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第一章 秘伝のお仕事
045 こちらにお願いを
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2018. 4. 4
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山から下り、次に向かったのは清雅家だ。神楽部隊の報告によれば、泉一郎も、救急車で運ばれた花代という女性も戻ってきているらしい。
階段を上り、門をくぐると、縁側でお茶を飲んでいる泉一郎と目が合った。
「高耶君!」
「こんにちは。お加減はいかがですか?」
「ああ。花代も少し眠そうだが、もうなんともないよ」
「それは良かった」
泉一郎の義理の娘で、麻衣子の母である花代は、鬼渡によって血を抜かれていた。鬼の復活には、女の血を使うらしい。もう少し高耶の処置が遅ければ、脳への影響もあっただろう。危なかった。
しかし、病院で輸血も受け、状態は安定したという。その前に陰陽術を使ったのだ。高耶が術を施したことで、体の細胞が活性化されていた。お陰で一日もせずに戻って来られたということだ。
高耶の声を聞き、麻衣子と花代、それと昨日見た青年が家の奥からやってきた。
「まぁまぁ。いらっしゃい。昨日はありがとう。助けてくれたと聞きました」
花代が丁寧に頭を下げる。
「いえ。ご無事で良かった。あまり無理はなさらないでくださいね」
「はい。あ、お茶をお淹れしますね」
「お構いなく」
すぐに奥へと消えてしまった花代。動きから見れば、本当に何ともないようだ。
血を抜かれたと言っても、吸血鬼のような首に歯を立てるような状況ではない。恐らく、手を当てたくらいだろう。怖い思いをしなかった分、回復は早い。
次に話しかけてきたのは、青年の方だった。
「あの……清雅優一郎といいます。母と祖父、妹を助けてくださりありがとうございました」
真面目そうな青年だ。けれど、勉強ばかりではなく、普段から体も動かしているのだろう。背が高く、引き締まった体をしていた。
「祖父から話を聞きました……秘伝の方だと」
「すまんなぁ。高耶君。若いのにこやつらは頭が固くてな」
「ここでのことは終わりましたので、構いませんよ」
麻衣子から鬼渡の女に高耶の情報が漏れるのを防ぎたかっただけだ。鬼とも決着が着いた今、隠す必要はない。
「武術に関わる家の者なら、秘伝家の話は知っています。はっきり言って、昨日まではただの迷信だと思っていましたが……」
迷信と言われても仕方がないと高耶も思っている。秘伝家自体があるかどうか怪しいと思うはずだ。
全ての秘術、秘伝を解き明かし、修めた一族など信じられるわけがない。実際、全てを修めたのは当主一人だけなのだから、一族という時点で違うのだが、そこは言わないでおく。
「当然の認識ですよ」
高耶も笑って許す。これに、優一郎は苦笑を返した。
「あのようなものを見せられて、迷信などとは思えなくなりました。祖父を襲う黒い影も、母を倒して笑っていた少女と、その場からかき消えた妹を見たんですから……」
表情を力無い笑みへと変えた優一郎は、肩を落とし、座り込んだ。
「本当に、助けていただいたこと、感謝しております」
綺麗に正座した優一郎はそのまま額を床に付けていた。
「本当に良いんですよ。こちらとしても、事態を想定できなかったのですから」
そう話していると花代がお茶を持って戻ってくる。
「優一郎、高耶さんも困っていますから。さぁ、お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
「お饅頭もね」
「嬉しいです。すみません、また手ぶらできてしまって」
仕事のついでに寄ったとはいえ、こうしてお茶を出されることも想定していなかったとはいえない。手土産の一つも用意しておくんだったと後悔する。
「いえいえ。来てくださるだけで。それと……なんだか後ろにキラキラしたものが見えるのですけど?」
「そうだ、ずっと気になっていたんだが」
どうやら、花代と泉一郎には見えるようだ。
「ああ。見えるのですね。その、少々頼みごとをと思いまして……お前達」
高耶の後ろ。それも足元だ。そこに、声をかけると、真っ白な仔犬が二匹現れる。
「ほぉっ」
「まぁっ。可愛いっ」
「どこから……」
「っ!?」
泉一郎は感心したように。花代は飛び上がるように喜び、優一郎とここまで口を一切開かない麻衣子が驚きに目を見張る。
「……高耶君。まさか……狛犬かい?」
泉一郎には、二匹から溢れる神気を感じられたのだろう。
「ええ、そうです。山神から預かってきました」
昔、山神の神社にも神使としての狛犬がいた。しかし、鬼の封印に集中するために力を使い、次第に力を供給できなくなり、消えてしまったという。新たに神使をと思ってはいたようだが、鬼の反撃によって山神の隙を見て神木を燃やされてしまった。
そこでまた力を削られ、神楽は消え、神使にまで手が回らなかったのだ。
「山神はまだ本調子ではありませんが、いつまでも神使不在では土地も安定しませんので、こうして生まれたばかりの神使をこちらで育てていただけないかと」
「い、いや、それは神社の方が良いのでは?」
泉一郎が言うのも、もっともだが、少し離して別口で育てる方が効率が良いのだ。
「あちらで育てるとなると、結局は山神の力を使うことになります。なので、あまり離れ過ぎず、近過ぎない別の場所でという事でこちらを推薦させていただきました」
笑って押し切る気満々の高耶だ。
《くぅ~ん》
《くぅ?》
「「「「っ!?」」」」
こくんと小さな首を傾げてお座りをする仔犬達は、無駄に可愛らしい。悩殺完了だ。
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山から下り、次に向かったのは清雅家だ。神楽部隊の報告によれば、泉一郎も、救急車で運ばれた花代という女性も戻ってきているらしい。
階段を上り、門をくぐると、縁側でお茶を飲んでいる泉一郎と目が合った。
「高耶君!」
「こんにちは。お加減はいかがですか?」
「ああ。花代も少し眠そうだが、もうなんともないよ」
「それは良かった」
泉一郎の義理の娘で、麻衣子の母である花代は、鬼渡によって血を抜かれていた。鬼の復活には、女の血を使うらしい。もう少し高耶の処置が遅ければ、脳への影響もあっただろう。危なかった。
しかし、病院で輸血も受け、状態は安定したという。その前に陰陽術を使ったのだ。高耶が術を施したことで、体の細胞が活性化されていた。お陰で一日もせずに戻って来られたということだ。
高耶の声を聞き、麻衣子と花代、それと昨日見た青年が家の奥からやってきた。
「まぁまぁ。いらっしゃい。昨日はありがとう。助けてくれたと聞きました」
花代が丁寧に頭を下げる。
「いえ。ご無事で良かった。あまり無理はなさらないでくださいね」
「はい。あ、お茶をお淹れしますね」
「お構いなく」
すぐに奥へと消えてしまった花代。動きから見れば、本当に何ともないようだ。
血を抜かれたと言っても、吸血鬼のような首に歯を立てるような状況ではない。恐らく、手を当てたくらいだろう。怖い思いをしなかった分、回復は早い。
次に話しかけてきたのは、青年の方だった。
「あの……清雅優一郎といいます。母と祖父、妹を助けてくださりありがとうございました」
真面目そうな青年だ。けれど、勉強ばかりではなく、普段から体も動かしているのだろう。背が高く、引き締まった体をしていた。
「祖父から話を聞きました……秘伝の方だと」
「すまんなぁ。高耶君。若いのにこやつらは頭が固くてな」
「ここでのことは終わりましたので、構いませんよ」
麻衣子から鬼渡の女に高耶の情報が漏れるのを防ぎたかっただけだ。鬼とも決着が着いた今、隠す必要はない。
「武術に関わる家の者なら、秘伝家の話は知っています。はっきり言って、昨日まではただの迷信だと思っていましたが……」
迷信と言われても仕方がないと高耶も思っている。秘伝家自体があるかどうか怪しいと思うはずだ。
全ての秘術、秘伝を解き明かし、修めた一族など信じられるわけがない。実際、全てを修めたのは当主一人だけなのだから、一族という時点で違うのだが、そこは言わないでおく。
「当然の認識ですよ」
高耶も笑って許す。これに、優一郎は苦笑を返した。
「あのようなものを見せられて、迷信などとは思えなくなりました。祖父を襲う黒い影も、母を倒して笑っていた少女と、その場からかき消えた妹を見たんですから……」
表情を力無い笑みへと変えた優一郎は、肩を落とし、座り込んだ。
「本当に、助けていただいたこと、感謝しております」
綺麗に正座した優一郎はそのまま額を床に付けていた。
「本当に良いんですよ。こちらとしても、事態を想定できなかったのですから」
そう話していると花代がお茶を持って戻ってくる。
「優一郎、高耶さんも困っていますから。さぁ、お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
「お饅頭もね」
「嬉しいです。すみません、また手ぶらできてしまって」
仕事のついでに寄ったとはいえ、こうしてお茶を出されることも想定していなかったとはいえない。手土産の一つも用意しておくんだったと後悔する。
「いえいえ。来てくださるだけで。それと……なんだか後ろにキラキラしたものが見えるのですけど?」
「そうだ、ずっと気になっていたんだが」
どうやら、花代と泉一郎には見えるようだ。
「ああ。見えるのですね。その、少々頼みごとをと思いまして……お前達」
高耶の後ろ。それも足元だ。そこに、声をかけると、真っ白な仔犬が二匹現れる。
「ほぉっ」
「まぁっ。可愛いっ」
「どこから……」
「っ!?」
泉一郎は感心したように。花代は飛び上がるように喜び、優一郎とここまで口を一切開かない麻衣子が驚きに目を見張る。
「……高耶君。まさか……狛犬かい?」
泉一郎には、二匹から溢れる神気を感じられたのだろう。
「ええ、そうです。山神から預かってきました」
昔、山神の神社にも神使としての狛犬がいた。しかし、鬼の封印に集中するために力を使い、次第に力を供給できなくなり、消えてしまったという。新たに神使をと思ってはいたようだが、鬼の反撃によって山神の隙を見て神木を燃やされてしまった。
そこでまた力を削られ、神楽は消え、神使にまで手が回らなかったのだ。
「山神はまだ本調子ではありませんが、いつまでも神使不在では土地も安定しませんので、こうして生まれたばかりの神使をこちらで育てていただけないかと」
「い、いや、それは神社の方が良いのでは?」
泉一郎が言うのも、もっともだが、少し離して別口で育てる方が効率が良いのだ。
「あちらで育てるとなると、結局は山神の力を使うことになります。なので、あまり離れ過ぎず、近過ぎない別の場所でという事でこちらを推薦させていただきました」
笑って押し切る気満々の高耶だ。
《くぅ~ん》
《くぅ?》
「「「「っ!?」」」」
こくんと小さな首を傾げてお座りをする仔犬達は、無駄に可愛らしい。悩殺完了だ。
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