煌焔〜いつか約束の地に至るまで〜

紫南

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第一章

030 選び取る意思

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2018. 11. 3

**********

樟嬰は、長い黒髪を風に靡かせ、堂々と華月院の大門の前に一人立っていた。

呼吸を整えると、一瞬の後に影達が取り囲む。動じる事もなく、樟嬰はいつもの調子で彼らに語りかけた。

「出迎えご苦労。さっさと門を開けてくれ」

顔の下半分を深く黒い覆いで隠した影達。容易には、その表情を知ることができなくなっている。

背の高い一人が静かに門を開くと、樟嬰は何事もないように、勝手に進んでいく。間を置いて一定の間隔で着いてくる影達にお構いなしで、迷いなく奥へと歩いていった。そして樟嬰は、唐突に思い出したとでもいうように話し出す。

「そう言えば、答えをまだはっきりと聞いていなかったな」

そう言って、樟嬰は歩みを止めた。

「私は以前、考えろと言った。お前達自身の意思を示せと……」

ゆっくりと振り返り、影達に向き直った樟嬰は、良く知った一人を見つけて問いただした。

「命令ではなく、一人の意思を持った人間として、お前はお前の行動に納得できているか。どのような立場であっても、自身の意思の下、納得して行動をしなくては、それは、人として生きる事をしない人形に成り下がった事と同じ。自分達は人なのだと思う心があるのなら、はっきりと今、ここで意思を示しなさい」

ゆっくりと影達をかきわけ、その人に歩み寄った樟嬰は優しく微笑みながら、そっと抱きしめた。

「お前は人だろう? 嘩羅」
「っ……樟嬰様ッ……」

堪えきれなかった涙と嗚咽を樟嬰の胸に押し付けながら、嘩羅は幼い子どものようにしがみついた。

「ごめんなさいっ、ごめんなさいッ。嫌いにならないでっ……っ」

意味もない謝罪を繰り返す嘩羅をきつく抱きしめ、樟嬰はもう一つの嘩羅の隠し事を暴いた。

「お前は本当に沙稀に似ているな。私は、お前が妹だって知っていたよ」
「ッ……そんな……っ」

嘩羅は涙を止め、ゆるゆると腕の中で顔を上げる。

「分からなかったか? だから、お前にも沙稀と同じように青影桔石をやったんだ。後は……そうだ。衣をやったな。沙稀とお揃いのを」
「っ、だって……っ。双子だけど、あんまり似てないから……っ」
「そうか? そっくりだけどな?」

クスクスと笑えば、嘩羅はまたくしゃりと顔を歪めた。

◆  ◆  ◆

洸夜楼を出る少し前。季余が一枚の手紙を差し出した。

「箕夜から樟嬰様に宛てたものです。お読みください」

素直に開いた手紙には、繊細な美しい文字が並んでいた。

―――――――――――――――――――
長く、私は己の犯してきた罪を告げる事を躊躇していました。

多くの、死んでいった子ども達の事を、過去を顧みる事もせずに、これまで生きてきたことに、今頃になって後悔の念が溢れてくるのです。

あの方はおっしゃいました。自分を人形だと思って生きるのはもう止めよと。

私は、次代を産むだけの役目を負った人形。それが、私の存在意義だと教えられて生きてきたのに。あの方は、好きに生きれば良いと言ってくださった。思うように生きるべきだと。

あなたを宿した時、あの方は、あなたがこの国を救う光になるとおっしゃいました。そしてあの方に会った最後の日、瘴気の漂うこの場所へは、もう来られなくなると言って去って行ったあの日。心に決めました。

あなたを必ず護ると。

三妃様達に老達への口止めと、世話役としてあなたの側にいて欲しいと頼みました。あなたを死なせない為に。そして、次に産まれた双子の一人に力があると知ると、真っ先に老達へ渡しました。あなたの身代わりとして。

そして、もう一人は老達に知られる前に外に出し、孤児として影の一人となるように仕向けました。

酷い母だと罵られても構いません。

私が、心から望んだ子どもは、あなただけ。だけど、あなたは謀らずして弟と妹を見つけ、愛してくれた。向けられる想いに気付いても、贄のように差し出した幼い二人の子を、愛し返すことだけは、私自身が許さなかった。

だから、あなたが弟妹達を、愛しく想ってくれたことに幾度も感謝しました。

ありがとう。

私を、忘れてしまっても良い。けれどせめて、この国を愛してくれたなら、この国を、子ども達が護ってきた国を救ってください。

そして、この地を穢す魔の物を葬ってください。子ども達の魂を救い上げてやってほしい。
              箕夜
―――――――――――――――――――

それは、懺悔のようで許しを乞うようだった。

◆  ◆  ◆

「落ち着いたか?」
「はい……」

泣き止んだ腕の中の嘩羅を、あやすように撫でながら、樟嬰は微笑む。

初めて嘩羅を見つけたのは、沙稀と屋敷の中庭で遊んでいた時だった。ふっとそちらに呼ばれる様な感覚に気が付いた。

決して気配を消すのが下手な訳ではない。ただ、それが不思議な感覚だったから気になった。同じ魂がないように、同じ気を持った者は存在しない。

そのはずなのに、気配を断ってこちらの様子を窺っている幼い影からは、沙稀と全く同じ気を感じた。

深く探りを入れ、その場の思いつきで血の波動を読んだ。結果、血の繋がりのある者だとわかった。すでに領主であった樟嬰には、出自などの裏の情報を手に入れる事は造作もない。

影として樟嬰の側で監視する役目となったことを知って、それを利用した。わざと外に出る時に後をつけさせ、庇護下に置いた。

領主であることを報告させないよう、ゆっくりと時間をかけて内側に誘い込んだ。樟嬰の一族の扱いは分かっていたから、領主であるという情報は上げる必要がないと予想できた。

ただ、外に出ているということさえ報告させれば問題がないと分かっていたから。

「どうする? お前は、影として生きたいのか? それとも、葉月城の朶輝や叉獅と一緒に……」
「叉獅達と一緒が良いっ」

はっきりと答えて、まっすぐに向けた瞳には、迷いのない強い意思が宿っていた。

「そうか。なら、さっさと仕事を終えて一緒に帰ろう」
「はいっ」

笑顔の戻った嘩羅を見て、次いで他の影達を見回した。

「それで、お前達はどうしたい?」

各々、固まってしまった様を見て、軽くため息を着いた。そして、どうしたものかと思案していると、一人の男が前へ進み出た。

「わたくしは既に、老様との誓約を交わしております。命令に逆らう事はできません……」
「私が聞きたいのは、誓約を抜きにしたお前自身の意思だ。命令を抜きに、お前が今どうしたいと思っているか、どう生きたいか……」

今までの影ならば、こうして樟嬰へ声をかけることさえしなかっただろう。けれど、こうして口を開いたということは、樟嬰に何かを望んでいるのだ。

「……わたくしには、この生き方しかできません。どなたかに仕え、命に従う。ですが、仕える方はできることならば自身で選びたい。心から誓約を望んだ方にお仕えして生きたいと思います……」

彼らは、朔兎を見て思った。自身が心から仕えたいと望んだ主人を持つこと。それがどれほど幸福で誇らしいことか。共に戦ったことでそれが痛いほどに理解できてしまった。

これを知っては、羨ましいと思わずにはいられない。悔しいと思わずにはいられなかった。

「ならばそうすれば良い」
「誓約を交わした我等に、その自由はないっ」

訴えるような瞳を向ける影達に、意地悪な笑みを見せ、樟嬰は得意げに告げた。

「本当にそう思うか? 誓約の逃げ道はないと?」
「誓約は絶対。取り消す事などできませんっ」
「本来ならな」

得意満面の笑みで発せられた樟嬰の言葉に、意味の分からなかった影達は呆然と立ち尽くす。そして次の瞬間、もしやと希望を抱いたのだ。

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読んでくださりありがとうございます◎

次回、一日空けて5日です。
よろしくお願いします◎
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