最低限のラインまで血を送る」
「はっ、はい」
何がなんだか分かっていない青年だが、この状態では説明している時間も惜しい。
「横になってくれ。ゆっくりやるが、気分が悪くなるかもしれない。気をしっかり持てよ」
「っ、はい……」
「高耶くん……」
高耶は青年の腹の辺りと、女性の心臓辺りに手をそれぞれ翳した。心配そうに見守る泉一郎の前で、その手が紅く淡い光を宿す。
「これは、戦場に出た時に使われる秘術です。重傷者に血を分け与える。準備ができていれば、血液型など関係なく対処できるのですが……」
十分な用意があれば、血を作り換えながら相手に与えることもできるのだが、あいにくと、今回は予想できなかったので、準備がない。
次第に女性の顔色に生気が感じられるようになってくる。時間にしてみれば三分ほど。ようやく高耶は息をついた。
「なんとか……危機は脱したようです。後は病院で対処してもらってください」
「そうか。良かったっ……」
「救急車を呼びます。協力ありがとうございました。もう少しあなたは横になっていてください」
「ええ……起き上がれそうにありません……」
青年は片腕で目を隠すようにしてぐったりしていた。軽い貧血状態なのは明らかなので、そのままにさせてもらう。
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