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第二章
052 思わぬ拾い物
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2019. 4. 10
**********
急速に立て直されていく村の中。そこに響くのは若者達の掛け声と少し高い少女の檄。
「もっと腰を入れろ! そんなヘッピリ腰では動けなくなるぞ。男は腰が命だろうに」
必死で木材を担いでいく若者達は、一瞬ギョッとして動きを止める内容の檄だった。
しかし、口にした少女は顔色どころか、その綺麗な顔に変化は見られない。
その隣で、叉獅が焦っている。
「ちょっ、お嬢さんっ。それ、どこで聞いたんですっ」
「ん? ヘッピリ腰か?」
「いえ、最後のやつです!」
キョトンとされて、叉獅の動揺は酷くなる。
それを不思議に思いながら樟嬰は答えた。
「ああ、月下楼の姉さんや男達が」
「……そ、そうですか……結構下世話な話になってくるんで、以降は口にしないようにお願いします……」
「そうなのか。それはすまんな」
若者達も、あからさまにほっとしているようだった。その様子を見て樟嬰は首を傾げながらも形になってきた村の様子を見る。
「案外いい出来ではないか」
「ええ。指導が受けられて良かったです」
叉獅が護衛して来た商人が、引退した良い大工を知っており、その指導の下で家などが建てられていた。
若者達は半数ずつ午前と午後に分けて、村の再建をする者と剣の鍛錬をする者としていた。
体力を限界まで削り、更に夜の見張りも交代で行う。精神もゴリゴリと容赦なく削っていた。
罪人の刑場かと思われても仕方のない日々を送っている。
「ここ最近は、逃げ出す者もいないようだな」
「……そんな度胸、もう奴らにないですよ……」
「それはいかんな。度胸は大事だぞ?」
「いや……まあその……逃げられないと理解したみたいです」
「そうか」
ふんふんと満足げに頷く樟嬰を、叉獅は横目で窺う。
初日から逃げ出そうとする者は多かった。だが、樟嬰が見張りに連れてきた月下楼の用心棒の男達によってそれらは捕らえられ、きっちり灸を据えられていた。
時に護衛の訓練になるからと、脱走者達を丸太に括り付けて荷車に乗せ、妖魔退治に出かけた。
またある時は物見台から吊るされ、見張りの練習を強制的にやらせたりした。
これですっかり大人しくなったのだ。
「一時は死んだような目をしていたから心配だったのだが」
「……そ、そうですね……」
叉獅は率先して死なせていたのは誰かと問いたいのをぐっと我慢する。
「外壁も問題なさそうだな。後は、ここでもうしばらく練度を上げてくれ」
村としてはかなり強固で高さのある外壁が出来上がっており、門も簡単には壊されることはないだろう。
これでかなりの者が住む家を手に入れられる。
住む場所を妖魔に壊され、追われて路地で生活する者達は多い。そういう民達の受け皿として、今後ここを解放するのだ。
安全性をもう少し確認してから民達に引き渡すことになる。
「わかりました。採用通達はいつにされますか?」
現在、ここにいる若者達は樟嬰に喧嘩を売ったために罰を受けているのだという認識が強い。今までも路地裏で悪さしていたという後ろめたさもあるのだろう。
何よりも現在の一日の内容と、脱走を許さない環境がその思いを強くさせるのだ。
「まだあいつら、自分たちが兵としての訓練を受けていると気付いていないのか?」
「……そのようです」
全く気付いていない様子なのだ。捕獲する時に一応は説明したはずなのだがと首を傾げる。
「結構やる気に満ちているように見えるんだがなあ」
「あれは、自分達でも出来ることがあるんだと実感したからのようです。先ほども『刑期が明けたら大工になるんだ』と言っていました」
「なにっ? それはいかんっ。兵を育てているはずが、大工を育ててしまったかっ」
確かに家を作るのがかなり上手くなっているのには気になっていた。
「月下楼の方々から、用心棒にと勧誘されている者もおりました」
「あいつらっ。せっかく育てた者をっ」
抜け目がない。
そうでなくてはあの花街を守ることはできないが、引き抜かれては困る。
「よしっ、皆を集めよ」
「説明されるので?」
「このままでは優秀なのを持っていかれてしまうわっ」
とんだ穴があったものだと樟嬰は焦っていた。
なんだなんだと集まった若者達。それらの前に用意した台の上に、叉獅を上げた。
「えっ、俺が説明するんですか?」
「当たり前だろうっ。小娘がそれを説明して信じるものかっ。それに見ろっ、奴らの私を見る目をっ、見なかったことにしているではないかっ」
「それはお嬢さんが怖いからですってっ。怯えてんですよっ」
言い合いながらも、無理やり納得した叉獅が彼らに説明した。
「お前たちは葉月領の領兵候補として選ばれた。兵になれと無理には言わない」
全員をとは樟嬰も思ってはいない。なので、黙って聞くことにする。
「だが今の自分を見てみろ。路地裏で腐っていた時よりも、今のお前たちは強くなった。誰かを虐げるのではなく、誰かを助けることのできる力を手に入れた」
樟嬰は目を瞠った。若者たちの目の色が変わったのだ。
「ここで変わらずしてどうする! ここで立ち上がらずしてお前たちは本当に男と言えるのか!」
叉獅も気持ちがこもってきたようだ。これは面白いと樟嬰が笑みを浮かべる。
「お前たちが領を守るんだ! 民たちが安心して寝起きできる場所を作るんだ!! 今のお前たちならばできる! そうだろうっ!!」
その時、若者達は「おう!!」と一斉に叫ぶ。
「俺たちが守るんだ!!」
「「「「「おぉぉぉっ!!!!」」」」」
熱気が包んでいた。
「ははっ、これは予想外の成果だ」
これ以上ないほど良い将軍を手に入れていたようだと知り、樟嬰は盛り上がる若者達の様子を見てクスクスと笑うのだった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、20日の予定です。
よろしくお願いします◎
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急速に立て直されていく村の中。そこに響くのは若者達の掛け声と少し高い少女の檄。
「もっと腰を入れろ! そんなヘッピリ腰では動けなくなるぞ。男は腰が命だろうに」
必死で木材を担いでいく若者達は、一瞬ギョッとして動きを止める内容の檄だった。
しかし、口にした少女は顔色どころか、その綺麗な顔に変化は見られない。
その隣で、叉獅が焦っている。
「ちょっ、お嬢さんっ。それ、どこで聞いたんですっ」
「ん? ヘッピリ腰か?」
「いえ、最後のやつです!」
キョトンとされて、叉獅の動揺は酷くなる。
それを不思議に思いながら樟嬰は答えた。
「ああ、月下楼の姉さんや男達が」
「……そ、そうですか……結構下世話な話になってくるんで、以降は口にしないようにお願いします……」
「そうなのか。それはすまんな」
若者達も、あからさまにほっとしているようだった。その様子を見て樟嬰は首を傾げながらも形になってきた村の様子を見る。
「案外いい出来ではないか」
「ええ。指導が受けられて良かったです」
叉獅が護衛して来た商人が、引退した良い大工を知っており、その指導の下で家などが建てられていた。
若者達は半数ずつ午前と午後に分けて、村の再建をする者と剣の鍛錬をする者としていた。
体力を限界まで削り、更に夜の見張りも交代で行う。精神もゴリゴリと容赦なく削っていた。
罪人の刑場かと思われても仕方のない日々を送っている。
「ここ最近は、逃げ出す者もいないようだな」
「……そんな度胸、もう奴らにないですよ……」
「それはいかんな。度胸は大事だぞ?」
「いや……まあその……逃げられないと理解したみたいです」
「そうか」
ふんふんと満足げに頷く樟嬰を、叉獅は横目で窺う。
初日から逃げ出そうとする者は多かった。だが、樟嬰が見張りに連れてきた月下楼の用心棒の男達によってそれらは捕らえられ、きっちり灸を据えられていた。
時に護衛の訓練になるからと、脱走者達を丸太に括り付けて荷車に乗せ、妖魔退治に出かけた。
またある時は物見台から吊るされ、見張りの練習を強制的にやらせたりした。
これですっかり大人しくなったのだ。
「一時は死んだような目をしていたから心配だったのだが」
「……そ、そうですね……」
叉獅は率先して死なせていたのは誰かと問いたいのをぐっと我慢する。
「外壁も問題なさそうだな。後は、ここでもうしばらく練度を上げてくれ」
村としてはかなり強固で高さのある外壁が出来上がっており、門も簡単には壊されることはないだろう。
これでかなりの者が住む家を手に入れられる。
住む場所を妖魔に壊され、追われて路地で生活する者達は多い。そういう民達の受け皿として、今後ここを解放するのだ。
安全性をもう少し確認してから民達に引き渡すことになる。
「わかりました。採用通達はいつにされますか?」
現在、ここにいる若者達は樟嬰に喧嘩を売ったために罰を受けているのだという認識が強い。今までも路地裏で悪さしていたという後ろめたさもあるのだろう。
何よりも現在の一日の内容と、脱走を許さない環境がその思いを強くさせるのだ。
「まだあいつら、自分たちが兵としての訓練を受けていると気付いていないのか?」
「……そのようです」
全く気付いていない様子なのだ。捕獲する時に一応は説明したはずなのだがと首を傾げる。
「結構やる気に満ちているように見えるんだがなあ」
「あれは、自分達でも出来ることがあるんだと実感したからのようです。先ほども『刑期が明けたら大工になるんだ』と言っていました」
「なにっ? それはいかんっ。兵を育てているはずが、大工を育ててしまったかっ」
確かに家を作るのがかなり上手くなっているのには気になっていた。
「月下楼の方々から、用心棒にと勧誘されている者もおりました」
「あいつらっ。せっかく育てた者をっ」
抜け目がない。
そうでなくてはあの花街を守ることはできないが、引き抜かれては困る。
「よしっ、皆を集めよ」
「説明されるので?」
「このままでは優秀なのを持っていかれてしまうわっ」
とんだ穴があったものだと樟嬰は焦っていた。
なんだなんだと集まった若者達。それらの前に用意した台の上に、叉獅を上げた。
「えっ、俺が説明するんですか?」
「当たり前だろうっ。小娘がそれを説明して信じるものかっ。それに見ろっ、奴らの私を見る目をっ、見なかったことにしているではないかっ」
「それはお嬢さんが怖いからですってっ。怯えてんですよっ」
言い合いながらも、無理やり納得した叉獅が彼らに説明した。
「お前たちは葉月領の領兵候補として選ばれた。兵になれと無理には言わない」
全員をとは樟嬰も思ってはいない。なので、黙って聞くことにする。
「だが今の自分を見てみろ。路地裏で腐っていた時よりも、今のお前たちは強くなった。誰かを虐げるのではなく、誰かを助けることのできる力を手に入れた」
樟嬰は目を瞠った。若者たちの目の色が変わったのだ。
「ここで変わらずしてどうする! ここで立ち上がらずしてお前たちは本当に男と言えるのか!」
叉獅も気持ちがこもってきたようだ。これは面白いと樟嬰が笑みを浮かべる。
「お前たちが領を守るんだ! 民たちが安心して寝起きできる場所を作るんだ!! 今のお前たちならばできる! そうだろうっ!!」
その時、若者達は「おう!!」と一斉に叫ぶ。
「俺たちが守るんだ!!」
「「「「「おぉぉぉっ!!!!」」」」」
熱気が包んでいた。
「ははっ、これは予想外の成果だ」
これ以上ないほど良い将軍を手に入れていたようだと知り、樟嬰は盛り上がる若者達の様子を見てクスクスと笑うのだった。
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読んでくださりありがとうございます◎
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よろしくお願いします◎
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