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6th ステージ
052 子どもは素直なもんや
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リンディエールは、青年が逃げないのを確認しながら改めて口を開いた。
「とりあえず、ジェルラスは引き取らせてもらうよって、納得してくれるやろか」
これに、クゼリア伯爵は頷いた。祖母にも目を向けると、こちらも静かに頷く。
「こんな物言いで申し訳ないけどなあ、ほんに、今まで預かってくれとったことについては感謝すんで。引き取る時はアレやったな。お礼の品を渡すんやったか。何がええかなあ。なんぞ用意しとるか?」
リンディエールは父親であるディースリムへ確認する。
「あ、ああ……お礼金を……」
「っ、い、いや。待って欲しい」
クゼリア伯爵が、お礼のお金を持って来させようとするディースリムを押しとどめる。
「わ、私達は、預かっておきながら、まともな暮らしをさせなかった。それは……間違いないんだ……申し訳ない!」
立ち上がって、クゼリア伯爵は頭を下げた。夫人であるセリンの姉も、座ったままだが、ハンカチを口元に当て、顔を白くして頭を下げていた。
きちんとリンディエールの話を聞いていた証拠だ。祖父母達も俯いている。
「座って、頭を上げてんか。ジェルラスには辛かったかもしれんが、ある意味これが今の貴族の常識の一つや。全部、当たり前のことしとったに過ぎん。せやから、謝るんやったらジェルラスにしたってや。人に謝ることを身をもって教えるんも、大人の義務や。それでウチらは構へん」
ディースリムとセリンに目を向ければ、そうだと頷いた。
「まあ、けどそれは後でええねん。それに、礼は礼や。何より、信頼が本物であったと感謝を示すんがお礼の品や。それは受け取ってもらわなあかん。ただ……金はダメやで。子どもを金で取り引きすなや」
キッとリンディエールはディースリムを睨んでおいた。
「っ、ご、ごめん……」
「はあ……配慮が足りとらんで……こういう場合は失せ物や。食べ物や消耗品な。申し訳ないけども、後日改めて届けさせてもらうわ」
「あ、ああ……お心遣い、感謝する」
多分、この場の大人たちは今、馬鹿みたいに混乱している。当主であるディースリムを差し置いて、たった十歳の少女、リンディエールが口を開いているのを誰も指摘しないのだから。
だが、リンディエールはこれ幸いと続けた。
「さて、ジェルラスのことはとりあえず端に置いとかせてもろおて、もうちょいウチに付き合うてもらうで?」
「なんだろうか?」
もはや普通に聞いてくれるクゼリア伯爵。夫人の方も、幾分か顔色が良くなっていた。
「グラン、アレを」
「はい」
グランギリアに指示を出す。彼が向かったのは、リンディエールの向かいの壁。大きな壺が置かれているそれを、グランギリアは軽く持ち上げて横に退けた。
「っ……」
「あっ……っ」
息を呑んだのは、青年とケルミーナだった。見えた壁には、赤黒いもので魔法陣が描かれていた。それは、盗聴用の魔法陣だ。
「なんでしょう? 娘のいたずら書きでしょうか」
リンディエールが商業ギルドで見つけて発覚した魔法陣。それは調査の結果、多くの貴族の屋敷で確認されたと聞いている。
「これの調査に対応したんは、前クゼリア伯爵で?」
「ああ……もう効果はないと聞いている……」
初めて聞いた声は落ち着いた小さく低い声だった。
クゼリア現当主は、その時にこの屋敷に居なかったのだろう。この屋敷では、恐らく前クゼリア伯爵が一人で対応したはずだ。これは、あまり知られるべきではないのだから。
「せやな。一部欠けた状態では、もう機能せん」
これに、ケルミーナが突然叫ぶように告げた。
「機能しないってどういうことよ! 私とユーア様の繋がりをっ、あなたっ! あなたが使えなくしたの!!」
「ユーア……誰や?」
喚き、睨み付けてくるケルミーナを気にせず、リンディエールはディースリムに確認する。
「……だ、第二王子がユーアリア様という御名前だが……」
「そうよ!! 第二王子のユーア様の寂しさを癒すために、私の言葉を届けているの!! それをよくも!!」
これは面白いことがわかったと、リンディエールはほくそ笑む。
「ははっ。なるほどなあ。子どもなら怪しまれんか」
第二王子が話を望んでいると言われれば、令嬢や子息達も悪気なく、家のことも話すだろう。それが重要なことであっても気付かずに、何気なく話してしまう。
「ほんま、嫌な組織やなあ。どこまでも子どもをコケにしおる……なあ、兄ちゃんもそう思うやろ?」
「っ!!」
リンディエールが目を向けたのは、先ほどから震えていた青年だ。
「テシルゆうたか? 隣のフライン公国の出やそうやな。テシュール・ブフラン……ブフラン侯爵家の次男やったか」
「っ、な、なぜ……っ」
青年は、今や目に見えて震えている。これに周りは驚きながらも黙っていることにしたようだ。
「ウチの優秀な侍従と侍女が、調べてくれてん。追放者達の組織……今は『ブランシェレル』名乗っとるらしいなあ。古代語で『白の誓い』やな。大層な名前付けたもんやわ」
「っ……」
頬杖をついて、ニヤリと意味深な笑みを向ける。どんどん顔色が悪くなっていった。
それを見て、グランギリアが咳払いをする。
「リン様。あまりそのようにいじめるものではありませんよ」
「はは。堪忍え。これはまあ、ジェルラスをええように使おうとしとったことへのお仕置きや」
「っ……ど、どうして……」
「どうして知っとるかって? あの組織のやり方は調査しとったんよ。そっから予想したに過ぎんわ」
リンディエールは立ち上がると、テシルに近付いていく。彼は完全に腰が引けていた。お互いに手が届かない距離で立ち止まり、テシルの顔を見上げた。
「さっきも言うたがなあ……あんたも被害者や。貴族社会が……この世界が憎い思うんも分かる。けどなあ、あんたがジェルラスに言うたこと、かつてのあんたが欲しかった言葉やったか?」
「私が……」
「あんたも組織の者に同じこと言われたんやろ? そんで家を捨てたんやないか? その時の言葉は……ほんまにその時に欲しかった言葉やったか?」
「……欲しかった……言葉……っ」
テシルは助けて欲しいと思っていた。置かれた状況から逃げたいと。自分を見捨てた親が憎いと。だから、連れ出してくれると聞いて嬉しかった。けれどその言葉は、本当に救いの言葉だっただろうかと自問する。
「ジェルラスに同じように声をかけた時。あんたは本当にジェルラスの幸せを考えてくれたか?」
「っ、私は……っ」
「あんたがその時に思うたことを、あんたを連れ出した人も思っとった。分かるやろ?」
「……私は……組織のためにと……ジェルラス様ではなく、組織のために……っ」
テシルは理解した。力なく座り込んだのは、自身がジェルラスの寂しさや辛さを知っていながら放置し、その思いを利用しようと考えていたという浅ましさを自覚したからだ。見方を変えるのは難しいが、彼の場合は容易い。かつて経験したことなのだから。
「あの組織も、元の思想からかなり離れてきとる。だいたい、自分たちを『追放者』やて、どっか悦に浸っとるしなあ。瓦解するんも時間の問題やで。アレらが自覚して、考えを改めるんやったらええ……けど、このまま突き進むんなら、ウチも容赦できん」
テシルは泣きそうな顔でリンディエールを見上げた。
「あんたらのソレは自己満や。不満や、理不尽や言うて癇癪起こしとる子どもと変わらへん。最終的に武力で押し通す気満々やろ?」
「……っ」
「仮に通せたとしても、それやとそん時は一時的にあんたらは満足するやろう。けどなあ……そうゆう無理に通したもんは、簡単にまたひっくり返るで」
相手は納得していないのだ。それでは解決したとはいえず、やはりダメだと元に戻されるだろう。
「根本から変えなあかんねん。不満や主張することが悪いとは言わん。そうゆう意見もあるゆうて声を上げることは悪いことやないで。けどなあ、それで同じ立場の者を利用すんのは、違うやろ? 考えを誘導するんは、おかしいやろ?」
「……はい……っ」
肩を落としたテシルは、座り込んだままジェルラスへ目を向け、頭を床につけるほど深く下げた。
「ジェルラス様……申し訳ありませんでした……」
「っ、え? えっと……?」
「私は、ジェルラス様を利用……しようと……っ」
「りよう?」
ジェルラスは組織のことを知らない。利用と言われても意味が分からないだろう。リンディエールが間に入る。
「ジェルラス。テシルが居って良かったか?」
「あ、うん……じゃない、はい! テシルがそばにいてくれて、うれしかったです!」
「っ、ジェルラス様……っ」
素直に言葉を向けられ、テシルは弾かれたように顔を上げる。そして、涙を流した。こんなにも無邪気な子どもを利用しようとしていたことに、テシルは後悔していた。
「子どもは素直なもんや。それを勝手に自分らの思想に染めたらあかん。最後の最後まで責任取るならまあええわ。親の立場なら、他人がとやかく言うもんやないでな。けど、あんたらは組織や。どうしても個人が埋没する」
その他大勢になる。それでは子どもの可能性が出にくくなってしまう。現れるべき個が確立できなくなってしまう。
「自分の気持ちを代弁され続ければ、一人になった時に考えることができんようになる。個人を殺しとるんや。それは本来、許されへん。ウチが気に入らんのはそこや。まあ、広い目で見れば、国とかもそうなるんやろうけど。程度がなあ」
リンディエールは、未だ睨み付けていたらしいケミアーナと目を合わせた。
「はあ……そっちの姉ちゃんに言っとくで。アレに向けて何を話したか知らんけど……」
「っ、アレですって!? ユーア様になんてこと!」
「……姉ちゃん、いくつや? これだけ話しとっても察せられんのは、ほんまマズイで? はっきり言うとくとなあ、姉ちゃんは犯罪組織へ家の情報を渡しとったんよ」
「は、犯罪組織ですって!? なんて失礼なの! 王子に向かってっ、不敬罪よ!」
ギャンギャンと煩いなとリンディエールは軽く耳を塞いで見せる。目を細めて呆れた表情で続けた。
「せやから、その王子がその組織と繋がっとるんよ。これ、相手が他国やったらどうなるか分からんか? 姉ちゃんがこの言葉知っとるか分からんけどなあ……」
たっぷりとため息を吐いてから、ジロリと睨み付けて告げた。
「『売国奴』言うて処刑されても文句言えへんのやで?」
「っ、は? 何言ってるの? 私はユーア様の寂しさを……」
「せやから、その王子が組織に与しとる可能性大や言うとるんよ。まったく……世間知らずも大概にせえよ。はあ……さっさと宰相さんに連絡するか」
少しは自覚したらしく、青い顔でブツブツと言っているケミアーナは放っておき、リンディエールはクイントへと連絡を取った。
予想通りというか、クイントにとっては当たり前の行動で、しばらくしてそのクイントはここへ駆けつけたのだ。
***********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、1日の予定です!
よろしくお願いします◎
「とりあえず、ジェルラスは引き取らせてもらうよって、納得してくれるやろか」
これに、クゼリア伯爵は頷いた。祖母にも目を向けると、こちらも静かに頷く。
「こんな物言いで申し訳ないけどなあ、ほんに、今まで預かってくれとったことについては感謝すんで。引き取る時はアレやったな。お礼の品を渡すんやったか。何がええかなあ。なんぞ用意しとるか?」
リンディエールは父親であるディースリムへ確認する。
「あ、ああ……お礼金を……」
「っ、い、いや。待って欲しい」
クゼリア伯爵が、お礼のお金を持って来させようとするディースリムを押しとどめる。
「わ、私達は、預かっておきながら、まともな暮らしをさせなかった。それは……間違いないんだ……申し訳ない!」
立ち上がって、クゼリア伯爵は頭を下げた。夫人であるセリンの姉も、座ったままだが、ハンカチを口元に当て、顔を白くして頭を下げていた。
きちんとリンディエールの話を聞いていた証拠だ。祖父母達も俯いている。
「座って、頭を上げてんか。ジェルラスには辛かったかもしれんが、ある意味これが今の貴族の常識の一つや。全部、当たり前のことしとったに過ぎん。せやから、謝るんやったらジェルラスにしたってや。人に謝ることを身をもって教えるんも、大人の義務や。それでウチらは構へん」
ディースリムとセリンに目を向ければ、そうだと頷いた。
「まあ、けどそれは後でええねん。それに、礼は礼や。何より、信頼が本物であったと感謝を示すんがお礼の品や。それは受け取ってもらわなあかん。ただ……金はダメやで。子どもを金で取り引きすなや」
キッとリンディエールはディースリムを睨んでおいた。
「っ、ご、ごめん……」
「はあ……配慮が足りとらんで……こういう場合は失せ物や。食べ物や消耗品な。申し訳ないけども、後日改めて届けさせてもらうわ」
「あ、ああ……お心遣い、感謝する」
多分、この場の大人たちは今、馬鹿みたいに混乱している。当主であるディースリムを差し置いて、たった十歳の少女、リンディエールが口を開いているのを誰も指摘しないのだから。
だが、リンディエールはこれ幸いと続けた。
「さて、ジェルラスのことはとりあえず端に置いとかせてもろおて、もうちょいウチに付き合うてもらうで?」
「なんだろうか?」
もはや普通に聞いてくれるクゼリア伯爵。夫人の方も、幾分か顔色が良くなっていた。
「グラン、アレを」
「はい」
グランギリアに指示を出す。彼が向かったのは、リンディエールの向かいの壁。大きな壺が置かれているそれを、グランギリアは軽く持ち上げて横に退けた。
「っ……」
「あっ……っ」
息を呑んだのは、青年とケルミーナだった。見えた壁には、赤黒いもので魔法陣が描かれていた。それは、盗聴用の魔法陣だ。
「なんでしょう? 娘のいたずら書きでしょうか」
リンディエールが商業ギルドで見つけて発覚した魔法陣。それは調査の結果、多くの貴族の屋敷で確認されたと聞いている。
「これの調査に対応したんは、前クゼリア伯爵で?」
「ああ……もう効果はないと聞いている……」
初めて聞いた声は落ち着いた小さく低い声だった。
クゼリア現当主は、その時にこの屋敷に居なかったのだろう。この屋敷では、恐らく前クゼリア伯爵が一人で対応したはずだ。これは、あまり知られるべきではないのだから。
「せやな。一部欠けた状態では、もう機能せん」
これに、ケルミーナが突然叫ぶように告げた。
「機能しないってどういうことよ! 私とユーア様の繋がりをっ、あなたっ! あなたが使えなくしたの!!」
「ユーア……誰や?」
喚き、睨み付けてくるケルミーナを気にせず、リンディエールはディースリムに確認する。
「……だ、第二王子がユーアリア様という御名前だが……」
「そうよ!! 第二王子のユーア様の寂しさを癒すために、私の言葉を届けているの!! それをよくも!!」
これは面白いことがわかったと、リンディエールはほくそ笑む。
「ははっ。なるほどなあ。子どもなら怪しまれんか」
第二王子が話を望んでいると言われれば、令嬢や子息達も悪気なく、家のことも話すだろう。それが重要なことであっても気付かずに、何気なく話してしまう。
「ほんま、嫌な組織やなあ。どこまでも子どもをコケにしおる……なあ、兄ちゃんもそう思うやろ?」
「っ!!」
リンディエールが目を向けたのは、先ほどから震えていた青年だ。
「テシルゆうたか? 隣のフライン公国の出やそうやな。テシュール・ブフラン……ブフラン侯爵家の次男やったか」
「っ、な、なぜ……っ」
青年は、今や目に見えて震えている。これに周りは驚きながらも黙っていることにしたようだ。
「ウチの優秀な侍従と侍女が、調べてくれてん。追放者達の組織……今は『ブランシェレル』名乗っとるらしいなあ。古代語で『白の誓い』やな。大層な名前付けたもんやわ」
「っ……」
頬杖をついて、ニヤリと意味深な笑みを向ける。どんどん顔色が悪くなっていった。
それを見て、グランギリアが咳払いをする。
「リン様。あまりそのようにいじめるものではありませんよ」
「はは。堪忍え。これはまあ、ジェルラスをええように使おうとしとったことへのお仕置きや」
「っ……ど、どうして……」
「どうして知っとるかって? あの組織のやり方は調査しとったんよ。そっから予想したに過ぎんわ」
リンディエールは立ち上がると、テシルに近付いていく。彼は完全に腰が引けていた。お互いに手が届かない距離で立ち止まり、テシルの顔を見上げた。
「さっきも言うたがなあ……あんたも被害者や。貴族社会が……この世界が憎い思うんも分かる。けどなあ、あんたがジェルラスに言うたこと、かつてのあんたが欲しかった言葉やったか?」
「私が……」
「あんたも組織の者に同じこと言われたんやろ? そんで家を捨てたんやないか? その時の言葉は……ほんまにその時に欲しかった言葉やったか?」
「……欲しかった……言葉……っ」
テシルは助けて欲しいと思っていた。置かれた状況から逃げたいと。自分を見捨てた親が憎いと。だから、連れ出してくれると聞いて嬉しかった。けれどその言葉は、本当に救いの言葉だっただろうかと自問する。
「ジェルラスに同じように声をかけた時。あんたは本当にジェルラスの幸せを考えてくれたか?」
「っ、私は……っ」
「あんたがその時に思うたことを、あんたを連れ出した人も思っとった。分かるやろ?」
「……私は……組織のためにと……ジェルラス様ではなく、組織のために……っ」
テシルは理解した。力なく座り込んだのは、自身がジェルラスの寂しさや辛さを知っていながら放置し、その思いを利用しようと考えていたという浅ましさを自覚したからだ。見方を変えるのは難しいが、彼の場合は容易い。かつて経験したことなのだから。
「あの組織も、元の思想からかなり離れてきとる。だいたい、自分たちを『追放者』やて、どっか悦に浸っとるしなあ。瓦解するんも時間の問題やで。アレらが自覚して、考えを改めるんやったらええ……けど、このまま突き進むんなら、ウチも容赦できん」
テシルは泣きそうな顔でリンディエールを見上げた。
「あんたらのソレは自己満や。不満や、理不尽や言うて癇癪起こしとる子どもと変わらへん。最終的に武力で押し通す気満々やろ?」
「……っ」
「仮に通せたとしても、それやとそん時は一時的にあんたらは満足するやろう。けどなあ……そうゆう無理に通したもんは、簡単にまたひっくり返るで」
相手は納得していないのだ。それでは解決したとはいえず、やはりダメだと元に戻されるだろう。
「根本から変えなあかんねん。不満や主張することが悪いとは言わん。そうゆう意見もあるゆうて声を上げることは悪いことやないで。けどなあ、それで同じ立場の者を利用すんのは、違うやろ? 考えを誘導するんは、おかしいやろ?」
「……はい……っ」
肩を落としたテシルは、座り込んだままジェルラスへ目を向け、頭を床につけるほど深く下げた。
「ジェルラス様……申し訳ありませんでした……」
「っ、え? えっと……?」
「私は、ジェルラス様を利用……しようと……っ」
「りよう?」
ジェルラスは組織のことを知らない。利用と言われても意味が分からないだろう。リンディエールが間に入る。
「ジェルラス。テシルが居って良かったか?」
「あ、うん……じゃない、はい! テシルがそばにいてくれて、うれしかったです!」
「っ、ジェルラス様……っ」
素直に言葉を向けられ、テシルは弾かれたように顔を上げる。そして、涙を流した。こんなにも無邪気な子どもを利用しようとしていたことに、テシルは後悔していた。
「子どもは素直なもんや。それを勝手に自分らの思想に染めたらあかん。最後の最後まで責任取るならまあええわ。親の立場なら、他人がとやかく言うもんやないでな。けど、あんたらは組織や。どうしても個人が埋没する」
その他大勢になる。それでは子どもの可能性が出にくくなってしまう。現れるべき個が確立できなくなってしまう。
「自分の気持ちを代弁され続ければ、一人になった時に考えることができんようになる。個人を殺しとるんや。それは本来、許されへん。ウチが気に入らんのはそこや。まあ、広い目で見れば、国とかもそうなるんやろうけど。程度がなあ」
リンディエールは、未だ睨み付けていたらしいケミアーナと目を合わせた。
「はあ……そっちの姉ちゃんに言っとくで。アレに向けて何を話したか知らんけど……」
「っ、アレですって!? ユーア様になんてこと!」
「……姉ちゃん、いくつや? これだけ話しとっても察せられんのは、ほんまマズイで? はっきり言うとくとなあ、姉ちゃんは犯罪組織へ家の情報を渡しとったんよ」
「は、犯罪組織ですって!? なんて失礼なの! 王子に向かってっ、不敬罪よ!」
ギャンギャンと煩いなとリンディエールは軽く耳を塞いで見せる。目を細めて呆れた表情で続けた。
「せやから、その王子がその組織と繋がっとるんよ。これ、相手が他国やったらどうなるか分からんか? 姉ちゃんがこの言葉知っとるか分からんけどなあ……」
たっぷりとため息を吐いてから、ジロリと睨み付けて告げた。
「『売国奴』言うて処刑されても文句言えへんのやで?」
「っ、は? 何言ってるの? 私はユーア様の寂しさを……」
「せやから、その王子が組織に与しとる可能性大や言うとるんよ。まったく……世間知らずも大概にせえよ。はあ……さっさと宰相さんに連絡するか」
少しは自覚したらしく、青い顔でブツブツと言っているケミアーナは放っておき、リンディエールはクイントへと連絡を取った。
予想通りというか、クイントにとっては当たり前の行動で、しばらくしてそのクイントはここへ駆けつけたのだ。
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