趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

紫南

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6巻

6-2

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『このカードには、利用する日付が刻印されるので、大事な人とお出かけした記念にもなります♪ カードの回収は致しません』
「これ、思わず買いたくなるわよね」
「うんっ……買うわ……」
「買うわよね」

 更にと、クラルスはローズから受け取った写真立てのようながくを見せる。いわゆるポストカードサイズの物で、カードが中心に入っていた。

『このカード用の額もセイルブロードの【チケット屋さん】で販売中です♪ 壁にかけるのではなく、こうしてちょっとした棚や机の上に置けちゃうから嬉しいよね♪』
『《ほかんようのファイルもありま~す。いれかえてつかってね~》』
「アレはずるいよね」
「額の色も色々あったわよ」
「えっ、もう確認して来たの?」
「だって、欲しいじゃん」
「「「欲しい」」」
「「……」」

 商人の父子は、罠だと絶句する。そして、日付を刻むだけでも売れることに驚愕していた。その上にそれを飾るための額まで用意するなんて、やられたと思った。
 次にクラルスは魔導車の中で、一人掛けの椅子の背もたれの肩の部分に触れる。

『椅子には、清浄化の魔法陣が組み込まれています。なので、背もたれのここにある魔石に魔力をほんの少し込めることで発動し、泥汚れや水れも綺麗になくなります』

 座面にあった土の汚れや、汚れた水が消えるところが見えた。

『《すわっているときには、はつどうしません》』
「あれ、助かるわよね」
『冒険者の方も、遠慮なく使ってくださいね♪』
「そうそう。やっぱり、汚れるんじゃないかって気になるものね」
「あんな綺麗な椅子の馬車なんて、お貴族様の乗るものだものねえ」
「ほら、乗る時にって案内があるけど、降りる時に綺麗にしてから降りる人が多いみたい」
「『そういうマナーって大事だよな』って、フィル君にこの前、褒められちゃった♪」
「「「えっ、いいな~」」」

 フィルズは町のお母さん達に絶大な人気がある。それが商人達にとっては会うこともほとんどできないセイスフィア商会の商会長と同一人物だとは、商人父子は気付かない。

「そうそうっ。私らこの前っ、ここでお茶してたら、フィル君に試作品のクッキーの味見を頼まれちゃったわっ」
「「ね~」」
「「「えっ、ずるい‼」」」
「「めちゃくちゃ美味おいしかったね~」」
「「「ずるい‼」」」
「「……」」

 女性達の言い合いが始まる中、商人父子は、頭を低くして、映像に目を向けた。彼女達に話を聞く上で、こういう脱線は想定済みだ。彼らはまだ冷静だった。
 そうして周りが盛り上がっている間に、魔導車内が映される。

『真ん中から後ろの方は、手荷物や武具をつけている冒険者の方々でも使いやすいよう、側面に座席があり、中央を広く取っています』
『《たっているひとは、うえからつるされている【吊り革】につかまって、てんとうにきをつけてください》』
『中では降りる方、乗る方のことを思い合って、ご利用をお願いします』

 押すのダメ、喧嘩けんかダメ、迷惑乗車はご遠慮くださいと注意が続く。

『この巡回定時便には、領の騎士さんが常駐しています。なので、問題行動が確認されましたら、すぐに捕縛ほばく、注意をしてくれます』
『《おこさまやじょせいもあんしんしてください》』
「そうそうっ。騎士さんが一緒に乗ってくれるのは安心よねっ」

 女性達が、いつの間にか言い合いをやめ、またこちらに意識が戻って来た。
 ならばと商人は質問する。

「……騎士が付くなんて……これは領主様の肝煎きもいりなんでしょうか……」

 領主や国が関わって来ると、商売はやり難い。領主と繋がっている商会と関わるとなると、行商人は特に注意しなくてはならない。領のゴタゴタに巻き込まれる可能性があるからだ。
 しかし、セイスフィア商会は、既に教会の後ろ盾を得ている。そうすると普通、国や領はあまり積極的に関わりを持とうとはしないものだ。だから気になった。

「違うんじゃないかねえ」
「うん。それに、騎士さん達、『よっしゃ! 今日は魔導車巡回組だ!』って、盛り上がってたし。嫌々とかでもないものね」
「私、フィル君に聞いたわ。なんか『目的の一致と効率化を考えた一石二鳥の体制だ』って」
「あ~、アレよね。商人の考え方。一つのことで得することがいくつかあるべきってやつ。そういうものなんでしょう?」
「え、ええ……確かに……それを好みますね……」
「それよ。それを考えた結果よ」
「……なるほど……」

 確かに護衛代わりに騎士が乗ることで、乗客達は安心できる。そして、騎士達は魔導車に乗りながら警邏けいらができる。実は、この騎士達は通信用の魔導具――イヤフィスを介して、町を歩いて巡回する者達とも瞬時に連絡が取れるので、魔導車から気になった場所への指示もすぐに出せる。
 魔導車から降りた者が何か不安そうにしていれば、それも連絡して保護してやることができる。これは、長年の経験で、仕草などから困り事がある者を見つける目がやしなわれているためだ。

「もうね。騎士さんが乗ってるから荒い冒険者は乗らないのがいいわよね」
「捕まるかもって自覚する頭はあるみたいだしね」
「お陰で、本当に安心して乗れるわ」

 問題を起こしそうな者達は、最初から乗車を避けてくれるので、平和なものだ。

「けど、一番怖いのは……」
『《にげても、ウサギさんにれんらくがいきますので、おぎょうぎよくしましょうね♪》』
「「「ウサギさんからは逃げられないわよね~」」」
「「……」」

 やらかしたら反省するまで逃げられないのは確実だ。
 商人父子も、報復やお仕置きをするウサギと呼ばれるものが存在するというのは聞いている。実際に見た人は少ないというのがまたリアルで怖いとのこと。

『降りる時は、前から。運転手のドラペンちゃんの隣、この板に触れると、金額が手元で表示されます』

 乗る時と同じ手型のマークのある板に触れると、金額が出る仕様だ。

『《このとき、ドラペンちゃんに【一日乗車券】でというと、【乗車券】がうけとれます。きんがくも300セタにかわります。ここではらってください》』

 因みに『ドラペンちゃん』とは、ドライバーペンギンを単純に略しただけだ。フィルズが『ドライバーペンギン』と言ったのを聞いて、クラルスが名付けた。ドラペン本人達は気に入っているようなので良いのだろう。

『お金はここに投入。【ありがとうございました】と表示されたら、慌てずに降りてくださいね』

 クラルスが降りる時に、ドラペンに敬礼した。すると、ドラペンは帽子のつばを少し持ち上げて、頭を少し下げる。それを見て、同じように敬礼して降りる客は多い。毎回、誰もに同じように返してくれるからだ。
 次にローズが、子ども用に用意されている階段を上って、乗車券での支払い方法を説明する。

『《【一日乗車券】でのしはらいもおなじように、ここにさわったあと、このおかねの【投入口】のとなりの、カードのマークのところにおかねのかわりとして、カードをかざしてください》』

 ピロロンと音が鳴り、乗車賃が表示されていた画面に『ありがとうございました』と、お金を投入した時と同じ表示が出た。そして、ローズはドラペンに手を振って降りた。今度はドラペンも振り返して見せる。

『降りたら、車体から離れて見送ってくださいね』
『《まえにでたりしないようにしましょう》』
『安全に、楽しくご利用ください。ご乗車……』
『『《おまちしてま~す!》』』

 クラルスとローズが手を振って映像が一旦消えた。そして、セイルブロードを歩いているような映像が流れる。

「「……っ」」
「おや。大丈夫かい? なんだか疲れているようだけど」

 息を詰めていた商人父子は、ゆっくりと顔を上げる。

「……これ……これはもう、みなさんは当たり前に利用するものなんですか……?」
「まあね。お陰で、足が遠のいていた実家にも気軽に行けるようになったよ」
「領都内でも、端から端は遠いものねえ」
「そうそう。セイルブロードにお買い物に来たくても、遠いって言ってる友人もいてね。それが、アレに乗れば買う物も諦めなくていいしね」
「ああ……手荷物になりますもんね……」

 せっかく遠出して来ても、手荷物になるから買えないと思う者もいたようだ。だが、この魔導車はセイルブロードの前から乗れるし、重い荷物でも持って歩く必要がない。家の近くの停留所からだけ歩けば良い。乗り換えも考え、商業ギルド前のバス停では三台が同じ時間に出発できるようになっている。

「それと、子ども達だけで教会に行けるのは有難いよね」
「そうそう。騎士さんが乗ってるから、子どもだけだとどこに行くのか聞いてくれるし」
「帰りも、教会前に停留所があるから、乗って帰って来るだけだしね。うちの子は、その隣の『健康ランド』でめいっぱい遊んで、夕飯の時間ギリギリの定時便で帰って来るよ」
「助かるけどねえ」
「近所の大きい子が連れて行ってくれるしね」

 近所の子ども達で集まって魔導車に乗り、また集まって帰って来るので、お母さん達は安心だ。

「ですが……お金がかかりますよね? 子どもも五歳から……」

 息子の方はそれが気になったらしい。距離にもよるが、それなりにお金は必要になる。毎日のようにとなれば、それこそ馬鹿にならない。

「ああ。教会でやってる教室に通っている人なら、証明書がもらえて、子どもでも大人でも【定期乗車カード】ってのが発行されるんだよ。ひと月で350セタ」
「一日のうち、行きと帰りの二回だけは、領内のどこまで行っても支払いの心配はなくて、それ以上の回数を使った場合でも、距離関係なく30セタ払うだけだって聞いたね」

 カードは個人登録のものなので、別の人が使うことはできない。よって、盗んでも無駄だ。

「ただ、きちんと授業を受ける人っていう証明書付きでの発行だから、授業に来なくなってたら、すぐに使用停止にされるんだよ。きちんと謝りに来るまで、魔導車に乗れなくなるんだって」

 そうした調査は隠密ウサギさんの仕事だ。彼らの仕事に冤罪えんざいはない。そして、謝りに来るまで、地味な脅しという催促がある。

「ウサギさんが出て来るんだろうし、ズルはできないねえ」
「そこは安心だよね」
「……すごいですね……みなさんの生活に、きちんともう根付いているんですね……」
「いやあ、私達はさあ、ほら新しいものが好きなのよ」
「次は何が出るかって楽しみでね。だから、ここに来ちゃうんだけど」

 ここに来れば、新しい商品の情報がいち早く知れるのだ。それを目当てにここに集まる人は多く、行商人達にとっても、エントラール領都に着いたら真っ先に来る場所だ。

「そうそう。新しいのを買うために、内職仕事をしてるようなもんだよねっ」
「あははっ。旦那だんな頼りじゃなく、生活費にしてやりなさいよ」
「いいじゃないっ。私の稼ぎはセイスフィア商会用なのよっ」
「「「あははははっ」」」
「「……」」

 住民達は笑っているが、その影響力は外から来た者からすれば、かなりの脅威だ。たった一つの商会が持てる影響力ではない。それも確実に住民達の暮らしを良くしている。

「……本当にすごい商会だ。ここまで町に影響を与える商会など、聞いたことがない」
「……今回こそは、商会長に会えるといいですね……」
「ああ……大きな契約ができたらいいな……」

 今や、セイスフィア商会は、行商人達が憧れ、焦がれる相手になっていたのだ。そして、貴族達がその利権を狙っていたり、危険視したりしているなど、住民達は知る由もなかった。

 ◆ ◆ ◆

 フィルズは夕食後、執務室で本日の報告書などに目を通しながら、定例となったファスター王との映像通話をおこなっていた。
 水晶のような媒体の上に、四角い画面のような板があり、その片面に映像が映っている。カメラとなる物は画面に内蔵されているので、画面を見れば目が合う。
 これが、固定式通信具『フィグス』だ。固定することで、通信も安定するようにしてある。一度固定すると重さも増す特別な魔法陣が組み込まれており、その他にも簡単に動かせなくする術式がたっぷり仕込まれていた。
 再度移動させるには、使い捨てのカード型魔導具で解除する必要があり、これはセイスフィア商会でしか手に入らない。それを手に入れるのにも、付属の使用証明書がないといけないという、防犯対策にも力を入れた逸品だった。

『だからなあ、フィル。王都に来ないか?』

 ファスター王は、是非とも貴族達をフィルズにやり込めて欲しいと思っているようだ。というか、自慢したいらしい。

「いや。そんな息子か孫を自慢したがるように、面倒そうな貴族に会わせるとか、ねえだろ」

 ファスター王がこちらを見ているのを感じながらも、フィルズはそちらには目もくれず、書類の確認をしている。日頃からお互いが画面を見ずに書類に目を落としている場合も多いため、この日もファスター王は気にしなかった。
 顔を見ないならばイヤフィスでも良いところだが、そこはせっかくならば顔が見たいというファスター王のこだわりだ。

「隠密ウサギが地味な嫌がらせしまくることになるぞ?」
『ははっ。させるんだろう』
「そうとも言うな」

 チラリと画面を横目で見て、片方の口角を上げながらフィルズは答えた。それから、ほんの少し考える様子を見せた後、宙に視線を投げて口を開く。

「まあ、でも、王都に行く予定はあるんだ。兄さんと、カリュとリサが再来月、学園に行くだろ」
『っ、二人も復学すると決めたのか⁉』

 フィルズの異母兄であるセルジュの学園入学は以前から決まっていたことだが、カリュエルとリサーナについてはファスター王も初耳だった。

「まだ決まってはいない。兄さんが行くなら自分達もって、迷ってるみたいだな。ただ、王宮には戻らず、りょうに入るだろうが」
『……そうか……いや、そうだな。その方が良いだろう……』
「心配するな。護衛ウサギもいる」
『ああ……』

 ファスター王が心配しているのは、第一王妃の手の者による介入だ。カリュエルとリサーナの母である第二王妃は、ファスター王が最も愛する相手だった。その第二王妃を毒殺したのが第一王妃の指示だと分かった今、警戒するのは当然だろう。
 それも第一王妃は、自身の息子である第一王子のために、カリュエルやリサーナを事あるごとにそうと分からないように抑圧し、第一王子こそが上だと印象付けるように洗脳せんのうしていたようなのだ。

「第一王妃に学園に行かなくて良いって言われて、行かなくなったんだってなあ」
『二人に聞いたのか?』
「いや。調べた。今度会った時に、その辺の調査書類を渡すよ」
『……すまん……』
「別に。それに、良かったんじゃないか? 二人とも、まともになったしな」
『まともって……』
「話しやすくなったろ」
『……確かに……』

 ファスター王はそういえばと頷く。

「価値観が違ったり、考え方がズレた状態で固定された相手とは話が通じねえって、前のドラスリールで嫌ってほど学んだだろ」
『そうだったな……それと同じか』
「狭い世界しか知らないのは気の毒だ。固定観念ってのも怖いよな。それも独自のやつは特に」
『っ……そうなっていると気付いてやるのが遅くなってしまって、かわいそうなことをした……』

 第一王妃は、ファスター王に対しても、自分はカリュエルやリサーナにとって良い母親だというのを装ってみせていた。まさか、二人が第一王子よりも優秀にならないよう画策しているなんて知らなかったのだ。

「二人とも気にしてねえだろ。むしろ、ここに連れて来た功績でチャラだって。まあ、悪いと思ってるなら、謝っといたらいいんじゃないか? 親の背中なんかより、謝るところを見せる方が大事だぜ?」
『……相変わらず子どもらしくない言い方をする』
「はっ。親まで客観的に見てる冷たい奴って?」
『そこまでは言わないが……いや、そういう見方も必要なのかもしれんな……』

 ファスター王は、少し寂しそうに目を伏せる。その表情には複雑な色が混じっていた。

「『人の振り見て我が振り直せ』って賢者の残した言葉があるだろ。あれがさ、身内でもなんでも、基本なんだろうな。良いことも悪いこともさ」
『……そうか……ああ……今一度胸に刻もう』

 王侯貴族ほど複雑な家庭環境はないだろう。だからこそ、良いことも悪いことも、相手の振りを見て学ぶべきなのだ。

「分かってても、すぐ忘れるけどな~」
『ははっ。いや……周りをもっと見なくてはな……』

 ファスター王は、こうして真面目に、真剣にフィルズの言葉を受け止める。何かと気付かされることが多いのだから、そうなるのは仕方がない。
 だが、フィルズとしてはそれが少し気に入らない。

「重い重い。というか、ファシーはさあ、見られる方だろ。常に手本であれなんて言うつもりはないけど、もっと見せつけてやったらどうだ?」
『見せつける……? 偉そうにすればいいのか?』
「とんだ裸の王様を見ることになりそうだから、それはほどほどでいい」

 ファスター王はやり過ぎそうで不安だ。フィルズの言葉を素直に受け止め過ぎるのだ。それだけ信頼されていると思えば嬉しいが、これもほどほどが良い。

「じゃなくて、父親とか、夫はこうあるといいんじゃないかって姿を見せるんだよ。王って姿じゃなくてさ」
『……王としての父親や夫ではなく、ということか』
「そういうこと」

 立場上、大々的に見せるのは難しい。だが、貴族同士で集まる場所だってあるのだ。そこでそうした様子を見せることは可能だろう。

「母さんに言われてただろ? ちゃんと笑ってみせればいいんだよ。そうしたら相手も返したくなるだろ。含みのない笑みを見せるって、信頼してる証拠だし」
『っ、そうだったな。考えてみれば……ミルフィリアにしか本当の笑みは見せていなかったかもしれん……』
「第二王妃か……」
『ああ……その違いが、気に入らなかったのかもしれないな……』

 第一王妃は気付いたのだろう。本当に心を許した者にしか向けられない笑みが、第二王妃にだけ向けられているということに。心からの笑みは誰にでも一目瞭然いちもくりょうぜんなのだから。
 ファスター王が後悔するような顔をしているのを見て、フィルズはその重くなった雰囲気を消し去るために、話を変える。

「そういえば、カリュ達と一緒に預けていった母さんのお気に入りだけど」
『ん? あ~、トールか。あれがどうかしたか?』

 カリュエルとリサーナをフィルズへと預けた時、一緒に預けていった近衛このえ騎士がいた。クラルスいわく『表情筋が死んでいる人』。彼女はそれをどうにかしてさわやか系の騎士に生まれ変わらせると意気込んでいたのだ。
 年齢はファスター王に近い年上だが、時間があれば笑顔の練習をさせ、遊びを教えて楽しいという感情を経験させる。そうして世話を焼くのがクラルスには楽しかったらしい。よって、彼はクラルスのお気に入りだ。

「カリュ達も王都に戻るなら、一緒に帰すのが当然だよな?」
『そう……なるなあ。元々、ちょっとした休暇を取らせたかったのだ。二人の護衛として置いて行くと言えば、あれも言うことを聞くと思ってな』

 近衛騎士をまとめていたトールという男は、ファスター王の側近の一人で、幼い頃からの友人の一人だった。だからこそ、信頼してカリュエルとリサーナを任せたのだ。
 しかし、一番の理由はずっと友人として、近衛として傍につかえていた彼に、少し自由をやりたかったというものだった。

『あれはなあ……伯爵家の第三夫人の子だったのだが、母上と仲が良くて、お茶会の度に王宮に一緒に来ていてな。それで知り合ったのだが……その母親を亡くしてな……』

 第三夫人が亡くなってから、会うこともほとんどなくなっていたが、彼とは王侯貴族の子息子女の通う学園で再会したらしい。

『性格的にも父親と合わないし、家には居づらかったのだろう。学園で再会した時は、家を出るため騎士になろうと一人で黙々と剣を振るい、勉学に取り組んでいた』
「不器用だったもんなあ」

 フィルズが少し懐かしむように、遠いところを見る。ファスター王も同様の様子を見せていた。ただし、フィルズが思い出した過去とファスター王の思い出す過去には違いがある。付き合いの長いファスター王は、今も尚トールは変わらないと思っているようだ。

『ああ。不器用な奴だ。だが、信念を持って一人でも努力できる奴だ。だから、私はあれを側近に選んだ。家のしがらみも、断てと言えば即断つことに何の未練もないのは、こちらとしては好都合だったしな』
「その頃のファシーは王太子か? まあ、側近にする奴の後ろにある家は気になるよな」
『本人は問題なくとも、家に問題があることは多いからな……主に夫婦関係のせいで』
「そこで分かってたんなら、もっと早くどうにかしようとして欲しかったぜ」
『……すまん……』

 フィルズが問題視し、改善してくれと指摘した、貴族の夫婦によくある問題。一夫多妻が当然とされている一方で、夫人となった者同士が嫉妬しっとから争い、時には子ども同士を競わせて貴族家に不和をもたらす。夫はそれに辟易へきえきして家庭から逃げ出す。それが世の常だった。
 貴族家の人間はそれを時折問題だと思っていても、あまりにも当たり前だったために変えようがないこととして受け入れてしまっていた。
 だからこそ、誰もが『どうにかならないかな』と思いながらも、どうにもできないものとして、見過ごされてしまっていたのだろう。
 だが、夫人達の権力争いに巻き込まれなければ、様々な才能を開花させていた子どもは多そうだ。今の生き生きとしたリュブランを見ればそれが分かる。
 今度は、その才能に嫉妬されるということがあったかもしれないが、少なくとも無能とさげすまれることもなく、自身の限界を自分で決めつけることなくあれただろう。夫婦の問題は、確実に子どもまでもむしばむのだと、これで証明されてしまった。
 フィルズは仕方のない大人を見るような目で、ファスター王を見つめる。だが、ファスター王だけが悪いわけではないので、これも仕方がないとため息を吐いて諦める。


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