煌焔〜いつか約束の地に至るまで〜

紫南

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第三章

077 玉の評価

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不意に感じた違和感に、障嬰は立ち上がろうとする。だが、それを朔兎が肩に手を置いて留めた。

「見て参ります」

それだけ言って朔兎は、返事をする間もなく天幕から飛び出して行った。

「樟嬰様……」

嘩羅がそっと身を寄せてきた。

「……この辺りに異変は感じない。大丈夫だ」
「はい……どの辺りでしょう……」

樟嬰は目を閉じて集中する。そうして、目を閉じたまま告げた。

「黄城より北だな……王城に近い」
「っ、それは本当ですか!?」

目を開けて見つめる先の玉は立ち上がり、身を乗り出している。だが、樟嬰が口を開く前に朔兎が戻ってきた。

「報告いたします。楊花ようかしゅうの境辺りで煙が上がっております」
「っ、王城に戻ります」

慌てて立ち上がる倫駿。護衛の二人も真剣な表情で姿勢を正していた。

天幕を出て行こうとする倫駿へ樟嬰が声をかける。

「お待ちください、倫駿殿。朔兎、アレを」
「はい。こちらをお受け取りください」
「これは?」

樟嬰の指示で朔兎が手渡したのは、黄緑色の美しい玉飾りのついた首飾りと、小さな箱だ。

緑黄りょくおう神霊石しんれいせきの首飾りと吸瘴果きゅうしょうかです」

吸瘴果はなんとか摘めるほどの小さな紅い実だ。それが箱に五十粒ほど入っている。緑黄神霊石は小指の爪くらいの大きさだ。

「緑黄神霊石は瘴気に反応して色を変えます。瘴気しょうきが濃くなれば緑が深くなり、通常がその色です。吸瘴果は瘴気を吸い取ります。その場に投げ入れるだけである程度の瘴気を吸い取り、限界に達するかその場の瘴気が消えれば燃えて消えます」
「そのようなものが……あっ、だが、確か古い文献に……貴重な物でしょう。よろしいのですか?」

そう。神族との交流があった時。まだ橋がかかっていた時にはこれも存在していた。記録には残っていてもおかしくはない。

「構いません。現状、それらが必要となるのは黄城よりも北の領地でしょう。こちら側は他で代用することができる……数はそれほど用意できませんが、お使いください」
「ありがとうございます! この礼は後日。またお会いしましょう」
「いえ、礼は……」
「では、失礼いたします!」

否定する間もなく、倫駿は天幕から出て行った。

「……うわあ……あの人、またって言いましたね」
「言いましたね……」
「……」

嘩羅は上手く笑えず引き攣った笑みになっており、朔兎はどこかトゲのある空気を纏っていた。

「樟嬰様~。ボク達はどうします?」
「そうだな……もう少し滞在しよう。朔兎、誰か調べに出たか」
「はい。第三班が出ております」
「それなら一時間もかからんな」
「あ~、三班なら速いですもんね~♪」

影達の中でも、移動が速い者達の集まる第三班。ならば、ここで報告を待とうと決める。

そこで樟嬰は立ち上がり、天幕の外に出る。確かに北の方。黄城の高い塔の向こうに煙が見えた。それをしばらく見つめた樟嬰。そんな樟嬰の様子に、朔兎が不安そうに声をかけた。

「何かありましたか……」
「……あの煙……瘴気が混じっている……」
「っ……すぐに中にっ」

朔兎は、樟嬰が瘴気に弱い神族の血を引いていることを知っている。だからこそ、高く立ち昇る煙が、風に流されてきているのではないかと心配になったようだ。

「いや、これくらいならば大丈夫だ。柳兄様の居る時でなくてよかったな……」

純粋な神族である兄の柳ならば、少しキツかったかもしれない。そう。瘴気は流れてきていたのだ。

「兵達に黄城までの見回りをさせよう。瘴気に誘われて、巣穴からも出てくる妖魔が居るだろうからな」
「分かりました」
「あ、朔兎さん。ボクが行きますよ♪ 樟嬰様と中に居てください☆」
「……承知しました。お願いいたします」
「は~い♪」

嘩羅が元気に跳ねるように兵達へ通達しに行くのを見送ると、朔兎が樟嬰の肩を抱いて天幕の方へ誘う。

「樟嬰様。ここに居てはお体に障ります」
「心配性だな……嘩羅もか。分かった」

微かに感じる瘴気。良い気分ではないので、天幕の中に入るのは歓迎すべきことだ。

背中を押されながら中に入ると、朔兎がお茶を用意してくれる。

「どうぞ」
「ああ、ありがとう」

きっと王城の方では混乱しているだろう。それを思うと、少々心苦しいものがあるが、樟嬰にとっては、自領に問題がなければ良い。温かいお茶を飲みながら、静かに外の音に耳を傾ける。この辺りも大丈夫だろう。

「……樟嬰様は……玉様のこと……」

そんな中で朔兎の呟きのような問いかけが聞こえた。

「真面目な方だと思ったよ。ただ、玉としての役割も十分に果たせる能力はありそうだが……やはり、まだ若い。周りだけでなく、己の感情にさえ振り回されていてはな……まあ、一代目なのだ。甘いのは仕方あるまいよ」
「……一代目……というのは、一人目の王ということですか?」
「そうだ。玉の任期は三代の王の統治が終わるまで。それまでにまともになれば良い」
「先代様は二代であったと聞きましたが?」

先代の玉は、二代目の王が下りる時に共に玉の任を下りていた。

「一代でも二代でも、任を継承することは可能だ。早くに今の玉の才能を認めたのだろう。半分はそれだけ思い入れのある王だったというのもあるな」

一代目の王は二界を降りたが、二代目の王は最後に一界を降り始めている時だった。それで心が折れたのだと聞いている。けれど、百年近く降下する事なく保たせたのだから評価は高い。

「今代は、三界も降りても迷走している。玉として、先代と比べられてもいるのだろう。それでも折れずに考え続けているのは評価すべきだと思う」

笑顔を忘れないこと。それが重責を負う者には難しい。けれど、倫駿は笑っていた。護衛の空民達まで笑っていたのだ。それならばまだ心配はない。

「……好きにはなっていませんか?」
「ん? ふふっ。そうか、朔兎はそれが気になったのか?」
「っ……はい……いけませんか?」

振り返って、その表情を確認すれば、不貞腐れた子どものように見えた。

「ははっ。ないよ。評価はするが、そういうのはない。そうだな……ふふ、お前が一番だよ」
「っ!? か、からかわないでっ、ください……っ」
「はははっ」

真っ赤になってそっぽを向いた朔兎を見て笑う。

「ふっ、ほら、不貞腐れてないで、もう一杯淹れてくれ」
「っ……はい」

そうして、この場だけは穏やかに時間が過ぎて行った。しかし、当然だが、王城では大変な騒ぎとなっていたのだ。

*************
読んでくださりありがとうございます◎
次回、少し休ませていただき
来月10日とさせていただきます。
よろしくお願いします◎
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