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8th ステージ

087 見えとる?

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リンディエールが塔の部屋の外で、色々と仕掛けている頃。ヒストリアはブラムレースに連絡を取っていた。

この時、実はヒストリアは少し緊張していた。ブラムレースから連絡はあるが、ヒストリアの方から連絡することは初めてだったのだ。

ヒストリアから連絡を取るのは、リンディエールとグランギリアぐらい。緊急の用件もそうそうない。だから、ブラムレースの方も、今回驚いた。

クイントへ大臣達の注意が向いたとはいえ、会議中にソワソワと応えてしまうほど、ブラムレースは喜んでもいた。

「『はい! リア殿っ。お待たせしました!』」

そう、声音で喜んでいることが伝わってくるのを感じて、ヒストリアは思わず笑った。思い出し笑いも入っていた。ついこの間、リンディエールが言っていたのだ。


『王さまに連絡すると、何や、目の前に居らんのに、尻尾振っとる大型犬が見えるんよ……あれ、ちゃんと王さま出来とんのやろか』


大仰にため息を吐いたリンディエールが、犬の躾に悩む飼い主にしか見えなかったというのが、ヒストリアの感想だ。

そして、今まさに、ヒストリアにも呼ばれて喜んで駆け戻ってくる大型犬が見えた気がした。

《ふっ。相変わらずだな。今いいか?》
「『っ、もちろんです!』」

益々、尻尾がどこかへ千切れ飛んでしまうのではないかというくらい、振りながら飛びかかってきたように感じてしまった。

だが、ここで微笑ましく幻影を見ていても仕方がない。要件を手短に伝える。

《リンが呪いを受けた状態の教皇を、聖皇国で見つけた。リンなら呪解は出来るが、その場でするのは問題でな。そちらで一室用意して欲しい。回復させれば、そのまま話も聞けるはずだ》
「『教皇が……分かりました。部屋は西の離宮でどうでしょう。リンに庭を見せたことがあるので』」
《ああ、迷路がある所だな》

リンディエールが、大きな屋敷には生垣で迷路の作られた庭があるべきだと言い出し、確かにとヒストリアも頷いたことがあった。

それを、たまたまリンディエールがブラムレースにも話したらしい。ならばと、彼は使っていない離宮の庭に造らせたのだ。ブラムレース自身、面白そうだと思ったのもあるだろう。

そして、ついこの間出来上がったその庭を、リンディエールに見せていたというわけだ。因みに、これに喜び、はしゃいだリンディエールを見たクイントが、自分の屋敷の庭にも作り始めたというのを、ヒストリアは知っている。

「『管理はしているので、すぐ使えます。人をやっておきます』」
《頼む》

そこで切ろうとしたのだが、ブラムレースが止めた。

「『あのっ、リンが来たら、そのままこっちに来るように言ってもらえませんか? 大会議室なんですが』」
《ん? どうしてだ?》
「『あ~、いや、今、こっちに使い魔来れます?』」
《ああ。それはすぐに出来る》

ヒストリアは、目となる使い魔を覚えた場所に転移させることができる。複数の使い魔を同時に操るのは難しいのだが、ここ最近、ずっとやっていたため、一気に上達した。そのため、ほとんど間を置かずに送り込める。

小さなネズミを部屋の隅に送り込んだヒストリアは、すぐにブラムレースの意図に気付いた。

《……事情は分かった。すぐにリンと……数人連れて行かせる》
「『っ、お願いします!!』」

ちょっと泣きそうな必死さが声に出ているのは、クイントが絶好調だからだろう。

リンディエールに速攻で教皇を西の離宮に送らせ、その間、会議室で聞こえる会話を全て横流しした。

リンディエールも心得たもので、即座に数人攫いに行った。

「ベンちゃん! ちょっと顔貸してや! 補佐さん達ちょいすまんです」
「「「どうぞ」」」
「っ!!」

まずベンディが有無を言わさず攫われた。そして、部屋でのんびりしていたファルビーラとヘルナの元へ飛ぶ。

「じいちゃん、ばあちゃん、喧嘩買いに行くで!」
「っ、行く行く!」
「行きましょう」

のんびりというより、退屈だったらしい。そして、リンディエールは、そのまま会議室前に飛んだ。

突然連れてこられた三人だったが、何か言う前に、中から聞こえた会話に耳を澄ませた。貴族達は主張を通すために、声が大きくなっている。そこに、少々聞きやすくなるように風を弄ってやれば、問題なく聞こえるというものだ。

『……特別扱いは無しにすべきなのです』
『最近は、実力ある冒険者達が、辺境の方に集まっていると聞いています。冒険者が居るならば、それほど領費として使わずとも良いでしょう』
『そうです。ですから、辺境への領費は少し削っても……っ』

これだけ聞いただけで、ベンディもファルビーラ、ヘルナも大体の事情を察した。貴族達が何を求めるかなんて、現在の状況を把握していればすぐに理解できる。

『そこまで言うのでしたら、あちらに詳しい者に聞いてみましょうか』

仕掛けたなと、全員で顔を見合わせる。墓穴掘りの時間だ。

『デリエスタ卿にですか? さすがに王都に来られる状況ではないでしょう』
『わざわざ聞きに行くものでもありませんよ』
『そうです。我々が代表なのですからっ』

ここだとリンディエールに視線が集まった。



バンっ!



リンディエールが満面の笑みを浮かべて勢いよく扉を開く。

「おもろい事になっとるやんっ。ご指名の『あちらに詳しい者』を連れてきたで!!」

腕を組み、一歩踏み出したヘルナが、いつもよりも低い声で死刑宣告を告げる。

「あなた方の見解を、是非詳しく・・・聞きたいわねえ」
「「「「「ひいっ!!」」」」」

腰を抜かして、そのままの流れて土下座する者。震えて完全に歯の根が合わなくなっている者もいた。

「……どんだけばあちゃんは恐れられてんの? あ~……ヒーちゃん。ここ、ばあちゃんらに任せてええかな」

呟き途中でリンディエールは、ヒストリアに連絡する。

振り返れば、ベンディも怒っているようだし、ファルビーラも凶悪な顔をしていた。

正面に顔を戻すと、ヘルナの怒りの見える背中がゆっくりと前に進んでいくところだった。貴族達は今にも気絶しそうだ。その奥に居るブラムレースは、距離があるとはいえ、正面からヘルナの怒気を受けたくなかったのか、そっと立ち上がって、クイントの隣に座った。

さり気なくクイントは書類を王に流す。ブラムレースは、えっという顔をしてから肩を落としたが、そのあとは、普通に二人で仕事をしだした。

補佐官達は、少し離れたところにいた貴族や大臣に手を貸して、なぜかヘルナの前に案内してきていた。大臣達は、ヘルナの怒気を浴びて、自分がそこに連れてこられていることを理解していないようだ。視線はヘルナに固定したまま。まるで、目を逸らしたら殺されるとでも思っているようだ。そして、自然にその前に正座する。

「なあ、ヒーちゃん。なんや、さっきよりおもろいことになっとるんやけど、見えとる?」
《……見えてる……》

なんだろうか。この慣れている感じは。

「……とりあえず。ここ見とってや。教皇さん、治してくるわ」
《行ってこい……》

ベンディも居るし、ファルビーラも居る。ヘルナに任せて良いかもしれないが、見張っていては欲しいとリンディエールはヒストリアに頼んだ。

「ほな。行ってくる」

教皇は離宮のベッドに寝かせてきただけなので、なるべく早く戻る気ではいた。今頃は、ブラムレースが手配した人手も来ている頃だ。

リンディエールは気配を消してから、西の離宮に転移した。

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