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第一章
038 それぞれの想い
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2018. 11. 15
**********
青玉は、城の自室で美しく立ち上る煌焔を見ていた。
主城は今、昼寝中だろう。閻黎達が駆け回ったお陰で、反乱を起こした民やその家族の処刑は阻止された。あのまま、刑が執行されていたら、この光景は見られなかったかもしれない。
先程まで空民の黄城にいた。
この城では、細々とした執務が最近は出来なくなっている為、無理を言って閻黎に一つ室を借り受けたのだ。そのかいあって、執務も順調に進んでいる。だが、ふと気がそぞろになる時があった。
「樟嬰……」
何度も口にして、もう舌に馴染んでしまった名前。
目に焼き付くなんて、そんな生易しいものではない。消える事はないのだ。だが、しばらく華麗に舞う姿が見えていたのに、今ではその動きは止まり、一枚の絵の様に確かな輝きを発しながら心に抱かれている。
衝撃だった。初めて恐ろしいと思った。制御できない意思。こんな感情を知らない。必要とせず、決して知ろうとしなかった想い。
理解出来ないと一蹴した事もあった。それは、焦がれるような想い。触れたいのに触れられない距離をもどかしく感じる。
近くに居られたらどんなに心地良いだろう。どんなに幸せだろう。きっと、永く続く人生が色付いて見えてくるほどに、それは尊いものなのだろう。
『常に大局を見据えて冷静であらねばならない』
それが先代から何かにつけて言い聞かせられてきた言葉だ。
自分はいつも一線をおいて、どんな危機迫る状況にあっても冷静に物事を見て考える事ができると自負していた。それは、先代に付き従うようになってから今まで、一度として揺るぎないものだった。だが、今それが揺らぐような不安を覚えた。
これは予感だ。もしも、もう一度樟嬰と出会ったならば、自分は自分を制御する事ができないかもしれない。主など目に入らぬものの様に、あの人の傍に行きたいと願ってしまう心が分かる。
「失礼いたします」
「何だ。主がお呼びか」
一瞬で冷たい日常に連れ戻された。不快さを隠す事なく、部下に問う。
「華月院にて、少々問題があったもようでして、老華衆が全員解雇、捕縛されました。天臣の籍も外されたようで、兼ねてより検討されておりました当主については、現在存命の直系の姫、樟嬰様が就かれました」
一気に熱く巡る血を感じる。
「わかった、下がれ」
心がどうしようもなく騒ぐのだ。
◆ ◆ ◆
「父上はいつ戻るだろう」
「どうでしょうか……あまり期待しない方が良いでしょうね」
一通りの仕事を終え、室でお茶を愉しみながら、のんびりと葵と梓はくつろいでいた。
「煌焔が見えるそうだぞ」
「っ、本当ですかっ、葵お兄様っ」
「あぁ。俺も見たい……が、外の大門からは煌焔が出ている間は出られないから、華月院の地下にある『華の門』か、黄城の『空の門』からしか出られん」
この地下から続く門。それが華月院と黄城に繋がっている。成人した神族が使うことを許される地上への門だ。
人の目を気にして、神族としての色を変える必要があるため、成人してもその技を習得するまで認められない。梓はようやくそれが出来るようになったばかりだ。
「……父上は『華の門』から出て行ったのでしょう? 確か、どちらの門も鍵言葉が必要でしたよね。お兄様はご存知ないのですか?」
「知らん」
資格を得ても、地上への興味を持つかどうかはそれぞれだ。何より、この国ば長く瘴気に侵されていた。地上に出ようとは思えなかったのだ。
一人前と認められた梓ではあったが、瘴気のせいで地上には出られないからと、檣も教えていなかったのだ。
「……父上……早く帰って来てくださると良いですね……」
そこに、ふいに声が響いた。
「教えてやろうか」
「っ、柳大兄様ッ」
地上から戻って来た柳だ。
「兄上っ、何処に行ってらしたのですかっ。俺にぐらいは、出掛ける時に声をかけていってくださいッ」
葵は、驚いた衝撃をそのまま、不満としてぶつけた。これに柳は苦笑して答える。
「悪かったな。で、門の鍵言葉教えようか」
「教えてくださいっ」
飛び付くように梓は、久しぶりに宮殿に帰って来た兄に詰め寄った。
「『華の門』なら、誰にも見られずに地上の、それも屋敷の屋根の上に出られる。いい眺めだぞ」
そう言って梓に鍵言葉を教えると、柳は自分の分のお茶を煎れようと、茶器に手を伸ばした。
梓が嬉しそうに飛び出して行くのを目で追っていると、横から茶器を葵に掬い取られる。
「俺が煎れますから、兄上は座ってください」
「機嫌悪いな」
「突然ふらっと居なくなるから心配したんですよ」
「お前は気にかけてくれてたのか。桂薔なんて、同じ屋敷に居ても気付いてくれんかった……」
「……桂薔は……まぁ……ねぇ……」
桂薔の事となると、二人して落ち込んでしまう。何とか持ち直した葵は、思い出したように問い掛けた。
「そういえば、兄上。会ってきたのでしょう?」
「あぁ……」
「どうでしたか」
葵は不安げに訪ねる。
「同じだったよ……俺達の知る母上と……儚く見えて、芯は強い。子を想う心も、あの頃と変わらない。父上が待ち続けただけの事はある」
「……どんな気持ちなのですか……同じ魂とはいえ、記憶はない。分かるものなのですか? それを待ち続けるなんて……」
箕夜が母の生まれ変わりだと、気付いたのは父だけだった。
同じとまではいかなくとも、大好きだった母だ。それでもそれに、葵達は気付けなかった。
柳は何かを感じ取るように目を閉じた。
「分かるさ……それにな、待つのも悪くない。お前もいつか……な……」
きっと分かるだろう。誰かを特別に愛せたならば。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、また明日です。
よろしくお願いします◎
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青玉は、城の自室で美しく立ち上る煌焔を見ていた。
主城は今、昼寝中だろう。閻黎達が駆け回ったお陰で、反乱を起こした民やその家族の処刑は阻止された。あのまま、刑が執行されていたら、この光景は見られなかったかもしれない。
先程まで空民の黄城にいた。
この城では、細々とした執務が最近は出来なくなっている為、無理を言って閻黎に一つ室を借り受けたのだ。そのかいあって、執務も順調に進んでいる。だが、ふと気がそぞろになる時があった。
「樟嬰……」
何度も口にして、もう舌に馴染んでしまった名前。
目に焼き付くなんて、そんな生易しいものではない。消える事はないのだ。だが、しばらく華麗に舞う姿が見えていたのに、今ではその動きは止まり、一枚の絵の様に確かな輝きを発しながら心に抱かれている。
衝撃だった。初めて恐ろしいと思った。制御できない意思。こんな感情を知らない。必要とせず、決して知ろうとしなかった想い。
理解出来ないと一蹴した事もあった。それは、焦がれるような想い。触れたいのに触れられない距離をもどかしく感じる。
近くに居られたらどんなに心地良いだろう。どんなに幸せだろう。きっと、永く続く人生が色付いて見えてくるほどに、それは尊いものなのだろう。
『常に大局を見据えて冷静であらねばならない』
それが先代から何かにつけて言い聞かせられてきた言葉だ。
自分はいつも一線をおいて、どんな危機迫る状況にあっても冷静に物事を見て考える事ができると自負していた。それは、先代に付き従うようになってから今まで、一度として揺るぎないものだった。だが、今それが揺らぐような不安を覚えた。
これは予感だ。もしも、もう一度樟嬰と出会ったならば、自分は自分を制御する事ができないかもしれない。主など目に入らぬものの様に、あの人の傍に行きたいと願ってしまう心が分かる。
「失礼いたします」
「何だ。主がお呼びか」
一瞬で冷たい日常に連れ戻された。不快さを隠す事なく、部下に問う。
「華月院にて、少々問題があったもようでして、老華衆が全員解雇、捕縛されました。天臣の籍も外されたようで、兼ねてより検討されておりました当主については、現在存命の直系の姫、樟嬰様が就かれました」
一気に熱く巡る血を感じる。
「わかった、下がれ」
心がどうしようもなく騒ぐのだ。
◆ ◆ ◆
「父上はいつ戻るだろう」
「どうでしょうか……あまり期待しない方が良いでしょうね」
一通りの仕事を終え、室でお茶を愉しみながら、のんびりと葵と梓はくつろいでいた。
「煌焔が見えるそうだぞ」
「っ、本当ですかっ、葵お兄様っ」
「あぁ。俺も見たい……が、外の大門からは煌焔が出ている間は出られないから、華月院の地下にある『華の門』か、黄城の『空の門』からしか出られん」
この地下から続く門。それが華月院と黄城に繋がっている。成人した神族が使うことを許される地上への門だ。
人の目を気にして、神族としての色を変える必要があるため、成人してもその技を習得するまで認められない。梓はようやくそれが出来るようになったばかりだ。
「……父上は『華の門』から出て行ったのでしょう? 確か、どちらの門も鍵言葉が必要でしたよね。お兄様はご存知ないのですか?」
「知らん」
資格を得ても、地上への興味を持つかどうかはそれぞれだ。何より、この国ば長く瘴気に侵されていた。地上に出ようとは思えなかったのだ。
一人前と認められた梓ではあったが、瘴気のせいで地上には出られないからと、檣も教えていなかったのだ。
「……父上……早く帰って来てくださると良いですね……」
そこに、ふいに声が響いた。
「教えてやろうか」
「っ、柳大兄様ッ」
地上から戻って来た柳だ。
「兄上っ、何処に行ってらしたのですかっ。俺にぐらいは、出掛ける時に声をかけていってくださいッ」
葵は、驚いた衝撃をそのまま、不満としてぶつけた。これに柳は苦笑して答える。
「悪かったな。で、門の鍵言葉教えようか」
「教えてくださいっ」
飛び付くように梓は、久しぶりに宮殿に帰って来た兄に詰め寄った。
「『華の門』なら、誰にも見られずに地上の、それも屋敷の屋根の上に出られる。いい眺めだぞ」
そう言って梓に鍵言葉を教えると、柳は自分の分のお茶を煎れようと、茶器に手を伸ばした。
梓が嬉しそうに飛び出して行くのを目で追っていると、横から茶器を葵に掬い取られる。
「俺が煎れますから、兄上は座ってください」
「機嫌悪いな」
「突然ふらっと居なくなるから心配したんですよ」
「お前は気にかけてくれてたのか。桂薔なんて、同じ屋敷に居ても気付いてくれんかった……」
「……桂薔は……まぁ……ねぇ……」
桂薔の事となると、二人して落ち込んでしまう。何とか持ち直した葵は、思い出したように問い掛けた。
「そういえば、兄上。会ってきたのでしょう?」
「あぁ……」
「どうでしたか」
葵は不安げに訪ねる。
「同じだったよ……俺達の知る母上と……儚く見えて、芯は強い。子を想う心も、あの頃と変わらない。父上が待ち続けただけの事はある」
「……どんな気持ちなのですか……同じ魂とはいえ、記憶はない。分かるものなのですか? それを待ち続けるなんて……」
箕夜が母の生まれ変わりだと、気付いたのは父だけだった。
同じとまではいかなくとも、大好きだった母だ。それでもそれに、葵達は気付けなかった。
柳は何かを感じ取るように目を閉じた。
「分かるさ……それにな、待つのも悪くない。お前もいつか……な……」
きっと分かるだろう。誰かを特別に愛せたならば。
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読んでくださりありがとうございます◎
次回、また明日です。
よろしくお願いします◎
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