煌焔〜いつか約束の地に至るまで〜

紫南

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第二章

050 勧誘

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2019. 3. 20

**********

樟嬰は昨日助けた男達を訪ねに、月下楼に来ていた。

そこで樟嬰を待っていたらしく、すぐに顔を出したのは護衛の男。

「俺は叉獅。本当に昨日は助かりました。怪我もビックリするぐらい治りが早くて……」

特製の傷薬だ。樟嬰はそれよりも良い力を持ってはいるが、不用意にそれを披露する気はない。

とはいえ、炎の力は昨日派手に見せてしまった。

「秘伝の薬だ。今日、もう一度塗り直したら問題ないだろう。熱も出てはいないな?」
「え、あ……っ」

そう言って樟嬰は座って頭を下げていた男の顔を上げさせると、額に自らの額をくっつける。

大丈夫そうだ。

離れると男が目を見開いていた。

「どうした?」
「い、いや……何から何まで申し訳ない……っ」
「気にするな」

照れたように目をそらす叉獅。だが、樟嬰は全く気にした様子を見せずに後ろを振り返る。

「それより……火澄、連れてきてくれ」
「へい!」
「……?」

叉獅が不思議そうに樟嬰の後ろへ視線を向ける。

「っ、は、離せよ」
「何するんだっ」
「くそっ」
「あっ! お前ら!」

火澄と数人の男によって連れてこられた三人の男達を見て、叉獅が飛び上がるように思わず立ち上がった。

「その様子だと、知り合いで間違いなさそうだな」
「あ、ああ。でもなんで……」

男たちは叉獅の顔を見て明らかにマズイという顔をした。それで事情は大体把握できる。

「昨日あの後、怪しい動きをしながらこの辺りをうろついていたらしくてな。外から来たにしては、荷物が不審だったらしい」

明らかに分不相応な宝石類などを沢山持っていたのだ。怪しいとしか思えない。見た目はその辺のゴロツキと変わらないのも怪しかった。

「こいつらは護衛として俺と雇われた奴らだ。妖魔に襲われた時に逃げ出して、商品を持ち逃げしやがった」
「「「……」」」

叉獅だけでなく、火澄や樟嬰達にまで睨まれ、男達は必死で目をそらす。

火澄達に取り押さえられているので、動くことも出来ずにいるのだ。抵抗など無意味なのは、今の状態で理解したらしい。

「火澄、商人が起きたらこやつらから取り上げた現物を見て確認してもらってくれ。その後の対応も相談し、領兵に引き渡すなり、無一文で領外に叩き出すなりして処理を頼むぞ」
「承知! おい、一旦はうちの地下牢に入れるぞ」
「「へい!」」

そのまま火澄達によって男達は引きずられて行った。

「さて、叉獅と言ったな。時間はあるか?」
「え? ああ……俺も雇い主が起きるまで報酬ももらえないし……仕事が終了したところで、特に予定もない」
「そうか。ならば少し話そう」

樟嬰は叉獅に部屋へ案内する。

「ここなら落ち着けるだろう。そこにかけてくれ」
「……失礼します……」

叉獅はどう樟嬰と向き合ったら良いのか迷っているようだ。

それも仕方がない。樟嬰の服は上等なものだし、確かな教養ある所作と屈強な花街を守る火澄達を配下のように使っているのだから。

「そうかしこまる事はない。少々物を覚えただけの小娘でしかないからな」
「はあ……」

どこぞの令嬢かと思えば、今は手際よくお茶を淹れている。それに叉獅は更に混乱していた。

「昨日の槍術の腕は見事だった。あれだけ戦えるのならば、国からも声がかかろう」
「いえ……」

謙遜ではない。そこに国への不信感が見て取れた。

「ふむ……国に仕える気はなさそうだな」
「……ええ……国はいざという時、頭を守るだけで民を見捨てる……もちろん、兵の中には民を守りたいと思っている者もいるのは分かっています。ですが……自由になるかといえばそうではない」
「兵は上の命令には従わねばならんからな。規律が疎かになっては、国がまとめる意味がない。国の兵とは、個人ではどうにもできない厄災を数の力で解決するものだ。バラバラと個々の意思によって動かれては困る」

ただしそれは、民という大勢を救うもの。目の前に助けを求める一人がいても、大多数を助けるために切り捨てろと命令されたならばそうするしかない。

「俺は昔、国に見捨てられた。兵達の気持ちも今は理解しているつもりだ。命令ならば仕方ねえ……けど、その命令したやつを許せるかといえば……無理だ……」

叉獅は、幼少の頃に父母を失い、孤児達で集まってしばらくは過ごしたという。だが、そこも国は手を差し伸べることはなく、口減らしに合うならばと、弟だけを残し、一人で生きていく道を選んだ。

せめて目の前で苦しむ者を見捨てなくても良いように力を磨き、今日まで生きてきたのだ。

「なるほど……確かに、今の国は許せるものではない。私も調べたのだが、はっきりと言ってしまえば、正しく民のために動く兵はほとんどおらん。大半の領兵が、貴族どもの私兵のような状態だ」
「っ……」

中には、領主を守るものとしているところもあるようだった。

「そこで提案だ」
「……っ」

持っていたお茶を置き、叉獅を真っ直ぐに見つめて笑みを浮かべた。それはイタズラを企むような笑み。

叉獅がこちらを見つめたのを確認して告げる。

「真に正しい『領兵』を国に示してみないか?」
「それはどういう……」

困惑する叉獅。だが、食い付いたと感じた。

「決して貴族共の私兵ではなく、真に民達を助ける兵を実現してみないか?これこそが兵の姿だと見せつけられれば、民達は声を上げるだろう。自分たちの領の兵の現状を見て『こんなものは領兵ではない』と指摘するようになる。そうすれば、国は動かざるを得ないだろうな。臣民の心が離れれば、国は荒れる。国が荒れれば確実に滅びに向かうことになる」
「っ! そ、それは反乱だろう……」

国が乱れれば、大地は降下する。神の意志として正しいかどうかが明確に分かるのだ。それは国の滅びを意味する。王が倒れるわけではなく、人々も残らず死に絶えるということだ。

だからこそ、この国では不満があったとしても反乱はそうそう起こらない。守ろうとする家族達まで死ぬ可能性があるからだ。

「いいや。これはただの変革だ。改革するもの。変化を促すものだ。民達の不満がない例を作り出してしまえば、さすがの国もそれが正しいと認めざるを得ない」
「……これが正しい例だと定めてしまうということか?」
「そういうことだ。そうでなければ間違っているぞと分かりやすく提示する」

おかしいぞと声を上げてもおかしくない状況を作り出してやるのだ。

「幸いというか、都合の良いことに、この葉月領では軍部が消えかけていてな」
「…….は?」

意味がわからないという叉獅の顔はいっそ笑えた。

「ここでは華月院が幅を利かせている。そのせいで解体してしまったのだ。将軍以下、主だった戦力は領を見捨ててしまった」
「……はい?」

まったく困ったものだと笑えば、叉獅に冷たい目で見られた。気を取り直して続ける。

「それも領兵の数が十分の一ほどになっている現状に気付いたのがつい数日前でな。そういう状況だから、昨日も兵が駆け付けなかったのだ。門に居たのは新兵二人でどうにもならなかった。許せよ?」
「……」

もう言葉もないらしい。パカっと口を開けて固まった。それでも樟嬰は続ける。

「そんな時に見つけたのが叉獅、貴殿だ。どうだ? 国へのその不満、将軍となって軍部を再編し、思いっきりぶつけてみないか?」
「……はあぁぁ!?」

樟嬰の楽しげな勧誘の言葉に、叉獅は今日一番の困惑の声を上げたのだった。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、30日の予定です。
よろしくお願いします◎
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