異世界『魔術師』の孫〜婚約者のためなら国一つ消しても良いと思ってます(本音)〜

紫南

文字の大きさ
50 / 80
第五章 封印の黒い魔人

050 その影は再び

しおりを挟む
由佳子の様子から、理修は氷坂に司の資料を渡されているのだと察した。

それは、明るく、強く、多くの者をまとめ、なんでも一人でこなす由佳子が今まで見せたことのない顔。不安げな、子どもの身を案じる親の顔だ。

「まだ司に言っていないんですか?」
「え、あ、ええ。理修ちゃんは知っていたの?」
「はい……と言うか私の場合、親子関係は魔力の質で大抵分かってしまうんです」

魔力の質はその血筋によって少しずつ異なってくる。とは言え、微細な違いを感知する事は、並の魔術師には出来ない。感知能力の高い理修だから出来る特殊技能だ。

理修は、司に出会ったその時、違和感を感じた。司の魔力の波動が、よく知っている者に似ていると思ったのだ。それが由佳子だと気付いたのは、司をシャドーフィールドに引っ張り込んだ数日後だったと思う。

「そう……勝手よね。今まで気にも留めなかったのに、突然母親面をするなんて……」
「知らなかったのですから、仕方がないのでは?」
「そうね……でも、もっとあの時、必死にあの人を探せば良かった。姿を消した事情を聞いて、問い詰めればよかった。もう自分の事で『仕方がない』なんて諦めたくないのよ」

由佳子は当時、東家を継げと言われながら要と逃げ回っていた。あの時、要が傍に居なくなった事で心が折れた。本当に愛した人に捨てられた。そのせいで『疲れた』と思ってしまった。追うことにも、追われることにも疲れ果てていたのだ。『仕方がない』と諦めてしまった。

「あの子に、本当の事を話したい。それで嫌われてしまうのは怖いけど、逃げたくないわ」

由佳子の真っ直ぐな視線に理修も折れた。信念を貫く者の目を、理修はこれまで沢山見てきた。このトゥルーベルではもちろん、地球でも、シャドーフィールドにいれば、そんな人は沢山いる。

シャドーフィールドーー影で生きる事になったとしても、その場所で自分らしく強く生きる。そんな強い信念を持った人達が集まる場所。

理修はそんな人々を見て、そんな人々の中で育ったのだ。

「分かりました。司に死なれては困りますから。それに、ウィルの事を考えれば、この機会を利用しない手はない」

後半が、一番の本音だ。そう言って、理修は通信具を手に取る。

『どうした?』
「うん。状況が変わった。ゴブリンがダグストに向かって侵攻中」
『なに?分かった。すぐに向かう』

通信が切れると、理修は家族を振り返る。

「ここに居て。すぐに片付けるけど、ゴブリンと魔人の影響で、森が騒ついてるから」
「理修……大丈夫なのか?」

明良が少し不安げに訊ねる。生死に関係があると聞いて、どこか現実離れしていた意識がはっきりと現実のものと認識できたのだろう。

「問題ないよ。ウィルも来るし……一緒に近衛達も向かって来てる」

理修が気配を探ると、ウィルと共に向かってくる、よく知る気配に思わず笑みがこぼれた。しかし、すぐにその笑みを消す。

《主……これは……》

エヴィスタもそれに気付いたようだ。

「エヴィ。司の方を頼むわ」
《王には?》
「ウィルなら気付いてる。でも、この状況なら、きっと人を取る」

ウィルバートは優しい。自分の事よりも、他人の、民や周りの人々の為になる行動を優先してしまう。王としての素質がそうさせるのだろう。だからこそ、理修がウィルバートの代わりに、ウィルバートの為に動く事で、バランスが取れている。

突然、緊張気味に話をしだした理修とエヴィスタを、由佳子や家族達が不審に思わないはずもなく、義久が尋ねた。

「何かあったのかい?」

義久は、理修が今浮かべている表情を見たことがあると思った。それも、つい最近。今と同じようにエヴィスタを肩に乗せ、真剣に何かを思案する表情をだ。

「……あいつがいる……」
「あいつ?」

理修の目は、家の壁を通り越し、それを感じようと、それを捉えようと目を凝らす。そんな理修の代わりに、そっと理修の肩から飛び立ち、エヴィスタが義久の肩に止まる。そして、静かに言った。

《あの黒い影だ》
「影……もしかして、ブレスレットの……?」

そう呟いたのは、それまで理修の前でどんな態度でいれば良いのかが分からず、身を固くしていた充花だった。

《そうだ。そして、同じ気配を、我はリュートリールが亡くなった時に感じた》
「え……」

それを聞いた由佳子も、義久もはっと息を詰める。

《間違いない。リュートリールを殺した奴だ》

確信を持った声は、理修の耳にも届いていた。

「……気に入らない……」

そう呟いた理修は、静かな殺気を纏い、そのまま外へと飛び出した。

◆  ◆  ◆

ミリアは、司の後を追いながら、ざわつく己の心に戸惑っていた。

「何か……よくないものが……」

誰かに見られている。そんな感じがするのだ。体がゆっくりと冷えていくようで、徐々に強張っていく。そして、その時不意に頭に声がひびいた。

《ふふっ、見つけた……》

それは、まとわりつくような、何かを壊そうとする悪意を持った声。

「っ!!」

ミリアはその悪意にビクリと一度身を震わせた。そして、そのまま意識が急激に遠ざかり、それ以降何も分からなくなった。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
本日より2話ずつです!
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...