78 / 85
第三章
077 玉の評価
しおりを挟む
不意に感じた違和感に、障嬰は立ち上がろうとする。だが、それを朔兎が肩に手を置いて留めた。
「見て参ります」
それだけ言って朔兎は、返事をする間もなく天幕から飛び出して行った。
「樟嬰様……」
嘩羅がそっと身を寄せてきた。
「……この辺りに異変は感じない。大丈夫だ」
「はい……どの辺りでしょう……」
樟嬰は目を閉じて集中する。そうして、目を閉じたまま告げた。
「黄城より北だな……王城に近い」
「っ、それは本当ですか!?」
目を開けて見つめる先の玉は立ち上がり、身を乗り出している。だが、樟嬰が口を開く前に朔兎が戻ってきた。
「報告いたします。楊花と愁の境辺りで煙が上がっております」
「っ、王城に戻ります」
慌てて立ち上がる倫駿。護衛の二人も真剣な表情で姿勢を正していた。
天幕を出て行こうとする倫駿へ樟嬰が声をかける。
「お待ちください、倫駿殿。朔兎、アレを」
「はい。こちらをお受け取りください」
「これは?」
樟嬰の指示で朔兎が手渡したのは、黄緑色の美しい玉飾りのついた首飾りと、小さな箱だ。
「緑黄神霊石の首飾りと吸瘴果です」
吸瘴果はなんとか摘めるほどの小さな紅い実だ。それが箱に五十粒ほど入っている。緑黄神霊石は小指の爪くらいの大きさだ。
「緑黄神霊石は瘴気に反応して色を変えます。瘴気が濃くなれば緑が深くなり、通常がその色です。吸瘴果は瘴気を吸い取ります。その場に投げ入れるだけである程度の瘴気を吸い取り、限界に達するかその場の瘴気が消えれば燃えて消えます」
「そのようなものが……あっ、だが、確か古い文献に……貴重な物でしょう。よろしいのですか?」
そう。神族との交流があった時。まだ橋がかかっていた時にはこれも存在していた。記録には残っていてもおかしくはない。
「構いません。現状、それらが必要となるのは黄城よりも北の領地でしょう。こちら側は他で代用することができる……数はそれほど用意できませんが、お使いください」
「ありがとうございます! この礼は後日。またお会いしましょう」
「いえ、礼は……」
「では、失礼いたします!」
否定する間もなく、倫駿は天幕から出て行った。
「……うわあ……あの人、またって言いましたね」
「言いましたね……」
「……」
嘩羅は上手く笑えず引き攣った笑みになっており、朔兎はどこかトゲのある空気を纏っていた。
「樟嬰様~。ボク達はどうします?」
「そうだな……もう少し滞在しよう。朔兎、誰か調べに出たか」
「はい。第三班が出ております」
「それなら一時間もかからんな」
「あ~、三班なら速いですもんね~♪」
影達の中でも、移動が速い者達の集まる第三班。ならば、ここで報告を待とうと決める。
そこで樟嬰は立ち上がり、天幕の外に出る。確かに北の方。黄城の高い塔の向こうに煙が見えた。それをしばらく見つめた樟嬰。そんな樟嬰の様子に、朔兎が不安そうに声をかけた。
「何かありましたか……」
「……あの煙……瘴気が混じっている……」
「っ……すぐに中にっ」
朔兎は、樟嬰が瘴気に弱い神族の血を引いていることを知っている。だからこそ、高く立ち昇る煙が、風に流されてきているのではないかと心配になったようだ。
「いや、これくらいならば大丈夫だ。柳兄様の居る時でなくてよかったな……」
純粋な神族である兄の柳ならば、少しキツかったかもしれない。そう。瘴気は流れてきていたのだ。
「兵達に黄城までの見回りをさせよう。瘴気に誘われて、巣穴からも出てくる妖魔が居るだろうからな」
「分かりました」
「あ、朔兎さん。ボクが行きますよ♪ 樟嬰様と中に居てください☆」
「……承知しました。お願いいたします」
「は~い♪」
嘩羅が元気に跳ねるように兵達へ通達しに行くのを見送ると、朔兎が樟嬰の肩を抱いて天幕の方へ誘う。
「樟嬰様。ここに居てはお体に障ります」
「心配性だな……嘩羅もか。分かった」
微かに感じる瘴気。良い気分ではないので、天幕の中に入るのは歓迎すべきことだ。
背中を押されながら中に入ると、朔兎がお茶を用意してくれる。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
きっと王城の方では混乱しているだろう。それを思うと、少々心苦しいものがあるが、樟嬰にとっては、自領に問題がなければ良い。温かいお茶を飲みながら、静かに外の音に耳を傾ける。この辺りも大丈夫だろう。
「……樟嬰様は……玉様のこと……」
そんな中で朔兎の呟きのような問いかけが聞こえた。
「真面目な方だと思ったよ。ただ、玉としての役割も十分に果たせる能力はありそうだが……やはり、まだ若い。周りだけでなく、己の感情にさえ振り回されていてはな……まあ、一代目なのだ。甘いのは仕方あるまいよ」
「……一代目……というのは、一人目の王ということですか?」
「そうだ。玉の任期は三代の王の統治が終わるまで。それまでにまともになれば良い」
「先代様は二代であったと聞きましたが?」
先代の玉は、二代目の王が下りる時に共に玉の任を下りていた。
「一代でも二代でも、任を継承することは可能だ。早くに今の玉の才能を認めたのだろう。半分はそれだけ思い入れのある王だったというのもあるな」
一代目の王は二界を降りたが、二代目の王は最後に一界を降り始めている時だった。それで心が折れたのだと聞いている。けれど、百年近く降下する事なく保たせたのだから評価は高い。
「今代は、三界も降りても迷走している。玉として、先代と比べられてもいるのだろう。それでも折れずに考え続けているのは評価すべきだと思う」
笑顔を忘れないこと。それが重責を負う者には難しい。けれど、倫駿は笑っていた。護衛の空民達まで笑っていたのだ。それならばまだ心配はない。
「……好きにはなっていませんか?」
「ん? ふふっ。そうか、朔兎はそれが気になったのか?」
「っ……はい……いけませんか?」
振り返って、その表情を確認すれば、不貞腐れた子どものように見えた。
「ははっ。ないよ。評価はするが、そういうのはない。そうだな……ふふ、お前が一番だよ」
「っ!? か、からかわないでっ、ください……っ」
「はははっ」
真っ赤になってそっぽを向いた朔兎を見て笑う。
「ふっ、ほら、不貞腐れてないで、もう一杯淹れてくれ」
「っ……はい」
そうして、この場だけは穏やかに時間が過ぎて行った。しかし、当然だが、王城では大変な騒ぎとなっていたのだ。
*************
読んでくださりありがとうございます◎
次回、少し休ませていただき
来月10日とさせていただきます。
よろしくお願いします◎
「見て参ります」
それだけ言って朔兎は、返事をする間もなく天幕から飛び出して行った。
「樟嬰様……」
嘩羅がそっと身を寄せてきた。
「……この辺りに異変は感じない。大丈夫だ」
「はい……どの辺りでしょう……」
樟嬰は目を閉じて集中する。そうして、目を閉じたまま告げた。
「黄城より北だな……王城に近い」
「っ、それは本当ですか!?」
目を開けて見つめる先の玉は立ち上がり、身を乗り出している。だが、樟嬰が口を開く前に朔兎が戻ってきた。
「報告いたします。楊花と愁の境辺りで煙が上がっております」
「っ、王城に戻ります」
慌てて立ち上がる倫駿。護衛の二人も真剣な表情で姿勢を正していた。
天幕を出て行こうとする倫駿へ樟嬰が声をかける。
「お待ちください、倫駿殿。朔兎、アレを」
「はい。こちらをお受け取りください」
「これは?」
樟嬰の指示で朔兎が手渡したのは、黄緑色の美しい玉飾りのついた首飾りと、小さな箱だ。
「緑黄神霊石の首飾りと吸瘴果です」
吸瘴果はなんとか摘めるほどの小さな紅い実だ。それが箱に五十粒ほど入っている。緑黄神霊石は小指の爪くらいの大きさだ。
「緑黄神霊石は瘴気に反応して色を変えます。瘴気が濃くなれば緑が深くなり、通常がその色です。吸瘴果は瘴気を吸い取ります。その場に投げ入れるだけである程度の瘴気を吸い取り、限界に達するかその場の瘴気が消えれば燃えて消えます」
「そのようなものが……あっ、だが、確か古い文献に……貴重な物でしょう。よろしいのですか?」
そう。神族との交流があった時。まだ橋がかかっていた時にはこれも存在していた。記録には残っていてもおかしくはない。
「構いません。現状、それらが必要となるのは黄城よりも北の領地でしょう。こちら側は他で代用することができる……数はそれほど用意できませんが、お使いください」
「ありがとうございます! この礼は後日。またお会いしましょう」
「いえ、礼は……」
「では、失礼いたします!」
否定する間もなく、倫駿は天幕から出て行った。
「……うわあ……あの人、またって言いましたね」
「言いましたね……」
「……」
嘩羅は上手く笑えず引き攣った笑みになっており、朔兎はどこかトゲのある空気を纏っていた。
「樟嬰様~。ボク達はどうします?」
「そうだな……もう少し滞在しよう。朔兎、誰か調べに出たか」
「はい。第三班が出ております」
「それなら一時間もかからんな」
「あ~、三班なら速いですもんね~♪」
影達の中でも、移動が速い者達の集まる第三班。ならば、ここで報告を待とうと決める。
そこで樟嬰は立ち上がり、天幕の外に出る。確かに北の方。黄城の高い塔の向こうに煙が見えた。それをしばらく見つめた樟嬰。そんな樟嬰の様子に、朔兎が不安そうに声をかけた。
「何かありましたか……」
「……あの煙……瘴気が混じっている……」
「っ……すぐに中にっ」
朔兎は、樟嬰が瘴気に弱い神族の血を引いていることを知っている。だからこそ、高く立ち昇る煙が、風に流されてきているのではないかと心配になったようだ。
「いや、これくらいならば大丈夫だ。柳兄様の居る時でなくてよかったな……」
純粋な神族である兄の柳ならば、少しキツかったかもしれない。そう。瘴気は流れてきていたのだ。
「兵達に黄城までの見回りをさせよう。瘴気に誘われて、巣穴からも出てくる妖魔が居るだろうからな」
「分かりました」
「あ、朔兎さん。ボクが行きますよ♪ 樟嬰様と中に居てください☆」
「……承知しました。お願いいたします」
「は~い♪」
嘩羅が元気に跳ねるように兵達へ通達しに行くのを見送ると、朔兎が樟嬰の肩を抱いて天幕の方へ誘う。
「樟嬰様。ここに居てはお体に障ります」
「心配性だな……嘩羅もか。分かった」
微かに感じる瘴気。良い気分ではないので、天幕の中に入るのは歓迎すべきことだ。
背中を押されながら中に入ると、朔兎がお茶を用意してくれる。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
きっと王城の方では混乱しているだろう。それを思うと、少々心苦しいものがあるが、樟嬰にとっては、自領に問題がなければ良い。温かいお茶を飲みながら、静かに外の音に耳を傾ける。この辺りも大丈夫だろう。
「……樟嬰様は……玉様のこと……」
そんな中で朔兎の呟きのような問いかけが聞こえた。
「真面目な方だと思ったよ。ただ、玉としての役割も十分に果たせる能力はありそうだが……やはり、まだ若い。周りだけでなく、己の感情にさえ振り回されていてはな……まあ、一代目なのだ。甘いのは仕方あるまいよ」
「……一代目……というのは、一人目の王ということですか?」
「そうだ。玉の任期は三代の王の統治が終わるまで。それまでにまともになれば良い」
「先代様は二代であったと聞きましたが?」
先代の玉は、二代目の王が下りる時に共に玉の任を下りていた。
「一代でも二代でも、任を継承することは可能だ。早くに今の玉の才能を認めたのだろう。半分はそれだけ思い入れのある王だったというのもあるな」
一代目の王は二界を降りたが、二代目の王は最後に一界を降り始めている時だった。それで心が折れたのだと聞いている。けれど、百年近く降下する事なく保たせたのだから評価は高い。
「今代は、三界も降りても迷走している。玉として、先代と比べられてもいるのだろう。それでも折れずに考え続けているのは評価すべきだと思う」
笑顔を忘れないこと。それが重責を負う者には難しい。けれど、倫駿は笑っていた。護衛の空民達まで笑っていたのだ。それならばまだ心配はない。
「……好きにはなっていませんか?」
「ん? ふふっ。そうか、朔兎はそれが気になったのか?」
「っ……はい……いけませんか?」
振り返って、その表情を確認すれば、不貞腐れた子どものように見えた。
「ははっ。ないよ。評価はするが、そういうのはない。そうだな……ふふ、お前が一番だよ」
「っ!? か、からかわないでっ、ください……っ」
「はははっ」
真っ赤になってそっぽを向いた朔兎を見て笑う。
「ふっ、ほら、不貞腐れてないで、もう一杯淹れてくれ」
「っ……はい」
そうして、この場だけは穏やかに時間が過ぎて行った。しかし、当然だが、王城では大変な騒ぎとなっていたのだ。
*************
読んでくださりありがとうございます◎
次回、少し休ませていただき
来月10日とさせていただきます。
よろしくお願いします◎
3
あなたにおすすめの小説
過程をすっ飛ばすことにしました
こうやさい
ファンタジー
ある日、前世の乙女ゲームの中に悪役令嬢として転生したことに気づいたけど、ここどう考えても生活しづらい。
どうせざまぁされて追放されるわけだし、過程すっ飛ばしてもよくね?
そのいろいろが重要なんだろうと思いつつそれもすっ飛ばしました(爆)。
深く考えないでください。
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
婚約破棄? あ、ハイ。了解です【短編】
キョウキョウ
恋愛
突然、婚約破棄を突きつけられたマーガレットだったが平然と受け入れる。
それに納得いかなかったのは、王子のフィリップ。
もっと、取り乱したような姿を見れると思っていたのに。
そして彼は逆ギレする。なぜ、そんなに落ち着いていられるのか、と。
普通の可愛らしい女ならば、泣いて許しを請うはずじゃないのかと。
マーガレットが平然と受け入れたのは、他に興味があったから。婚約していたのは、親が決めたから。
彼女の興味は、婚約相手よりも魔法技術に向いていた。
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな
みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」
タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる