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6th ステージ
051 心は子どものまんまや
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リンディエールは、ジェルラスとその後ろに控えるまだ若い男を確認し、笑みを向ける。
「はじめましてやな。ウチはリンディエール。今年十歳になる。あんたの姉ちゃんや。ああ、この喋り方は癖みたいなもんやで、気に障ったら堪忍な」
「え、あ、ジェルラスです。八さいになります……は、はじめまして」
「きちんと挨拶出来て偉いなあ。ほれ、兄いも」
フィリクスを振り返ると、彼は立ち上がって頭を下げた。
「私はフィリクス。今年で十三になる。君の兄だよ。長い間、父上と母上を独り占めしてすまなかった」
「っ、あ、いや……そんなこと……っ」
ジェルラスは慌てる。その様子を見て、リンディエールはなるほどと内心深く頷く。
彼は、年齢よりもずっと大人だ。それは、この家に味方は少なかったのだと証明されたようなもの。きっと、一人で考え、耐えなくてはならないことが多かったのだろう。
「ぼ、ボクはここにあずけられたって……そのひつようがあったのだとおもうし……」
「せやな。これはまあ、貴族の事情や。ただ、預けるのも『きちんと養育を頼みます』ゆうてなされるもんや。『いつか迎えに来る時まで、寂しい思いをさせんように』ゆうてな」
「え?」
ジェルラスが目を丸くする。その後ろにいる青年もだ。
「長男ゆうんは、色んな意味で特別や。家の後を継ぐんは、よほどのことがなければ長子や決まっとる。せやから、親がその体を気遣って神経質になるんも分かるやろ?」
「う、うん」
「っ……」
ジェルラスにというより、これはその後ろの青年に説明しているようなものだ。ついでにこの場の大人達へ向けている。
「家の血を絶やさんように、用心して次の子をと考えんのも分かる。そこで、長子の方を優先すれば、次男以降の世話が疎かになるかもしれん。せやから、信用できる親族に預ける」
これは確認だ。もう、当たり前になってしまった慣習。なぜと理由さえ考えることなく、当然のようにその流れに乗ってしまう。今の貴族達はもう、意識しなくなっていた。
「いわば、子を預けるゆうんは、貴族家同士の信頼の証や。けどなあ、最近はどうも、それを理解しとれへん」
「……っ」
「……っ」
両親も、クゼリア伯爵達も、これにははっとして顔を上げる。
「預けたら預けっぱなし。養育費払うとるんやから、文句ないやろて手を離しおるし、預けられた方は置いとくだけ。生かしとくだけ。恩を感じるべきやと尊大に言いよる」
「っ……」
「っ……」
今度は全員、下を向いた。そして、自分達のしたこと、しなかったことを思い出して自問する。
「まったく、振り回される子どもには迷惑な話やで。そんな態度の大人らを見て育った子どもらが親になった時。おんなじ事になるに決まっとるやろ。お陰で貴族ゆうんは、根暗で偏屈な者ばっかになっとる」
「……リン……」
お手上げだと手振りで示すリンディエールに、フィリクスが苦笑する。
「せやかて、ほんまやで? 兄いはそんな奴らの中で生きていくとこになるねんで? なあ~んも過去から学ぼうとせん大人らのせいでな」
「う~ん。それ言われると確かに嫌だね」
「貴族ゆうんはなあ、腹は真っ黒でドロドロ。けどなあ、心は子どものまんまや。意味わかるか?」
「純粋な所があるの?」
もうフィリクスしか話さない。ケミアーナなど口をポカンと開けたまま動きを止めていた。ここは既にリンディエールの独断場だ。
「子どもみたいになあ、未来しか見とらんのよ。『しょうらいはもっとエライ人になるぅ』『もっともっとオカネもちになるんだ~』『おんなのこにモっテモテになるんだから』ってな」
「……あ……」
「……っ……」
大人たちは思い当たったようだ。そして、目を逸らして顔を赤らめる。言い方はアレだったが、それらは実現できなくない夢だ。そのために暗躍するし、他人を蹴落とす。
「まあ、話がそれたが、何が言いたいかっちゅうとな。『大人が全部悪い!』ゆうことや。物事の本質を理解しようとせん、本物のバカどもだが、許したってや」
「……ゆるす?」
ジェルラスはいきなり振られて驚きながらも、今までの話を必死で理解しようとしていた。
「その上の親もそうやったかもしれん。そのまた上もそうかもしれんわ。せやから、あんたがここは大人になって、その連鎖を断ち切ってくれるか?」
「ボク……が?」
「せやで。被害者はあんたらや。腹立つんやったら、実の親だろうが国王だろうが一発殴ったったらええ」
「こくおう……」
リンディエールはジェルラスの後ろに居る青年に目を向ける。
「っ……」
それに気付いた青年は、肩を震わせた。お前に話しているのだと通じたようだ。
この時、ジェルラスの頭はパンク寸前だ。フィリクスが助けに入った。
「リン。さすがに国王様をなんて……許されないよ?」
「なんでや。子どものやったことは親の責任や。親が許せんのやったら、これで牢屋行き。苛烈な王やったら首が飛ぶ。顔も見たくないほど腹立っとったらオススメやで」
「……冗談で言ってるよね?」
「ははっ。まあ、三分の一くらいは冗談や」
「半分以上は本気なんだね……」
これに、両親はカタカタと奥歯を鳴らしていた。リンディエールが国王とも知り合っているのを知っているからだ。かなりの確率で現実になる。とはいえ、今の王ならば自分も反省して子ども達のためにと考えるだろう。
「えっと……ボクは……」
この間も、ジェルラスは考えようと努力していたらしい。とはいえ、リンディエールは大人達に考えさせようと思って話している所もあるのだ。だから、ジェルラスにはもっと分かりやすく問いかけた。
「ジェルラス。ウチらと一緒に暮らしてくれるか?」
「っ、あね、姉上たちと……」
「もっと気安く姉ちゃんでもええで? ジェルラスが今まで辛かったり寂しかったりしたんやったら、その分きっちりウチもこの人らあに制裁を下したる。自分でやりたいんやったら、殴り方を一から教えたるでな」
「な、なぐりかた……っ……ふふっ、ふふふっ、うん……しりたい。だから……っ」
ジェルラスがくしゃりと顔を歪めた。一緒に暮らすという意味を理解したのだ。ここから出られるのだと思ったら耐えられなかったらしい。
溢れる涙を堪えきれずに、声を詰まらせる。だが、ヒクリと喉を鳴らして告げた。これだけは言わなくてはと思ったのだろう。
「っ……ボクをつれてってっ」
「任しとき」
リンディエールは駆け出して、少しだけ背の低いジェルラスを抱きしめた。
「っ、ふっ、うあぁぁぁぁっ」
ジェルラスは声を上げて泣いた。それだけ辛かったのだろう。寂しかったのだと分かる。大丈夫だと教えるために、リンディエールはトントンと背中を叩いた。
すると、もう絶対に離さないというように、ジェルラスもリンディエールの背中に腕を回し、服をキツく掴む。それを感じて分からせる。
「心配せんでも、部屋の荷物ももう、まとめさせたでな。運び出しもそろそろ終わっとる。屋敷にジェルラスの部屋も用意できとるはずやから」
「っ、に、にもつ? へや?」
ヒク、ヒクと喉を鳴らしながらも尋ねてくるジェルラスの頭を撫でた。
この時すでに、シュラによってジェルラスの部屋の荷物はきれいに持ち出され、王都別邸に先に着いて荷ほどきをしているプリエラとセラビーシェルによって、部屋もきちんと整えられていたのだ。
「なあんも気にせんでええゆうことや。知っとるか? ジェルラス。貴族の八歳の子どもはなあ、もうすぐおやつの時間なんやで?」
「おやつ……?」
「せや。こっち来て先ず座りい。今用意させるでな。なあんも気にせんとウチと兄いの隣に居ればええ。姉ちゃんはちょっとこれから大人らと難しい話するでな」
「うん……?」
手を引いてフィリクスの隣に座らせる。すると、間を置かずに突然現れたグランギリアがお菓子の入った小さなカゴをジェルラスの目の前に置く。今日もほとんど食事をしていないことは知っているので、代わりになればと、小さなスコーンが沢山入っていた。
「どうぞ。こちらからプレーン、紅茶、蜂蜜味でご用意いたしました」
「っ、あ、ありが……とう、ございます……」
グランギリアの姿を見て、ジェルラスは少し驚いたようだ。だが、その特徴的な容姿が魔族のものだと分かったためではなかったのだろう。見惚れたのだ。ケルミーナが目をトロンとさせているのがその証拠だ。普通にグランギリアはかっこいい。
「ふふ。お飲み物はリン様特製のラッピーとアルプのジュースでございます。こちらは冷えておりますので、ゆっくり召し上がってください」
「は、はい……」
恐る恐る、ジェルラスはコップを両手で持ち、口をつける。
「っ!!」
「美味しい?」
尋ねたのはフィリクスだ。ジェルラスの表情を覗き込むようにして目を輝かせていた。
「はいっ。おいしいですっ」
「ふふ。ねえ、私ももらってもいい?」
「もちろんでございます。お出しするのが遅れまして申し訳ありません」
「ううん。むしろ私の方こそごめんね。グランさんはリンの侍従なのに」
「そのようなこと、リン様も気になさいませんよ。どうぞ、フィリクス様。スコーンもお召し上がりください」
「ありがとうっ……んっ、やっぱり美味しいっ」
何度かリンディエールからもらったことがあったジュース。何度飲んでも美味しい。感動しながらも、フィリクスは自分がどうすべきか理解した。グランギリアがわざわざスコーンもと言った理由。それは、ジェルラスがどうしようかと目を彷徨わせているから。
普通の八歳児ならば、きっと目の前にあるお菓子を周りのことなど気にせずに食べる。少しずつそれに釣られて近付いて来ているケミアーナのように。遠慮なんてしない。
「ふふ。ジェルラス、スコーンも食べよう。沢山難しい話を聞いて疲れたでしょう? 先ずはプレーンかな」
フィリクスが手に取ったのを見て、ジェルラスも同じプレーン味を一つ手に取る。小さくて子どもでも二口で食べられるサイズだ。
「うん。美味しい。どう? ジェルラス」
「っ、おいしい……おいしいです!」
「そっか。なら今度はちょっと大人な紅茶味ね。匂いが紅茶だ」
「ほんとうです。こうちゃのにおい……」
「紅茶は苦手?」
「えっと……あまり……」
「なら、一口だけ食べてみて、ダメなら食べてあげるから」
「え、でも……」
そんなこといいのかなと、ジェルラスは戸惑う。今まで苦手でも、嫌いでも食べなくてはならなかった。それが当たり前だった。
「子どもなんだからいいんだよ。子どもは特に苦いとか辛いのが苦手に出来てるんだ。まだ成長する途中だからね。少しずつ慣らしていけばいいんだよ。だから、無理しなくていいよ。ただ……残すのはリンがもったいないって怒るから」
「姉上が……」
「そう。だから、私が食べてしまえば問題ないでしょう? その代わり、私が苦手でジェルラスが食べれそうなのは食べてくれる?」
「ふふっ。はいっ」
「約束ねっ」
「はいっ」
ジェルラスは心から笑っていた。この人が兄だと思うと誇らしくて、嬉しかったのだ。
紅茶味のスコーンは、やはりジェルラスには少し苦手だった。反対に、フィリクスは蜂蜜味が甘過ぎると断念。そうして二人は楽しく分け合った。
一方、ケルミーナは黙って手を伸ばそうとした所を母親と祖母に気付かれ、引き戻されていた。文句を言おうと開きかけた口は、二人に睨まれたことで閉じることになる。
そんな中、リンディエールはこの場の主導権を握ったまま話を続けていた。
************
読んでくださりありがとうございます◎
次回、24日の予定です!
よろしくお願いします◎
「はじめましてやな。ウチはリンディエール。今年十歳になる。あんたの姉ちゃんや。ああ、この喋り方は癖みたいなもんやで、気に障ったら堪忍な」
「え、あ、ジェルラスです。八さいになります……は、はじめまして」
「きちんと挨拶出来て偉いなあ。ほれ、兄いも」
フィリクスを振り返ると、彼は立ち上がって頭を下げた。
「私はフィリクス。今年で十三になる。君の兄だよ。長い間、父上と母上を独り占めしてすまなかった」
「っ、あ、いや……そんなこと……っ」
ジェルラスは慌てる。その様子を見て、リンディエールはなるほどと内心深く頷く。
彼は、年齢よりもずっと大人だ。それは、この家に味方は少なかったのだと証明されたようなもの。きっと、一人で考え、耐えなくてはならないことが多かったのだろう。
「ぼ、ボクはここにあずけられたって……そのひつようがあったのだとおもうし……」
「せやな。これはまあ、貴族の事情や。ただ、預けるのも『きちんと養育を頼みます』ゆうてなされるもんや。『いつか迎えに来る時まで、寂しい思いをさせんように』ゆうてな」
「え?」
ジェルラスが目を丸くする。その後ろにいる青年もだ。
「長男ゆうんは、色んな意味で特別や。家の後を継ぐんは、よほどのことがなければ長子や決まっとる。せやから、親がその体を気遣って神経質になるんも分かるやろ?」
「う、うん」
「っ……」
ジェルラスにというより、これはその後ろの青年に説明しているようなものだ。ついでにこの場の大人達へ向けている。
「家の血を絶やさんように、用心して次の子をと考えんのも分かる。そこで、長子の方を優先すれば、次男以降の世話が疎かになるかもしれん。せやから、信用できる親族に預ける」
これは確認だ。もう、当たり前になってしまった慣習。なぜと理由さえ考えることなく、当然のようにその流れに乗ってしまう。今の貴族達はもう、意識しなくなっていた。
「いわば、子を預けるゆうんは、貴族家同士の信頼の証や。けどなあ、最近はどうも、それを理解しとれへん」
「……っ」
「……っ」
両親も、クゼリア伯爵達も、これにははっとして顔を上げる。
「預けたら預けっぱなし。養育費払うとるんやから、文句ないやろて手を離しおるし、預けられた方は置いとくだけ。生かしとくだけ。恩を感じるべきやと尊大に言いよる」
「っ……」
「っ……」
今度は全員、下を向いた。そして、自分達のしたこと、しなかったことを思い出して自問する。
「まったく、振り回される子どもには迷惑な話やで。そんな態度の大人らを見て育った子どもらが親になった時。おんなじ事になるに決まっとるやろ。お陰で貴族ゆうんは、根暗で偏屈な者ばっかになっとる」
「……リン……」
お手上げだと手振りで示すリンディエールに、フィリクスが苦笑する。
「せやかて、ほんまやで? 兄いはそんな奴らの中で生きていくとこになるねんで? なあ~んも過去から学ぼうとせん大人らのせいでな」
「う~ん。それ言われると確かに嫌だね」
「貴族ゆうんはなあ、腹は真っ黒でドロドロ。けどなあ、心は子どものまんまや。意味わかるか?」
「純粋な所があるの?」
もうフィリクスしか話さない。ケミアーナなど口をポカンと開けたまま動きを止めていた。ここは既にリンディエールの独断場だ。
「子どもみたいになあ、未来しか見とらんのよ。『しょうらいはもっとエライ人になるぅ』『もっともっとオカネもちになるんだ~』『おんなのこにモっテモテになるんだから』ってな」
「……あ……」
「……っ……」
大人たちは思い当たったようだ。そして、目を逸らして顔を赤らめる。言い方はアレだったが、それらは実現できなくない夢だ。そのために暗躍するし、他人を蹴落とす。
「まあ、話がそれたが、何が言いたいかっちゅうとな。『大人が全部悪い!』ゆうことや。物事の本質を理解しようとせん、本物のバカどもだが、許したってや」
「……ゆるす?」
ジェルラスはいきなり振られて驚きながらも、今までの話を必死で理解しようとしていた。
「その上の親もそうやったかもしれん。そのまた上もそうかもしれんわ。せやから、あんたがここは大人になって、その連鎖を断ち切ってくれるか?」
「ボク……が?」
「せやで。被害者はあんたらや。腹立つんやったら、実の親だろうが国王だろうが一発殴ったったらええ」
「こくおう……」
リンディエールはジェルラスの後ろに居る青年に目を向ける。
「っ……」
それに気付いた青年は、肩を震わせた。お前に話しているのだと通じたようだ。
この時、ジェルラスの頭はパンク寸前だ。フィリクスが助けに入った。
「リン。さすがに国王様をなんて……許されないよ?」
「なんでや。子どものやったことは親の責任や。親が許せんのやったら、これで牢屋行き。苛烈な王やったら首が飛ぶ。顔も見たくないほど腹立っとったらオススメやで」
「……冗談で言ってるよね?」
「ははっ。まあ、三分の一くらいは冗談や」
「半分以上は本気なんだね……」
これに、両親はカタカタと奥歯を鳴らしていた。リンディエールが国王とも知り合っているのを知っているからだ。かなりの確率で現実になる。とはいえ、今の王ならば自分も反省して子ども達のためにと考えるだろう。
「えっと……ボクは……」
この間も、ジェルラスは考えようと努力していたらしい。とはいえ、リンディエールは大人達に考えさせようと思って話している所もあるのだ。だから、ジェルラスにはもっと分かりやすく問いかけた。
「ジェルラス。ウチらと一緒に暮らしてくれるか?」
「っ、あね、姉上たちと……」
「もっと気安く姉ちゃんでもええで? ジェルラスが今まで辛かったり寂しかったりしたんやったら、その分きっちりウチもこの人らあに制裁を下したる。自分でやりたいんやったら、殴り方を一から教えたるでな」
「な、なぐりかた……っ……ふふっ、ふふふっ、うん……しりたい。だから……っ」
ジェルラスがくしゃりと顔を歪めた。一緒に暮らすという意味を理解したのだ。ここから出られるのだと思ったら耐えられなかったらしい。
溢れる涙を堪えきれずに、声を詰まらせる。だが、ヒクリと喉を鳴らして告げた。これだけは言わなくてはと思ったのだろう。
「っ……ボクをつれてってっ」
「任しとき」
リンディエールは駆け出して、少しだけ背の低いジェルラスを抱きしめた。
「っ、ふっ、うあぁぁぁぁっ」
ジェルラスは声を上げて泣いた。それだけ辛かったのだろう。寂しかったのだと分かる。大丈夫だと教えるために、リンディエールはトントンと背中を叩いた。
すると、もう絶対に離さないというように、ジェルラスもリンディエールの背中に腕を回し、服をキツく掴む。それを感じて分からせる。
「心配せんでも、部屋の荷物ももう、まとめさせたでな。運び出しもそろそろ終わっとる。屋敷にジェルラスの部屋も用意できとるはずやから」
「っ、に、にもつ? へや?」
ヒク、ヒクと喉を鳴らしながらも尋ねてくるジェルラスの頭を撫でた。
この時すでに、シュラによってジェルラスの部屋の荷物はきれいに持ち出され、王都別邸に先に着いて荷ほどきをしているプリエラとセラビーシェルによって、部屋もきちんと整えられていたのだ。
「なあんも気にせんでええゆうことや。知っとるか? ジェルラス。貴族の八歳の子どもはなあ、もうすぐおやつの時間なんやで?」
「おやつ……?」
「せや。こっち来て先ず座りい。今用意させるでな。なあんも気にせんとウチと兄いの隣に居ればええ。姉ちゃんはちょっとこれから大人らと難しい話するでな」
「うん……?」
手を引いてフィリクスの隣に座らせる。すると、間を置かずに突然現れたグランギリアがお菓子の入った小さなカゴをジェルラスの目の前に置く。今日もほとんど食事をしていないことは知っているので、代わりになればと、小さなスコーンが沢山入っていた。
「どうぞ。こちらからプレーン、紅茶、蜂蜜味でご用意いたしました」
「っ、あ、ありが……とう、ございます……」
グランギリアの姿を見て、ジェルラスは少し驚いたようだ。だが、その特徴的な容姿が魔族のものだと分かったためではなかったのだろう。見惚れたのだ。ケルミーナが目をトロンとさせているのがその証拠だ。普通にグランギリアはかっこいい。
「ふふ。お飲み物はリン様特製のラッピーとアルプのジュースでございます。こちらは冷えておりますので、ゆっくり召し上がってください」
「は、はい……」
恐る恐る、ジェルラスはコップを両手で持ち、口をつける。
「っ!!」
「美味しい?」
尋ねたのはフィリクスだ。ジェルラスの表情を覗き込むようにして目を輝かせていた。
「はいっ。おいしいですっ」
「ふふ。ねえ、私ももらってもいい?」
「もちろんでございます。お出しするのが遅れまして申し訳ありません」
「ううん。むしろ私の方こそごめんね。グランさんはリンの侍従なのに」
「そのようなこと、リン様も気になさいませんよ。どうぞ、フィリクス様。スコーンもお召し上がりください」
「ありがとうっ……んっ、やっぱり美味しいっ」
何度かリンディエールからもらったことがあったジュース。何度飲んでも美味しい。感動しながらも、フィリクスは自分がどうすべきか理解した。グランギリアがわざわざスコーンもと言った理由。それは、ジェルラスがどうしようかと目を彷徨わせているから。
普通の八歳児ならば、きっと目の前にあるお菓子を周りのことなど気にせずに食べる。少しずつそれに釣られて近付いて来ているケミアーナのように。遠慮なんてしない。
「ふふ。ジェルラス、スコーンも食べよう。沢山難しい話を聞いて疲れたでしょう? 先ずはプレーンかな」
フィリクスが手に取ったのを見て、ジェルラスも同じプレーン味を一つ手に取る。小さくて子どもでも二口で食べられるサイズだ。
「うん。美味しい。どう? ジェルラス」
「っ、おいしい……おいしいです!」
「そっか。なら今度はちょっと大人な紅茶味ね。匂いが紅茶だ」
「ほんとうです。こうちゃのにおい……」
「紅茶は苦手?」
「えっと……あまり……」
「なら、一口だけ食べてみて、ダメなら食べてあげるから」
「え、でも……」
そんなこといいのかなと、ジェルラスは戸惑う。今まで苦手でも、嫌いでも食べなくてはならなかった。それが当たり前だった。
「子どもなんだからいいんだよ。子どもは特に苦いとか辛いのが苦手に出来てるんだ。まだ成長する途中だからね。少しずつ慣らしていけばいいんだよ。だから、無理しなくていいよ。ただ……残すのはリンがもったいないって怒るから」
「姉上が……」
「そう。だから、私が食べてしまえば問題ないでしょう? その代わり、私が苦手でジェルラスが食べれそうなのは食べてくれる?」
「ふふっ。はいっ」
「約束ねっ」
「はいっ」
ジェルラスは心から笑っていた。この人が兄だと思うと誇らしくて、嬉しかったのだ。
紅茶味のスコーンは、やはりジェルラスには少し苦手だった。反対に、フィリクスは蜂蜜味が甘過ぎると断念。そうして二人は楽しく分け合った。
一方、ケルミーナは黙って手を伸ばそうとした所を母親と祖母に気付かれ、引き戻されていた。文句を言おうと開きかけた口は、二人に睨まれたことで閉じることになる。
そんな中、リンディエールはこの場の主導権を握ったまま話を続けていた。
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読んでくださりありがとうございます◎
次回、24日の予定です!
よろしくお願いします◎
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